孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第二章 可哀想だと自覚した

2-3

海星本部長が私を連れていったのはうらぶれた……とは人聞きが悪いが、裏路地にある雑居ビルに入った、弁護士事務所だった。

「もうちょっとかかるから待っててくれ」

私たちを出迎えた男性は、ペン先で傍らのドアを指した。

「ああ」

短く返事をし、海星本部長がそのドアを開ける。

「ちょっと待っててくれ」

「えっ」

私が制止する間もなく、彼は私ひとりを部屋の中に残してドアを閉めた。

「えっと……」

どうしていいのかわからず、立ち尽くす。
こんなところに連れてきていったい、どうしようと?
とりあえずひとりの時間が確保できたので、高志に電話する。
予定ではそろそろ彼との待ち合わせ場所に着いているはずの時間だ。
先程と同じく、ワンコールも鳴らずに相手が出る。

「あっ、たか……」

『花音!?
金の工面はできたのか!?』

これからなにが起こるかなど知らず、まだ我が身の心配をしている高志が憐れになった。
いや、私だってなにが起こるのかはわからないんだけれど。

「あっ、えと。
なんかその弁護士って、私の……知り合い?が雇った人みたいで」

海星本部長をなんと説明していいのかわからなくて、適当に濁す。

『じゃあ、オマエから誤解だって説明してくれよ!』

「あー……」

……誤解、なんだろうか。
少なくとも高志は開店資金と言って私を借金の保証人にさせたが、なにかお店を始める気などさらさらなかっただろう。

『俺、オマエを騙すようなこと、なんかしたか!?』

「そう……だね」

彼は本心から言っているんだろうか。
急に本当に高志が困っていたら可哀想だし、などと同情した自分がバカらしくなってきた。

「とりあえず、呼び出された場所においでよ。
私もいるから本当に誤解だったら解いてあげるし」

『絶対だからな!
絶対に俺は無実だって説明してくれよ!』

一方的に捲したてられ、電話が切れる。

「誤解、か」

茫然と携帯をしばらく見つめたあと、気が抜けて手近にあった椅子に座り込んだ。
誤解があるとすれば、高志が私を好きだと思っていた点意外にない。

「すまん、待たせた」

海星本部長の声が聞こえてきて顔を上げる。
彼は出るときにはなかった、紺色の袋を握っていた。

「ちょっと飲み物を買いに行っていた。
お茶でいいか」

「あっ、そんなの私がしましたのに……!」

遙か上の上司に買い出しに行かせるなど、申し訳なさすぎる。

「いや、いい」

袋の中からペットボトルを一本取り、彼は渡してくれた。

「……ありがとうございます」

受け取ったそれを、戸惑い気味に手の中で弄ぶ。
買ってきたそれらをテーブルの上に並べ、一本を手に取って海星本部長は私の隣に座った。
そのまま蓋を開け、彼が口をつける。

「その……」

「ここは友人が雇われている弁護士事務所なんだ。
法的な話にもなるだろうし、もってこいだ」

私が聞きたいことに気づいたのか、全部言い切らないうちに海星本部長が説明してくれる。

「……そう、ですね」

彼が高志をどうしたいのかわからない。
でも、私のためを思って怒ってくれているらしいのは少し嬉しくなった。

「待たせてわるいな」

少ししてさきほど、私たちを出迎えてくれた男が入ってくる。
スーツ姿で海星本部長と同じくらいの年の頃には見えるが、彼よりは若干チャラそうだ。

「こっちこそ休みの日にわるいな」

男が海星本部長の前に腰を下ろす。
にこやかに会話を交わしているし、彼が友人の弁護士なのだろう。

「花音。
俺の友人で弁護士の砺波となみ憲司けんじ
憲司、話してた花音だ」

「砺波です」

ご丁寧に男――砺波さんは名刺を差し出してきた。

「坂下花音、……です」

戸惑いつつもそれを受け取る。
そこには弁護士だと書いてあったし、砺波さんのスーツにも弁護士を示すバッジが着いていた。

「花音の元カレの処理について憲司に依頼してある」

「はぁ……」

「僕に任せておいてもらえれば、大丈夫です」

しかし砺波さんはへらへら笑っていて、一抹の不安を感じる。

「その前にまずはこれ」

鞄から出した一枚の紙を、砺波さんは私たちの前へ滑らせてきた。

「俺が花音の借金を肩代わりする代わりに、花音は俺の子を産むという契約書だ」

「……です」

海星本部長が説明してくれ、そのとおりだと砺波さんが頷く。

「本当にいいのなら、内容を確認してサインしろ」

目の前に置かれた書類を手に取って確認する。
そこには言われたとおりの内容と、契約反故の場合は払ってもらった三千万の即時返金、契約さえ守れば一生不自由しない生活を約束すると書いてあった。

「私からも確認しますが。
海星本部長はご自分の子供を産ませる相手が、本当に私でいいんですか」

昨日はいろいろいっぱいいっぱいで半ば流されていた自覚がある。
私から見ればこんな好条件なんてメリットしかないが、海星本部長としては納得しているのか気になった。

「別に相手が花音で不満などないが?
この先きっと、花音でよかったと昨日の出会いに感謝する自信がある」

こんな私相手にどこからそんな自信が湧いてくるのかわからないが、力強く頷く彼の言葉に嘘偽りはないように感じた。

「じゃあ、いいです」

ペンを借り、所定の場所にサインする。
これでもう、後戻りはできない。

「次はこれ」

戻した書類のサインを確認し、さらに砺波さんが紙を差し出してくる。
それは――婚姻届、だった。

「えっと……。
海星本部長?」

意味がわからずに彼の顔を見上げていた。
彼の子供を産んでほしいとは言われた。
しかし、結婚して欲しいとは言われていない。
それに私のようななんの利用価値もない、実家は自転車操業の自営業の娘なんかが結婚相手だとか、海星本部長の父親である社長は納得しないだろう。

「もしかして花音、ひとりで子供を産むつもりだったのか?」

一瞬、眼鏡の奥で大きく目を開いたあと、海星本部長は何度か瞬きをした。

「えっと……。
は、ははははは……」

なんと答えていいのかわからずに笑って誤魔化した。
そうか、子供を産んで育てるとなるとひとりでというわけにはいかないのだ。
それに跡取りと言っていたし。

「子供ができれば一緒に育てていくのだから、夫婦になるのは当たり前だろ?」

「そ、そうですね」

再びペンを取って、止まる。

「……もし」

「ん?」

「もし一士本部長の奥様のほうが先に身籠もったら、私たちの関係はどうなりますか」

海星本部長と一士本部長、先に跡取りを儲けたほうが社長になる、そういう条件だった。
そのために海星本部長は子供を産んでくれる相手を探し、私を選んだ。
しかし一士本部長の奥様のほうが先に身籠もれば海星本部長は社長になれず、私は用済みになる……はず。

「あー……」

長く発したまま、彼は宙を見ている。

「……考えて、なかったな」

視線を戻し、目をあわせた彼は情けなく笑った。
不覚にもそれがちょっと、可愛いと思ってしまった。

「そのときになったら考える。
まあ、結婚生活を継続するにしても離婚するにしても、花音に俺の都合で迷惑をかけるのは間違いないからな。
それなりの償いはするよ」

「償い、ですか」

「ああ」

頷いた彼が、どうしてか悲しげに見えた。
ううん、そんなはずはない。
だって私は彼にとって、後を継ぐための道具に過ぎないはずだ。

納得はしたので婚姻届にサインをする。
保証人の欄は砺波さんと、誰やら見知らぬ名前で埋めてあった。
さらに本籍地を聞かれ、戸籍を取る委任状にもサインをさせられる。

「じゃあ、あとは僕に任せてね」

できあがった書類を確認し、砺波さんはにっこりと笑ってそれをしまった。
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