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第三章 運命を変えたい
3-4
変な話から鰻は中途半端にしか味わえず、店を出る。
惜しいな、せっかく海星本部長が取ってくれた極上ひつまぶしだったのに。
あんな話をしなければ心ゆくまで堪能できたんだけどな。
おかげで途中から、せっかくの高級鰻が微妙な味だったよ。
「さて。
とりあえず服でも見に行くか」
ぷらぷら海星本部長が歩いていった先では、スーツ姿の上品な男性が待っていた。
「お待ちしておりました」
「うん。
よろしく頼むよ」
海星本部長と同じ年くらいの彼に軽く挨拶し、彼に連れられて海星本部長はさらに奥へと進んでいく。
通されたのは豪華な応接室で、もしかして彼はいわゆる外商さんというヤツなのだろうか。
ソファーに座った海星本部長が軽く隣をぽんぽんと叩く。
そこに座れとの意味だと悟り、おそるおそる腰を下ろした。
「本日は婚約指環と結婚指環のご購入、そちらの女性のお洋服とお伺いしておりますが」
すぐに先ほどの男性が恭しく海星本部長に聞いてくる。
「うん、そうなんだ。
彼女と週明けにも籍を入れる予定でね」
ぐいっと海星本部長に腰を抱き寄せられ、びくりと身体が反応した。
「それはおめでとうございます。
ではすぐにご準備いたしますので、少々お待ちください」
「うん。
お願いするよ」
男性が出ていき、入れ違いで別の男性がコーヒーを出してくれる。
「あの……」
「ああ。
さっきのは俺の担当の影山さん。
ちなみに実家は別の担当だ」
「はぁ……」
いたって普通にコーヒーを飲みながら海星本部長が説明してくれたのはいいが、そこは私が聞きたいところではない。
「お待たせしました」
すぐに先ほどの男性、影山さんがアタッシュケースのようなものを数個積んで戻ってきた。
「まずは指環のほうです。
ご満足いただけるといいのですが……」
若干自信なさげに彼が目の前にケースを広げていく。
そこにはたくさんの指環が並んでいた。
「花音、どれがいい?」
「えっ、とー……」
満面の笑みで嬉しそうに海星本部長は勧めてくれるが、引き攣った笑みでそれらを眺めていた。
なんかどれもダイヤがキラキラしていて眩しい。
「婚約指環は必要ないのでは?」
もう明日には婚姻届が役所に提出される。
婚約期間はほぼゼロなわけで、わざわざ買う必要はないと思う。
それに私たちは愛しあって結婚するわけではなく、利害が一致した契約結婚なわけだし。
「なん……こほん」
不機嫌に海星本部長はなにかを言いかけたが、すぐに小さく咳払いして誤魔化してきた。
「俺が。
花音に買ってやりたいから買うんだ。
悪いか」
ぐいっと彼が、眼鏡がぶつかりそうな距離まで顔を近づけてくる。
「悪くない……です」
……たぶん、と心の中で付け足す。
圧が凄くてつい、同意してしまった。
「じゃあ、問題ないよな」
ついでとばかりに少し顔を傾け、彼は唇を重ねてくる。
「えっ、あっ」
ふたりきりならまだしも、人前なわけで。
気まずくてちらりと影山さんの反応を確認すると、彼は私はなにも見ていませんといわんばかりに指環を並べ替えていた。
さすが、セレブを相手にする外商さんだ。
「それで。
どれがいい?」
断る口実を失ってしまったので、諦めて並ぶ指環を見る。
いろいろ並んでいるがはっきりいって違いがわからない。
特に中央に一粒ダイヤを抱くものなど、ダイヤの大きさ以外になにが違うのか私にはわからなかった。
「そう、ですね……」
今までアクセサリーを選ぶ機会などなかった。
それが急に突きつけられて戸惑ってしまう。
「これとかどうだ?」
ひとつを取り、海星本部長が私の左手薬指に嵌めてくる。
もしかして私がどうしたらいいのか悩んでいるのに気づいてくれたんだろうか。
「綺麗、ですね」
指の上でキラキラ輝くダイヤは綺麗で、目を細めてしまう。
それと同時にこんな美しいものを私が身に着けるなんて許されるんだろうかと不安になった。
「そちらですと揃いのマリッジリングと重ねづけができますね」
白手袋をつけ、影山さんがいくつかのリングをケースから出してトレイの上に並べる。
「着けてみるか」
「えっ、あっ」
聞いておきながらすでに私の手を取り、着けている指環を一度外して海星本部長は指環を嵌めていた。
中央がくびれ、繊細にダイヤを半周埋め込んだリングはぴったりと先ほどの指環に重なり、さらに輝きが増す。
「凄く、綺麗です……」
思わずほぅと感嘆の息が漏れる。
まるでここだけ、シンデレラにでもなったみたいだ。
それには短く切りそろえただけの爪がまったく似合わないが。
「うん、綺麗な花音によく似合ってる」
指環の嵌まる左手を取り、海星本部長が芝居かかった動作で指先に口付けを落とす。
おかげでそこから一気に熱が身体中へ広がっていった。
「あの、その、あの」
口からは意味をなす言葉は出てこない。
「花音が自分には似合わないとかなんとか言い出す前にこれに決めてしまおう。
これでお願いします」
「えっ、あっ」
にっこりと笑った海星本部長が影山さんに目配せをする。
「かしこまりました」
影山さんは頭を下げ、海星本部長が選んだ指環ふたつを別にした。
本当にこんなものいいんだろうかという気持ちはあるが、かといって自分で選べといわれても決められる自信がない。
それに彼の言うとおり、似合わないから……などとうだうだ言い出しそうだ。
「その。
……ありがとう、ございます」
素直にお礼を言うのは恥ずかしくて、彼の袖を引いて俯く。
「うん?
俺は花音が喜ぶことならなんでもしたいからな」
ちゅっと彼が額に口付けを落としてくる。
その気持ちは嬉しいが、人前で気軽にキスしてくるのはどうにかしてもらいたい。
また影山さんは指環の整理をするフリをして目を逸らしていた。
「花音のマリッジリングはこれで決まりだから……」
彼も私と同じデザインの、ただしダイヤは付いていないリングを選ぶ。
「では、ご準備いたします」
「うん、お願いするよ」
影山さんは私たちが選んだリングを別にし、ケースを閉じた。
しかし、いきなり婚約指環と結婚指環を買うなんて思わなかった。
海星本部長はともかく、私もサイズがぴったりだったのはなんでだろう……?
惜しいな、せっかく海星本部長が取ってくれた極上ひつまぶしだったのに。
あんな話をしなければ心ゆくまで堪能できたんだけどな。
おかげで途中から、せっかくの高級鰻が微妙な味だったよ。
「さて。
とりあえず服でも見に行くか」
ぷらぷら海星本部長が歩いていった先では、スーツ姿の上品な男性が待っていた。
「お待ちしておりました」
「うん。
よろしく頼むよ」
海星本部長と同じ年くらいの彼に軽く挨拶し、彼に連れられて海星本部長はさらに奥へと進んでいく。
通されたのは豪華な応接室で、もしかして彼はいわゆる外商さんというヤツなのだろうか。
ソファーに座った海星本部長が軽く隣をぽんぽんと叩く。
そこに座れとの意味だと悟り、おそるおそる腰を下ろした。
「本日は婚約指環と結婚指環のご購入、そちらの女性のお洋服とお伺いしておりますが」
すぐに先ほどの男性が恭しく海星本部長に聞いてくる。
「うん、そうなんだ。
彼女と週明けにも籍を入れる予定でね」
ぐいっと海星本部長に腰を抱き寄せられ、びくりと身体が反応した。
「それはおめでとうございます。
ではすぐにご準備いたしますので、少々お待ちください」
「うん。
お願いするよ」
男性が出ていき、入れ違いで別の男性がコーヒーを出してくれる。
「あの……」
「ああ。
さっきのは俺の担当の影山さん。
ちなみに実家は別の担当だ」
「はぁ……」
いたって普通にコーヒーを飲みながら海星本部長が説明してくれたのはいいが、そこは私が聞きたいところではない。
「お待たせしました」
すぐに先ほどの男性、影山さんがアタッシュケースのようなものを数個積んで戻ってきた。
「まずは指環のほうです。
ご満足いただけるといいのですが……」
若干自信なさげに彼が目の前にケースを広げていく。
そこにはたくさんの指環が並んでいた。
「花音、どれがいい?」
「えっ、とー……」
満面の笑みで嬉しそうに海星本部長は勧めてくれるが、引き攣った笑みでそれらを眺めていた。
なんかどれもダイヤがキラキラしていて眩しい。
「婚約指環は必要ないのでは?」
もう明日には婚姻届が役所に提出される。
婚約期間はほぼゼロなわけで、わざわざ買う必要はないと思う。
それに私たちは愛しあって結婚するわけではなく、利害が一致した契約結婚なわけだし。
「なん……こほん」
不機嫌に海星本部長はなにかを言いかけたが、すぐに小さく咳払いして誤魔化してきた。
「俺が。
花音に買ってやりたいから買うんだ。
悪いか」
ぐいっと彼が、眼鏡がぶつかりそうな距離まで顔を近づけてくる。
「悪くない……です」
……たぶん、と心の中で付け足す。
圧が凄くてつい、同意してしまった。
「じゃあ、問題ないよな」
ついでとばかりに少し顔を傾け、彼は唇を重ねてくる。
「えっ、あっ」
ふたりきりならまだしも、人前なわけで。
気まずくてちらりと影山さんの反応を確認すると、彼は私はなにも見ていませんといわんばかりに指環を並べ替えていた。
さすが、セレブを相手にする外商さんだ。
「それで。
どれがいい?」
断る口実を失ってしまったので、諦めて並ぶ指環を見る。
いろいろ並んでいるがはっきりいって違いがわからない。
特に中央に一粒ダイヤを抱くものなど、ダイヤの大きさ以外になにが違うのか私にはわからなかった。
「そう、ですね……」
今までアクセサリーを選ぶ機会などなかった。
それが急に突きつけられて戸惑ってしまう。
「これとかどうだ?」
ひとつを取り、海星本部長が私の左手薬指に嵌めてくる。
もしかして私がどうしたらいいのか悩んでいるのに気づいてくれたんだろうか。
「綺麗、ですね」
指の上でキラキラ輝くダイヤは綺麗で、目を細めてしまう。
それと同時にこんな美しいものを私が身に着けるなんて許されるんだろうかと不安になった。
「そちらですと揃いのマリッジリングと重ねづけができますね」
白手袋をつけ、影山さんがいくつかのリングをケースから出してトレイの上に並べる。
「着けてみるか」
「えっ、あっ」
聞いておきながらすでに私の手を取り、着けている指環を一度外して海星本部長は指環を嵌めていた。
中央がくびれ、繊細にダイヤを半周埋め込んだリングはぴったりと先ほどの指環に重なり、さらに輝きが増す。
「凄く、綺麗です……」
思わずほぅと感嘆の息が漏れる。
まるでここだけ、シンデレラにでもなったみたいだ。
それには短く切りそろえただけの爪がまったく似合わないが。
「うん、綺麗な花音によく似合ってる」
指環の嵌まる左手を取り、海星本部長が芝居かかった動作で指先に口付けを落とす。
おかげでそこから一気に熱が身体中へ広がっていった。
「あの、その、あの」
口からは意味をなす言葉は出てこない。
「花音が自分には似合わないとかなんとか言い出す前にこれに決めてしまおう。
これでお願いします」
「えっ、あっ」
にっこりと笑った海星本部長が影山さんに目配せをする。
「かしこまりました」
影山さんは頭を下げ、海星本部長が選んだ指環ふたつを別にした。
本当にこんなものいいんだろうかという気持ちはあるが、かといって自分で選べといわれても決められる自信がない。
それに彼の言うとおり、似合わないから……などとうだうだ言い出しそうだ。
「その。
……ありがとう、ございます」
素直にお礼を言うのは恥ずかしくて、彼の袖を引いて俯く。
「うん?
俺は花音が喜ぶことならなんでもしたいからな」
ちゅっと彼が額に口付けを落としてくる。
その気持ちは嬉しいが、人前で気軽にキスしてくるのはどうにかしてもらいたい。
また影山さんは指環の整理をするフリをして目を逸らしていた。
「花音のマリッジリングはこれで決まりだから……」
彼も私と同じデザインの、ただしダイヤは付いていないリングを選ぶ。
「では、ご準備いたします」
「うん、お願いするよ」
影山さんは私たちが選んだリングを別にし、ケースを閉じた。
しかし、いきなり婚約指環と結婚指環を買うなんて思わなかった。
海星本部長はともかく、私もサイズがぴったりだったのはなんでだろう……?
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