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第三章 運命を変えたい
3-5
「すぐにお洋服の準備をいたします」
指環のケースを抱え、影山さんは出ていった。
すぐに今度はたくさんの洋服の掛かったラックを引いて戻ってくる。
「奥様のご趣味にあえばいいのですが……」
一瞬、〝奥様〟とは誰のことかわからなかった。
けれどここには海星本部長と私、さらに影山さんしかいないわけで、奥様と呼ばれるのは私以外、いない。
「えっ、あっ、えっと。
……はい」
気づくと妙に気恥ずかしく、もじもじと膝を擦りあわせて熱い顔で俯いてしまう。
そうか、私はもう奥様になるのか……。
「んー、花音に似合うのはどれかな……」
海星本部長は真剣に私の服を選んでいる。
が、日頃モノトーンの、しかもプチプラの服しか着ない私からすれば、どれも似合うとは思えなかった。
「とりあえずこれを着てみろ」
海星本部長から渡されたのはくすみピンクの、細かいプリーツのスカートだった。
「えっと……」
笑顔が引き攣りそうになる。
こんなの、私に似合うと思っているのだろうか。
「……はい」
それでも断るなんてできない私は、それを受け取って試着室へ入った。
穿いた自分を鏡で確認し、自嘲する。
……ほら。
全然似合ってないよ。
きっと海星本部長もがっかりすると確信しながら試着室を出た。
「どう、ですか……?」
嘲笑を覚悟する。
しかし。
「うん、いいな。
でもちょっと甘すぎるから……」
私の姿を見て嬉しそうに彼がにっこりと笑う。
「……は?」
さらに彼は服を選んでいるが、これのどこがいいと?
「あのー、海星本部長?
失礼ながらその眼鏡、あってます……?」
もうそれしか考えられない。
きっと眼鏡があっていなくてよく見えてないんだ。
「は?」
紺色のジャケットを手に振り返った彼は、目を見開いて私をまじまじと見た。
「あってるが?
ここまで運転してきただろ?」
「……そうでした」
じゃあ、じゃあ、えっと……。
「……変わったご趣味?」
地味子に似合わない服を着せるのが好き、とか?
「あのな」
つかつかと寄ってきた彼が、手に持っていたジャケットを突き出す。
着れといういう意味だというのは悟ったので、それを羽織った。
さらに彼は私のひっつめ結びを解いてしまう。
「あっ」
「じっとしてろ」
言われたとおりにおとなしくする。
海星本部長は手ぐしで私の髪を梳き、手早くゆるふわなハーフアップに結び直した。
「影山さん、どう思う?」
傍で控えていた影山さんに海星本部長が声をかける。
「よくお似合いです」
ゆったりと上品に影山さんは頷いたが、大事なお得意様に似合わないなんていう人はいないだろう。
「影山さんは俺に嘘はつかない。
そういうところは親よりも信用している」
「畏れ多いお言葉です」
影山さんは恐縮しているが、だったら本当に似合っている……?
「それでも似合わないというのなら、花音こそ眼鏡があってない。
すぐに眼鏡を買い替えよう。
いや、いっそ俺好みの眼鏡の買い替えるか?」
ひとりで真剣に悩んでいる彼を無視して、改めて鏡を見る。
髪型が変わったからか、少しいつもより顔が柔らかく見える。
そのせいかこんな服もそこまで悪くないと思えた。
「ほら。
悪くないだろ」
私の後ろに立ち、鏡越しに目をあわせて軽く海星本部長が私の肩をぽんぽんと叩く。
それについ、頷いていた。
「だいたいさ、キャバクラでナンバーワンキャバ嬢が嫉妬するくらい綺麗だったんだぞ、花音は。
それだけのポテンシャルがあるの。
もっと自信を持て」
「いたっ」
丸まりがちな背中を伸ばすように思いっきり叩かれ、悲鳴を上げながらも笑っていた。
「でも、化粧はもうちょっとどうにかしたほうがいいかもなー」
私の顔を見て、海星本部長はなにやら思案している。
自分でもファンデーションを塗って口紅を塗っただけのこのメイクはいかがなものかと思っていた。
私だってアイシャドーとか塗ってみたい。
一度、憧れから買ったが、高志から私に似合うわけがないと笑われて、封すら切らずにしまわれたままだ。
「影山さん、頼めるか」
「はい、お任せください」
頷いた彼はすぐに、どこかへ電話をかけ始めた。
「おまたせしましたー」
まもなくメイクボックスを抱えた女性がやってきた。
「彼女がメイクの仕方を教えてくれます」
「はい」
にっこりと笑った彼女はこの百貨店勤務の美容部員さんなのらしい。
「よろしくお願いします!」
今までしっかりメイクの勉強をしてこなかった私だが、こうやって機会を得られたのは嬉しい。
「じゃあ……」
「あ、そうだ」
早速始めようとした彼女を、海星本部長が止める。
「眼鏡込みのメイクで頼む。
眼鏡を外す前提はなしだ」
「承知いたしました」
こんなわけのわからない注文を受ける彼女はさすがプロだ。
しかし、俺の前以外では眼鏡を外すなとも言われたし、私は眼鏡がないとそんなに酷い顔なんだろうか……?
「綺麗なお肌ですねー。
なにか特別なお手入れとかなさってるんですか?」
私のメイクを落とし、彼女がまず肌を整えていく。
「いえ!
もう、洗って安いオールインワン塗るだけで」
「それでこれとか羨ましいですね」
ひとつずつ手順を説明し、彼女は私のメイクを進めていった。
その隣で海星本部長といえば。
「うーん、悩むな……。
いっそ、全部買うか……」
などと新しく淹れてもらったコーヒーを飲みながら、不穏な台詞を吐いていた。
指環のケースを抱え、影山さんは出ていった。
すぐに今度はたくさんの洋服の掛かったラックを引いて戻ってくる。
「奥様のご趣味にあえばいいのですが……」
一瞬、〝奥様〟とは誰のことかわからなかった。
けれどここには海星本部長と私、さらに影山さんしかいないわけで、奥様と呼ばれるのは私以外、いない。
「えっ、あっ、えっと。
……はい」
気づくと妙に気恥ずかしく、もじもじと膝を擦りあわせて熱い顔で俯いてしまう。
そうか、私はもう奥様になるのか……。
「んー、花音に似合うのはどれかな……」
海星本部長は真剣に私の服を選んでいる。
が、日頃モノトーンの、しかもプチプラの服しか着ない私からすれば、どれも似合うとは思えなかった。
「とりあえずこれを着てみろ」
海星本部長から渡されたのはくすみピンクの、細かいプリーツのスカートだった。
「えっと……」
笑顔が引き攣りそうになる。
こんなの、私に似合うと思っているのだろうか。
「……はい」
それでも断るなんてできない私は、それを受け取って試着室へ入った。
穿いた自分を鏡で確認し、自嘲する。
……ほら。
全然似合ってないよ。
きっと海星本部長もがっかりすると確信しながら試着室を出た。
「どう、ですか……?」
嘲笑を覚悟する。
しかし。
「うん、いいな。
でもちょっと甘すぎるから……」
私の姿を見て嬉しそうに彼がにっこりと笑う。
「……は?」
さらに彼は服を選んでいるが、これのどこがいいと?
「あのー、海星本部長?
失礼ながらその眼鏡、あってます……?」
もうそれしか考えられない。
きっと眼鏡があっていなくてよく見えてないんだ。
「は?」
紺色のジャケットを手に振り返った彼は、目を見開いて私をまじまじと見た。
「あってるが?
ここまで運転してきただろ?」
「……そうでした」
じゃあ、じゃあ、えっと……。
「……変わったご趣味?」
地味子に似合わない服を着せるのが好き、とか?
「あのな」
つかつかと寄ってきた彼が、手に持っていたジャケットを突き出す。
着れといういう意味だというのは悟ったので、それを羽織った。
さらに彼は私のひっつめ結びを解いてしまう。
「あっ」
「じっとしてろ」
言われたとおりにおとなしくする。
海星本部長は手ぐしで私の髪を梳き、手早くゆるふわなハーフアップに結び直した。
「影山さん、どう思う?」
傍で控えていた影山さんに海星本部長が声をかける。
「よくお似合いです」
ゆったりと上品に影山さんは頷いたが、大事なお得意様に似合わないなんていう人はいないだろう。
「影山さんは俺に嘘はつかない。
そういうところは親よりも信用している」
「畏れ多いお言葉です」
影山さんは恐縮しているが、だったら本当に似合っている……?
「それでも似合わないというのなら、花音こそ眼鏡があってない。
すぐに眼鏡を買い替えよう。
いや、いっそ俺好みの眼鏡の買い替えるか?」
ひとりで真剣に悩んでいる彼を無視して、改めて鏡を見る。
髪型が変わったからか、少しいつもより顔が柔らかく見える。
そのせいかこんな服もそこまで悪くないと思えた。
「ほら。
悪くないだろ」
私の後ろに立ち、鏡越しに目をあわせて軽く海星本部長が私の肩をぽんぽんと叩く。
それについ、頷いていた。
「だいたいさ、キャバクラでナンバーワンキャバ嬢が嫉妬するくらい綺麗だったんだぞ、花音は。
それだけのポテンシャルがあるの。
もっと自信を持て」
「いたっ」
丸まりがちな背中を伸ばすように思いっきり叩かれ、悲鳴を上げながらも笑っていた。
「でも、化粧はもうちょっとどうにかしたほうがいいかもなー」
私の顔を見て、海星本部長はなにやら思案している。
自分でもファンデーションを塗って口紅を塗っただけのこのメイクはいかがなものかと思っていた。
私だってアイシャドーとか塗ってみたい。
一度、憧れから買ったが、高志から私に似合うわけがないと笑われて、封すら切らずにしまわれたままだ。
「影山さん、頼めるか」
「はい、お任せください」
頷いた彼はすぐに、どこかへ電話をかけ始めた。
「おまたせしましたー」
まもなくメイクボックスを抱えた女性がやってきた。
「彼女がメイクの仕方を教えてくれます」
「はい」
にっこりと笑った彼女はこの百貨店勤務の美容部員さんなのらしい。
「よろしくお願いします!」
今までしっかりメイクの勉強をしてこなかった私だが、こうやって機会を得られたのは嬉しい。
「じゃあ……」
「あ、そうだ」
早速始めようとした彼女を、海星本部長が止める。
「眼鏡込みのメイクで頼む。
眼鏡を外す前提はなしだ」
「承知いたしました」
こんなわけのわからない注文を受ける彼女はさすがプロだ。
しかし、俺の前以外では眼鏡を外すなとも言われたし、私は眼鏡がないとそんなに酷い顔なんだろうか……?
「綺麗なお肌ですねー。
なにか特別なお手入れとかなさってるんですか?」
私のメイクを落とし、彼女がまず肌を整えていく。
「いえ!
もう、洗って安いオールインワン塗るだけで」
「それでこれとか羨ましいですね」
ひとつずつ手順を説明し、彼女は私のメイクを進めていった。
その隣で海星本部長といえば。
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