31 / 59
第四章 彼が社長になると決意した理由
4-6
話が終わり、和やかに食事が始まる。
「盛重さんってなにしてる人なの?
姉ちゃんの上司とは聞いたけど」
弟の口の利き方が馴れ馴れしくて睨んでいた。
「本社の開発部の本部長だよ。
それで、社長の息子」
お寿司を摘まみながらさらりと海星さんが自分の身分を明かす。
「え……」
弟の掴んだ箸から、寿司が転げ落ちていく。
「ちょっと待って。
じゃあ、盛重さんって次期社長……?」
弟も父も、穴があきそうなほど海星さんの顔を見ていた。
「さあ、どうかな。
俺には弟がいるからね。
なれるように努力はしているけど」
意味深に彼が、私側の目を瞑ってみせる。
ええ、それは言うわけにはいかないですね。
「ええーっ、そんな人の結婚相手が、うちみたいな一般庶民でいいのかよ」
それにはつい、うんうんと頷いていた。
「んー、俺は花音の乙女な部分が可愛いと思うし」
「まー、姉ちゃんは確かに乙女だ。
だからあんなアホ男に引っかかるんだよなー」
この年になっても乙女なんて、しかも弟にまで言われるのはいたたまれない。
さらにそれで、失敗したとなると。
「あと、間違っていることはきっぱりと間違っているという真っ直ぐなところとか」
「うんうん。
でもそれ、融通が利かないってことだけど、大丈夫?」
弟に私はそういう認識をされていたのだと初めて知った。
しかし、融通が利かないはよく言われる。
「そこがいいんだろ。
案外、間違っているとはっきり言うのは難しいんだ」
それは今までの彼の人生がそうだったんだろうと思うと切なくなった。
あの親と弟だ、きっと間違ったことをたくさん言っている。
しかし反論すれば今日みたいに物が、手が、飛んできたのだろう。
「それに俺は花音に救われたからな。
花音が貧乏人だろうとお姫様だろうと関係ないよ」
眼鏡の奥で目を細め、眩しいものかのように海星さんが私を見る。
おかげでみるみる頬が熱を持っていった。
「へーへー、お熱いこって」
気まずそうに弟が目を逸らす。
「ん?
もういいのか?
花音の可愛いところならいくらでもあげられるぞ?」
海星さんはまだ語り足りないらしいが、いい加減にしてください……。
父も母もどうしていいのかわからないのか、もぞもぞしているし。
海星さんの実家とは違い、楽しく過ごして実家をあとにする。
「今度は一緒に酒を飲もう」
「そうですね、楽しみです」
父は海星さんが気に入ったらしく、今日は車なのでお酒が飲めないのを残念がっていた。
「じゃあ、また来ます」
「ええ、いつでも来てね」
母はイケメンの、しかも性格もよさそうな息子ができたと大喜びだ。
「じゃあおやすみー」
両親に見送られて海星さんが車を出す。
弟はオンラインゲームの約束があると途中で抜けていた。
「素敵な家族で、羨ましい」
「そうですか?
騒がしい……」
そこまで言って、止まる。
今日、彼の家族の実態を目の当たりにした。
あんな家族ならば、うちのようなごく普通の家族でも羨ましく思えるに違いない。
「えっと」
こほんと小さく咳払いし、前言を撤回する。
「これから私たちで、素敵な家族になりましょう。
それにうちの家族はもう、海星さんの家族ですよ」
笑って、彼の横顔を見上げる。
なにかに気づいたように大きく開かれた目は、みるみるうちに潤んでいった。
片手で自分の眼鏡から下を海星さんが覆う。
「……うん、そうだな」
頷いた彼の目尻は光っていて、ぎゅっと私の胸が苦しく締まる。
これから私が、海星さんの素敵な家族になっていけばいい。
彼が私を幸せにしてくれるというのなら、私も彼を幸せにする。
……でも。
そっと、上機嫌で運転している彼の顔を盗み見る。
海星さんに家族を納得させるでまかせとはいえ、愛していると言われて怖かった。
人に、愛されるのが怖い。
愛されて本気になって愛するのが怖い。
本気になってもきっと、――また、捨てられる。
無意識に耳のピアスを触っていた。
ピアスをあけたところでまだ、私は高志から逃れられないのだ。
でも、きっぱり彼と別れて僅か一週間。
まだ絶望しなくていい。
しかし、どれだけ海星さんから愛情を注がれようと、この恐怖から逃れられる自信が私にはなかった。
「盛重さんってなにしてる人なの?
姉ちゃんの上司とは聞いたけど」
弟の口の利き方が馴れ馴れしくて睨んでいた。
「本社の開発部の本部長だよ。
それで、社長の息子」
お寿司を摘まみながらさらりと海星さんが自分の身分を明かす。
「え……」
弟の掴んだ箸から、寿司が転げ落ちていく。
「ちょっと待って。
じゃあ、盛重さんって次期社長……?」
弟も父も、穴があきそうなほど海星さんの顔を見ていた。
「さあ、どうかな。
俺には弟がいるからね。
なれるように努力はしているけど」
意味深に彼が、私側の目を瞑ってみせる。
ええ、それは言うわけにはいかないですね。
「ええーっ、そんな人の結婚相手が、うちみたいな一般庶民でいいのかよ」
それにはつい、うんうんと頷いていた。
「んー、俺は花音の乙女な部分が可愛いと思うし」
「まー、姉ちゃんは確かに乙女だ。
だからあんなアホ男に引っかかるんだよなー」
この年になっても乙女なんて、しかも弟にまで言われるのはいたたまれない。
さらにそれで、失敗したとなると。
「あと、間違っていることはきっぱりと間違っているという真っ直ぐなところとか」
「うんうん。
でもそれ、融通が利かないってことだけど、大丈夫?」
弟に私はそういう認識をされていたのだと初めて知った。
しかし、融通が利かないはよく言われる。
「そこがいいんだろ。
案外、間違っているとはっきり言うのは難しいんだ」
それは今までの彼の人生がそうだったんだろうと思うと切なくなった。
あの親と弟だ、きっと間違ったことをたくさん言っている。
しかし反論すれば今日みたいに物が、手が、飛んできたのだろう。
「それに俺は花音に救われたからな。
花音が貧乏人だろうとお姫様だろうと関係ないよ」
眼鏡の奥で目を細め、眩しいものかのように海星さんが私を見る。
おかげでみるみる頬が熱を持っていった。
「へーへー、お熱いこって」
気まずそうに弟が目を逸らす。
「ん?
もういいのか?
花音の可愛いところならいくらでもあげられるぞ?」
海星さんはまだ語り足りないらしいが、いい加減にしてください……。
父も母もどうしていいのかわからないのか、もぞもぞしているし。
海星さんの実家とは違い、楽しく過ごして実家をあとにする。
「今度は一緒に酒を飲もう」
「そうですね、楽しみです」
父は海星さんが気に入ったらしく、今日は車なのでお酒が飲めないのを残念がっていた。
「じゃあ、また来ます」
「ええ、いつでも来てね」
母はイケメンの、しかも性格もよさそうな息子ができたと大喜びだ。
「じゃあおやすみー」
両親に見送られて海星さんが車を出す。
弟はオンラインゲームの約束があると途中で抜けていた。
「素敵な家族で、羨ましい」
「そうですか?
騒がしい……」
そこまで言って、止まる。
今日、彼の家族の実態を目の当たりにした。
あんな家族ならば、うちのようなごく普通の家族でも羨ましく思えるに違いない。
「えっと」
こほんと小さく咳払いし、前言を撤回する。
「これから私たちで、素敵な家族になりましょう。
それにうちの家族はもう、海星さんの家族ですよ」
笑って、彼の横顔を見上げる。
なにかに気づいたように大きく開かれた目は、みるみるうちに潤んでいった。
片手で自分の眼鏡から下を海星さんが覆う。
「……うん、そうだな」
頷いた彼の目尻は光っていて、ぎゅっと私の胸が苦しく締まる。
これから私が、海星さんの素敵な家族になっていけばいい。
彼が私を幸せにしてくれるというのなら、私も彼を幸せにする。
……でも。
そっと、上機嫌で運転している彼の顔を盗み見る。
海星さんに家族を納得させるでまかせとはいえ、愛していると言われて怖かった。
人に、愛されるのが怖い。
愛されて本気になって愛するのが怖い。
本気になってもきっと、――また、捨てられる。
無意識に耳のピアスを触っていた。
ピアスをあけたところでまだ、私は高志から逃れられないのだ。
でも、きっぱり彼と別れて僅か一週間。
まだ絶望しなくていい。
しかし、どれだけ海星さんから愛情を注がれようと、この恐怖から逃れられる自信が私にはなかった。
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
カモフラ婚~CEOは溺愛したくてたまらない!~
伊吹美香
恋愛
ウエディングプランナーとして働く菱崎由華
結婚式当日に花嫁に逃げられた建築会社CEOの月城蒼空
幼馴染の二人が偶然再会し、花嫁に逃げられた蒼空のメンツのために、カモフラージュ婚をしてしまう二人。
割り切った結婚かと思いきや、小さいころからずっと由華のことを想っていた蒼空が、このチャンスを逃すはずがない。
思いっきり溺愛する蒼空に、由華は翻弄されまくりでパニック。
二人の結婚生活は一体どうなる?
俺様上司に今宵も激しく求められる。
藤白ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
◆エブリスタ様にも掲載。人気沸騰中です!
https://estar.jp/novels/26513389
黒瀬部長は部下を溺愛したい
桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。
人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど!
好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。
部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。
スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。
会社のイケメン先輩がなぜか夜な夜な私のアパートにやって来る件について(※付き合っていません)
久留茶
恋愛
地味で陰キャでぽっちゃり体型の小森菜乃(24)は、会社の飲み会で女子一番人気のイケメン社員・五十嵐大和(26)を、ひょんなことから自分のアパートに泊めることに。
しかし五十嵐は表の顔とは別に、腹黒でひと癖もふた癖もある男だった。
「お前は俺の恋愛対象外。ヤル気も全く起きない安全地帯」
――酷い言葉に、菜乃は呆然。二度と関わるまいと決める。
なのに、それを境に彼は夜な夜な菜乃のもとへ現れるようになり……?
溺愛×性格に難ありの執着男子 × 冴えない自分から変身する健気ヒロイン。
王道と刺激が詰まったオフィスラブコメディ!
✽全28話完結
✽辛口で過激な発言あり。苦手な方はご注意ください。
✽他誌にも掲載中です。
✽2026.4/11 エブリスタ用に使用している表紙に変更しました。
→表紙はイラストをGrok タイトルをChatGPTでAI生成しています。
契約書は婚姻届
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「契約続行はお嬢さんと私の結婚が、条件です」
突然、降って湧いた結婚の話。
しかも、父親の工場と引き替えに。
「この条件がのめない場合は当初の予定通り、契約は打ち切りということで」
突きつけられる契約書という名の婚姻届。
父親の工場を救えるのは自分ひとり。
「わかりました。
あなたと結婚します」
はじまった契約結婚生活があまー……いはずがない!?
若園朋香、26歳
ごくごく普通の、町工場の社長の娘
×
押部尚一郎、36歳
日本屈指の医療グループ、オシベの御曹司
さらに
自分もグループ会社のひとつの社長
さらに
ドイツ人ハーフの金髪碧眼銀縁眼鏡
そして
極度の溺愛体質??
******
表紙は瀬木尚史@相沢蒼依さん(Twitter@tonaoto4)から。
【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~
蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。
嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。
だから、仲の良い同期のままでいたい。
そう思っているのに。
今までと違う甘い視線で見つめられて、
“女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。
全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。
「勘違いじゃないから」
告白したい御曹司と
告白されたくない小ボケ女子
ラブバトル開始