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第六章 身籠もり旅行
6-3
「……のん。
花音」
ぺちぺちと軽く頬を叩かれ、意識が戻ってくる。
「はひ……」
次第にはっきりと見えてきた海星さんは、心配そうな顔をしていた。
「ごめん、飛ばしすぎた」
「あっ、えっと。
……大丈夫、です」
と言いつつも、ぐったりと彼にもたれかかる。
「そろそろ上がろうか。
のぼせる」
「そうですね」
身体を離そうとするが、力が入らない。
諦めてまた、彼にもたれた。
「ちょっと動けません……」
「ん、わかった」
軽く口付けし、海星さんが私を抱えて上がってくれる。
近くの椅子に座らせて身体を拭いてくれた。
浴衣は手を借りてなんとか着る。
「喉、乾いてるだろ」
「ありがとうございます」
座敷に戻り、私を座椅子に座らせて蓋を緩めた炭酸水のペットボトルを彼が渡してくれた。
ゆっくりとそれを傾ける。
乾いた身体にパチパチと弾ける炭酸水が染みていった。
「ごめん。
一生懸命、俺のに擦りつけて感じてる花音が可愛すぎて興奮した」
どさっと私に隣に海星さんが腰を下ろす。
「言わないでぇ……」
眼鏡が汚れるなどかまわず、手で顔を隠した。
さっきの痴態は思い出すだけで顔から火を噴きそうだ。
「そういう花音、可愛くてまたシたくなるんだけど」
「ひっ」
耳に口付けを落とされ、小さく悲鳴が漏れる。
「でもこれから長いからな。
少しゆっくりしよう」
海星さんも持ってきたペットボトルを開け、口をつけた。
まだ、この身籠もり旅行は始まったばかりだ。
彼の言うとおり、先は長い。
眼鏡を拭き、庭を散歩した。
「広いお庭ですね」
庭だけで軽く、大きめの競技場並みの広さがある。
「ああ。
本館は昔の石油王の屋敷を改築したものなんだ」
それでかと納得した。
石油王の屋敷は訪れたことはないが、華族の屋敷は訪れたことがある。
あれに近いものを感じていたが、当たらずとも遠からずだったようだ。
「じゃあ、離れは……?」
あそこもかなり豪奢な作りだった。
くだんの石油王のものなんだろうか。
「あそこは妾を囲っていた部屋だ」
「妾……?」
少し考えて昔の愛人だとようやく気づいた。
「二代目の当主はあそこに妾を囲い、淫蕩に耽っていたそうだ」
「へ、へぇー……」
反応が微妙になる。
淫蕩に耽っていた部屋とは今回の旅行にぴったりだが、その相手が愛人なのが引っかかった。
海星さんは自分の母親と重なったりしないんだろうか。
「俺も花音をどこかに閉じ込めて、誰にも会わせないようにしてしまいたい」
私を見下ろし、彼が顎を持ち上げる。
レンズの向こうから私を見つめるブラックダイヤモンドからは、なにを考えているのか読み取れなかった。
「海星、さん……?」
「こんな誰でも来られるところじゃなく……そうだな。
船でしか行き来できない孤島がいい」
彼はいったい、なにが言いたいのだろう。
蜘蛛の糸に絡め取られたかのように視線は髪の毛一本分も逸らせない。
「そうすれば花音は、俺から逃げられなくなる」
うっとりと彼の親指が私の唇をなぞる。
「なんてな」
ふざけるように笑い、海星さんは私の顔から手を離した。
「冗談、ですか」
「そうだ、冗談だ」
おかしそうにくすくす笑う彼にはもう、先ほどまでの張り詰めた空気はない。
促されて再び歩き出す。
隣を歩く、彼の顔をちらり。
海星さんはもしかして、私が去っていくのを恐れているんだろうか。
でも、なんで?
捨てられるのは道具の私のほうなのに。
戻ってきても夕食の時間までまだあったので、畳に寝転んでだらだらする。
「明日は観光、したりしないんですか」
さっき本館に寄っていくつかもらってきたパンフレットには、近くに眺望のいい渓谷や観光牧場があると載っていた。
「んー、予定は入れてない」
「……は?」
座椅子に寄りかかり、タブレットを眺めている海星さんを想わず起き上がって見ていた。
「なんだ、観光に行きたいのか?」
さぞ意外そうに言われたが、もしかして本気で一日中、スるつもりなんだろうか。
「え、ええっと……」
笑顔が引き攣るが仕方ない。
「夜だけで花音が妊娠できる自信があるならいいが」
ようやくそこで彼の顔がこちらを向いた。
しかもニヤニヤと意地悪く笑っている。
「……ない、です」
そうだ、これは身籠もり旅行なのだ。
確実にするには回数を重ねるしかない……のか?
それはそれで甚だ疑問だが。
でも、それ以外の方法なんて思いつかないし。
「なーんて嘘だ」
「う……そ?」
突然、にぱっと人なつっこそうに笑われたって、わけがわからない。
「昼前から少し出掛ける」
立ってきた彼は私の隣に同じように寝転んだ。
「どこに?」
「んー、着いてのお楽しみ?
そういやさっきのまんじゅうの店はわかったのか?」
「あっ、まだです」
自分の携帯に目を落とし、画面に指を走らせる。
今、誤魔化された気がしたけれど気のせいかな。
それに着いてのお楽しみってなにを企んでいるんだろう?
海星さん、ときどきとんでもないことするからちょっと心配だ……。
花音」
ぺちぺちと軽く頬を叩かれ、意識が戻ってくる。
「はひ……」
次第にはっきりと見えてきた海星さんは、心配そうな顔をしていた。
「ごめん、飛ばしすぎた」
「あっ、えっと。
……大丈夫、です」
と言いつつも、ぐったりと彼にもたれかかる。
「そろそろ上がろうか。
のぼせる」
「そうですね」
身体を離そうとするが、力が入らない。
諦めてまた、彼にもたれた。
「ちょっと動けません……」
「ん、わかった」
軽く口付けし、海星さんが私を抱えて上がってくれる。
近くの椅子に座らせて身体を拭いてくれた。
浴衣は手を借りてなんとか着る。
「喉、乾いてるだろ」
「ありがとうございます」
座敷に戻り、私を座椅子に座らせて蓋を緩めた炭酸水のペットボトルを彼が渡してくれた。
ゆっくりとそれを傾ける。
乾いた身体にパチパチと弾ける炭酸水が染みていった。
「ごめん。
一生懸命、俺のに擦りつけて感じてる花音が可愛すぎて興奮した」
どさっと私に隣に海星さんが腰を下ろす。
「言わないでぇ……」
眼鏡が汚れるなどかまわず、手で顔を隠した。
さっきの痴態は思い出すだけで顔から火を噴きそうだ。
「そういう花音、可愛くてまたシたくなるんだけど」
「ひっ」
耳に口付けを落とされ、小さく悲鳴が漏れる。
「でもこれから長いからな。
少しゆっくりしよう」
海星さんも持ってきたペットボトルを開け、口をつけた。
まだ、この身籠もり旅行は始まったばかりだ。
彼の言うとおり、先は長い。
眼鏡を拭き、庭を散歩した。
「広いお庭ですね」
庭だけで軽く、大きめの競技場並みの広さがある。
「ああ。
本館は昔の石油王の屋敷を改築したものなんだ」
それでかと納得した。
石油王の屋敷は訪れたことはないが、華族の屋敷は訪れたことがある。
あれに近いものを感じていたが、当たらずとも遠からずだったようだ。
「じゃあ、離れは……?」
あそこもかなり豪奢な作りだった。
くだんの石油王のものなんだろうか。
「あそこは妾を囲っていた部屋だ」
「妾……?」
少し考えて昔の愛人だとようやく気づいた。
「二代目の当主はあそこに妾を囲い、淫蕩に耽っていたそうだ」
「へ、へぇー……」
反応が微妙になる。
淫蕩に耽っていた部屋とは今回の旅行にぴったりだが、その相手が愛人なのが引っかかった。
海星さんは自分の母親と重なったりしないんだろうか。
「俺も花音をどこかに閉じ込めて、誰にも会わせないようにしてしまいたい」
私を見下ろし、彼が顎を持ち上げる。
レンズの向こうから私を見つめるブラックダイヤモンドからは、なにを考えているのか読み取れなかった。
「海星、さん……?」
「こんな誰でも来られるところじゃなく……そうだな。
船でしか行き来できない孤島がいい」
彼はいったい、なにが言いたいのだろう。
蜘蛛の糸に絡め取られたかのように視線は髪の毛一本分も逸らせない。
「そうすれば花音は、俺から逃げられなくなる」
うっとりと彼の親指が私の唇をなぞる。
「なんてな」
ふざけるように笑い、海星さんは私の顔から手を離した。
「冗談、ですか」
「そうだ、冗談だ」
おかしそうにくすくす笑う彼にはもう、先ほどまでの張り詰めた空気はない。
促されて再び歩き出す。
隣を歩く、彼の顔をちらり。
海星さんはもしかして、私が去っていくのを恐れているんだろうか。
でも、なんで?
捨てられるのは道具の私のほうなのに。
戻ってきても夕食の時間までまだあったので、畳に寝転んでだらだらする。
「明日は観光、したりしないんですか」
さっき本館に寄っていくつかもらってきたパンフレットには、近くに眺望のいい渓谷や観光牧場があると載っていた。
「んー、予定は入れてない」
「……は?」
座椅子に寄りかかり、タブレットを眺めている海星さんを想わず起き上がって見ていた。
「なんだ、観光に行きたいのか?」
さぞ意外そうに言われたが、もしかして本気で一日中、スるつもりなんだろうか。
「え、ええっと……」
笑顔が引き攣るが仕方ない。
「夜だけで花音が妊娠できる自信があるならいいが」
ようやくそこで彼の顔がこちらを向いた。
しかもニヤニヤと意地悪く笑っている。
「……ない、です」
そうだ、これは身籠もり旅行なのだ。
確実にするには回数を重ねるしかない……のか?
それはそれで甚だ疑問だが。
でも、それ以外の方法なんて思いつかないし。
「なーんて嘘だ」
「う……そ?」
突然、にぱっと人なつっこそうに笑われたって、わけがわからない。
「昼前から少し出掛ける」
立ってきた彼は私の隣に同じように寝転んだ。
「どこに?」
「んー、着いてのお楽しみ?
そういやさっきのまんじゅうの店はわかったのか?」
「あっ、まだです」
自分の携帯に目を落とし、画面に指を走らせる。
今、誤魔化された気がしたけれど気のせいかな。
それに着いてのお楽しみってなにを企んでいるんだろう?
海星さん、ときどきとんでもないことするからちょっと心配だ……。
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