孕むまでオマエを離さない~孤独な御曹司の執着愛~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ

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第七章 嫉妬と愛と

7-3

冷たい水を飲んだおかげで、かなり復活した。

「そろそろ……」

「坂下」

顔を上げたら、右田課長がどこか思い詰めた顔で見ていた。

「右田、課長……?」

あまりにも真剣な顔が怖くて、目は逸らせない。
傾きながら近づいてくる顔を、ただ見ていた。
柔らかい彼のそれが私の唇に触れて、離れる。

「……ごめん」

「なにを、やっているんですか」

課長が小さく呟くのと、海星の声が聞こえてきたのは同時だった。

「かい、せい……?」

声はとても静かだったが、これ以上ないほど怒っているのはすぐにわかった。
怖くて後ろを振り返れない。

「なにって?
見たとおりですが」

立ち上がった右田課長が、頬を歪めて挑発的に笑う。

「彼女が私の妻だとご存じですよね」

「ええ。
知っていますが、なにか?」

私の頭の上で、海星と右田課長が話しているのを茫然と聞いていた。

「なのに彼女にキスするとは、どういうおつもりですか」

「どういうつもりもなにも、そういうつもりですが」

……右田課長にキス、された。

おそるおそる自分の唇に触れる。
気のせいだと思いたいのに、その感触は生々しいまでに残っていた。

「これは立派な犯罪ですよ」

「犯罪?
違いますね、これは同意のうえですから」

小バカにするように右田課長が笑う。

「同意……?」

その単語の意味を理解するとともに、みるみる血の気が引いていく。

「ちがっ!
私は同意なんて……!」

勢いよく顔を上げたら、海星と目があった。
彼は凍えるほど冷たい目で私を見下ろしている。

「嫌がってなかったんだから同意だろ」

私は否定したというのに、右田課長は詭弁を弄してきた。
私の尊敬する上司はこんな最低の人間だっただろうか。
今の彼は私の知る課長からはかけ離れていて、戸惑った。

「同意があろうとなかろうと、人妻にキスするなど問題ですよ」

「じゃあ、自分の子供を産ませるために女を金で買うのは問題じゃないんですか」

口を開きかけて、海星が止まる。
海星は好きになったから私を選んだ。
けれど課長が言っているのは事実で、海星も後ろめたさがあるから反論できないのだと思う。

「そんな、モノみたいに扱われて坂下さんが可哀想だ。
私なら坂下さんを大事にしますよ。
なあ、坂下さん。
盛重本部長と別れて僕のところへきたらどうだ」

私に視線を向けた右田課長がなにを考えているのかわからない。
行きの車の中で、彼は私を好きだったと言い、吹っ切れた顔をしていた。

……そう、好き〝だった〟と過去形だったのだ。

なのに今、どうしてこんな話をしているのだろう。

「確かに金で買ったのは事実だが、俺は花音を愛している」

私が返事をするよりも先に海星が口を開く。

「あなたが坂下さんを愛していようと、坂下さんはそうじゃない」

なぜ、右田課長が私の気持ちを勝手に決めるの?
さっきから課長はいつもの彼らしくない。

「わた、しは。
海星……盛重本部長を愛しています」

「言わされてるんだろ?
そんな嘘、つかなくていいんだぞ」

ううんと首を振り、真っ直ぐに課長と目をあわせた。

「私は海星を愛しています。
この気持ちに嘘偽りはありません」

私が告げた途端、右田課長の顔が苦しげに歪んだ。
けれどそれは一瞬で、すぐにまたさっきまでの海星を見下した醜い顔へと戻る。

「そう言うように彼女を洗脳したのか?
酷いな」

はっ、と課長は呆れたように吐き捨てた。

「違います!
洗脳なんかされていません!
私は本当に海星を愛して……!」

「可哀想に。
本当は愛してなどいないのに、そんなふうに思い込まされて」

私を見下ろしている課長は、完全に憐れんでいた。
なんでそんなふうに言われなきゃいけないの?
どうして課長は信じてくれないの?

「……キサマこそさっきから、なにを言っているんだ?」

さっきまでは怒りを隠した声だったのに、今の海星は怒りを露わにしていた。

「愛している女の言葉を信じず、貶める?
それこそ、キサマが花音を愛していない証拠だ」

さっきまではあんなに海星の言うことを否定していたのに、課長は黙っている。

「花音が黒いモノを白だと言えば俺は白だと信じるし、俺が白に塗り替えてやる。
でも俺の花音はそんな間違ったこと、言わないけどな」

ターンは海星のものに変わっていた。
課長に口を開かせず、さらに彼が続ける。

「俺をバカにするのはいい。
花音を金で買ったのは事実だし、申し訳ないと思っている。
でもな。
花音を貶すのだけは絶対に許さん。
絶対に、だ」

海星の語気は荒い。
こんなに感情を露わにするほど、腹の底から怒っている。

右田課長のネクタイを掴み、海星は引き寄せた。

「……この落とし前、きっちりつけてもらうからな」

耳もとで囁き、海星がネクタイをぱっと離す。

「行くぞ」

「えっ、あっ!」

私の手を掴み、海星は強引に歩いていく。
半ば引きずられながら振り返ると、右田課長が魂が抜けたかのようにたたずんでいた。
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