天才魔導師と秀才魔法剣士を(いろんな意味で)癒すのがお仕事です

うづきなな

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◯◯◯◯しないと出られない部屋 1

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 ゼリンダの部屋にいたはずが、全く知らない寝室に変わっていた。
「えっ? ここ、どこ?」
 動揺するゼリンダに、カイは平然と答えた。
「俺たち三人だけの空間。イメージしたのは俺に部屋だから、そのままになったな」
 カイは相当なお金持ちの家の子らしい。ゼリンダは立派な部屋をきょろきょろと見回す。ふかふかの絨毯に、三人で寝ても十分に手足の伸ばせそうな大きなベッド。その他、この部屋にあるものは何もかもが上等だと一目でわかる。カイは貴族の子息なのだとようやく気づいた。保育園に援助すると言っていたのも十分できるお金があるらしい。
「空間切り離してるから、どんな声を出しても、どんな音がしてもここにいる俺たちにしか聞こえない」
「いつの間にそんな魔法が使えるようになったんだ?」
 カイの突拍子のない行動にシエルは長いため息をついた。振り回されるのは慣れているつもりだったがまだ甘かった。
「初めて使った。文献で見てから使ってみたいと思ってたけど機会がなかったし、魔力の消費量とか負荷が半端ないから。条件つければやれるってわかって良かった。ゼリンダいるから安心だし」
「条件? 私がいると安心?」
 カイの言うことがさっぱり理解できず、ゼリンダは目を白黒させるばかりだ。
「ああ。今は三人でセックスしないと出られないって条件にした」
 シエルは驚愕しながらカイを見る。驚きの視線を受けてもカイは平然としていた。
「はい?」
 カイの言っていることが音でしか理解できなかったゼリンダは首を傾げる。
「カイ!? お前、何を考えてるんだ……」
 相棒の傍若無人ぶりは慣れているつもりだったが、まだまだ甘かったとシエルは肩を落とす。 
「多分ゼリンダとセックスすると、《澱》がキレイさっぱり消える」
 澱は魔法を使う人間に常について回る問題だ。特にカイやシエルのように魔法を生業としている人間にとっては、時に生死に関わる。しかし強い魔法使いは大抵、澱への対処方をそれぞれに持っている。
 澱は魔力を持つ人間が身体に生まれつき有している魔法石によって可視化できる。普段、石は人それぞれの輝きを放っているが澱がたまってくるとどす黒くよどむ。魔法石が澱みきってしまうと、魔法が使えなくなったり、廃人になってしまったりと様々な問題が起こる。中には怪物と化してしまう者もいる。
「多分って……」
 ゼリンダは呆気に取られる。
「魔法の文献はいろいろ読んでる。澱の浄化に関する書物も読んで考察した結果だ。王宮や教会に仕える身体の治癒を得意としている聖女とは違う。俺も、あんたタイプの聖女は初めて会うから多分。だけど自信はある」
 淡々と告げるカイは表情も全く変わらない。 
「もし違ったら、ちゃんと責任は取る」
「せき……にん?」
 ゼリンダは恐る恐る問いかける。カイは無表情のままコクリとうなずいた。
「ヤリ捨てなんかしないから安心しろ。あんたと結婚する。一生、生活には困らせない」
 カイの突拍子もない提案にゼリンダは飛び上がりそうなほど驚いた。
「あなた、貴族でしょう? 私みたいな平民と結婚なんて」
「俺は末っ子で、兄貴が跡を継ぐのは決まってるし、家はそういうの気にしない。俺は今、どうしてもあんたとヤりたい」
「そんな……」
 ゼリンダは困り果てる。カイは一歩も退く気がないと顔を見ればわかる。いたって真剣なのもわかる。
「俺の予想が合ってたら、俺たち三人はずっと一緒だ」
「俺は巻き込まれるの確定なのね」
 シエルはため息とともに肩を落とした。カイはシエルの気持ちも、ゼリンダの意思もお構い無しだ。こうなったらカイはてこでも動かない。幸い、ゼリンダは王都でもなかなか出会えない美少女だ。シエルとしては好みのタイプの外見だったのでお相手できるのは悪くない。
「あんた、才能あるよ」
 ゼリンダが諦めきれなかった、言われて嬉しい言葉を、この男はくれる。ゼリンダの胸はドキリと鳴った。
「でも」
 大きな手にあごを捕まれてたので顔を背けることができない。視線だけ逸らしたが、カイの強い眼差しを肌に感じて緊張する。嬉しい言葉だが、気持ちは追いつかない。つまりカイはゼリンダに身体を差し出せと言っている。
「あんたの才能、俺が引き出してやる」
 熱のない淡々としたささやきなのに、彼は真剣に言っているのだとわかるからゼリンダの心は揺らぐ。
 手に入れたいと、ずっと思っていたもの。あきらめかけたもの。彼を信じれば、手に入れることのだろうか。
「ごめんね。こいつ、こうなったら絶対引かないから」
 カイの相棒のシエルは曖昧な微笑みを浮かべてゼリンダを見る。彼はカイの味方だとゼリンダは悟った。口では謝っているが、カイを止める気はない。
「カイが女性にこんなことを言い出すのは初めてだから俺も驚いてるんだ」
 シエルは端正な面に優美な微笑みを浮かべ、少し困惑気味だが甘やかな声で穏やかに語りかける。この人も一緒なら、今ここで抱かれるのも悪くないのではないか。彼になら初めてを捧げても後悔はないように思える。容姿も声もかっこいいし、振る舞いは優美で気遣いもできる。うっかりその気になりそうになったが、ゼリンダはギリギリ踏みとどまった。
「でも、まだ会ったばかりだし、私、その、初めてだから……」
 どうにか行為を回避しようとゼリンダはもだもだと言い訳をする。
「俺も初めてだから心配するな」
「そうなの?」
 カイからの思わぬカミングアウトにシエルは思わず反応してしまう。カイは無言でこくりと頷いた。その動作が無垢な子供のようでかわいらしいと感じたぜリンダはぶんぶんと首を何度も横に振る。すっかり毒されている。
「私たち、お互いのこと何にも知らないし!」
「俺はカイ・ローズブレイド。魔導師だ。19歳。他に知りたいことは?」
「カイさん、貴方も初めてなんでしょ? やっぱり、こういうのは、好きな人と……」
「好きな人なんていない。あんたの見た目はわりと好きだけど」
 カイの口説き文句にゼリンダはぐっと言葉に詰まる。ああ言えばこう言う。勝てる気がしない。
「俺はシエル・ブルトガング。21歳。魔法剣士で、カイと組んで主に魔物の討伐を請け負ってる。今は恋人いないから安心して?」
 柔らかく微笑むシエルに手を差し出され、ゼリンダはペコリと頭を下げて握手をした。なぜかそうしないといけない気がした。これは天性の人誑しだ。
「ゼリンダ・メルランです。18歳です。白魔法の勉強を……しています。ちょっと、伸び悩んでますけど……」
 それほど年齢の変わらないキラキラしたオーラを放つふたりを前にすると、ゼリンダはどうにも卑屈な気分になってしまう。
「これでお互いのことは知れた」
「全然知れてないです!」
「あとは付き合っていけば嫌でもわかるだろ」
 カイの言うことも一理あるように思えた。でも、出会ったばかりの男性に身体を預けるのはやはり不安だ。
「俺の目に狂いはない。あんたの全てを俺たちに預けてくれ」
 どうしてここまでカイは断言できるのだろうか。ゼリンダはふしぎに思う。
「どうして、そんなに迷いがないんですか?」
「あんたを見つけたときに確信したから。あんたの才能を間違うような雑な魔導研究はしてない」
 カイのこんな風に言い切れる強さは見習いたい気がした。そしてそう言い切れるほど、彼は魔導に対して向き合っているのだろう。カイの言葉を受け入れれば、ゼリンダも少し強くなれるだろうか。
「あんたは伝説級の力を持ってる。だけど、今のままじゃ何も変わらない」
 変わりたい。一歩踏み出したい。カイの真っ直ぐで純粋な瞳を前に、ゼリンダは強く思った。
 不安がないわけではない。しかしゼリンダは覚悟を決めた。ぐずぐずしていても活路は見出だせない。彼の言葉が本当だという証拠はないが、ふしぎと嘘をついているとは思えなかった。彼らほどの美形が、わざわざ嘘をついてまでゼリンダを手籠めにする必要を感じられなかった。その気になればいくらでも女性は寄ってきそうだ。ゼリンダ自身、カイでもシエルでも、彼らに手間暇をかけて口説かれればおそらくころっと落ちている予感はする。
「……わかりました」
 グッと強く拳を握ってベットに膝を乗せる。
「さあ、どうぞ! 焼くなり煮るなり、お好きにしてください!」
 ゼリンダはベッドの上で大の字になって寝転んだ。その様子にカイは喉の奥でくっと笑う。
「色気がない」
 余計な一言を投げかけてくるカイに抗議するためにゼリンダ勢いよくは起き上がった。
「仕方ないでしょ!」
「でもその度胸は悪くない」
 にやりと不敵に微笑んだカイはベッドに座るゼリンダを見下ろした。
「あんた、キスの経験は?」
「恋愛的なのは、初めて……」
「俺も」
 そう言ったのと同時にカイはゼリンダの唇にキスをした。何の前触れもなく、本当に一瞬のことだった。
 ゼリンダはぼう然としながらカイを見つめる。これまでほとんど表情が動かなかったカイが少し照れくさそうに微笑んだ顔に、ゼリンダはドキリとした。かわいいと思ってしまう。キスのマジック怖いとゼリンダは狼狽えた。
「シエルも」
「良い、の……かな?」
 シエルは困って助けを求めるようにゼリンダを見つめる。ここまできたら、もうゼリンダも腹を括っていた。シエルに深く頷いて見せる。
「ゼリンダの力が必要なのは、俺よりむしろシエル」
 何でもお見通しの相方に、シエルは苦笑いがこぼれる。そして小さくため息をついた。
「……ごめんね」
 シエルの切ない微笑みにゼリンダの胸はきゅっと締め付けられる。この美男子にこんな表情を見せられて、どうにかしてあげたいと思わない人間はいないのではないだろうか。
「自分なりの対処法は持っているんだけど」
 襟元を緩めて、シエルは左胸の魔法石を可視化する。ダイヤモンドのような美しい魔法石が三分の一ほど黒く変色していた。
「澱が溜まりやすくて」
「これは……心配ですね」
 ゼリンダは思わず手を伸ばして触れてしまう。上級の聖女なら少しは取り除いてあげられるのに、とゼリンダは悔しくなった。
「あ。ごめんなさ……」
 あわてて手を引っ込めようとしたゼリンダの指の動きにリンクするように、黒い澱は水に溶けた絵の具のように動いた。そして少し取り除かれる。
「えっ?」
「さっきのキスだけでここまで力が解放されるなんて、あんた、期待以上だ」
「え……?」
 カイはにやりと不敵に笑う。驚いていたシエルだったが、キスで力が解放されるというカイの言葉に反応して、熱に浮かされるようにゼリンダに口付けた。
 ゼリンダも自分にこんな力があるなんて知らなかったので動揺しながらも、シエルからのキスを受け入れる。
「不思議だね。君とキスをしただけで、魔法石が少し軽くなったのがわかる」
「本当、ですか?」
「うん。本当」
 戸惑うゼリンダを安心させるようにシエルは甘やかに微笑んで優しいキスをする。
「緊張してるね」
「してます」
「優しくするから、安心して?」
 シエルはゼリンダの白く柔らかな頰を撫でる。彼の長いまつ毛に囲まれたアイスブルーの瞳の妖艶さにゼリンダは息を呑んだ。
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