天才魔導師と秀才魔法剣士を(いろんな意味で)癒すのがお仕事です

うづきなな

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あんたの才能、引き出してやる

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「あんた、才能あるよ」
 ずっとゼリンダが誰かに言ってもらいたかった言葉を、この男はくれる。無理難題を突きつけられたのに胸が高鳴った。
「でも」
 大きな手にあごを捕まれていたので顔を背けることはできない。視線だけ逸らしたが、カイの強い眼差しを肌に感じて緊張する。
「あんたの才能、俺が引き出してやる」
 熱のない低いささやきなのに、彼は真剣に言っているのだとわかるからゼリンダの心は揺らぐ。あまりに甘美な誘惑の言葉だった。



♡♡♡



 異形の怪物がツキフジ村に現れたとき、カイとシエルがこの村を通りかかったのは偶然だった。依頼のあった魔獣の討伐を終え、王都へ戻る途中だった。
「テハノがこの村を目指している?」
 二足歩行形態の真っ黒でゴツゴツした怪物、テハノはあらゆるところで出没する魔物だが、現れた場所で咆哮し、大暴れして被害を出すことが多い。そんなテハノが珍しく低く唸りながら何かを目指して移動しているように眼鏡をかけた天才魔導師には見えた。
「まさか」
「何をブツブツ言ってるんだ?」
 考えごとをしていたカイだが、相棒の魔法剣士のシエルと連携してあっという間にテハノを倒した。シエルの魔法剣での一太刀とカイの攻撃魔法で一撃。それでテノハは塵と化した。テハノは弱い魔物ではない。カイとシエルだからこのスピードで勝てた。
 魔物の侵入は村長の耳に入り、元剣士の村長が自警団とともに駆けつけたときにはすでに雌雄は決していた。
 ツキフジ村は全く何の被害も出なかった。村長がカイとシエルに、感謝を表すための宴席を設けたいを言い出した。シエルは辞退しようとしたが、カイが腹が減ったから何か食べたいと言い、村長の家でもてなすことになった。ゼリンダはその手伝いに借り出された。
 ゼリンダは村長の家で聖女見習いとして回復系魔法を学びながら、村の運営する保育園の手伝いをして暮らしている。村長の妻と息子はケガからの回復魔法を得意としているのでいろいろ教えてもらっているが、ゼリンダはあまり上達しない。それでも師匠は投げ出さずに優しく面倒を見てくれていた。村長の息子のアレクに迷惑をかけていると大して知りもしない人から突然罵倒されたこともあるが、ゼリンダは持ち前のガッツで、いつかきっと役に立てる日が来ると信じて学んでいた。
 村は困窮しているわけではないが、お金が有り余っているわけでもない。村長は人格者で、村長一家も慎ましく生活しているので何かあれば村の人間はみんな協力する。
 村長に言われてツキフジ村の名産品、リンゴを使ったパイを焼いて届けに行ったゼリンダは目を丸くした。サンフジ村では見たことのない、洗練された背の高い若い男性がふたり、客人としていたのだ。姿を見ただけでドキドキするほど、ふたりともかっこいい。サラサラの金色の髪のシエルは誰が見ても一目でわかる穏やかな美青年だ。アイスブルーの双眸がどこか憂いを秘めていてきゅんとする。黒髪のカイは癖のある厚めで長い前髪と眼鏡で少し隠れているが、間違いなく整った顔立ちをしているとわかる。紫水晶のような瞳が神秘的だ。
 彼らが魔物を倒し村を救ってくれた人間だということはゼリンダも知っていた。事件が起こってすぐ、小さな村には情報があっという間に駆け巡った。彼らに興味はあった。今、村長は席を外しているとはいえ宴の邪魔をしてはいけない思ったゼリンダはアップルパイを彼らの前へ静かに置いて会釈をし、そそくさと去ろうとした。
「あんた、甘い香りがする」
 眼鏡をかけた魔道師が突然ゼリンダに声をかけて、手首をつかんだ。
「あっ、アップルパイの香りだと思います」
 驚いたゼリンダは声が裏返ってしまう。振り払おうと試みたがびくともしない。
「違う」
 カイは立ち上がるとゼリンダを抱き寄せた。
「イチゴみたいな甘い匂いだ。アップルパイじゃない」
 抱きしめられたゼリンダはパニックになる。カイは男の人なのにいい匂いがする。硬直してされるがままになっていた。
「カイ!」
 シエルはカイを引き剥がそうと立ち上がって肩を引っ張った。しかしカイは気にせずゼリンダの首筋に鼻を寄せて匂いを嗅ぐ。
「ひょえ……」
「お前は犬か」
 あきれた表情を隠すことなくつぶやいたシエルは狼藉を働くカイをゼリンダから離そうとするが、カイはゼリンダから離れない。
「あんたがここで勉強してる聖女見習い?」
「は、はい。そうです……」
 返事はしたが、ゼリンダは奇行をするカイを不審な目で見つめる。
「あんた、俺たちと行動する気ない?」
「カイ?」
 初対面の女性を突然スカウトする相方にシエルは驚いた。ゼリンダは王都にいても人目を引く美女だが、カイはそういうことに興味を示すタイプではない。
「村長たちには俺から話す。あんたが一緒に来るって言うまで、俺たちはこの村から動かないから」
 カイは俺たち、と言って憚らない。シエルは小さくため息をついた。シエルの意思はお構い無しなのは王立魔法学院で出会って、ペアを組んだときから変わらない。カイにはそれを許される圧倒的な力と才能と家柄があった。
 カイの真っ直ぐな視線にゼリンダの心臓はドコドコうるさく鳴り響く。全身が熱かった。
 固まったままのゼリンダの首筋に、カイは甘噛みをした。
「このバカ……!」
 シエルは何とかカイからゼリンダを解放することに成功する。
「し、失礼します!」
 自由を手に入れたゼリンダは転がるように自宅へ帰った。部屋に駆け込み、ベッドに潜り込む。助けてくれた人にお礼を言うのを忘れたと頭を抱えた。
 それにしても、どうして眼鏡の魔導師はあんなに熱烈に誘ってくれたのだろうか。王都へ戻る道すがら、偶然ツキフジ村に通りかかっただけの凄腕の魔導師と魔法剣士の姿を思い出して、ゼリンダの胸はドキリと鳴る。
 しかしゼリンダ自身で、聖女としての才能は並以下である自覚はあった。村長の妻と息子の扱える中級クラスの魔法を、ゼリンダは自在に操れない。ごく初歩的な、簡単な治癒魔法が使えるだけでは彼らの役には到底立てない。魔物をあっという間に倒せるような華々しい活躍はできない。とても魅力的な誘いだが断る以外の選択肢はない。悲しいかな、それが現実だ。
 大きなため息をついたゼリンダは、起き上がるのが億劫になった。脳が思考を停止させるように、睡魔が襲ってくる。ゼリンダは逆らわず、素直に意識を手放した。
 眠って、これは夢だとわかるが、気持ちの良い草原にゼリンダはぽつんとたたずんでいた。そこへふわりと、十年前に病で亡くなった母と、半年前に突然倒れて帰らぬ人となった父が現れた。
「お父さん、お母さん……」
 ゼリンダが聖女になりたいと思ったのは母の死がきっかけだった。それから村長の妻の元で修行をはじめたが、いつまでも才能の開花しない白魔法にこだわるのではなく、きちんと勉強して医師を目指していれば父を助けられたのではないかと後悔していた。
 両親の顔を見ると、涙が止まらなくなった。泣きじゃくるゼリンダを両親は優しく抱きしめてくれる。
 ふたりの遺してくれたものと、村長の経営する保育園の手伝いでゼリンダは平和な日々を送れている。ひとりで暮らすのにも慣れてきた。彼らについて行ってみたい気持ちはある。あんなすごいひとたちに声をかけてもらえるなんてもう二度と機会はないだろう。しかし平穏を手放して大丈夫なのかと不安もある。
 夢の中でもぐるぐると悩んでいたゼリンダだったが、ハッと目が覚めた。何かの気配を察知して、潜り込んでいた布団を剥ぐ。
「起きた」
「ごめんね、勝手に入り込んじゃって」
 なぜかカイとシエルが家に上がり込み、寝室にまで侵入していた。カイはすんとした表情でゼリンダを見つめている。シエルはどこか居心地が悪そうだ。
「え……?」
 ゼリンダは混乱して言葉が出てこない。昼寝でボサボサになった髪を手ぐしで整える努力をした。
「鍵、開いてた。何回呼んでも出てこないから様子を見に来た」
「無断で入ってごめんね。カイがどうしてもゼリンダさんを仲間にするって聞かなくて、村長さんと奥さんからも許可をいただいたからお邪魔したんだ」
「保育園は」
「俺が援助する。あんたの抜けた穴を埋める人員が見つかるまでは村長たちでフォローできると言っていた。この家も残しておく」
 ゼリンダがうたた寝をしている間に外堀を埋められていた。
「あんたの力、まだ寝てるから無理矢理起こす」
 カイは両の手のひらを合わせて目を閉じる。精神を集中しているように見えた。何をしているのだろうとゼリンダがカイを見つめていると、地震のように家が揺れる。
「地震?」
「違う」
 カイがぼそりとつぶやく。
「わっ!」
 まばゆい光がゼリンダの目を眩ませる。光が収まったので恐る恐る目を開くと、自室にいたはずが全く知らない部屋になっていた。
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