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1章
隠し場所
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伝えなきゃ、と思っている間に誠史郎さんは先に学校へ行ってしまっていた。
どうしようかと悩んでいると、休み時間に教室移動していると偶然廊下で誠史郎さんを見かけた。お互いにひとりだったので今しかないと誠史郎さんに駆け寄る。
「……私の家に手紙を?」
「はい」
今朝の夢で、若いお祖父ちゃんは誠史郎さんのお家の本棚に手紙を隠したと言っていた。
「……まったく。どうしてあの人はそういうことを……」
やれやれといった感じで小さくため息をつきながら首を横に振る。
私の夢の話なのに、誠史郎さんは全く疑うことがなかった。お祖父ちゃんはどう言う人物だったのだろう。
「わかりました。今日はそちらにお邪魔せずに探してみます」
「あ。私も一緒に……」
ふたりで探した方が早いだろうと思ったので小さく手を挙げてそう言うと、誠史郎さんが少し驚いた顔をした。だけどすぐに、眼鏡の奥の瞳が妖しく微笑んだように見えた。
「そうですね。ふたりで探した方が早く見つかるかもしれません」
誠史郎さんは眼鏡のブリッジに人差し指と中指をかける。
「放課後、着替えてからいらしてください。淳くんにも眞澄くんにも秘密ですよ」
誠史郎さんは人差し指を立て唇に添えて、いたずらっぽく口角を上げた。
「17時頃に待ち合わせましょうか。誰にも見つからないように気をつけてください。私がクビになってしまいます」
そう言われてから誠史郎さんに迷惑をかけていたことに気が付いた。あわあわしている私の頭を誠史郎さんは大きな手でポンポンと撫でてくれる。
「大丈夫ですよ。冗談ですから」
優しい微笑みに私も思わず頬が緩んで笑い返した。
誠史郎さんを氷の王なんて呼んでいる人は、こんな表情を知らないのだと思う。
学校が終わってみんなで下校した。
淳くんは昨夜ほとんど眠っていないらしく、部屋で休むと自室に戻る。
眞澄くんがまだ目を覚まさない少年の様子を見てくれているので、私は制服を着替えてから買い物に行くと言って家を出て、誠史郎さんとの待ち合わせ場所に徒歩で向かった。
平日のこの時間なら同じ学校の生徒はあまりいないと思われる、自宅から見ると高校とは反対側にある書店。ショッピングモールの中に入っているから大きな駐車場があるので、そこで約束になったのだと思う。
医学の専門書の棚の辺りにいると連絡があったのでそちらに探しに行くと、スーツ姿の誠史郎さんが難しそうな本を手に取っていた。
少し離れた場所で女性たちが誠史郎さんを意識しているのがわかるけれど、声をかけないわけにはいかない。
「お待たせしました」
ぺこりと誠史郎さんにお辞儀をする。嫉妬の視線があちこちから飛んできていると感じるのは気のせいではないと思うの。
「いえ、私も今来たところです」
誠史郎さんは手に取っていた本を棚に戻す。その姿さえもしなやかで絵になる。
「行きましょう」
踵を返した誠史郎さんの少し後ろを私はついて歩いた。
駐車場の誠史郎さんの車のところへ行くと、誠史郎さんが助手席のドアを開けてくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お姫様扱いに嬉しさと戸惑いを抱えながらシートに腰かける。
考えてみると誠史郎さんの車に乗せてもらうのも、自宅にお邪魔するのも初めてだった。
「すみません。突然押しかけてしまって」
「構いません」
丁寧な運転で出発した。
そこから10分ほどで誠史郎さんの住むマンションに到着した。
「お邪魔します」
とても綺麗に片付けられた部屋。塵ひとつ落ちていない感じで、フローリングがぴかぴかしている。
「どうぞ」
誠史郎さんが荷物置きにしているという部屋に通された。そこですら掃除が行き届いている。
浮いた話を聞いたことが無いけれど、誠史郎さんの奥さんになる人は大変だと思う。
大きなスライド式の本棚にはたくさんの難しそうな本がぎっしり収納されていた。だけどそれも整然としている。
「さて、ここのどこに隠されたのか」
小さなため息をついて、誠史郎さんは最上段の左端の本を手に取ってパラパラとめくる。
「周が最後にうちにきたのは……」
周というのはお祖父ちゃんの名前。
私もどこから探せば良いものかと迷っていたのだけれど、ふと下段の奥の方が気になって誠史郎さんに断りなく可動棚を動かしてしまった。
「みさきさん、そこは……!」
私たちの足元に、ばさばさと音を立ててスケッチブックや画板が落ちる。まさかここだけ整理されていないとは思わなかった。
「ごめんなさい!」
慌てて拾い集めようとしゃがみ込んだけど、色褪せたスケッチたちに思わず見入ってしまった。いろいろな表情や仕草が描かれているけれど、どれも同じ女性。とても優しい絵だった。
「みさきさん」
名前を呼ばれてはっと顔を上げると、誠史郎さんが本棚に両手をついて私の行く手を阻んでいた。
大きな手が私の顎に添えられ、くいと上に向かされる。
「ふたりだけの秘密ですよ?」
切れ長の瞳が冷たい光を湛えている。
「誰かに話したらお仕置きですからね」
誠史郎さんの顔が近づく。私は驚いて身体を縮こまらせ、ぎゅっと目を閉じた。
だけど何も起こらない。あれ、と思い恐る恐る目を開けると誠史郎さんが声を殺して肩を小刻みにふるわせながら笑っていた。
緊張が解けてへたり込んでしまう。安心して、大きくため息をついて項垂れた。
「内緒ですよ。みさきさんに意地悪したことが淳くんや眞澄くんに知られると、大変なことになりますから」
どうしてここでふたりの名前が出てくるのだろうときょとんとして誠史郎さんを見る。
「……罪作りな人ですね」
「罪……?」
頭の中はクエッションマークだらけになる。
ふと散らかった床に視線を落とすと、スケッチの中に白い封筒が混じっていることに気がついた。
どうしようかと悩んでいると、休み時間に教室移動していると偶然廊下で誠史郎さんを見かけた。お互いにひとりだったので今しかないと誠史郎さんに駆け寄る。
「……私の家に手紙を?」
「はい」
今朝の夢で、若いお祖父ちゃんは誠史郎さんのお家の本棚に手紙を隠したと言っていた。
「……まったく。どうしてあの人はそういうことを……」
やれやれといった感じで小さくため息をつきながら首を横に振る。
私の夢の話なのに、誠史郎さんは全く疑うことがなかった。お祖父ちゃんはどう言う人物だったのだろう。
「わかりました。今日はそちらにお邪魔せずに探してみます」
「あ。私も一緒に……」
ふたりで探した方が早いだろうと思ったので小さく手を挙げてそう言うと、誠史郎さんが少し驚いた顔をした。だけどすぐに、眼鏡の奥の瞳が妖しく微笑んだように見えた。
「そうですね。ふたりで探した方が早く見つかるかもしれません」
誠史郎さんは眼鏡のブリッジに人差し指と中指をかける。
「放課後、着替えてからいらしてください。淳くんにも眞澄くんにも秘密ですよ」
誠史郎さんは人差し指を立て唇に添えて、いたずらっぽく口角を上げた。
「17時頃に待ち合わせましょうか。誰にも見つからないように気をつけてください。私がクビになってしまいます」
そう言われてから誠史郎さんに迷惑をかけていたことに気が付いた。あわあわしている私の頭を誠史郎さんは大きな手でポンポンと撫でてくれる。
「大丈夫ですよ。冗談ですから」
優しい微笑みに私も思わず頬が緩んで笑い返した。
誠史郎さんを氷の王なんて呼んでいる人は、こんな表情を知らないのだと思う。
学校が終わってみんなで下校した。
淳くんは昨夜ほとんど眠っていないらしく、部屋で休むと自室に戻る。
眞澄くんがまだ目を覚まさない少年の様子を見てくれているので、私は制服を着替えてから買い物に行くと言って家を出て、誠史郎さんとの待ち合わせ場所に徒歩で向かった。
平日のこの時間なら同じ学校の生徒はあまりいないと思われる、自宅から見ると高校とは反対側にある書店。ショッピングモールの中に入っているから大きな駐車場があるので、そこで約束になったのだと思う。
医学の専門書の棚の辺りにいると連絡があったのでそちらに探しに行くと、スーツ姿の誠史郎さんが難しそうな本を手に取っていた。
少し離れた場所で女性たちが誠史郎さんを意識しているのがわかるけれど、声をかけないわけにはいかない。
「お待たせしました」
ぺこりと誠史郎さんにお辞儀をする。嫉妬の視線があちこちから飛んできていると感じるのは気のせいではないと思うの。
「いえ、私も今来たところです」
誠史郎さんは手に取っていた本を棚に戻す。その姿さえもしなやかで絵になる。
「行きましょう」
踵を返した誠史郎さんの少し後ろを私はついて歩いた。
駐車場の誠史郎さんの車のところへ行くと、誠史郎さんが助手席のドアを開けてくれた。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
お姫様扱いに嬉しさと戸惑いを抱えながらシートに腰かける。
考えてみると誠史郎さんの車に乗せてもらうのも、自宅にお邪魔するのも初めてだった。
「すみません。突然押しかけてしまって」
「構いません」
丁寧な運転で出発した。
そこから10分ほどで誠史郎さんの住むマンションに到着した。
「お邪魔します」
とても綺麗に片付けられた部屋。塵ひとつ落ちていない感じで、フローリングがぴかぴかしている。
「どうぞ」
誠史郎さんが荷物置きにしているという部屋に通された。そこですら掃除が行き届いている。
浮いた話を聞いたことが無いけれど、誠史郎さんの奥さんになる人は大変だと思う。
大きなスライド式の本棚にはたくさんの難しそうな本がぎっしり収納されていた。だけどそれも整然としている。
「さて、ここのどこに隠されたのか」
小さなため息をついて、誠史郎さんは最上段の左端の本を手に取ってパラパラとめくる。
「周が最後にうちにきたのは……」
周というのはお祖父ちゃんの名前。
私もどこから探せば良いものかと迷っていたのだけれど、ふと下段の奥の方が気になって誠史郎さんに断りなく可動棚を動かしてしまった。
「みさきさん、そこは……!」
私たちの足元に、ばさばさと音を立ててスケッチブックや画板が落ちる。まさかここだけ整理されていないとは思わなかった。
「ごめんなさい!」
慌てて拾い集めようとしゃがみ込んだけど、色褪せたスケッチたちに思わず見入ってしまった。いろいろな表情や仕草が描かれているけれど、どれも同じ女性。とても優しい絵だった。
「みさきさん」
名前を呼ばれてはっと顔を上げると、誠史郎さんが本棚に両手をついて私の行く手を阻んでいた。
大きな手が私の顎に添えられ、くいと上に向かされる。
「ふたりだけの秘密ですよ?」
切れ長の瞳が冷たい光を湛えている。
「誰かに話したらお仕置きですからね」
誠史郎さんの顔が近づく。私は驚いて身体を縮こまらせ、ぎゅっと目を閉じた。
だけど何も起こらない。あれ、と思い恐る恐る目を開けると誠史郎さんが声を殺して肩を小刻みにふるわせながら笑っていた。
緊張が解けてへたり込んでしまう。安心して、大きくため息をついて項垂れた。
「内緒ですよ。みさきさんに意地悪したことが淳くんや眞澄くんに知られると、大変なことになりますから」
どうしてここでふたりの名前が出てくるのだろうときょとんとして誠史郎さんを見る。
「……罪作りな人ですね」
「罪……?」
頭の中はクエッションマークだらけになる。
ふと散らかった床に視線を落とすと、スケッチの中に白い封筒が混じっていることに気がついた。
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