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3章
王子様の秘密 3
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「淳くんの自己評価が低いのは昔からなんです。あれでもずいぶん良くなってるんですよ。みさきさんに会う以前は周と眞澄くんにべったりで、私とは話したい気持ちはあるけれど怖いという風情でした」
私は誠史郎さんの涼やかな横顔を眺めながら、その言葉を聞いていた。
昼休みに誠史郎さんを訪ねて保健室へお邪魔した。
今日は具合の悪い生徒もいなかったので、特別に室内へ入れてもらって話すことができた。
用事が無いと保健室に来てはいけないと言うルールを破ってここにいるから、こんなところを誰かに見られたら大変だ。
だけど少しでも良いから誠史郎さんから淳くんのことを教えてもらいたかった。
誠史郎さんが話してくれた淳くんは、私の知らない淳くんだった。
「私がこんな話をしたことは秘密にしてください……なんて、みさきさんに言う必要は無いですね」
隣り合って座っていた誠史郎さんが身体を少しこちらへ向けて、長い指で私の髪を優しく少し掬う。私は長い髪ではないのでとても距離が近い。
氷の王なんて一部の生徒にあだ名されている誠史郎さんにこんな一面があるなんて、知ったらみんなびっくりすると思う。私にとっては、いつも心臓に悪いのだけれど。
私が緊張していることが誠史郎さんはわかったみたいで、妖艶に微笑む。
どういうわけか、誠史郎さんは私が彼を意識してしまうと嬉しそうだ。
眼鏡の奥で切れ長の瞳が妖しく光ったように感じた刹那、誠史郎さんは手の中にあった私の髪にキスをした。
驚いて、その勢いに任せて立ち上がってしまう。
「驚かせて申し訳ありません」
誠史郎さんは余裕たっぷりの微笑みを浮かべている。これっぽっちも悪いとは思っていないように見える。
「良い香りがしたので、つい」
何も言えないまま、髪を整えながらもう一度椅子にストンと座る。自分でも顔が真っ赤になっているのがわかって誠史郎さんの方を見られない。
「大丈夫ですよ。淳くんもわかっているはずですから。それより私はみさきさんが心配です」
そう言われて顔を上げ、首を傾げた。
「翡翠は貴女に狙いをつけるでしょう。暗い時間は決してひとりにならないでください」
お昼に誠史郎さんにひとりにならないように言われたばかりなのに、早速居残りをさせられている。
日直だったので担任の先生の手伝いをするように言われてしまった。先生自身は試合が近いそうで部活の指導に行ってしまって、私ひとりでかなりの量のプリントを整理している。
間が悪い、と小さくため息を吐いた。
待たせるのも手伝わせるのも申し訳ないので、みんなには先に帰ってもらった。
冬に比べるとずいぶん日が長くなってきたとは言え、もうすっかり夕焼け空だ。
そろそろ作業も終わりが見えてきたので迎えに来てもらうために連絡をしようかと考えていると、教室にひょっこりと知っている顔が現れた。
「みーさきっ!終わった?」
裕翔くんがぴょんとバネ仕掛けの人形のように跳ねる。その姿を見て私は安心してしまう。
「裕翔くん、帰ってなかったの?」
「バスケ部の体験入部してたんだ。みさきと一緒に帰りたかったから」
ニコッと人懐こい満面の笑みを見せてくれる。
「誠史郎はまだ仕事終わらないみたいだから、ふたりで帰ろ」
腕を絡めてきた裕翔くんはご機嫌な猫みたい。
「ありがとう。もう少しで終わるから」
「オレも手伝うよ」
前の席の椅子に後ろ向きに座って、プリントの束をホチキスでリズミカルに次々と留めてくれる。
裕翔くんのお陰で、程なく作業は終了した。職員室にそれらを届けて、裕翔くんと学校を出る。太陽は西の空へ沈んで行こうとしていた。
「バスケ楽しいんだけど、部活はできないからなー」
「みんなに相談してみたら?」
「みさきを護る方が大事だもん」
顔を覗き込まれ、裕翔くんの大きな瞳の中に私を見つけて戸惑う。
裕翔くんは突然大人の男性の表情を見せるからどう接すれば良いのかわからなくなる時がある。
「ヒスイって、淳に似てるのかなー?」
私と裕翔くんは翡翠さんの顔を知らない。特徴だけでも聞いておけば良かった。
「ま、これがあるから足止めぐらいはできるけど」
イズミさん特製のロザリオを裕翔くんは夕空に掲げる。吸血種は十字架が怖いと相場が決まっている。
裕翔くんが眷属になる前のように暴走している状態だと効かないこともあるけれど、大抵は効果がある。怖いだけだから十字架で倒したりはできないのだけど。
「足止めなんてしなくて良いよ」
正面から声が投げかけられる。
声の主は、夕闇の中でも美しいとわかる少年だった。けれど彼から明確な敵意を感じる。
いつの間にか、周りに人が誰もいなくなっていた。
誰かの作った結界の中に入り込んでしまっているようだ。彼が張った結界だとしたら、すごい術者だ。淳くんや誠史郎さんより結界を張るのが上手いかもしれない。
「琥珀を返して欲しいんだ」
「……コハク?」
「お前がヒスイか?」
裕翔くんの問いに少年は笑顔で応えた。それを私は肯定と受け取る。
では、コハクは淳くんということだ。そして吸血種に結界を張ることはできないはず。
もしかしたら、翡翠くんも結界の中にいるということに気がついていない可能性がある。
「ずっと探していたんだ。まさか『白』の眷属になっていたなんて」
翡翠くんは今いる場所から一歩たりとも動こうとはしない。
「ふーん。やっぱりこれって効くんだ」
裕翔くんは唇の端に不敵な笑みを浮かべてロザリオを翡翠くんに見せる。
唇を噛んで嫌そうに翡翠くんは1歩退いた。
「オレ達、家がそっちだからさ」
裕翔くんは不敵な笑顔でずんずん進んでいく。
「何で淳を連れて行きたいの?」
「ボクの弟だから」
「連れて行ってどうするつもり?もうみさきの眷属だから吸血種じゃないよ」
裕翔くんの言葉に、翡翠くんの両眼に憎悪の光が灯って私に向けられた。
「その女を殺して琥珀を取り戻せば一石二鳥だ!ボクを裏切った琥珀に思い知らせてやるんだ」
「淳を眷属にしたのはみさきじゃないし、淳はお前を裏切ったりしてない。むしろ、お前が見捨てたんだろ?」
「ボクじゃない!あれは長老たちが勝手に……!」
翡翠くんが一瞬、痛いところを突かれたという顔になった。
「だけど助けに行かなかったんだろ?」
裕翔くんは遠慮なく翡翠くんに言葉で斬り込んで行く。
「むしろ、まだ生きていたことを感謝しなくちゃ」
「黙れ!人間の狗になった分際で!」
「それ、淳もだけど」
「だから琥珀に思い知らせてやるんだ!」
翡翠くんは完全に逆上しているみたい。いつこちらに飛び込んでくるかと警戒して、私は棍を構えた。
「オレたちは人間の狗になんてなってない。みさきを守るためにいるんだ」
「翡翠! 逃げるんだ!」
「月白?」
誠史郎さんと同じくらいの年齢に見える好青年が現れた。転がるように駆け込んで来て、ヒスイくんの手を取る。
「気付いていないのか? ここは術者の結界の中だ」
「え?そうなの?」
裕翔くんに聞かれたので、私は頷く。
「一旦退くんだ」
ヒスイくんは納得していない顔でこの場から動こうとしないので、月白さんが彼を小脇に抱えるようにして素早くこの場を飛び去っていったわ。
「隠れてないで出てきなよ」
裕翔くんが曲がり角に向かって声をかける。
暗くて顔がはっきり見えないけれど、ふたりの人影がすっと姿を現す。
「てっきりヒスイの仲間だと思ってたよ」
裕翔くんが好戦的に微笑みながら声を投げかける。既に彼らの気配に気が付いていたなんてすごい。
いつでも戦えるというように、裕翔くんは軽やかなステップを踏んでいる。
背の高い方の人がゆっくりと電灯の下に進んできた。
私はその顔を見て驚いた。
私は誠史郎さんの涼やかな横顔を眺めながら、その言葉を聞いていた。
昼休みに誠史郎さんを訪ねて保健室へお邪魔した。
今日は具合の悪い生徒もいなかったので、特別に室内へ入れてもらって話すことができた。
用事が無いと保健室に来てはいけないと言うルールを破ってここにいるから、こんなところを誰かに見られたら大変だ。
だけど少しでも良いから誠史郎さんから淳くんのことを教えてもらいたかった。
誠史郎さんが話してくれた淳くんは、私の知らない淳くんだった。
「私がこんな話をしたことは秘密にしてください……なんて、みさきさんに言う必要は無いですね」
隣り合って座っていた誠史郎さんが身体を少しこちらへ向けて、長い指で私の髪を優しく少し掬う。私は長い髪ではないのでとても距離が近い。
氷の王なんて一部の生徒にあだ名されている誠史郎さんにこんな一面があるなんて、知ったらみんなびっくりすると思う。私にとっては、いつも心臓に悪いのだけれど。
私が緊張していることが誠史郎さんはわかったみたいで、妖艶に微笑む。
どういうわけか、誠史郎さんは私が彼を意識してしまうと嬉しそうだ。
眼鏡の奥で切れ長の瞳が妖しく光ったように感じた刹那、誠史郎さんは手の中にあった私の髪にキスをした。
驚いて、その勢いに任せて立ち上がってしまう。
「驚かせて申し訳ありません」
誠史郎さんは余裕たっぷりの微笑みを浮かべている。これっぽっちも悪いとは思っていないように見える。
「良い香りがしたので、つい」
何も言えないまま、髪を整えながらもう一度椅子にストンと座る。自分でも顔が真っ赤になっているのがわかって誠史郎さんの方を見られない。
「大丈夫ですよ。淳くんもわかっているはずですから。それより私はみさきさんが心配です」
そう言われて顔を上げ、首を傾げた。
「翡翠は貴女に狙いをつけるでしょう。暗い時間は決してひとりにならないでください」
お昼に誠史郎さんにひとりにならないように言われたばかりなのに、早速居残りをさせられている。
日直だったので担任の先生の手伝いをするように言われてしまった。先生自身は試合が近いそうで部活の指導に行ってしまって、私ひとりでかなりの量のプリントを整理している。
間が悪い、と小さくため息を吐いた。
待たせるのも手伝わせるのも申し訳ないので、みんなには先に帰ってもらった。
冬に比べるとずいぶん日が長くなってきたとは言え、もうすっかり夕焼け空だ。
そろそろ作業も終わりが見えてきたので迎えに来てもらうために連絡をしようかと考えていると、教室にひょっこりと知っている顔が現れた。
「みーさきっ!終わった?」
裕翔くんがぴょんとバネ仕掛けの人形のように跳ねる。その姿を見て私は安心してしまう。
「裕翔くん、帰ってなかったの?」
「バスケ部の体験入部してたんだ。みさきと一緒に帰りたかったから」
ニコッと人懐こい満面の笑みを見せてくれる。
「誠史郎はまだ仕事終わらないみたいだから、ふたりで帰ろ」
腕を絡めてきた裕翔くんはご機嫌な猫みたい。
「ありがとう。もう少しで終わるから」
「オレも手伝うよ」
前の席の椅子に後ろ向きに座って、プリントの束をホチキスでリズミカルに次々と留めてくれる。
裕翔くんのお陰で、程なく作業は終了した。職員室にそれらを届けて、裕翔くんと学校を出る。太陽は西の空へ沈んで行こうとしていた。
「バスケ楽しいんだけど、部活はできないからなー」
「みんなに相談してみたら?」
「みさきを護る方が大事だもん」
顔を覗き込まれ、裕翔くんの大きな瞳の中に私を見つけて戸惑う。
裕翔くんは突然大人の男性の表情を見せるからどう接すれば良いのかわからなくなる時がある。
「ヒスイって、淳に似てるのかなー?」
私と裕翔くんは翡翠さんの顔を知らない。特徴だけでも聞いておけば良かった。
「ま、これがあるから足止めぐらいはできるけど」
イズミさん特製のロザリオを裕翔くんは夕空に掲げる。吸血種は十字架が怖いと相場が決まっている。
裕翔くんが眷属になる前のように暴走している状態だと効かないこともあるけれど、大抵は効果がある。怖いだけだから十字架で倒したりはできないのだけど。
「足止めなんてしなくて良いよ」
正面から声が投げかけられる。
声の主は、夕闇の中でも美しいとわかる少年だった。けれど彼から明確な敵意を感じる。
いつの間にか、周りに人が誰もいなくなっていた。
誰かの作った結界の中に入り込んでしまっているようだ。彼が張った結界だとしたら、すごい術者だ。淳くんや誠史郎さんより結界を張るのが上手いかもしれない。
「琥珀を返して欲しいんだ」
「……コハク?」
「お前がヒスイか?」
裕翔くんの問いに少年は笑顔で応えた。それを私は肯定と受け取る。
では、コハクは淳くんということだ。そして吸血種に結界を張ることはできないはず。
もしかしたら、翡翠くんも結界の中にいるということに気がついていない可能性がある。
「ずっと探していたんだ。まさか『白』の眷属になっていたなんて」
翡翠くんは今いる場所から一歩たりとも動こうとはしない。
「ふーん。やっぱりこれって効くんだ」
裕翔くんは唇の端に不敵な笑みを浮かべてロザリオを翡翠くんに見せる。
唇を噛んで嫌そうに翡翠くんは1歩退いた。
「オレ達、家がそっちだからさ」
裕翔くんは不敵な笑顔でずんずん進んでいく。
「何で淳を連れて行きたいの?」
「ボクの弟だから」
「連れて行ってどうするつもり?もうみさきの眷属だから吸血種じゃないよ」
裕翔くんの言葉に、翡翠くんの両眼に憎悪の光が灯って私に向けられた。
「その女を殺して琥珀を取り戻せば一石二鳥だ!ボクを裏切った琥珀に思い知らせてやるんだ」
「淳を眷属にしたのはみさきじゃないし、淳はお前を裏切ったりしてない。むしろ、お前が見捨てたんだろ?」
「ボクじゃない!あれは長老たちが勝手に……!」
翡翠くんが一瞬、痛いところを突かれたという顔になった。
「だけど助けに行かなかったんだろ?」
裕翔くんは遠慮なく翡翠くんに言葉で斬り込んで行く。
「むしろ、まだ生きていたことを感謝しなくちゃ」
「黙れ!人間の狗になった分際で!」
「それ、淳もだけど」
「だから琥珀に思い知らせてやるんだ!」
翡翠くんは完全に逆上しているみたい。いつこちらに飛び込んでくるかと警戒して、私は棍を構えた。
「オレたちは人間の狗になんてなってない。みさきを守るためにいるんだ」
「翡翠! 逃げるんだ!」
「月白?」
誠史郎さんと同じくらいの年齢に見える好青年が現れた。転がるように駆け込んで来て、ヒスイくんの手を取る。
「気付いていないのか? ここは術者の結界の中だ」
「え?そうなの?」
裕翔くんに聞かれたので、私は頷く。
「一旦退くんだ」
ヒスイくんは納得していない顔でこの場から動こうとしないので、月白さんが彼を小脇に抱えるようにして素早くこの場を飛び去っていったわ。
「隠れてないで出てきなよ」
裕翔くんが曲がり角に向かって声をかける。
暗くて顔がはっきり見えないけれど、ふたりの人影がすっと姿を現す。
「てっきりヒスイの仲間だと思ってたよ」
裕翔くんが好戦的に微笑みながら声を投げかける。既に彼らの気配に気が付いていたなんてすごい。
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