上 下
49 / 145
番外編

透編 ドラマチック

しおりを挟む
 真壁透は女性が大好きだ。
 老若問わず、女性には優しく親切に接する。セクハラめいた軽口を叩くこともあるが、そこは透のどこか憎めない人柄とハンサムさで許される。

 両親の様子を幼い頃からずっと見ていて、それがスキンシップだと思っていた。

 だから見目麗しく明るい性格の透は女性たちに好かれる。幼稚園児時代からモテなかったことがない。

 透は二股や浮気はしないが、フリーの時期であればよほど何かない限り、告白されると断らない。そのため彼女がいなかったことがない。



 ひとつ年上の兄、遥には全てにおいて敵わなかった。
 
  遥は両親すら驚くほど規格外なこともあり、それについて家族の誰もとやかく言わなかったので透は遥を嫌ってはいない。どこか得体の知れない部分が兄にはあると感じていたが。

 そんな兄に、透はロマンチストなんだね、とにこやかに言われたことがある。

 確かにその通りかもしれない。これまで両手の指の数よりずっと多い人数と恋人関係になった。しかしひとりとして透から交際を申し込んだことはない。皆それぞれに良い点があり、共に過ごす時間は楽しかったが、何かもの足りず、満たされない。それを察した彼女たちの健気な努力に報いることのできない自分が悪いと別れを切り出すということを繰り返していた。

 いつか出会える運命の女性は、互いにいつも自然体でいられる関係を構築できる女性。そう思っている。



 完璧超人の兄を持った弟だが、彼なりに努力をして、それはきちんと成果に繋がった。真壁家の武闘派次男坊も祓い屋業界ではそれなりの有名人だ。

 そのため、実家にいたときの透は多忙だった。遥と連絡が取れなくなってからは尚更だ。難しい仕事はどうしても透か父か出向かざるをえない。

 感知能力の高い母が問題ないというので透は何も言わなかったが、3月のある日突然、4月からひとりで首都圏へ行って仕事をこなしてくるように言われた。
 真壁家のことは両親と弟子たちに任せてもらって構わないと。母の言葉はこの家では絶対だった。

 真堂家にだけはきちんと挨拶に行けと言われた。母は真堂家の先代当主、真堂周の熱烈なファンだった。

 母の持っている彼の若かりし日の写真を見たことがあるが、確かに芸能人でもなかなか見かけないほど整った、おとぎ話の王子様のような容貌をしていた。

 現当主、真堂薫は仕事で日本を離れているため、挨拶をするとなると一人娘の真堂みさきだ。



 拠点移す際、その時付き合っていた恋人とも別れた。生業に誇りを持っているが、普通に生活を送るひとに言ってもわかってもらえないことが多々あることも理解している。下手なことをすれば祓う対象から恨みを買い、恋人の命に関わることもある。そんな緊張感にさらされた日々は楽しくあったが、ストレスもあった。物理的な距離が生まれてしまうと何かあったときに守りきれない危惧もあった。





 真堂みさきの写真を見て、愛らしい少女だと思った。目立つタイプではないが整った顔立ちで、同級生だったら口説いていたかもしれない。

 しかし10歳も年下の高校生は守備範囲外だった。手を出したら犯罪だ。
 そう思っていたのに実物を一目見た瞬間、彼女は運命の女ひとになると直感した。

 透のことを知らない彼女は穏やかに微笑みながら、ふたりの男子高校生と通りすぎて行く。彼らがみさきの眷属であることは知っていた。

 まずは様子を伺うだけのつもりが、ひらひらと舞う薄紅の花弁と共にすり抜けていく彼女に声を掛けたい衝動を抑えられなかった。

 一刻も早く真壁透という存在を認識してもらいたいと思った。

「おはよーさん」

 制服を着た華奢な肩にポンと掌で触れると、彼女は驚きに一瞬身を固くして、真ん丸な目で振り返る。

「真堂みさきちゃん」
「ええと……」

 頭ひとつ分小さいみさきは透を見上げた。その仕草がとてもかわいく見える。

「どちら様ですか?」

 主人の危機を感じたのか、ふたりのボディーガードは透からみさきを隠すように立ちはだかる。躾が行き届いていると感心した。

「心配せんでも、俺はみさきちゃんの『同類』や」



 美青年ふたりの障壁を気にすることなく、透はみさきを見つめる。前にいるふたりの警戒に比べて、彼女自身はそれほど危険を感じていないようだ。
 意外に豪胆か、ただ鈍感なのか。それを見極める材料はまだ持っていない。しかしそれがまた、透の興味を誘う。

「初めまして。俺は真壁透」
「は……ハジメマシテ」

 なぜか片言になって会釈する姿に思わず頬が緩む。



 桜の舞う季節に、同じ能力を持った女子高校生に一目惚れ。何ともドラマチックだと思った。

 兄や透自身が思っていた以上に、ロマンチストなのかもしれない。
しおりを挟む

処理中です...