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透ルート 1章
ふたりの花嫁 3
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「落ち着かせてるから、ちょっと待ってな」
こちらを向いてくれない透さんも気持ちを落ち着かせないといけないほど緊張していたと思うと、何だか嬉しかった。口元が綻んでしまう。
ベッドの上で正座して、さらさらした透さんの髪がシーツへ流れているのを目で追う。
「良かったです。私だけドキドキしてるのかと思ってました」
「いや……うん。まあ、やめとこ」
私に背中を向けたまま少し身体を縮こまらせて大きく息を吐く。
「ユニコーンの加護がありそうやな……」
「何ですか?ユニコーンの加護って」
「みさきちゃんは隙だらけっちゅーコト」
ぱっと振り返った透さんに腰の辺りを長い両腕にがっちりと掴まれ、太ももの間に顔を埋められた。
「と……っ!」
「ちっちゃい俺と戦こうてるから動かんといて」
振りほどこうとしたら猫なで声で言われる。意味がよくわからなかったけれど、長時間の運転で疲れたのかなと思い、そっと彼の頭を撫でた。
透さんの髪はこんな感触なのかとどきどきする。私の髪より少し硬い。
「……ちょっとだけですよ」
自分のことながら、押しに弱いと思う。
「はー、ええ気持ちやなー」
大腿に頬擦りをされる。衣服越しとは言え恥ずかしくて透さんの頭を押し退けようとしたとき、微かに扉の開く音が聞こえた気がした。
誰か入って来たような気がする。そんなはずない思いつつ、恐る恐る出入り口を覗こうと私は首を伸ばした。足音が近づいてくる。
透き通りそうに色の白い、スレンダーでショートカットの綺麗な女性が現れた。
透さんと私しかいないと油断して鍵をかけ忘れていたみたいだ。
「すっ、すみません!」
「いてっ」
現状を思い出し、私は慌ててベッドを飛び降りる。透さんの頭をマットレスに落としてしまった。
従業員さんなのだろうか。既に帰った筧さん以外にいるここに誰かいる雰囲気はなかったのだけれど。
「え、ええと……」
無言で無表情に立っているだけの彼女に、どうすれば良いのか途方に暮れる。
「……真堂家の娘さんですね?」
「どちらさん?」
無表情な女性に、透さんはうつ伏せに寝転んだまま顔だけを上げて尋ねる。
「真宮彩音です。真宮家の……長女です」
表情が全くと言っていいほど動かないので、声も感情がないように聞こえる。
真宮家も真堂家や真壁一門と同じく、ヒトならざるものを相手にすることを生業としている。寒い地方を拠点としているし、付き合いは全然無いので真宮家のどなたも存じ上げないのだけど。
「お迎えに参りました」
意味がわからず首を傾げて透さんと顔を見合わせる。透さんもわからないと言わんばかりに肩をすくめた。
何を迎えに来たのか聞いてみようと思ったけれど、カーペットの敷かれた廊下から複数の低い足音が聞こえる。他にも誰かいるようだ。
「……遅かったね」
柔らかい声音がため息混じりに呟く。緩くウェーブのかかった髪の、背の高い美男子が彩音さんの後ろで立ち止まった。
「遥さん! どうしてここが……」
「んー、お兄ちゃんだからかな?」
驚いていると、眞澄くんと裕翔くんも駆け足でやって来た。
「みさき! 無事か!?」
「うわーん! みさきー!」
裕翔くんにかなりの勢いで抱き締められる。
「大丈夫? 変なことされなかった?」
心配そうな表情の裕翔くんに覗きこまれる。
本当に一瞬だけ悩んでから、私はゆっくり首を縦に振った。
まっすぐな瞳を前に隠し事をするのは心苦しかったけれど、少なくとも変なことはされていない。
さっきまでのことは、透さんとふたりだけの秘密。
「……やっぱりユニコーンはおるな」
透さんはベッドに左肘をついて上体を持ち上げた体勢で、ひとりで何か納得している。
「お前は裸で何やってんだよ」
淳くんと誠史郎さんも入って来る。ふたりともほっとしたように微笑んでくれた。
だけど、いつの間にか彩音さんはいなくなっていた。
「真宮さんのところにどうも不穏な空気が漂っていてね……。今、式神に探らせているところ。みさきちゃんが心配だからおうちにお邪魔したら、こんな手紙が置いてあるし」
私の勘違いでなければふたりの人間だと思われる絵と、みさきちゃんはいただいた、という殴り書きが広告の裏に鎮座していた。
これで遥さんはここがわかったなんて凄すぎる。あと、透さんの絵は独創的だ。
「どうして私が心配なんですか?」
「僕の勘」
遥さんの柔和な笑みは、有無を言わせぬ何かがある。
「当たってますよね? 誠史郎さん」
にっこりと笑ったまま遥さんは誠史郎さんへ問いを投げかける。是とも非とも答えない誠史郎さんは、ポーカーフェイスを崩さず眼鏡の位置を指先で直した。
「なー、遥。真宮さんちに娘なんかおったっけ?」
透さんはやおら起き上がってベッドの上であぐらをかく。
「俺は男ばっかり4人兄弟やったって記憶があるんやけど」
「え、さっき……」
彩音さんは確かに長女だと言った。だけど思い返してみると、少し言い淀んでいた気もする。
「僕もだよ。娘っていうのは、今しがたここにいた女性のことかな?」
「そうや。自分で長女やって言うてた」
透さんの言葉に同意して私は何度も頷く。
「その方は何か仰っていましたか?」
「私を迎えに来た、とだけ……」
誠史郎さんの眼鏡の奥の切れ長の双眸が、僅かだけど険しく細められた。
「すぐに真宮家の現状を知る必要がありそうですね……」
「なるほどなー。せやけど、俺とみさきちゃんが結婚したら万事解決とちゃう?」
透さんはあっけらかんとすごいことを口にした。
こちらを向いてくれない透さんも気持ちを落ち着かせないといけないほど緊張していたと思うと、何だか嬉しかった。口元が綻んでしまう。
ベッドの上で正座して、さらさらした透さんの髪がシーツへ流れているのを目で追う。
「良かったです。私だけドキドキしてるのかと思ってました」
「いや……うん。まあ、やめとこ」
私に背中を向けたまま少し身体を縮こまらせて大きく息を吐く。
「ユニコーンの加護がありそうやな……」
「何ですか?ユニコーンの加護って」
「みさきちゃんは隙だらけっちゅーコト」
ぱっと振り返った透さんに腰の辺りを長い両腕にがっちりと掴まれ、太ももの間に顔を埋められた。
「と……っ!」
「ちっちゃい俺と戦こうてるから動かんといて」
振りほどこうとしたら猫なで声で言われる。意味がよくわからなかったけれど、長時間の運転で疲れたのかなと思い、そっと彼の頭を撫でた。
透さんの髪はこんな感触なのかとどきどきする。私の髪より少し硬い。
「……ちょっとだけですよ」
自分のことながら、押しに弱いと思う。
「はー、ええ気持ちやなー」
大腿に頬擦りをされる。衣服越しとは言え恥ずかしくて透さんの頭を押し退けようとしたとき、微かに扉の開く音が聞こえた気がした。
誰か入って来たような気がする。そんなはずない思いつつ、恐る恐る出入り口を覗こうと私は首を伸ばした。足音が近づいてくる。
透き通りそうに色の白い、スレンダーでショートカットの綺麗な女性が現れた。
透さんと私しかいないと油断して鍵をかけ忘れていたみたいだ。
「すっ、すみません!」
「いてっ」
現状を思い出し、私は慌ててベッドを飛び降りる。透さんの頭をマットレスに落としてしまった。
従業員さんなのだろうか。既に帰った筧さん以外にいるここに誰かいる雰囲気はなかったのだけれど。
「え、ええと……」
無言で無表情に立っているだけの彼女に、どうすれば良いのか途方に暮れる。
「……真堂家の娘さんですね?」
「どちらさん?」
無表情な女性に、透さんはうつ伏せに寝転んだまま顔だけを上げて尋ねる。
「真宮彩音です。真宮家の……長女です」
表情が全くと言っていいほど動かないので、声も感情がないように聞こえる。
真宮家も真堂家や真壁一門と同じく、ヒトならざるものを相手にすることを生業としている。寒い地方を拠点としているし、付き合いは全然無いので真宮家のどなたも存じ上げないのだけど。
「お迎えに参りました」
意味がわからず首を傾げて透さんと顔を見合わせる。透さんもわからないと言わんばかりに肩をすくめた。
何を迎えに来たのか聞いてみようと思ったけれど、カーペットの敷かれた廊下から複数の低い足音が聞こえる。他にも誰かいるようだ。
「……遅かったね」
柔らかい声音がため息混じりに呟く。緩くウェーブのかかった髪の、背の高い美男子が彩音さんの後ろで立ち止まった。
「遥さん! どうしてここが……」
「んー、お兄ちゃんだからかな?」
驚いていると、眞澄くんと裕翔くんも駆け足でやって来た。
「みさき! 無事か!?」
「うわーん! みさきー!」
裕翔くんにかなりの勢いで抱き締められる。
「大丈夫? 変なことされなかった?」
心配そうな表情の裕翔くんに覗きこまれる。
本当に一瞬だけ悩んでから、私はゆっくり首を縦に振った。
まっすぐな瞳を前に隠し事をするのは心苦しかったけれど、少なくとも変なことはされていない。
さっきまでのことは、透さんとふたりだけの秘密。
「……やっぱりユニコーンはおるな」
透さんはベッドに左肘をついて上体を持ち上げた体勢で、ひとりで何か納得している。
「お前は裸で何やってんだよ」
淳くんと誠史郎さんも入って来る。ふたりともほっとしたように微笑んでくれた。
だけど、いつの間にか彩音さんはいなくなっていた。
「真宮さんのところにどうも不穏な空気が漂っていてね……。今、式神に探らせているところ。みさきちゃんが心配だからおうちにお邪魔したら、こんな手紙が置いてあるし」
私の勘違いでなければふたりの人間だと思われる絵と、みさきちゃんはいただいた、という殴り書きが広告の裏に鎮座していた。
これで遥さんはここがわかったなんて凄すぎる。あと、透さんの絵は独創的だ。
「どうして私が心配なんですか?」
「僕の勘」
遥さんの柔和な笑みは、有無を言わせぬ何かがある。
「当たってますよね? 誠史郎さん」
にっこりと笑ったまま遥さんは誠史郎さんへ問いを投げかける。是とも非とも答えない誠史郎さんは、ポーカーフェイスを崩さず眼鏡の位置を指先で直した。
「なー、遥。真宮さんちに娘なんかおったっけ?」
透さんはやおら起き上がってベッドの上であぐらをかく。
「俺は男ばっかり4人兄弟やったって記憶があるんやけど」
「え、さっき……」
彩音さんは確かに長女だと言った。だけど思い返してみると、少し言い淀んでいた気もする。
「僕もだよ。娘っていうのは、今しがたここにいた女性のことかな?」
「そうや。自分で長女やって言うてた」
透さんの言葉に同意して私は何度も頷く。
「その方は何か仰っていましたか?」
「私を迎えに来た、とだけ……」
誠史郎さんの眼鏡の奥の切れ長の双眸が、僅かだけど険しく細められた。
「すぐに真宮家の現状を知る必要がありそうですね……」
「なるほどなー。せやけど、俺とみさきちゃんが結婚したら万事解決とちゃう?」
透さんはあっけらかんとすごいことを口にした。
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