祓い屋の家の娘はイケメンたちに愛されています

うづきなな

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透ルート 2章

籠の鳥 6

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 翡翠くんは妙におとなしかった。エメラルドグリーンの大きな瞳は、以前会ったときのような気の強そうな印象はなりを潜めている。生気がほとんど感じられない。

「今日、お天気悪くて助かったぁ。この子を連れて来られないところだった~」

 緩く巻いた髪を揺らしながら、女性はニコニコして翡翠くんを後ろから抱き締める。

「離せ」
「かわいくなぁい」

 彼女はグロスの光る厚い唇を尖らせて、するりと翡翠くんから離れる。

「アタシとしてもぉ、あっちのコの方が好みなんだけどォ」

 どうやら眞澄くんをロックオンしたみたいだ。眞澄くんも何か感じたみたいで、淳くんの背中にさっと隠れる。盾にされた淳くんは苦笑いだ。

「今日は初めて施設外での実験だから、また会えたら……ね」

 意味深にほくそ笑む彼女に、眞澄くんは完全に怯えていた。彼女には悪いけれど、魔物の気配がするので仕方ないと思う。

「はぁい、翡翠クン。今日することはぁ、おぼえているかな?」

 子ども番組で小さい子を先導するお姉さんのように、彼女は翡翠くんに質問する。

「真壁透の排除」

 翡翠くんの冷たい双眸が少し動いて、無機質に透さんを見つめた。

 私は驚いて呼吸が止まるかと思った。聞き違いではないだろうその用件は、とても受け入れられない。

「へぇ?何でやろ?」

 透さんは器用に目を眇めて、大胆不敵な表情を見せた。

「遥は知ってんのか?」

 私の肩から手を離して、翡翠くんと女性へ一歩近づく。

「あなたのお兄さんはウチの社員じゃないから、知らせる必要なんてないでしょ?」

 女性は笑顔で首を傾げながら、右手の親指と人差し指を擦り合わせた。

「それ聞いて安心したわ」

 声音から透さんがどんな表情をしているのか、想像できた。私も遥さんは関わっていないと聞いて胸を撫で下ろす。

 何が来るのかと身構えた瞬間、私と透さんの間に結界が張られてしまった。

「透さん!」

 こんな結界の展開の仕方を見たことがなかった。まして、彼女はおそらく魔物だ。どうして結界が作れたのだろう。

「亘理さんの会社はすごいなぁ」

 空を見上げて、感心したように透さんは呟く。
 透明の壁一枚が、こんなに不安だなんて。
 結界の中には透さん、翡翠くん、多分魔物の女性の三人。

 いくら透さんが強い術者でも、二対一は当然不利だ。私は結界を拳で叩いてみるけれど、びくともしない。

「これもぉ、試して来るように言われてたの~」

「透さん!」

 力いっぱい拳を振り下ろそうとした手首を掴まれた。はっとして顔を上げる。

「みさき、落ち着くんだ」
「淳……くん」

 優しく微笑んだ彼は、そっと私の手を離してくれる。淳くんの手が痛かったと思う。

「……ごめん」

 項垂れて、だらりと腕を下ろす。淳くんは私の肩に優しく手を置いて、一度首を横に振った。

「結界破る手伝いはできへんから、頼むで」

 透さんはちらりとこちらを見て、右の口角を不敵に上げた。

「はい」

 淳くんが凛々しい表情で頷く。
 突然翡翠くんが現れて透さんと戦おうとしているのだから、淳くんが動揺していないはずがない。

 透さんもどうして戦うのか、理由もわからず巻き込まれている。
 それなのに、私ひとり取り乱してしまった。もっと冷静にならなくては。

「そろそろいいかしらぁ~?」
「ええで」

 透さんは右足の爪先でとんとんと軽く地面を突いた。そしていつでも打って出られるように構える。

「二対一なんか?」
「アタシはぁ、管理係なので手出ししませんから、どうぞお気遣いなく」

 くねくねして見せる女性に透さんは何の反応も見せない。それが気に入らなかったのか、彼女はムッとした表情になった。

 そんなことはどうでもいいけれど、彼女が嘘をついていないことを祈るばかりだ。
 翡翠くんひとりでも厄介な相手なのに、彼女まで加勢するとなると、透さんの身が心配だ。
 どうして透さんを倒さないといけないのだろう。

 私は結界に手を添えて透さんの後ろ姿を見つめる。まずはこの結界を破る方法をみつけなくては。
 透さんを閉じ込める結界の上に、淳くんがさらに結界を張った。これで周りを気にせず行動できる。

 女性がするりと横へ退くと、翡翠くんが無表情で腕を横に振った。ブーメランのような形の小さな風の刃が、透さんを目掛けていくつも飛んできた。

「オンアミリティウンハッタ!」

 透さんは素早く印を結び、真言を唱える。術が発動し、翡翠くんの放った風と相殺される。

「さすがですね」

 結界を破ろうと試みている私たちを尻目に、真宮さんは大仰に手を叩きながら結界に侵入した。どうしてすんなり入れるのだろう。

 真宮さんは悠然と歩みながら、上着のポケットから和紙のような式札を取り出した。それははやぶさへと姿を変えて猛スピードで透さんに襲いかかる。
 不意を突かれた透さんは避けきれず、右の頬に裂傷ができた。

 見た目より深い傷のようで、血が滴る。

「透さん!」
「かすり傷や」

 私は息を呑んだ。冷静で、冷徹にすらりと立つ透さんに圧倒される。そして憧れる。

 式神には式神で対抗するようで、透さんも式札を掌に載せた。そこから姿を現した式神に私は驚いて言葉を失う。

 黒いカラス。だけど、ただのカラスじゃない。真宮さんは目を見開いた。

「ヤタガラス……だと!?」

 三本足の、神様の使いのカラス。それを使役できる術者なんて、お祖父ちゃん以外に初めて見た。

 式神同士が激しく争いを始めようとしたけれど、不利だと判断したのか、真宮さんはすぐに式神を戻した。式神に何かあれば、使役した人間もただでは済まない。

「やっぱり二対一やんか」
「私は戦わないとは言ったけどぉ、二対一じゃないなんて言ってないもぉーん」

 ぶりっ子して見せる女性に対して、誰も興味を示さなかった。

 翡翠くんと真宮さんは連携している様子はないのに、透さんへほぼ同時に攻撃を仕掛けた。
 どちらも威力は強くないけれど多くの風の刃と火の玉を透さんに向ける。

 透さんは呪符と式神を使って防御に徹した。炎はヤタガラスが全て叩き落としたけれど、防ぎきれなかった空気の刃が彼の身体を傷つける。
 両腕が衣服の下まで切り裂かれていた。

 それでも透さんは表情ひとつ変えない。ヤタガラスを翡翠くんへけしかけ、真宮さんへは透さんが直接歩み寄った。

「偶然でお宅のゴタゴタに手ェ出したんは悪かったけど、ここまでされるとはなぁ」

 端正な口元はニヒルに笑っているけれど、目が笑っていない。負傷しているとは感じさせない動きで真宮さんに拳を繰り出した。
 それを体重移動でかわした彰太くんのお兄さんは、殴り合いはしたくないみたいで透さんから距離を取るために後方へ跳ぶ。

「それはお互い様ですよ。あなたが真堂家に入り込んでいるからといって、ここまでする予定はありませんでした」
「どういうことや?」

 透さんに質問されたことに気を良くしたみたいで、真宮さんはニヤリと笑って腕組みをした。そして透さんに少し近づく。

の利害が一致して、あなたをトリカゴと翡翠の実験台に選んだのですよ」

 真宮さんは挑発するように嗤った。

「トリカゴ?」

 ピクリと反応を示した透さんに、真宮さんはまた嬉しそうな表情を見せる。翡翠くんと女性がいるから、優位を確信しているのだろう。

「ええ。ジエーネ研究所が開発している、誰にでも扱える結界ですよ。まだ実験段階ですが」
「真宮さん」

 亘理さんの会社がそんなものまで作っていたなんて知らなかった。こちらにはありがたい情報だけど、翡翠くんを連れてきた女性から見ると喋りすぎだったみたいだ。
 叱られた真宮さんはおどけたように肩をすくめてみせる。それからすぐに透さんへ向き直った。

「心配しなくても、貴方がいなくなったあと、真堂みさきさんは僕が責任を持って……」
「うるさい」

 翡翠くんが冷たい瞳のまま手を軽く一払いすると、衝撃波が真宮さんを襲った。防御する間もなく、背中を切り裂かれる。

「兄貴!」

 駆け寄ろうとした彰太くんの腕を掴んで、裕翔くんが止めた。

「無理だ、行けない」

 ぽつりぽつりと大きな雨粒が地面を濡らし始める。

 痛みに悲鳴を上げ、路上でうつ伏せに倒れている真宮さんに、翡翠くんは冷たい視線を向けた。

「薄皮一枚で大げさだな」

 無表情のまま真宮さんに近づき、負傷した背中を踏みつける。

 痛みと恐怖のせいか、真宮さんは半狂乱で手足をばたつかせ悲鳴を撒き散らした。
 お兄さんの苦しげな様子に、彰太くんはぎゅっと目を閉じて顔を背ける。

「美しくない」

 翡翠くんが小さく手を振ると、今度は真宮さんの両方の大腿の裏辺りが裂けた。血と叫びが飛散する。

「お、大島さん!僕が真壁を……!」

 真宮さんは懸命にもがいて、後ろに立つ女性を振り返ろうとする。

「あれぇ?ごめんなさいね~」

 大島さんと呼ばれた女性はきょとんとしたあと、見下すように顔全体を歪めて嗤った。

「あなたは真堂みさきに良からぬことを考えているだろうから、手を出せないようにしとけってに言われてたの。伝えるの忘れてごめんなさぁい」

 それを合図のように、翡翠くんが右手を垂直に掲げた。
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