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裕翔ルート 2章
冷たい海 4
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夕飯を食べ終えて、食器を洗っている最中に耳鳴りがした。思わず顔をしかめて耳を押さえてしまう。
こんなことは初めてだけど、感覚が教えてくれる。
「みさき?」
後片付けを一緒にしてくれている裕翔くんが、私を心配そうに声をかけてくれる。
「……結界?」
誰かがこの近くに結界を張ったのを感じた。
誠史郎さん以外はみんな家にいる。私の感知能力では、透さんや遥さんの結界は知り合ってから間もないので気づける自信がない。
そうなると答えはひとつ。
「裕翔くん、多分誠史郎さんが戦ってる」
††††††††
長く伸びた鋭い爪が誠史郎の首筋を掻き切ろうとしたが、狙われた当人は眉ひとつ動かすことなく後ろに飛び退いてかわす。
「意外に俊敏ですね」
「私は腕っぷしが強くありませんから」
「それはお気の毒に」
勝利を確信したような笑みを男は浮かべる。
「ああ、そうでした」
何かを思い出したようで、ぽんと手を打った。
「私はサクヤと申します。以後、お見知り置きを」
言い終わるより早く、サクヤは地面を蹴って誠史郎に爪を突き立てようと躍りかかった。
「とは言っても、もう2度とお会いできないかもしれませんけれどね!」
誠史郎はスーツの懐からさっと呪符を取り出し、サクヤの顔に向かって投げつける。サクヤが払いのけたのと同時に符が爆発し、白い煙がもうもうと立ち上る。
視界を遮られたサクヤの耳に、空気を裂くような音が聞こえた。左腕に鞭が絡み付こうとする。こちらの動きが悪いことを、誠史郎は見逃さない。
「おい! お前の見立て、全くのハズレじゃないか!」
執拗に左腕を狙う誠史郎の鞭から逃げ回りつつ、サクヤはカイに苦情を告げた。
「……あの脳みそお花畑な人たちの参謀みたいだったから、てっきり相手の弱点は狙わないで戦うと思ってたのに」
「お褒めにあずかり、光栄です」
氷の王と一部の生徒たちから称されていることに恥じない、見るものを凍えさせるような鋭く美しく冷たい微笑を浮かべる。
その間も、左腕を狙うことは止めない。これほどサクヤが嫌がるのには理由があるだろう。ならば尚更、左腕を攻めるべきだ。
「サクヤさん、自分が思ってるより弱いんじゃないの?」
カイは華奢な肩を落として、ため息と共にそう吐き出した。
誠史郎の放った呪符はサクヤの背後で炎の術を展開して火の壁を作る。
退路を断たれたサクヤが口許を歪めて、誠史郎に爪を立てようと戻るが鞭が牽制するので距離を詰められない。
そして誠史郎にはもうひとつ狙いがあった。サクヤが気づかないので、思うままに踊らせることができている。
駐車場のコンクリートに、炎で描いた五茫星が完成し、サクヤをその中央に押し込めることに成功する。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」
素早く九字を切ると、五茫星からまばゆい光の柱が作られる。中にいたサクヤは完全に行き場を失った。
「裕翔くんにどんなご用件ですか?」
誠史郎はサクヤを詰問しようと一歩踏み出したが、背後の異変に気づいて振り返った。
†††††††
「誠史郎さん……っ!」
結界の反応を確認して私たちが高校に駆けつけた時、カイがさんがナイフで誠史郎さんの背中を狙っていた。だけど誠史郎さんはすんでのところでひらりとかわす。
良かったと肩の力が抜けた。
「私のことをどうこう言えないと思いますが」
「僕は非力な人間だから、これぐらいのハンデはもらわないとね」
そう言う問題ではないと頭に血が上った。
女郎蜘蛛のこと、長谷部さんを巻き込んだこと、ひとりでいた誠史郎さんを狙ったこと。
勝つためには非情にならないといけないのかもしれない。だけど、ここまでして勝たないといけないのだろうか。
誠史郎さんの術で捕らわれている吸血種は、それほど深く裕翔くんを恨んでいるのだろうか。
五茫星に閉じ込められている男性を見る。呆然としているように見えた。
「オレ、シキに空っぽだって言われたけど、カイはオレよりずっと空っぽじゃん」
カイさんから武器を奪うために低く構えた裕翔くんはため息と共にそう吐き出す。
カイさんは渇いた笑い声を上げた。
「そうなんだよね。ずっと空っぽで、どうしたら埋まるのかわからなくて、気がついたら家族までご主人に差し出してた」
感情の見えないカイさんの瞳に寒気がした。
「家族を差し出すって……」
「その通りだよ。全員サクヤさんの食糧になってもらったんだ。そうしたらちょっとはおもしろくなるかと思ったんだけど、何も変わらなかった。だけど……」
裕翔くんを捉えた両眼がニタリと笑う。底無し沼のようにどろりとしたものを感じた。
「ご主人の復讐に付き合って良かったよ。初めて少しおもしろいと思えるものに出会えた」
「お前……」
眞澄くんが奥歯を強く噛み締める。
「君たちは人間には手を出さないんだろう?」
カイさんは勝ち誇ったように顔を歪めて胸を張った。
今回の作戦は彼の立てたものだったのだろう。家族をあの吸血種に差し出すことで信用を得たなんて、酷すぎる。
「そこのサイコ野郎を気取った下衆、それは俺の獲物だ」
いつの間にか、結界のすぐ外に紫綺くんが立っていた。
こんなことは初めてだけど、感覚が教えてくれる。
「みさき?」
後片付けを一緒にしてくれている裕翔くんが、私を心配そうに声をかけてくれる。
「……結界?」
誰かがこの近くに結界を張ったのを感じた。
誠史郎さん以外はみんな家にいる。私の感知能力では、透さんや遥さんの結界は知り合ってから間もないので気づける自信がない。
そうなると答えはひとつ。
「裕翔くん、多分誠史郎さんが戦ってる」
††††††††
長く伸びた鋭い爪が誠史郎の首筋を掻き切ろうとしたが、狙われた当人は眉ひとつ動かすことなく後ろに飛び退いてかわす。
「意外に俊敏ですね」
「私は腕っぷしが強くありませんから」
「それはお気の毒に」
勝利を確信したような笑みを男は浮かべる。
「ああ、そうでした」
何かを思い出したようで、ぽんと手を打った。
「私はサクヤと申します。以後、お見知り置きを」
言い終わるより早く、サクヤは地面を蹴って誠史郎に爪を突き立てようと躍りかかった。
「とは言っても、もう2度とお会いできないかもしれませんけれどね!」
誠史郎はスーツの懐からさっと呪符を取り出し、サクヤの顔に向かって投げつける。サクヤが払いのけたのと同時に符が爆発し、白い煙がもうもうと立ち上る。
視界を遮られたサクヤの耳に、空気を裂くような音が聞こえた。左腕に鞭が絡み付こうとする。こちらの動きが悪いことを、誠史郎は見逃さない。
「おい! お前の見立て、全くのハズレじゃないか!」
執拗に左腕を狙う誠史郎の鞭から逃げ回りつつ、サクヤはカイに苦情を告げた。
「……あの脳みそお花畑な人たちの参謀みたいだったから、てっきり相手の弱点は狙わないで戦うと思ってたのに」
「お褒めにあずかり、光栄です」
氷の王と一部の生徒たちから称されていることに恥じない、見るものを凍えさせるような鋭く美しく冷たい微笑を浮かべる。
その間も、左腕を狙うことは止めない。これほどサクヤが嫌がるのには理由があるだろう。ならば尚更、左腕を攻めるべきだ。
「サクヤさん、自分が思ってるより弱いんじゃないの?」
カイは華奢な肩を落として、ため息と共にそう吐き出した。
誠史郎の放った呪符はサクヤの背後で炎の術を展開して火の壁を作る。
退路を断たれたサクヤが口許を歪めて、誠史郎に爪を立てようと戻るが鞭が牽制するので距離を詰められない。
そして誠史郎にはもうひとつ狙いがあった。サクヤが気づかないので、思うままに踊らせることができている。
駐車場のコンクリートに、炎で描いた五茫星が完成し、サクヤをその中央に押し込めることに成功する。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前!」
素早く九字を切ると、五茫星からまばゆい光の柱が作られる。中にいたサクヤは完全に行き場を失った。
「裕翔くんにどんなご用件ですか?」
誠史郎はサクヤを詰問しようと一歩踏み出したが、背後の異変に気づいて振り返った。
†††††††
「誠史郎さん……っ!」
結界の反応を確認して私たちが高校に駆けつけた時、カイがさんがナイフで誠史郎さんの背中を狙っていた。だけど誠史郎さんはすんでのところでひらりとかわす。
良かったと肩の力が抜けた。
「私のことをどうこう言えないと思いますが」
「僕は非力な人間だから、これぐらいのハンデはもらわないとね」
そう言う問題ではないと頭に血が上った。
女郎蜘蛛のこと、長谷部さんを巻き込んだこと、ひとりでいた誠史郎さんを狙ったこと。
勝つためには非情にならないといけないのかもしれない。だけど、ここまでして勝たないといけないのだろうか。
誠史郎さんの術で捕らわれている吸血種は、それほど深く裕翔くんを恨んでいるのだろうか。
五茫星に閉じ込められている男性を見る。呆然としているように見えた。
「オレ、シキに空っぽだって言われたけど、カイはオレよりずっと空っぽじゃん」
カイさんから武器を奪うために低く構えた裕翔くんはため息と共にそう吐き出す。
カイさんは渇いた笑い声を上げた。
「そうなんだよね。ずっと空っぽで、どうしたら埋まるのかわからなくて、気がついたら家族までご主人に差し出してた」
感情の見えないカイさんの瞳に寒気がした。
「家族を差し出すって……」
「その通りだよ。全員サクヤさんの食糧になってもらったんだ。そうしたらちょっとはおもしろくなるかと思ったんだけど、何も変わらなかった。だけど……」
裕翔くんを捉えた両眼がニタリと笑う。底無し沼のようにどろりとしたものを感じた。
「ご主人の復讐に付き合って良かったよ。初めて少しおもしろいと思えるものに出会えた」
「お前……」
眞澄くんが奥歯を強く噛み締める。
「君たちは人間には手を出さないんだろう?」
カイさんは勝ち誇ったように顔を歪めて胸を張った。
今回の作戦は彼の立てたものだったのだろう。家族をあの吸血種に差し出すことで信用を得たなんて、酷すぎる。
「そこのサイコ野郎を気取った下衆、それは俺の獲物だ」
いつの間にか、結界のすぐ外に紫綺くんが立っていた。
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