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淳ルート 3章
琥珀と翡翠 2
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鍛錬場に封印の陣の中を誠史郎さんが作ってくれる。眞澄くんがそこへ意識のない翡翠くんをそっと横たえさせた。
ぐったりとしているのに、息を呑むほど整った美しい寝顔。双子みたいなものだから当然かもしれないけれど、どこか淳くんの面影がある。
翡翠くんがここにいることは研究所の人たちもわかっている。いつ奪還しに来てもおかしくない。何なら、今すぐ来るかもしれない。
魔物と一体化している大島さんは結界を越えられないだろけれど、間違いなく人間の堺さんや亘理さんなら門をくぐれる。術者を雇っているなら、力ずくも辞さないかもしれない。
「みんな、ありがとう」
淳くんが深々と頭を下げた。そのまま動かないので、眞澄くんがぽんと軽く肩を叩く。
ようやく再起動した淳くんを見て、眞澄くんが小さく微笑んだ。
「これで一応、月白との約束は果たせましたから、珠緒さんに連絡をしておきます」
私は鍛錬場を出ていく誠史郎さんを見送ってから、気を失っている翡翠くんに視線を移した。
これからどうすれば良いのか、全然わからない。
家に入れてしまったから、翡翠くんはこれから先、自由にここへ出入りできるようになってしまった。目覚めたら襲いかかってくるかもしれない。
だけどさっきまでの翡翠くんは明らかに様子がおかしかった。月白さんが言っていたことを思い出す。
「ヘンだったよね、ヒスイ」
そうつぶやいた裕翔くんは唇を尖らせた。
「研究所は吸血種を実験台にしてるって、月白さんが言っていたけど……」
「吸血種の実験って、何をするんだ? 頭か心臓を潰す以外の殺し方か?」
悩んだ私の言葉に、眞澄くんが物騒なひとつの可能性を提示した。
「吸血種に効く毒なんか、あったら便利そうやなぁ」
透さんが言うとシャレにならない。
そもそも私や透さんは吸血種にとって毒みたいな存在だ。
「翡翠は操られているみたいに感じた」
直接戦った淳くんがぽつりとこぼす。白皙の王子様は、眠る片割れの傍らに膝をついた。
「死を恐れない戦闘マシーンになったみたいに見えた」
私の感じていた違和感を、淳くんが言語化してくれた。
だけど、どうにももやもやする。
吸血種を戦闘マシーンにする意味はあるのだろうか。そもそも彼らには人間の持たない驚異的な生命力がある。
「どうしたの? みさき」
考え込んでいた私に淳くんが声をかけてきた。少し首を傾けている姿にドキリとする。王子様はどんな姿も絵になる。
そんな邪念を振り払って、私は抱えていた疑問を吐き出した。
「吸血種をそんな風にするのは、何か変だなーって思って……。そんなことしなくても、もともと強いんだし」
「確かに、吸血種を洗脳して生かして外に連れ出すんやったら、もっとエエ使い方がありそうやな」
透さんの言葉に、淳くんはハッとしたように息を呑んで目を見開く。そして翡翠くんに振り返った。
「亘理さんたちに思惑があって、翡翠はそれに適合しなかったから必要なくなった……」
淳くんはどこか呆然としたように呟いてから、悔しそうに形の良い唇を固く結ぶ。
「ただ廃棄するよりちょっとでも淳クン利用してデータ取ろうなんて、えげつないなぁ」
肩をすくめて透さんはため息と一緒に吐き出したけれど、その推測が間違っていなければとても残酷な仕打ちだ。そんな恐ろしい組織に私たちはなぜか狙われていると思うと背筋がゾクリとした。
「翡翠くんを元に戻す方法はあるのかな」
少しでも前向きなことを口にしようと思った。
珠緒さんや月白さんは方法を知っているだろうか。まだ誠史郎さんは珠緒さんと話しているかもしれないと思い、私はパタパタと走って鍛錬場を出る。
「みさき?」
眞澄くんに呼び止められて出口で振り返った。
「珠緒さんたちは翡翠くんを元に戻す方法を知らないか、聞いてみる」
扉を開くとすぐにスマホを耳に当てた状態の誠史郎さんが立っていた。ちらりと切れ長の目がこちらを一瞥する。
まさかこんなに近くにいるとは思わず、電話の邪魔をしてしまったことに私はあわてた。だけど誠史郎さんは気にした様子もなく、くすりと笑った。
「すみません、みさきさんと代わります」
私の声は全部聞こえていたらしい。ちょっと恥ずかしい。
「珠緒さんです」
「ありがとうございます」
小声でささやきあって、誠史郎さんからスマホを受け取った。
「珠緒さん、みさきです。急にごめんなさい。操られてる状態の吸血種を元に戻す方法を珠緒さんはご存知だったりしないかなって思ったんです」
「申し訳ございません。方法は存じ上げませんが、明日の夜、そちらへ様子を見にうかがわせてください」
珠緒さんの凛とした声と口調がとても心強く思えた。
「よろしくお願いします」
私も珠緒さんに会うまでに、できることはやっておこう。
きっと翡翠くんは助かる。
そう自分に言い聞かせた。
ぐったりとしているのに、息を呑むほど整った美しい寝顔。双子みたいなものだから当然かもしれないけれど、どこか淳くんの面影がある。
翡翠くんがここにいることは研究所の人たちもわかっている。いつ奪還しに来てもおかしくない。何なら、今すぐ来るかもしれない。
魔物と一体化している大島さんは結界を越えられないだろけれど、間違いなく人間の堺さんや亘理さんなら門をくぐれる。術者を雇っているなら、力ずくも辞さないかもしれない。
「みんな、ありがとう」
淳くんが深々と頭を下げた。そのまま動かないので、眞澄くんがぽんと軽く肩を叩く。
ようやく再起動した淳くんを見て、眞澄くんが小さく微笑んだ。
「これで一応、月白との約束は果たせましたから、珠緒さんに連絡をしておきます」
私は鍛錬場を出ていく誠史郎さんを見送ってから、気を失っている翡翠くんに視線を移した。
これからどうすれば良いのか、全然わからない。
家に入れてしまったから、翡翠くんはこれから先、自由にここへ出入りできるようになってしまった。目覚めたら襲いかかってくるかもしれない。
だけどさっきまでの翡翠くんは明らかに様子がおかしかった。月白さんが言っていたことを思い出す。
「ヘンだったよね、ヒスイ」
そうつぶやいた裕翔くんは唇を尖らせた。
「研究所は吸血種を実験台にしてるって、月白さんが言っていたけど……」
「吸血種の実験って、何をするんだ? 頭か心臓を潰す以外の殺し方か?」
悩んだ私の言葉に、眞澄くんが物騒なひとつの可能性を提示した。
「吸血種に効く毒なんか、あったら便利そうやなぁ」
透さんが言うとシャレにならない。
そもそも私や透さんは吸血種にとって毒みたいな存在だ。
「翡翠は操られているみたいに感じた」
直接戦った淳くんがぽつりとこぼす。白皙の王子様は、眠る片割れの傍らに膝をついた。
「死を恐れない戦闘マシーンになったみたいに見えた」
私の感じていた違和感を、淳くんが言語化してくれた。
だけど、どうにももやもやする。
吸血種を戦闘マシーンにする意味はあるのだろうか。そもそも彼らには人間の持たない驚異的な生命力がある。
「どうしたの? みさき」
考え込んでいた私に淳くんが声をかけてきた。少し首を傾けている姿にドキリとする。王子様はどんな姿も絵になる。
そんな邪念を振り払って、私は抱えていた疑問を吐き出した。
「吸血種をそんな風にするのは、何か変だなーって思って……。そんなことしなくても、もともと強いんだし」
「確かに、吸血種を洗脳して生かして外に連れ出すんやったら、もっとエエ使い方がありそうやな」
透さんの言葉に、淳くんはハッとしたように息を呑んで目を見開く。そして翡翠くんに振り返った。
「亘理さんたちに思惑があって、翡翠はそれに適合しなかったから必要なくなった……」
淳くんはどこか呆然としたように呟いてから、悔しそうに形の良い唇を固く結ぶ。
「ただ廃棄するよりちょっとでも淳クン利用してデータ取ろうなんて、えげつないなぁ」
肩をすくめて透さんはため息と一緒に吐き出したけれど、その推測が間違っていなければとても残酷な仕打ちだ。そんな恐ろしい組織に私たちはなぜか狙われていると思うと背筋がゾクリとした。
「翡翠くんを元に戻す方法はあるのかな」
少しでも前向きなことを口にしようと思った。
珠緒さんや月白さんは方法を知っているだろうか。まだ誠史郎さんは珠緒さんと話しているかもしれないと思い、私はパタパタと走って鍛錬場を出る。
「みさき?」
眞澄くんに呼び止められて出口で振り返った。
「珠緒さんたちは翡翠くんを元に戻す方法を知らないか、聞いてみる」
扉を開くとすぐにスマホを耳に当てた状態の誠史郎さんが立っていた。ちらりと切れ長の目がこちらを一瞥する。
まさかこんなに近くにいるとは思わず、電話の邪魔をしてしまったことに私はあわてた。だけど誠史郎さんは気にした様子もなく、くすりと笑った。
「すみません、みさきさんと代わります」
私の声は全部聞こえていたらしい。ちょっと恥ずかしい。
「珠緒さんです」
「ありがとうございます」
小声でささやきあって、誠史郎さんからスマホを受け取った。
「珠緒さん、みさきです。急にごめんなさい。操られてる状態の吸血種を元に戻す方法を珠緒さんはご存知だったりしないかなって思ったんです」
「申し訳ございません。方法は存じ上げませんが、明日の夜、そちらへ様子を見にうかがわせてください」
珠緒さんの凛とした声と口調がとても心強く思えた。
「よろしくお願いします」
私も珠緒さんに会うまでに、できることはやっておこう。
きっと翡翠くんは助かる。
そう自分に言い聞かせた。
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