144 / 145
淳ルート 3章
琥珀と翡翠 1
しおりを挟む
指定された時間のより少し早く私たちはその場所に来た。
翡翠くんたちはまだ来ていないみたいだ。
廃墟のような使われていない倉庫なので人気はない。重い扉を眞澄くんと裕翔くんが開けてくれる。灯りもなくて、用意しておいたランタンをそれぞれ手に進んだ。
それでも暗い。
コンクリートを踏む足音が響く。それが余計に緊張感を高めた。
扉は閉めずに入ってきたので、背後にも気を配っていた。
「誰か来るよ」
裕翔くんの声にみんな足を止めた。暗いけれど、人影がふたつ確認できる。
眞澄くんと誠史郎さんが灯りを掲げてくれたおかげで、相手の顔がはっきりわかった。
「あーら、早めに来てたんだぁ」
くねくねしながら猫なで声で話す大島さんと、その隣で無表情に佇む翡翠くん。温度差がすごい。
この状態で一騎打ちが始まるのは避けたかった。
何か罠が仕掛けられていた場合、私たちが出口へ迎えない。どうにか立ち位置を変えたい。
大島さんはそれをわかっているのか、妖しい微笑みをたたえてそこから動こうとしない。
「翡翠、琥珀を殺しなさい」
殺すと言う言葉に私の心臓は氷水をかけられたようにヒヤリとなった。全身を巡る血も冷たくなったように感じる。
どうして淳くんを殺さなければいけないのか、私にはさっぱりわからない。
翡翠くんは無表情のまま、無言で一度腰を落とした。そしてすぐに床を蹴って淳くんに向かってくる。
「淳くん!」
淳くんは予測していたみたいで、最低限の動きで翡翠くんの攻撃をかわした。
誠史郎さんがこの場に結界を張ってくれる。それを合図みたいに淳くんはいつもとは違う銃を構える。
普段は隠し持った小さな拳銃だけど、今は特に武器を隠す必要がなかったので淳くんはサブマシンガンを持っていた。
この姿を見るたびに、淳くんのしなやかな身体のどこにそんな力があるのだろうと思う。白皙の王子様の体幹は少しもブレることなく、弾幕を張るように翡翠くんに向かって撃ちまくる。ギャップがすごいけれどカッコイイとも思う。
だけど大島さんはそう思えないみたいだった。
「ちょ、ちょっと……!」
ひどく狼狽しているみたいで、普段の人を食ったような表情が影をひそめる。
銀の弾丸で足を何箇所も貫かれた翡翠くんは倒れ込んで動けない。だけど無表情のまま、腕の力だけで這って淳くんへ向かおうとしている。痛みを感じていないのだろうか。吸血種でもケガをしたら痛いはずなのだけど。
戦慄を覚えるほど整った面は、表情が能面のように動かない。
そんな翡翠くんを眞澄くんが魔封じのロープで素早く捕縛した。
誠史郎さんが少年の額に符を貼り付けると、電池の切れた人形のように意識を失う。
翡翠くんの撃たれた傷はゆっくり修復をはじめる。
淳くんは銃口を大島さんへ向けた。
「や、止めてよ。そんなので撃たれたら私……」
淳くんの色素の薄い瞳が冷たく大島さんを見据えている。少しでも妙な動きを見せれば、容赦なく撃ち抜くだろう。
それを感じているのか、不敵な大島さんが本気で怯えているように見えた。コンクリートをするように後退った足音が響く。
彼女も人間ではないけれど、吸血種のように頭や心臓を潰されなければ生き延びられる魔物でもないのだろう。
他人の命は軽いのに、いざ自分の身が危険にさらされると焦るなんて。正常な反応だろうけれど、美学がない。
「僕たちを黙って通してください」
眞澄くんが意識のない翡翠くんを肩に担いだ。これで私たちはいつでもここを出られる。
大島さんは悔しそうに奥歯を噛みしめる。だけど淳くんの気迫に気圧されたのか、視線を逸らして道をあけた。
淳くんが大島さんに照準を合わせ続ける間に出口へ向かった。透さんを先頭に眞澄くん、裕翔くんが続く。
私は淳くんの傍にいた。淳くんはしんがりになろうとしているのがわかっていたから。
大島さんがこのまま手出ししてこないとは思えない。そして淳くんは戦うことになればひとり残ってでもみんなを守ろうとするだろう。
どちらもさせない。
ふと気配を感じて振り返ると、誠史郎さんも残ってくれていた。
私と目が合って小さく微笑んだ誠史郎さん。手にしていた鞭で地面を叩くと、鋭く痛そうな音がコンクリートにこだました。
威嚇された大島さんはますます表情が引きつった。
「素直に失敗を認めて、上司への言い訳でも考えておいた方が利口だと思いますよ?」
穏やかな声音と優しげな微笑みなのに、辛辣さにあふれている。
誠史郎さんは私に目配せした。私はうなずいて、淳くんの背中に触れる。
こちらを振り向いた淳くんは、私を一瞥して誠史郎さんを見た。お互い何も言葉にしなかったけれど、みんなの意思は疎通できていた。
私と淳くんは大島さんから目を離さず、先に脱出させてもらうべく動いた。
「追ってこないでください」
目くらましの符を誠史郎さんは涼やかな表情ではらりと宙に舞わせた。
閃光が大島さんの視界を奪っただろう。
急いで車へ戻ると、透さんがいつでも出発できる状態でいてくれた。
「飛ばすで!」
透さんは不敵な笑顔でアクセルを踏み込む。
大島さんに追いつかれることなく、自宅に戻ることができた。
翡翠くんたちはまだ来ていないみたいだ。
廃墟のような使われていない倉庫なので人気はない。重い扉を眞澄くんと裕翔くんが開けてくれる。灯りもなくて、用意しておいたランタンをそれぞれ手に進んだ。
それでも暗い。
コンクリートを踏む足音が響く。それが余計に緊張感を高めた。
扉は閉めずに入ってきたので、背後にも気を配っていた。
「誰か来るよ」
裕翔くんの声にみんな足を止めた。暗いけれど、人影がふたつ確認できる。
眞澄くんと誠史郎さんが灯りを掲げてくれたおかげで、相手の顔がはっきりわかった。
「あーら、早めに来てたんだぁ」
くねくねしながら猫なで声で話す大島さんと、その隣で無表情に佇む翡翠くん。温度差がすごい。
この状態で一騎打ちが始まるのは避けたかった。
何か罠が仕掛けられていた場合、私たちが出口へ迎えない。どうにか立ち位置を変えたい。
大島さんはそれをわかっているのか、妖しい微笑みをたたえてそこから動こうとしない。
「翡翠、琥珀を殺しなさい」
殺すと言う言葉に私の心臓は氷水をかけられたようにヒヤリとなった。全身を巡る血も冷たくなったように感じる。
どうして淳くんを殺さなければいけないのか、私にはさっぱりわからない。
翡翠くんは無表情のまま、無言で一度腰を落とした。そしてすぐに床を蹴って淳くんに向かってくる。
「淳くん!」
淳くんは予測していたみたいで、最低限の動きで翡翠くんの攻撃をかわした。
誠史郎さんがこの場に結界を張ってくれる。それを合図みたいに淳くんはいつもとは違う銃を構える。
普段は隠し持った小さな拳銃だけど、今は特に武器を隠す必要がなかったので淳くんはサブマシンガンを持っていた。
この姿を見るたびに、淳くんのしなやかな身体のどこにそんな力があるのだろうと思う。白皙の王子様の体幹は少しもブレることなく、弾幕を張るように翡翠くんに向かって撃ちまくる。ギャップがすごいけれどカッコイイとも思う。
だけど大島さんはそう思えないみたいだった。
「ちょ、ちょっと……!」
ひどく狼狽しているみたいで、普段の人を食ったような表情が影をひそめる。
銀の弾丸で足を何箇所も貫かれた翡翠くんは倒れ込んで動けない。だけど無表情のまま、腕の力だけで這って淳くんへ向かおうとしている。痛みを感じていないのだろうか。吸血種でもケガをしたら痛いはずなのだけど。
戦慄を覚えるほど整った面は、表情が能面のように動かない。
そんな翡翠くんを眞澄くんが魔封じのロープで素早く捕縛した。
誠史郎さんが少年の額に符を貼り付けると、電池の切れた人形のように意識を失う。
翡翠くんの撃たれた傷はゆっくり修復をはじめる。
淳くんは銃口を大島さんへ向けた。
「や、止めてよ。そんなので撃たれたら私……」
淳くんの色素の薄い瞳が冷たく大島さんを見据えている。少しでも妙な動きを見せれば、容赦なく撃ち抜くだろう。
それを感じているのか、不敵な大島さんが本気で怯えているように見えた。コンクリートをするように後退った足音が響く。
彼女も人間ではないけれど、吸血種のように頭や心臓を潰されなければ生き延びられる魔物でもないのだろう。
他人の命は軽いのに、いざ自分の身が危険にさらされると焦るなんて。正常な反応だろうけれど、美学がない。
「僕たちを黙って通してください」
眞澄くんが意識のない翡翠くんを肩に担いだ。これで私たちはいつでもここを出られる。
大島さんは悔しそうに奥歯を噛みしめる。だけど淳くんの気迫に気圧されたのか、視線を逸らして道をあけた。
淳くんが大島さんに照準を合わせ続ける間に出口へ向かった。透さんを先頭に眞澄くん、裕翔くんが続く。
私は淳くんの傍にいた。淳くんはしんがりになろうとしているのがわかっていたから。
大島さんがこのまま手出ししてこないとは思えない。そして淳くんは戦うことになればひとり残ってでもみんなを守ろうとするだろう。
どちらもさせない。
ふと気配を感じて振り返ると、誠史郎さんも残ってくれていた。
私と目が合って小さく微笑んだ誠史郎さん。手にしていた鞭で地面を叩くと、鋭く痛そうな音がコンクリートにこだました。
威嚇された大島さんはますます表情が引きつった。
「素直に失敗を認めて、上司への言い訳でも考えておいた方が利口だと思いますよ?」
穏やかな声音と優しげな微笑みなのに、辛辣さにあふれている。
誠史郎さんは私に目配せした。私はうなずいて、淳くんの背中に触れる。
こちらを振り向いた淳くんは、私を一瞥して誠史郎さんを見た。お互い何も言葉にしなかったけれど、みんなの意思は疎通できていた。
私と淳くんは大島さんから目を離さず、先に脱出させてもらうべく動いた。
「追ってこないでください」
目くらましの符を誠史郎さんは涼やかな表情ではらりと宙に舞わせた。
閃光が大島さんの視界を奪っただろう。
急いで車へ戻ると、透さんがいつでも出発できる状態でいてくれた。
「飛ばすで!」
透さんは不敵な笑顔でアクセルを踏み込む。
大島さんに追いつかれることなく、自宅に戻ることができた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です
朝陽七彩
恋愛
私は。
「夕鶴、こっちにおいで」
現役の高校生だけど。
「ずっと夕鶴とこうしていたい」
担任の先生と。
「夕鶴を誰にも渡したくない」
付き合っています。
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
神城夕鶴(かみしろ ゆづる)
軽音楽部の絶対的エース
飛鷹隼理(ひだか しゅんり)
アイドル的存在の超イケメン先生
♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡
彼の名前は飛鷹隼理くん。
隼理くんは。
「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」
そう言って……。
「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」
そして隼理くんは……。
……‼
しゅっ……隼理くん……っ。
そんなことをされたら……。
隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。
……だけど……。
え……。
誰……?
誰なの……?
その人はいったい誰なの、隼理くん。
ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。
その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。
でも。
でも訊けない。
隼理くんに直接訊くことなんて。
私にはできない。
私は。
私は、これから先、一体どうすればいいの……?
【R18】幼馴染がイケメン過ぎる
ケセラセラ
恋愛
双子の兄弟、陽介と宗介は一卵性の双子でイケメンのお隣さん一つ上。真斗もお隣さんの同級生でイケメン。
幼稚園の頃からずっと仲良しで4人で遊んでいたけど、大学生にもなり他にもお友達や彼氏が欲しいと思うようになった主人公の吉本 華。
幼馴染の関係は壊したくないのに、3人はそうは思ってないようで。
関係が変わる時、歯車が大きく動き出す。
ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~
cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。
同棲はかれこれもう7年目。
お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。
合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。
焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。
何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。
美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。
私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな?
そしてわたしの30歳の誕生日。
「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」
「なに言ってるの?」
優しかったはずの隼人が豹変。
「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」
彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。
「絶対に逃がさないよ?」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる