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第一章 学園編
再会
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身体が震えた。
まさかまた、お会い出来るとは思っていなかった。
「姫、お元気でしたか?」
何も知らずに来客の出迎えをクレッシェン様に頼まれ、玄関まで行った私は、驚きのあまり言葉が出なかった。
いつもと変わらないフィオニア様の挨拶。
優しい声。
ずっとずっと、聞きたかった声に話しかけられて、私の胸は震える。
涙が出そうになる。
「フィオニア様も……お元気そうで……何よりです……」
そう答えるのが精一杯だった。
「今日は、私の友人も一緒なんですよ」
フィオニア様はにっこり微笑まれると、ご自身の後ろにいらっしゃる方を私に紹介した。
一歩前に踏み出し、私の前に立ったその方は、濡れ羽色の艶やかな髪に、射抜くような金色の瞳をした方で、無表情に私を見下ろしている。
背はフィオニア様よりいくらか高く、細身に見えるけれど、鍛えられてらっしゃるのか、逞しさも感じる。
フィオニア様とはまた違った、冷たい美しさを持った方だった。
あまりの美しさに緊張する。
「ルシアン・アルト伯爵です」
「お初にお目にかかります。ルシアン・アルトと申します」
そう言って、アルト伯爵は礼をして下さった。私も慌ててカーテシーをする。
「アレクシア・クレッシェンと申します。お目にかかれて光栄でございます、アルト伯爵」
ご挨拶をして顔を上げた瞬間、アルト伯爵と目が合い、心臓がどくん、と跳ねた。
心の内を見透かされてしまいそうな目をしてらっしゃる。
本当に、お美しい方。
案内するよう仰せつかっていたので、お二人を連れてサロンに向かう。
お茶は侍女が持って来てくれるということだったので、アルト伯爵とフィオニア様と私は、言われた通りにソファに腰掛けてクレッシェン様がいらっしゃるのを待った。
私も相席するように言われている。
程なくしてお茶を侍女が持って来てくれたのは良かったけれど、何を話していいのかも分からない。
「貴方がおっしゃったからお連れしたのに、何も話さないのは失礼ですよ」
フィオニア様が咎めるようにアルト伯爵に言う。
その言葉に、フィオニア様が望んでここに来たのではない事が分かって、胸がチクリとする。
アルト伯爵は突然こちらを向いて、じっと私を見つめる。
こんなに美しい方にじっと見つめられる経験なんてない私は、緊張で顔が熱くなる。
「クレッシェン様は、貴女を大切にして下さっているようですね」
「あ、はい。とても良くしていただいております」
身寄りのない私を引き取って、養女として下さった。
平民で修道院で育っていた私は、貴族の令嬢としての教育を受けている。
「それは良かった」
フィオニア様同様に、アルト伯爵も誰かにお仕えしていて、その主人の命令でこちらにいらしたのかしら?
ドアが開き、クレッシェン様は早歩きで入室すると、ソファに腰掛けた。
「遅くなって申し訳ない、アルト伯」
「いいえ、こちらこそお時間を頂戴して申し訳ありません」
クレッシェン様はちら、と私を見る。
「もう紹介は済んでるとは思うが、改めて。
先日養女に迎えたアレクシアだ」
アルト伯爵は頷いて、ほんの少し私に微笑んで下さった。
微笑むと、優しいお顔になる方なのだわ……。
ドキドキと、鼓動が早まる。
「伯のおっしゃられたように、こちらの準備も進んではいる。ただ、悟られぬようにする為にも、あからさまには動けないのが現状だ。大変申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。まだ猶予はありますから」
それからは何気ない日常会話が続いて、アルト伯爵とフィオニア様は帰ってしまわれた。
ぼんやりしていた私に、クレッシェン様は困ったような顔になる。
「アルト伯爵は素敵な方だったろう」
「そ、そうですね」
先程の優しげな微笑みを思い出して顔が熱くなった。
「ただあの方は、フィオニア殿よりもっと手の届かない方だ」
「いえっ、私、そんなつもりでは……!」
慌てて否定する。
確かにとても素敵な方だったけれど、私は……。
「あの方はこの国の皇女すら袖にするような猛者だからね」
そうおっしゃってクレッシェン様は笑った。
「皇女様を?!」
あまりに驚いて、大きい声を出してしまった。
「そう、アルト伯と結婚したかった皇女は、カーライル王国まで乗り込んだのだけれどね、全く相手にされないまま帰国したのだよ」
「アルト伯爵は、皇女様がお嫌いなのですか?」
皇女様がそこまでして、結婚したいと望んだお方。
確かに、とても美しくて、冷たくて、でも微笑まれると優しくて……なんというのか、心に残るお方。
「と言うよりは、奥方以外の女性に全く関心がないと聞いているよ。
奥方は妖精のように美しく、気高い心根を持ち、誰に対しても公平に振る舞う様から、妖精姫と呼ばれているそうだ」
妖精姫……。
アルト伯爵はもうご結婚なさっているのね。
「アルト伯の方が奥方に夢中らしく、国内で知らないものはいないと言われるぐらいの溺愛っぷりなのだそうだ」
「まぁ……」
あのように美しい方にそこまで愛される妖精姫。一体どのような方なのかしら……。
「一度お会いしてみたいものだ」
私も思わず頷いてしまった。
「伯爵の溺愛が過ぎて屋敷に閉じ込めてると聞いているからね。夜会でも自分以外とは絶対に踊らせないと言うし、お会いするのは難しそうだ。
まだ学園に通っている内から、奥方を愛し過ぎてしまって、婚姻が早まったというから、なかなかのものだろう?」
あまりに愛し過ぎて屋敷に閉じ込めたくなってしまうだなんて……この前読ませていただいたお話のよう。
夜会でも自分以外と踊らせないなんて、どれだけ愛されているのかしら……。
「誰にも渡したくなかったのでしょうか……」
それにしても、あんなに冷たく見えるお方が、それ程までに情熱的な恋をなさるのね。人は見かけによらないわ。
「アレクシアにも、強く愛してくれる方が現れるよ」
フィオニア様のお顔が思い出されたけれど、それは叶わない想い。
まさかまた、お会い出来るとは思っていなかった。
「姫、お元気でしたか?」
何も知らずに来客の出迎えをクレッシェン様に頼まれ、玄関まで行った私は、驚きのあまり言葉が出なかった。
いつもと変わらないフィオニア様の挨拶。
優しい声。
ずっとずっと、聞きたかった声に話しかけられて、私の胸は震える。
涙が出そうになる。
「フィオニア様も……お元気そうで……何よりです……」
そう答えるのが精一杯だった。
「今日は、私の友人も一緒なんですよ」
フィオニア様はにっこり微笑まれると、ご自身の後ろにいらっしゃる方を私に紹介した。
一歩前に踏み出し、私の前に立ったその方は、濡れ羽色の艶やかな髪に、射抜くような金色の瞳をした方で、無表情に私を見下ろしている。
背はフィオニア様よりいくらか高く、細身に見えるけれど、鍛えられてらっしゃるのか、逞しさも感じる。
フィオニア様とはまた違った、冷たい美しさを持った方だった。
あまりの美しさに緊張する。
「ルシアン・アルト伯爵です」
「お初にお目にかかります。ルシアン・アルトと申します」
そう言って、アルト伯爵は礼をして下さった。私も慌ててカーテシーをする。
「アレクシア・クレッシェンと申します。お目にかかれて光栄でございます、アルト伯爵」
ご挨拶をして顔を上げた瞬間、アルト伯爵と目が合い、心臓がどくん、と跳ねた。
心の内を見透かされてしまいそうな目をしてらっしゃる。
本当に、お美しい方。
案内するよう仰せつかっていたので、お二人を連れてサロンに向かう。
お茶は侍女が持って来てくれるということだったので、アルト伯爵とフィオニア様と私は、言われた通りにソファに腰掛けてクレッシェン様がいらっしゃるのを待った。
私も相席するように言われている。
程なくしてお茶を侍女が持って来てくれたのは良かったけれど、何を話していいのかも分からない。
「貴方がおっしゃったからお連れしたのに、何も話さないのは失礼ですよ」
フィオニア様が咎めるようにアルト伯爵に言う。
その言葉に、フィオニア様が望んでここに来たのではない事が分かって、胸がチクリとする。
アルト伯爵は突然こちらを向いて、じっと私を見つめる。
こんなに美しい方にじっと見つめられる経験なんてない私は、緊張で顔が熱くなる。
「クレッシェン様は、貴女を大切にして下さっているようですね」
「あ、はい。とても良くしていただいております」
身寄りのない私を引き取って、養女として下さった。
平民で修道院で育っていた私は、貴族の令嬢としての教育を受けている。
「それは良かった」
フィオニア様同様に、アルト伯爵も誰かにお仕えしていて、その主人の命令でこちらにいらしたのかしら?
ドアが開き、クレッシェン様は早歩きで入室すると、ソファに腰掛けた。
「遅くなって申し訳ない、アルト伯」
「いいえ、こちらこそお時間を頂戴して申し訳ありません」
クレッシェン様はちら、と私を見る。
「もう紹介は済んでるとは思うが、改めて。
先日養女に迎えたアレクシアだ」
アルト伯爵は頷いて、ほんの少し私に微笑んで下さった。
微笑むと、優しいお顔になる方なのだわ……。
ドキドキと、鼓動が早まる。
「伯のおっしゃられたように、こちらの準備も進んではいる。ただ、悟られぬようにする為にも、あからさまには動けないのが現状だ。大変申し訳ない」
「いえ、お気になさらず。まだ猶予はありますから」
それからは何気ない日常会話が続いて、アルト伯爵とフィオニア様は帰ってしまわれた。
ぼんやりしていた私に、クレッシェン様は困ったような顔になる。
「アルト伯爵は素敵な方だったろう」
「そ、そうですね」
先程の優しげな微笑みを思い出して顔が熱くなった。
「ただあの方は、フィオニア殿よりもっと手の届かない方だ」
「いえっ、私、そんなつもりでは……!」
慌てて否定する。
確かにとても素敵な方だったけれど、私は……。
「あの方はこの国の皇女すら袖にするような猛者だからね」
そうおっしゃってクレッシェン様は笑った。
「皇女様を?!」
あまりに驚いて、大きい声を出してしまった。
「そう、アルト伯と結婚したかった皇女は、カーライル王国まで乗り込んだのだけれどね、全く相手にされないまま帰国したのだよ」
「アルト伯爵は、皇女様がお嫌いなのですか?」
皇女様がそこまでして、結婚したいと望んだお方。
確かに、とても美しくて、冷たくて、でも微笑まれると優しくて……なんというのか、心に残るお方。
「と言うよりは、奥方以外の女性に全く関心がないと聞いているよ。
奥方は妖精のように美しく、気高い心根を持ち、誰に対しても公平に振る舞う様から、妖精姫と呼ばれているそうだ」
妖精姫……。
アルト伯爵はもうご結婚なさっているのね。
「アルト伯の方が奥方に夢中らしく、国内で知らないものはいないと言われるぐらいの溺愛っぷりなのだそうだ」
「まぁ……」
あのように美しい方にそこまで愛される妖精姫。一体どのような方なのかしら……。
「一度お会いしてみたいものだ」
私も思わず頷いてしまった。
「伯爵の溺愛が過ぎて屋敷に閉じ込めてると聞いているからね。夜会でも自分以外とは絶対に踊らせないと言うし、お会いするのは難しそうだ。
まだ学園に通っている内から、奥方を愛し過ぎてしまって、婚姻が早まったというから、なかなかのものだろう?」
あまりに愛し過ぎて屋敷に閉じ込めたくなってしまうだなんて……この前読ませていただいたお話のよう。
夜会でも自分以外と踊らせないなんて、どれだけ愛されているのかしら……。
「誰にも渡したくなかったのでしょうか……」
それにしても、あんなに冷たく見えるお方が、それ程までに情熱的な恋をなさるのね。人は見かけによらないわ。
「アレクシアにも、強く愛してくれる方が現れるよ」
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