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第一章 学園編
064.聖女
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ルシアンがお義父様の代理として皇都に行くということで、二週間程不在だ。
こういったことはたまにあるのであまり気にしていない。ただ、こんなに働いてルシアンが倒れたりしないかだけが心配。
「ルシアン様よりよっぽどミチルちゃんの方が弱いんだから、自分の心配した方がいいわよ?」
呆れるように言って、セラは私の前にほうじ茶ミルクティーを注いだカップを置いた。
ゆらり、と湯気が立ち上る。
「ありがとう、セラ」
セラは私の正面に座ると、自分もほうじ茶ミルクティーを飲み始めた。本当、自由な執事だなー。
「あれだけ働いて、いつ眠っているのかも分からないし、不安になるのは当然ですわ」
「アルト家の男子は皆、短時間の睡眠で休養を取れるように仕込まれて育つのよ」
何処の暗殺集団デスカ……。
「アルト家に仕える私達もそうね。何かあったらすぐ対応出来るように教育されているの」
そんな中、いつも私だけきっちり八時間睡眠で申し訳ない。
っていうか本気で暗殺集団っぽい、アルトファミリー……。
「いいのよ、ミチルちゃんは。それで」
あまりに早起きな奥様とか、迷惑だわー、と言われてしまった。
確かに身嗜みとかもあるから、あんまり私が早く起きるのは使用人のみんなには更に睡眠時間が削られて大変かも知れない。
弱い弱い言うけど私、ジョギングで体力ありますからね? 乗馬も定期的にしてますからね?
鍛えてる男子よりは弱いかもだけど、淑女にしては体力ある筈!
……淑女なのに全然か弱くなくてすんません。
いやでも、トドメは逃亡ブートキャンプだったと思うんだけどね?
なんとなく消化不良気味な気持ちを慰めようと、膝の上のシアンを撫でる。
この艶やかな毛並み。黒々として滑らかで。
喉を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らしている。気持ち良いらしい。
はぁ……癒される。
「ミチルちゃん、ルシアン様が皇女のいる皇都にいること心配じゃないの? それとも信じてるの?」
「皇女殿下よりも、女皇陛下の方が気になりますわ」
そうなの? と言ってドライフルーツを口に入れる。
私もレーズンのドライフルーツを食べる。
「議会は確かに陛下の暴走を止めようとはなさるでしょうけれど、カーライル王国は決して大きくはない国です。
その国の公爵家の嫡子の為に何かしてもらえるとは思えませんし、していただいたらそれはそれでどんな見返りを求められるのか不安です」
女皇がどんな人なのか分からないけど、ロクでもないとは思ってる。
今は議会が皇女に目を光らせてるだろうから、皇女に関しては大丈夫だと思う。
議会がどうこう言ったって、さすがに君主を止められるだけの強制力はない。だってそんな法律ないんだから。
女皇を議会が止められているのは、女皇の妹のバフェット公爵夫人がいるから。
公爵の抑止力がなかったら議会なんて役に立たないだろう。
バフェット公爵は自分の息子の皇位継承権を皇子よりも上にしたような人だ。争いを起こす気満々だよね。
自分たちの都合の良いようにルシアンを使いたいと思ってるだろうし、その為にルシアンからの要求もいくらか飲むだろうけど、不利なのはこっちだと思うんだよね。
皇女が余計なことをすると逆にこちらは借りを作れる訳だけど。そういう意味で議会は皇女を抑え込むんじゃないかな。
今回アルト家の陞爵を飲んだのだって、女皇側に力をつけさせたくない議会が、表向き皇女の不始末と転生者うんぬんを落としどころとして承認したんじゃないかなー。分からないけど。
皇女の魔力の器うんぬんは、女皇に対しても議会に対してもそれなりに使えるカードだとするなら、まだ使ってないだろうし。
アルト家を欲しがる女皇が、今回の陞爵でこれまでのように手出しがしづらくなったのは事実。
議会側というかバフェット公爵側からすれば、女皇が次に何をするかを待ってる状態。
アルト家がヘマをして降爵させてあわよくば……っていうのもあり得そうで怖い。
上がっても地獄。下がっても地獄。
女皇だけじゃないだろうしね、アルト家を狙ってるのって。
そう考えると、それなりに良識のある人に次の皇帝になってもらって良好な関係を結ぶか、この辺境の地で存在感を示してここにいさせた方がいいと思わせるか。
でも皇女の属国発言からしても、女皇も同じように思ってそうだし、そうなるとやって当たり前でこちらの価値を認識しない可能性もある。
どっちに転んでもバフェット公爵次第か……。
「大旦那様がミチルちゃんは令嬢にしては政を嫌わないと言ってたけど本当なのねぇ」
好きかって言われたら好きじゃないって答えるけども。
口に出さないだけで世のご令嬢だって色々考えてはいると思うけどね?
あ、でも王妃は違うのかな。
王妃は時として王の代わりに執政しちゃうとかもあったりするのかな?
……モニカファイト!
「好きでも得意でもないけれど、気になるでしょう?」
パワーゲームなんて遠巻きに見てるのが楽しいのに、渦中に入っちゃった今はとてもじゃないけど楽しいなんて思える筈もなく。
これを淡々とこなすアルト家男子の胆力の強さに脱帽です。
私如きではルシアンの邪魔にしかならなさそうだし、余計なことして引っ掻き回したくないし、出来ることは良い奥様、良い領主でいられるように国内で大人しくしていることですよ。
これが乙女ゲームのヒロインなら突撃しちゃうんだよね。それをヒーローが助けてくれて、ピンチになったら聖女の力とか発現しちゃって、強制的に全て解決!
水戸黄門もびっくりですよー。
でもこの世界のヒロイン処刑されちゃったしな……本当に聖女だったらどうするんだろうか……まさかの世界崩壊?
いやいや、本当に世界のヒロインなら処刑されずに助かってるでしょう。
……助かるよね?!
恐る恐るセラ先生に質問する。
「セラ、この世界に聖女っているの?」
何故それを?!みたいな、いつも余裕綽々なセラさんとは思えない表情をしてらっしゃいます。
これ、聞いちゃあかん奴や。
だからと言ってこの世界は乙女ゲームでねー、よくある乙女ゲームではヒロインが聖女の力を持っててねー、なんて言える訳ない。
そもそもゲームやれてない私は、キャロルがどんな力持ってたのかも知らないし。
っていうかこの世界は本当に乙女ゲームの世界なのか?
ものすっごい今更だけど、そうじゃないと言って欲しい。色んな意味で……。
「いないわよ」
簡潔な答えが返ってくる。
それなのに何でさっきあんな反応したんだろう?
「ウィルニア教団にはいるらしいけど」
ウィルニア教団? 聞いたことあるな。
思い出せないでいる私に呆れた様子でセラが言った。
「ミチルちゃんを襲ったキャロルが持ってた、聖水を作ったと言われる宗教団体よ」
思わず手をぽんと叩いてしまった。
あぁ! あれかー!
聖水という名のただの水をかけられたんだった。
「キャロルは何故そんなものを持っていたのかしら?」
「今更そこを気にするの?!」
はは。
あの時はそれどころではなくってですね。
確かキャロルの実家のダズン商会が、国交を断絶している筈のハウミーニア王国とつながりがあって、そのハウミーニア国ではウィルニア教団が流行っててって話だった。
キャロルはそのウィルニア教の信者だったのかな?
乙女ゲームよろしく、キャロルが聖女だったりして。
「キャロルが聖女だったりしたら笑ってしまうわ」
セラは額に手を当ててため息を吐くと、何処まで知ってるの?と聞いてきた。
何処までとは?
……え? もしかして、本当に?
セラから詳しく話を聞いたところ、ウィルニア教団というカルト団体は突如ハウミーニア王国に誕生し、この世の苦しみは神が試練の為に与えたもうたもの、けれどそれでは苦しみだけになってしまう。それを救って下さるのが神が遣わした聖女様ですという、苦しめたいんだか助けたいんだかさっぱりよく分からない宗教らしい。
少なくとも私の理解の範疇は超えてた。
案の定真っ当ではなかったらしく、集めた人たちを薬物中毒にさせて洗脳するという、宗教とは名ばかりのイカれた集団らしい。
ウィルニア教団はハウミーニア王国を掌握すると、隣国であるカーライル王国にも手を伸ばそうとした。異変を察知したお義父様が素早く国交を断絶した為、被害が最小に抑えられたらしい。野生の勘だろうか?
別の国はウィルニア教団の侵入を許してしまい、今現在もその対応に追われているということだった。
なるほどねー、そういう理由で国交断絶なんだ。そりゃ入られたら民が薬物中毒にされちゃうとか、とんでも宗教過ぎるよ。
女皇はルシアンを皇都に呼ぶ為に、カーライル王国にハウミーニア王国との国交復活を打診したらしい。打診という名の命令デスネ……。
なんてエゲツない! なんて卑怯なんだ!!
ルシアン一人と国を天秤にかける訳にもいかず、ルシアンは皇都に行くことになった、というのがあの時の真相らしい。なるほどねー。
あまりのエゲツなさに、思わずうわぁって言ってしまって、セラに怒られた。
そのインチキ宗教団体が、聖女として立てようとしていたのがキャロルだったらしい。
聖女と称えられたキャロルは、聖女である自分が聖水を振り撒けば魔女の私をやっつけられると本気で思ってた、ということだ。
電波過ぎるとは思ってたけど、あれは洗脳だったか。
頭が痛過ぎる。
……あれ?
「……待って、セラ」
「なぁに?」
「聖女に仕立てようとしたキャロルがいないということは、次は誰が聖女になるの?」
本当の聖女ではなくお飾りの聖女なら、条件が合えばいい筈。
教団の求める聖女の条件が分からないけど、必ず誰かが聖女にされる。
「皇女よ、ミチルちゃん」
一瞬で血の気が引いていくのが分かった。
皇女が次の聖女?
「……ウィルニア教団はどれだけの国に影響力を持っているの?」
「程度の差はあれ、殆どの国に入り込んでるわよ」
ということは、これは女皇が勢力を拡大するチャンスがあるということだ。
バフェット公爵がいくら力を持ってるとは言っても、世界中に影響力を持ってる訳ではない。
この宗教色の薄い世界で、洗脳していく宗教団体が広がってるということは、暴動だって起こせてしまう。
洗脳は解くのが難しいと聞いた事がある。
記憶の奥底に侵食するから、原因元から切り離してからも解くのに時間がかかるとかなんとか。
「……ルシアンは、アルト家はどうするつもりでいるの?
セラ、何か知っていて?」
「……知ってるけど、これ以上は教えられないわよ。
ここまで教えたのはミチルちゃんがあまりに無防備だから、少し緊張感を持ってもらいたくて話しただけだし。
今後は行動にも制限をかけさせてもらうことも増えると思うわ。
話して明後日の行動するような人間ならそもそも教えないけれどね」
ということは、アルト家はこの世界規模の問題を何とかしようとしてるってこと?! そんな馬鹿な!
薬物中毒は直ぐに治せるものなの?
洗脳は直ぐには解けないにしても、これ以上被害者を増やさない為にどうすればいいの?
上手くウィルニア教団を何とか出来たとして、その後無理矢理信心を捻じ込まれた民はどうなるんだろう?
「セラ。単刀直入に聞くわね」
「どうぞー」
「貴方は、私の味方になってくれる?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔のセラ。
「言い方があまり良くなかったわ。
セラ、貴方はルシアンが私に付けた執事。私の為に色々してくれるけれど、それはアルト家の命令だからよね?
私がアルト家にとって害にならないよう、私を管理する事も職務なのでしょう?」
セラは苦笑した。
「いくらなんでも、単刀直入過ぎるわ」
「難しい話をする時に回りくどい表現をすると本筋がズレて伝わりにくくなるから、大事な話の時は言葉を飾らないわ。無駄だもの」
敵わないわねぇと言うと、セラはお茶を淹れ直すから待ってねと言って立ち上がった。
「そんな質問をするってことは、もう何か考えがあるんでしょう?
ワタシは確かにアルト家側の人間だけれど、何でもかんでもミチルちゃんを抑えつけたい訳ではないわよ」
それはありがたい。
私は考えが偏り過ぎるから、中立?なセラの意見は、実現可否という意味でもいいのかも知れない。
こういったことはたまにあるのであまり気にしていない。ただ、こんなに働いてルシアンが倒れたりしないかだけが心配。
「ルシアン様よりよっぽどミチルちゃんの方が弱いんだから、自分の心配した方がいいわよ?」
呆れるように言って、セラは私の前にほうじ茶ミルクティーを注いだカップを置いた。
ゆらり、と湯気が立ち上る。
「ありがとう、セラ」
セラは私の正面に座ると、自分もほうじ茶ミルクティーを飲み始めた。本当、自由な執事だなー。
「あれだけ働いて、いつ眠っているのかも分からないし、不安になるのは当然ですわ」
「アルト家の男子は皆、短時間の睡眠で休養を取れるように仕込まれて育つのよ」
何処の暗殺集団デスカ……。
「アルト家に仕える私達もそうね。何かあったらすぐ対応出来るように教育されているの」
そんな中、いつも私だけきっちり八時間睡眠で申し訳ない。
っていうか本気で暗殺集団っぽい、アルトファミリー……。
「いいのよ、ミチルちゃんは。それで」
あまりに早起きな奥様とか、迷惑だわー、と言われてしまった。
確かに身嗜みとかもあるから、あんまり私が早く起きるのは使用人のみんなには更に睡眠時間が削られて大変かも知れない。
弱い弱い言うけど私、ジョギングで体力ありますからね? 乗馬も定期的にしてますからね?
鍛えてる男子よりは弱いかもだけど、淑女にしては体力ある筈!
……淑女なのに全然か弱くなくてすんません。
いやでも、トドメは逃亡ブートキャンプだったと思うんだけどね?
なんとなく消化不良気味な気持ちを慰めようと、膝の上のシアンを撫でる。
この艶やかな毛並み。黒々として滑らかで。
喉を撫でると、ゴロゴロと喉を鳴らしている。気持ち良いらしい。
はぁ……癒される。
「ミチルちゃん、ルシアン様が皇女のいる皇都にいること心配じゃないの? それとも信じてるの?」
「皇女殿下よりも、女皇陛下の方が気になりますわ」
そうなの? と言ってドライフルーツを口に入れる。
私もレーズンのドライフルーツを食べる。
「議会は確かに陛下の暴走を止めようとはなさるでしょうけれど、カーライル王国は決して大きくはない国です。
その国の公爵家の嫡子の為に何かしてもらえるとは思えませんし、していただいたらそれはそれでどんな見返りを求められるのか不安です」
女皇がどんな人なのか分からないけど、ロクでもないとは思ってる。
今は議会が皇女に目を光らせてるだろうから、皇女に関しては大丈夫だと思う。
議会がどうこう言ったって、さすがに君主を止められるだけの強制力はない。だってそんな法律ないんだから。
女皇を議会が止められているのは、女皇の妹のバフェット公爵夫人がいるから。
公爵の抑止力がなかったら議会なんて役に立たないだろう。
バフェット公爵は自分の息子の皇位継承権を皇子よりも上にしたような人だ。争いを起こす気満々だよね。
自分たちの都合の良いようにルシアンを使いたいと思ってるだろうし、その為にルシアンからの要求もいくらか飲むだろうけど、不利なのはこっちだと思うんだよね。
皇女が余計なことをすると逆にこちらは借りを作れる訳だけど。そういう意味で議会は皇女を抑え込むんじゃないかな。
今回アルト家の陞爵を飲んだのだって、女皇側に力をつけさせたくない議会が、表向き皇女の不始末と転生者うんぬんを落としどころとして承認したんじゃないかなー。分からないけど。
皇女の魔力の器うんぬんは、女皇に対しても議会に対してもそれなりに使えるカードだとするなら、まだ使ってないだろうし。
アルト家を欲しがる女皇が、今回の陞爵でこれまでのように手出しがしづらくなったのは事実。
議会側というかバフェット公爵側からすれば、女皇が次に何をするかを待ってる状態。
アルト家がヘマをして降爵させてあわよくば……っていうのもあり得そうで怖い。
上がっても地獄。下がっても地獄。
女皇だけじゃないだろうしね、アルト家を狙ってるのって。
そう考えると、それなりに良識のある人に次の皇帝になってもらって良好な関係を結ぶか、この辺境の地で存在感を示してここにいさせた方がいいと思わせるか。
でも皇女の属国発言からしても、女皇も同じように思ってそうだし、そうなるとやって当たり前でこちらの価値を認識しない可能性もある。
どっちに転んでもバフェット公爵次第か……。
「大旦那様がミチルちゃんは令嬢にしては政を嫌わないと言ってたけど本当なのねぇ」
好きかって言われたら好きじゃないって答えるけども。
口に出さないだけで世のご令嬢だって色々考えてはいると思うけどね?
あ、でも王妃は違うのかな。
王妃は時として王の代わりに執政しちゃうとかもあったりするのかな?
……モニカファイト!
「好きでも得意でもないけれど、気になるでしょう?」
パワーゲームなんて遠巻きに見てるのが楽しいのに、渦中に入っちゃった今はとてもじゃないけど楽しいなんて思える筈もなく。
これを淡々とこなすアルト家男子の胆力の強さに脱帽です。
私如きではルシアンの邪魔にしかならなさそうだし、余計なことして引っ掻き回したくないし、出来ることは良い奥様、良い領主でいられるように国内で大人しくしていることですよ。
これが乙女ゲームのヒロインなら突撃しちゃうんだよね。それをヒーローが助けてくれて、ピンチになったら聖女の力とか発現しちゃって、強制的に全て解決!
水戸黄門もびっくりですよー。
でもこの世界のヒロイン処刑されちゃったしな……本当に聖女だったらどうするんだろうか……まさかの世界崩壊?
いやいや、本当に世界のヒロインなら処刑されずに助かってるでしょう。
……助かるよね?!
恐る恐るセラ先生に質問する。
「セラ、この世界に聖女っているの?」
何故それを?!みたいな、いつも余裕綽々なセラさんとは思えない表情をしてらっしゃいます。
これ、聞いちゃあかん奴や。
だからと言ってこの世界は乙女ゲームでねー、よくある乙女ゲームではヒロインが聖女の力を持っててねー、なんて言える訳ない。
そもそもゲームやれてない私は、キャロルがどんな力持ってたのかも知らないし。
っていうかこの世界は本当に乙女ゲームの世界なのか?
ものすっごい今更だけど、そうじゃないと言って欲しい。色んな意味で……。
「いないわよ」
簡潔な答えが返ってくる。
それなのに何でさっきあんな反応したんだろう?
「ウィルニア教団にはいるらしいけど」
ウィルニア教団? 聞いたことあるな。
思い出せないでいる私に呆れた様子でセラが言った。
「ミチルちゃんを襲ったキャロルが持ってた、聖水を作ったと言われる宗教団体よ」
思わず手をぽんと叩いてしまった。
あぁ! あれかー!
聖水という名のただの水をかけられたんだった。
「キャロルは何故そんなものを持っていたのかしら?」
「今更そこを気にするの?!」
はは。
あの時はそれどころではなくってですね。
確かキャロルの実家のダズン商会が、国交を断絶している筈のハウミーニア王国とつながりがあって、そのハウミーニア国ではウィルニア教団が流行っててって話だった。
キャロルはそのウィルニア教の信者だったのかな?
乙女ゲームよろしく、キャロルが聖女だったりして。
「キャロルが聖女だったりしたら笑ってしまうわ」
セラは額に手を当ててため息を吐くと、何処まで知ってるの?と聞いてきた。
何処までとは?
……え? もしかして、本当に?
セラから詳しく話を聞いたところ、ウィルニア教団というカルト団体は突如ハウミーニア王国に誕生し、この世の苦しみは神が試練の為に与えたもうたもの、けれどそれでは苦しみだけになってしまう。それを救って下さるのが神が遣わした聖女様ですという、苦しめたいんだか助けたいんだかさっぱりよく分からない宗教らしい。
少なくとも私の理解の範疇は超えてた。
案の定真っ当ではなかったらしく、集めた人たちを薬物中毒にさせて洗脳するという、宗教とは名ばかりのイカれた集団らしい。
ウィルニア教団はハウミーニア王国を掌握すると、隣国であるカーライル王国にも手を伸ばそうとした。異変を察知したお義父様が素早く国交を断絶した為、被害が最小に抑えられたらしい。野生の勘だろうか?
別の国はウィルニア教団の侵入を許してしまい、今現在もその対応に追われているということだった。
なるほどねー、そういう理由で国交断絶なんだ。そりゃ入られたら民が薬物中毒にされちゃうとか、とんでも宗教過ぎるよ。
女皇はルシアンを皇都に呼ぶ為に、カーライル王国にハウミーニア王国との国交復活を打診したらしい。打診という名の命令デスネ……。
なんてエゲツない! なんて卑怯なんだ!!
ルシアン一人と国を天秤にかける訳にもいかず、ルシアンは皇都に行くことになった、というのがあの時の真相らしい。なるほどねー。
あまりのエゲツなさに、思わずうわぁって言ってしまって、セラに怒られた。
そのインチキ宗教団体が、聖女として立てようとしていたのがキャロルだったらしい。
聖女と称えられたキャロルは、聖女である自分が聖水を振り撒けば魔女の私をやっつけられると本気で思ってた、ということだ。
電波過ぎるとは思ってたけど、あれは洗脳だったか。
頭が痛過ぎる。
……あれ?
「……待って、セラ」
「なぁに?」
「聖女に仕立てようとしたキャロルがいないということは、次は誰が聖女になるの?」
本当の聖女ではなくお飾りの聖女なら、条件が合えばいい筈。
教団の求める聖女の条件が分からないけど、必ず誰かが聖女にされる。
「皇女よ、ミチルちゃん」
一瞬で血の気が引いていくのが分かった。
皇女が次の聖女?
「……ウィルニア教団はどれだけの国に影響力を持っているの?」
「程度の差はあれ、殆どの国に入り込んでるわよ」
ということは、これは女皇が勢力を拡大するチャンスがあるということだ。
バフェット公爵がいくら力を持ってるとは言っても、世界中に影響力を持ってる訳ではない。
この宗教色の薄い世界で、洗脳していく宗教団体が広がってるということは、暴動だって起こせてしまう。
洗脳は解くのが難しいと聞いた事がある。
記憶の奥底に侵食するから、原因元から切り離してからも解くのに時間がかかるとかなんとか。
「……ルシアンは、アルト家はどうするつもりでいるの?
セラ、何か知っていて?」
「……知ってるけど、これ以上は教えられないわよ。
ここまで教えたのはミチルちゃんがあまりに無防備だから、少し緊張感を持ってもらいたくて話しただけだし。
今後は行動にも制限をかけさせてもらうことも増えると思うわ。
話して明後日の行動するような人間ならそもそも教えないけれどね」
ということは、アルト家はこの世界規模の問題を何とかしようとしてるってこと?! そんな馬鹿な!
薬物中毒は直ぐに治せるものなの?
洗脳は直ぐには解けないにしても、これ以上被害者を増やさない為にどうすればいいの?
上手くウィルニア教団を何とか出来たとして、その後無理矢理信心を捻じ込まれた民はどうなるんだろう?
「セラ。単刀直入に聞くわね」
「どうぞー」
「貴方は、私の味方になってくれる?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔のセラ。
「言い方があまり良くなかったわ。
セラ、貴方はルシアンが私に付けた執事。私の為に色々してくれるけれど、それはアルト家の命令だからよね?
私がアルト家にとって害にならないよう、私を管理する事も職務なのでしょう?」
セラは苦笑した。
「いくらなんでも、単刀直入過ぎるわ」
「難しい話をする時に回りくどい表現をすると本筋がズレて伝わりにくくなるから、大事な話の時は言葉を飾らないわ。無駄だもの」
敵わないわねぇと言うと、セラはお茶を淹れ直すから待ってねと言って立ち上がった。
「そんな質問をするってことは、もう何か考えがあるんでしょう?
ワタシは確かにアルト家側の人間だけれど、何でもかんでもミチルちゃんを抑えつけたい訳ではないわよ」
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