退魔師・久遠馨の心霊事件帖

三田村優希

文字の大きさ
3 / 35
第壱帖・白藤の情念

第壱幕 依頼人と退魔師・1

しおりを挟む
  舞扇子を藤に見立て優雅に舞い踊る若い女性だが、その表情はどこか暗かった。指先まで気を配り着物の裾も乱さず舞うが、隠しているつもりでも心が飛んでいる。じっと彼女の舞を見ていた老女は苛立たしげに立ち上がると、長唄の音源を止めた。

「何ですか茉莉まりさん、その魂の入っていない踊りは。師範就任のお披露目公演だというのに、肝心の貴女が腑抜けた踊りでどうするの? もっと舞踊に集中しなさい!」
「はい。申し訳ありません」

 暗い表情で俯きながら、茉莉は小さな声で返事をする。例え血の繋がった祖母であろうと、稽古中は宗家そうけと呼ばねばならない。日本舞踊池園いけぞの流の宗家は、ふうと大きく息を吐くと今日はここまでと告げた。ありがとうございましたと一礼し、茉莉はそそくさと稽古場を後にする。

「だいぶ堪えていますね、お母様」

 宗家と共に稽古を見ていた家元であり、茉莉の母親である綾乃あやのが溜息混じりに嘆く。宗家は孫娘の心情を理解してはいるが、10日後に迫ったお披露目公演を失敗させるわけにはいかない。祖母としては心配だが、流派の宗家としては看過できなかった。母娘は婚約者が失踪して2ヶ月も経つのに、何の手掛かりもなく心労を募らせている茉莉を、揃って案じつつもどうすることも出来ない。

 池園流では、先代家元が家督を譲った後に宗家を名乗る。もっとも家元の地位も本来は世襲制ではないのだが、慣習的に親から子へその地位が引き継がれている。とはいえ実力が伴っていなければならないないのは、何処の芸事の流派でも同じであるが。

「綾乃、わたくし決めました」
「お母様?」

 母であり、池園流の宗家である佳乃よしのを見遣りながら、綾乃は困惑気な声を出した。

「もうこれ以上、我慢できません。成果を挙げられない警察など当てにせず、久遠くおん家に依頼することにいたします」

 3月上旬に、福井県の九頭竜ダム湖畔の駐車場から忽然と姿を消した、茉莉の婚約者であり池園流の師範でもある新藤亘。彼は当初、事件と事故、両方の線から捜査が開始された。しかし3月上旬のまだ雪が残る山奥のダム湖には、地元の者ですら滅多に訪れずめぼしい目撃情報などなかった。現場のダム湖畔駐車場には、亘の車だけが残されていた。特に荒らされた形跡も、また周囲に争った形跡もなかった。誘拐なのか失踪か、警察でも判断が付かない状況が2ヶ月も続いている。以後捜査は膠着状態にあり、関係者たちは気を揉んでいる。

 亘は佳乃が孫娘の婿にと見込んだ男だ。30歳の亘と25歳の茉莉は、共に何度か宗家直々の稽古で顔を合わせる内に、自然と互いに好意を持ち婚約した。佳乃にしてみれば将来の家元の婿に相応しい技量を持つ亘が、自分たちに何の連絡も寄越さぬまま行方をくらませるとは、どうしても思えなかった。茉莉以上に気を揉んでいるのは案外、宗家の佳乃だったりする。

「久遠家に連絡して、行方を探っていただきます」

 綾乃には、母が言った久遠という名字にピンと来ていない。困惑の表情を浮かべる娘に対し、佳乃は情けないといった表情で溜息を吐いた。

「貴女が家元を継いだときに、申し伝えたでしょう? 我が家には代々、久遠家という 古いお付き合いの家があると」

 そこまで言われてようやく思い出したが、あの家は話に聞いているだけでは随分と胡散臭いイメージしかない。何でも応仁の乱の時に戦火を逃れ、福井県南部の旧・名田庄なたしょう村へ逃げ込んだ陰陽師の末裔とは聞いた。もっとも分家から更に分家した末端の筋で今では本家からも、その存在を忘れ去られていると噂の久遠家。その生業は『退魔師』という、胡散臭さここに極まるもの。確かに先祖は、元を辿れば平安時代に一時代を築いた大陰陽師に行き着くが、今の世の中ではそういうオカルト的なものは眉唾扱いされる。綾乃も久遠家の名前と生業を思い出しはしたが、正直言って警察ですら手掛かりが見つけられないのに、得体の知れない連中に何が出来るのかと思ってしまう。

「信じていませんね、久遠家の実力を」
「当たり前でしょう? お母様、警察に任せておいた方が宜しいではありませんか」
「警察なぞ当てにならないから、お願いするのですよ!」

 憤りを隠さず佳乃は言い放つが、綾乃は得体の知れない人間を信じることが出来ない。しかし将来的に娘の茉莉が家元を継ぐとなると、その胡散臭い久遠家とやらの付き合いも継承せねばならない。全く面倒なことと思いつつ、母には逆らえない綾乃は仕方なく近くに置いてあった母のスマホを渡した。

「もしもし。久遠様のお宅でございますか? わたくし名古屋の池園と申します。ええそうです、お世話になっております。ご当主様はご在宅でございましょうか? 少々、厄介ごとに巻き込まれてしまいまして……」

 先方は使用人が出たようだが、こちらの素性が明らかになると、すぐに久遠家の人間に代わった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~

榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】 ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。 八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。 === エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中 【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】 【怖さレベル】 ★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度 ★★☆ ふつうに怖い話 ★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話 ※8/2 Kindleにて電子書籍化しました 『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』

邪神の祭壇へ無垢な筋肉を生贄として捧ぐ

BL
鍛えられた肉体、高潔な魂―― それは選ばれし“供物”の条件。 山奥の男子校「平坂学園」で、新任教師・高尾雄一は静かに歪み始める。 見えない視線、執着する生徒、触れられる肉体。 誇り高き男は、何に屈し、何に縋るのか。 心と肉体が削がれていく“儀式”が、いま始まる。

短な恐怖(怖い話 短編集)

邪神 白猫
ホラー
怪談・怖い話・不思議な話のオムニバス。 王道ホラーではない。人の業をテーマにしたホラー。 人の醜さ・弱さ・儚さを問う。 こんなにも憐れで美しいのは──人の本質。 じわじわと痛みの伴う読後感。そんなホラーはいかがですか? ゾクッと怖い話から、ちょっぴり切ない話まで。 なかには意味怖的なお話も。 ※追加次第更新中※ YouTubeにて、怪談・怖い話の朗読公開中📕 https://youtube.com/@yuachanRio

近づいてはならぬ、敬して去るべし

句ノ休(くのやすめ)
ホラー
山中、もしあなたがそれに出会ったら…… 近づいてはいけない。 敬して去るべし。   山を降りろ。   六年勤めた会社を辞めた。お荷物だとはわかっていたし、むしろ清々しくもあった。 28歳のコウイチには、仕事より大切なものがあった。 田舎歩きだ。そこ大事なのが学生のときにかじった民俗学だ。廃集落、古い祠、忘れられた神々——それを訪ねることは、彼のたった一つの愉しみだった。   大学時代、民俗学の講義で准教授はこう言った。「神々は神ではない」。人が畏れ、従い、忖度したものがかみになる。その言葉がコウイチを変えた。 会社の営業で関東のあちこちを歩きまわった。コウイチは仕事よりも土地の古老の話に耳を傾けることに熱中した。   ふと見つけた資料にコウイチは目を奪われた。 「名付け得ぬ神」。 東京の西、檜原村の奥深く、コボレザワという場所にその祭祀を担った一族がいたという。山奥には祠があるらしい。だがもう六十年も前に無人になってしまっているようだ。   コウイチは訪ねることにする。 道中、奇妙な老人に出会う。一人目は気のいい古書店主。二人目は何かを知りながら口を閉ざす資料館の老人。そして三人目は——   雪深い山の中でコウイチはついに祠を見つけた。巨大な岩を背にした祠は古び、壊れていたが、まだ人が来ている痕跡があった。 不穏な気配にコウイチは振り向くが、なにもない。 あれ? 鳥の声が、まったくない。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

創作BL短編集

さるやま
BL
短編まとめました。 美形×平凡、ヤンデレ、執着・溺愛攻め多め

処理中です...