退魔師・久遠馨の心霊事件帖

三田村優希

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第壱帖・白藤の情念

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「盗み聞きとは池園さんに失礼ですよ。母さん」

 憮然とした面持ちで馨が言えば、茉莉はええっ? と大声を上げた。はしたないという思いが沸き上がるよりも早く、つい今しがた耳に飛び込んできた単語と視覚の情報が一致しないことに、戸惑いと混乱を覚えている。

「薫さんと呼べと言っているでしょう? 全く、何度言わせれば気が済むのですか。貴方の脳みそは茶漉しですか?」

 目を大きく見開き魂を消している茉莉を尻目に、薫は息子の隣に座す。

「嘘でしょう? どう見ても姉君としか」

 呆けた表情で眼前の母子を交互に見ながらも、それでも信じられないとばかりにかぶりを振る。

「正真正銘の親子ですよ。そうは見えないほどに年季の入った若作りのせいで、姉弟に間違えられますが、母は50半ばです」
「おほほほほ、姉だなんてそんな」

 顔をしかめつつ、さり気なく毒を吐く息子とは対照的に、母親は茉莉に極上の笑顔を見せる。同時に座卓の下では力の限り息子の太腿をつねって、依頼人に余計な情報を口走った罰を与えていたが。そんな親子の攻防戦など知る由もない茉莉は、ようやく自分を取り戻す。

「あの、では、引き受けていただけるのでしょうか」
「勿論ですとも。わたくしは第一線を退きましたので、現当主がお力になります」

 異論は認めませんからねと更に太腿を抓る指に力が入り、馨は痛みに耐えつつ、ぎこちない笑みを浮かべた。

「できる限りのことは、させていただきます」

 ここで万が一にでも断ろうものなら美魔女という名の化け物から、本物の化け物をけしかけられてしまう。ありがとうございますと丁重に頭を下げる茉莉に、引きつった笑みを返すことしか出来ない。

 「では、具体的な契約と参りましょう。あらかじめ申し上げておきますが、解決までに何日かかるか判りませんし、必要経費も」
「心得ております。失礼かとは思いましたが、初期費用として30万円を用意しました。その他の必要経費は領収書のコピーと共に送ってくだされば、ご指定の口座に振り込ませて頂きます」

 長い家同士の付き合いがあるだけに、祖母から聞いてきたのだろう。手回しの良さに、面倒な金銭授受の契約説明を省く事が出来て、馨は内心ホッとしている。

「契約書を取り交わしましょう」

 馨はシャツの胸ポケットから人形ひとかたを取り出すと、短く何やら唱えた。すると見る間に人形は、10歳くらいの童女わらしめへと変じた。肩の上で黒髪を切り揃えた市松人形に似たその童女は、石榴ざくろ色地に抽象草花模様の小袖を纏っている。無表情でひと言も発しない為に不気味に思えるが、馨は気軽にその童女に声をかける。

小萩こはぎ、契約書を持ってきてくれないか」

 無言で頷いた小萩という名の式神は、畳を滑るように移動し座敷を出て行く。初めて見る人外の存在に、茉莉は言葉を失って式神の後ろ姿を見つめていた。

「驚かせてしまったかしら。我が家には人間よりも、式神をはじめとする人外の方が多いのよ」

 何でもない口調で、先代当主の薫は言ってのける。式神は陰陽師が使役する鬼神ということくらい、茉莉も知っている。ただ一般人では到底見ることの叶わない事例に、理解が追いついていない。この家は人間も人外も全てが自分の常識外にあると、茉莉はこっそり溜息を吐いた。
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