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第壱帖・白藤の情念
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「小萩!」
ひと言も発さぬまま小萩は護符の姿に戻った。中央に大きな穴が空いてしまったので、暫くは小萩を使役することが出来ない。蘇芳は梓弓から薙刀へと武器を変え、襲い来る蔓や花房から茉莉を守る。鐡はそのまま、馨の周囲を守っている。
「う……あぁっ!」
光明真言で、再びお琴が苦しみ出す。その間に茉莉が亘に駆け寄り、必死に呼びかける。
「亘さん、亘さんしっかりして!」
蘇芳が馨の脳に念話を送ってくる。車内で待っていた茉莉だが、心配のあまり車を飛び出してしまったと。蘇芳は襲いかかる花房を梓弓で叩き落としながら、追いかけたということだ。確かに蘇芳には茉莉から離れるなと命じただけで、勝手に車から出ようとしたときに制止しろとは命じていない。
(あれほど言うことを聞いてくれって、言ったのに)
舌打ちしたい気分を必死に堪え、馨は真言に集中する。婚約者の安否が気になるのは判るが、邪魔をして欲しくないのも本音だ。女の二枚舌にうんざりしながらも、容赦なく真言を唱える。
「お、おのれ……太郎兵衛さまを誑かす女狐め。太郎兵衛さまは、わたしのものじゃ!」
だいぶ弱っているはずなのに、茉莉の存在に嫉妬心を顕したお琴の怨念が膨れ上がる。それはますます邪気を昂ぶらせ、馨の放つ聖なる真言の光と拮抗する。白藤を囲む光明真言曼荼羅がひとつ、ふたつと消滅していく。罪障の強さが、御仏の慈悲を上回ったようだ。ならば、と素早く九字を切り直し、今度は大威徳明王の調伏真言を唱える。
「オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ」
「ぐ、ぐぎゃああああっ!」
浄霊の光に包まれ且つ調伏の真言を聞かされ、お琴の顔が苦痛に歪む。その視線の先には相変わらず意識を失ったままの亘と、彼に寄り添い涙を流しながらその名を呼び続ける茉莉の姿。
「あ、あのおなごは、誰じゃ……。何故に太郎兵衛さまの傍におるのじゃ」
かなり力を削ぎ落とされたお琴は、喘ぐように2人を指して問うた。最後の仕上げとばかりに、式神2体に大木の幹を深く傷つけさせる。
「ああああああああああああっ!」
甲高い叫び声を上げると、お琴の姿から黒い霧状の物が一気に抜けだした。それは光の柱に呑み込まれると、あっという間に霧散した。あれほど険のある表情だったお琴は、昔の純朴だった娘に戻っていた。涙が幾筋も頬を伝い、信じられぬ表情でじっと亘と茉莉の姿を見つめている。
馨は再び九字を切り、光明真言曼荼羅を樹木の周囲に出現させると、穏やかな表情でお琴に語りかける。
「お琴さん。貴女のおっしゃる太郎兵衛さんの魂は転生し、新藤亘さんとしてこの世に生を受けました。輪廻の輪にちゃんと乗り、魂の修行を重ねて転生した太郎兵衛さんは、今世で幸せになっています。あの女性は、今世で太郎兵衛さんとご縁があり結ばれる方です。貴女が太郎兵衛さんに執着した結果、彼女は行方知れずになった太郎兵衛さん――いえ、新藤亘さんを心配し続け帰りを待っています」
「帰りを……待つ……」
「そうです。かつて貴女が太郎兵衛さんを待ち続けたように、あの方も亘さんの帰りを待ち続けています。ずっと、ずっと待っているんです!」
その言葉に、お琴の身体がびくんと跳ねた。かつての自分と重なる茉莉に、何か言葉をかけようとするが見付からない。身体が大きく震え、流れるはずのない涙が滂沱と溢れてくる。
「お琴さん。あなたなら彼女の心痛が理解できるはずだ! 幾日も帰らぬ夫を待ち続け、不安に心を押し潰されそうになる日々が、どれだけ辛かったか! あなたは、誰よりも知っているはずだ。あなたがどれほど辛く、苦しかったか。あなたはもうひとりの自分とも言える人に、同じ思いをさせたいのですか!」
馨は再び光明真言を唱える。黄金の光が樹木とお琴を包む。ゆらりとお琴の身体が透けてきた。
ひと言も発さぬまま小萩は護符の姿に戻った。中央に大きな穴が空いてしまったので、暫くは小萩を使役することが出来ない。蘇芳は梓弓から薙刀へと武器を変え、襲い来る蔓や花房から茉莉を守る。鐡はそのまま、馨の周囲を守っている。
「う……あぁっ!」
光明真言で、再びお琴が苦しみ出す。その間に茉莉が亘に駆け寄り、必死に呼びかける。
「亘さん、亘さんしっかりして!」
蘇芳が馨の脳に念話を送ってくる。車内で待っていた茉莉だが、心配のあまり車を飛び出してしまったと。蘇芳は襲いかかる花房を梓弓で叩き落としながら、追いかけたということだ。確かに蘇芳には茉莉から離れるなと命じただけで、勝手に車から出ようとしたときに制止しろとは命じていない。
(あれほど言うことを聞いてくれって、言ったのに)
舌打ちしたい気分を必死に堪え、馨は真言に集中する。婚約者の安否が気になるのは判るが、邪魔をして欲しくないのも本音だ。女の二枚舌にうんざりしながらも、容赦なく真言を唱える。
「お、おのれ……太郎兵衛さまを誑かす女狐め。太郎兵衛さまは、わたしのものじゃ!」
だいぶ弱っているはずなのに、茉莉の存在に嫉妬心を顕したお琴の怨念が膨れ上がる。それはますます邪気を昂ぶらせ、馨の放つ聖なる真言の光と拮抗する。白藤を囲む光明真言曼荼羅がひとつ、ふたつと消滅していく。罪障の強さが、御仏の慈悲を上回ったようだ。ならば、と素早く九字を切り直し、今度は大威徳明王の調伏真言を唱える。
「オン・シュチリ・キャラロハ・ウンケン・ソワカ」
「ぐ、ぐぎゃああああっ!」
浄霊の光に包まれ且つ調伏の真言を聞かされ、お琴の顔が苦痛に歪む。その視線の先には相変わらず意識を失ったままの亘と、彼に寄り添い涙を流しながらその名を呼び続ける茉莉の姿。
「あ、あのおなごは、誰じゃ……。何故に太郎兵衛さまの傍におるのじゃ」
かなり力を削ぎ落とされたお琴は、喘ぐように2人を指して問うた。最後の仕上げとばかりに、式神2体に大木の幹を深く傷つけさせる。
「ああああああああああああっ!」
甲高い叫び声を上げると、お琴の姿から黒い霧状の物が一気に抜けだした。それは光の柱に呑み込まれると、あっという間に霧散した。あれほど険のある表情だったお琴は、昔の純朴だった娘に戻っていた。涙が幾筋も頬を伝い、信じられぬ表情でじっと亘と茉莉の姿を見つめている。
馨は再び九字を切り、光明真言曼荼羅を樹木の周囲に出現させると、穏やかな表情でお琴に語りかける。
「お琴さん。貴女のおっしゃる太郎兵衛さんの魂は転生し、新藤亘さんとしてこの世に生を受けました。輪廻の輪にちゃんと乗り、魂の修行を重ねて転生した太郎兵衛さんは、今世で幸せになっています。あの女性は、今世で太郎兵衛さんとご縁があり結ばれる方です。貴女が太郎兵衛さんに執着した結果、彼女は行方知れずになった太郎兵衛さん――いえ、新藤亘さんを心配し続け帰りを待っています」
「帰りを……待つ……」
「そうです。かつて貴女が太郎兵衛さんを待ち続けたように、あの方も亘さんの帰りを待ち続けています。ずっと、ずっと待っているんです!」
その言葉に、お琴の身体がびくんと跳ねた。かつての自分と重なる茉莉に、何か言葉をかけようとするが見付からない。身体が大きく震え、流れるはずのない涙が滂沱と溢れてくる。
「お琴さん。あなたなら彼女の心痛が理解できるはずだ! 幾日も帰らぬ夫を待ち続け、不安に心を押し潰されそうになる日々が、どれだけ辛かったか! あなたは、誰よりも知っているはずだ。あなたがどれほど辛く、苦しかったか。あなたはもうひとりの自分とも言える人に、同じ思いをさせたいのですか!」
馨は再び光明真言を唱える。黄金の光が樹木とお琴を包む。ゆらりとお琴の身体が透けてきた。
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