私が聖女になった時(旧:聖女の国)

海栗

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1章

8+閑話 護衛騎士の災難

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エヴァトリスは誰にも聞こえない小さな声で囁く
「いつまで寝ているの?眠り姫。このまま寝たふりをするのなら、どうなっても知らないよ?まずは、そうだぁ。人を下がらせようか、二人っきりの方が良いからね。」
慌てて目を開くとすぐそばに微笑んでいるエヴァトリスの顔があった。先程外された掛物を急いで奪い、頭までかける。
「も、もう、大丈夫です。お手を煩わせてしまい申し訳ありませんが、本日は帰らせていただきたく思います。」
言葉尻は丁寧であるが、掛物を奪い返し、頭から被ったままする会話は失礼を通り越して呆れる姿である。しかしカタリーナは先程の色気のある声に当てられ頭が働かなかった。とにかく帰らなくてはという思いでいっぱいなのだ。カタリーナがいっぱいいっぱいになっている中、掛物の外側からはクスクスとエヴァトリスの楽しそうな笑い声が聞こえてくる。
「また倒れられても困るから、今日はここまでにしておくね。でも、心配だから馬車までは送らせてくれる?」
今すぐ解放して欲しい気持ちでいっぱいだがカタリーナにも譲歩は必要であり、この辺りが引き際であろう。ゆっくりと掛物から赤い顔を出し
「よろしくお願いします」
と小さな声で伝えるのだった。

馬車に乗る前に少し乱れてしまった髪やドレスを直してもらう事になった。一時的にエヴァトリスには部屋の外に出る。有能な侍女の手にかかれば、5分ほどで準備を終えることが出来た。エスコートを受けながら馬車乗り場まで向かう。今までカタリーナがいた場所は王族の私的空間で間違いないようだ。その証拠に、カタリーナるが初めて通る廊下ばかりの上に複雑な作りで、一度通っただけでは覚えられそうにない。そして、何より調度品が美しい。失礼なのは分かるがどうしても周りに目がいってしまう。
「楽しそうだね。そんなに気になるなら、次に来た時にでも案内しようか?」
珍しげに周りを見回すカタリーナ以上にそれを見ているエヴァトリスの方が楽しげに見えるのは、2人に付き添う侍女と護衛の総意である事は言うまでもない。カタリーナはいつも通り会話しているつもりでも、自然と甘い空気になるのを止めることが出来ない。少し顔を赤らめているカタリーナに
「また、お茶会の連絡をするね。それに時々は一緒に街の様子も見に行こう。君と一緒なら色々なことに気づけそうな気がするんだ」
3ヶ月会わなかった影響かエヴァトリスからの誘いが嬉しく素直に頷くカタリーナだった。

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閑話    護衛騎士の災難

俺は子爵家の3男だ。それほど裕福な家でもなく、継げる家督もないため、自分の身持ちは自分で立てなくてはいけない。体格にも恵まれ、体を動かす事が好きだったため騎士を選んだのは自然の流れだった。弁がたつ方ではないが、真面目なところが評価されエヴァトリス殿下の護衛ができるようになってもう5年が経つ。エヴァトリス殿下は人当たりが良く、いつも穏やかに微笑んでいらっしゃる方だ。蟻のように群がってくる令嬢にも平等にかつ丁寧に接せられている。公務にも早くから参加され、そちらでも有能と評判高い。時間にも細かい方だ。令嬢とのお茶会でも10分前になると
「もう、こんな時間ですね。楽しい時間はあっという間に過ぎてしまうので気づきませんでした。」
などと話して、退室する。そう、どの令嬢も10分前だ。いつ時計を確認しているのか甚だ疑問だ。そんな中、ただお一人だけ、時間いっぱいお茶会をされる方が居る。聖女カタリーナ様だ。終了時間ギリギリまで話をされて帰るし、会話も多く穏やかな笑顔を浮かべる事が多い。いつも頑張っておられる殿下にとっての癒しの時間、それを空気となって見守るのが私の仕事の1つだ。
だが、今はどうして良いか分からない。お茶会の終了予定時間から30分は過ぎている。声を出して楽しそうに笑っている殿下と恥ずかしそうに頬を染めるカタリーナ様、この状況で声をかける勇気はない。殿下はいつもカタリーナか様とのお茶会の後は1時間は何も予定を入れないと言う念の入りようで、スケジュールを立てる。そのため、今後の予定が崩れることはないと思うがこの時間が後どれぐらい続くのかは殿下次第だ。たしか、この後の予定は高位貴族との面会が入っていたはずだ。側室希望なのか着飾った娘を何度か連れてきた事があった。殿下曰く、毒にも薬にもならない貴族らしい。そいつらに時間を使うのであれば、こちらの時間の方がよほど有意義に感じる事だろう。現に、先程まで二人は平民の文字習得率や孤児院の子ども達に仕事に関わる技術を身につける方法について議論している。この二人が並び立つ治世は良いものになるに違いないと思わずにはいられない。余所事を考えている間に時間は刻一刻と過ぎていく。同じく護衛として付いてきている者たちも時間を気にしているようだ。比較的殿下の覚えのよい俺の方をチラチラと見てくる。どうやら、俺に声をかけろと言う事らしい。無口だが真面目ということで殿下からの評価は悪くないと思っているが、この役回りは損以外の何物でもない。しかし、誰かが言わなくてはいけないし、ほかの護衛たちは皆私よりも歳下だ。勇気を振り絞って声を出す
「殿下、申し訳ありませんがそろそろお時間が・・・」
振り返った殿下の顔に表情はない。その表情を見た者は皆表情を硬くし、空気が冷たくなったのがわかった。俺自身の血の気が引いていくのがわかる。時が止まったような錯覚に陥っていると、カタリーナ様が本当に申し訳ないと言う表情で
「気づかず、長い時間お引止めして申し訳ありませんでした」
と立ち上がり声をかける。さらに空気が冷たくなるが、殿下は背後で控えている俺に顔を向けているためカタリーナ様からは表情がみえない。蛇に睨まれたカエルというのはこういう状況なのだろう。鏡など見ているわけではないのに、自分の顔色がどんどん悪くなっていくのが分かる。
「大丈夫だよ。私も楽しくて思わず時間を忘れてしまったよ」
何事もなかったかのようにカタリーナ様へ視線を戻す殿下は、感情の読めないいつもの笑みを浮かべていた。空気は冷たいままだが、これで城に帰れる。少し不興を買ったかもしれないが、まずい事は言っていない。公平な殿下の事だ、後に引く事はないはずだ。先ほどの緊張が残っており体は動かす事ができない。あんな空気を出してくる15歳の殿下が末恐ろしくて仕方ない。体を動かせずにいると、カタリーナ様と視線があう。気遣うような表情でこちらを見つめてくるカタリーナ様に先ほどまでの擦り切れた心が安らいでいく気がする。これが聖魔法の影響なのかカタリーナ様自身によるものなのかは分からない。1つ1つの所作も美しく、造形美以外の本当の美しさが何か考えさせられる。この時の俺はカタリーナ様に見ほれていた。
何かを話している、カタリーナ様が歩いている、時折心配気に俺の方を見つめてくる。先ほどまでの凍りついた心と体が溶けていくような気持ちになりながら見惚れていると、我に返った時カタリーナ様は俺の正面に立っていた。何が起きたのか分からない。分からないがカタリーナ様はハンカチを差し出している。レースのついた白いハンカチはきっといい匂いがするだろうと思わず余所事を考えてしまうと、これまたいつのまにかカタリーナ様の後にいる殿下に気がついた。殿下の顔からは表情が抜けており、何を考えているのわからない目に見られたことに気づいた俺は体を動かすことができなくなった。止まっているとハンカチを持ったカタリーナ様の手がこちらに伸びてくる。私の額まであと10センチほどのところで、その手は止まった。止まったというのは正確ではない。殿下によって止められたのだ。先程とは比にならないくらい空気は冷たい。その瞬間私の冷や汗がポタリと床に落ちる音がした気がする。
「殿下?」
いつもの穏やかな笑みでカタリーナ様が問いかける。この空気でいつものように声をかけられるカタリーナ様が少し羨ましく思う。
「カタリーナは・・・」
殿下の声が部屋をノックする音に遮られた。
「門の正面に王家の門の馬車があったけど、エヴァトリス殿下居る?次のお茶会のことで相談したいことがあるんだけど」
返事をする前に声をかけながら入ってきたのはルルーシュ様だった。殿下との仲も良く、私的な場では軽口を言うこともある。正直助かったと思った。この場の収束方法が、分からなかったからだ。冷え切った空気が少しずつ戻っていく。ホッと息をつこうとしたがそれはカタリーナ様によって遮られることになる。分かっている。彼女にとっては善意なのだから。その彼女にとっての善意により、俺はより窮地に陥ることになる。恐れ多いことだが、俺に対して聖女の祝福をくださったのだ。左手を取り小指の先に口付ける。そのまま俺の左手を両手で包みながら目を瞑りこう言ったのだ。
「貴方に祝福を、早くよくなることを願っています」
殿下の前である事も、この冷え切った空気の事も忘れて俺は一瞬見惚れてしまったが、どんどん冷たくなる空気に殺気が混じり始めた事に気付やいたが後の祭りだ。恐ろしくて殿下の顔を見る事は出来ない。
「姉さん!いい加減にして!!」
ルルーシュ様がが珍しく大きな声を出す。カタリーナ様を軽く諌めた後、ルルーシュ様は殿下の腕を取り、急ぎ足で玄関へ向かう。殿下は一言も話さず、周りの者も口を開かない。俺は自ら動く事は出来ず、仲間に両脇を支えられて引きずられるように玄関まで移動すると殿下と同じ馬車に乗せられた。騎乗して戻る事を伝えるがカタリーナ様との約束だからと取り合ってもらえる雰囲気はない。どうして殺気を出している人と同じ馬車に乗らなくてはいけないのか。どう考えたってお互い苦痛以外の何物でもないだろう。だが、俺に拒否権はない。
馬車の中で殿下と二人きりになる。馬車が走り出すと、今日は城に戻ったらそまま帰宅するように、明日の夕方ルルーシュ様が殿下の執務室を訪ねるため同席するように言われた。いつもなら喜んで帰宅するし、執務室で待機するのも特別な事ではないため気にならないが、流石に明日はどうなるかわからない。今から胃がキリキリしてくる気がした。


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話が短かったので閑話を入れました。
『それぞれの想い2』辺りの話になるかと思います。
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