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1章

聖女1

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カタリーナは神殿に来ていた。最近では神殿には週に2回ほど顔を出している。もちろん聖魔法を使いこなすためだ。神殿に伝わる書物を見せてもらいながらコントロールの練習を行うがこれがなかなかうまくいかない。
カタリーナの魔力量は最初に魔力検査をしてもらった時と比べ明らかに減っていた。それが、5歳の熱病が原因なのか、6歳の時に無理に聖魔法を使い母の治癒を行ったせいなのかははっきりしない。ただ、体への負荷をきっかけに魔力量が減る現象はそれほど珍しいことではないらしい。
魔力の練習も積極的に行なったため、魔力量は少しずつ増えてはいるらしいが、魔力効率が悪く込めた力の半分以上がどこかに消えてしまう。練った魔力はそのまま魔法として発現するか、練り上げる途中で魔法にうまく変換されず体内に戻るかのどちらかであり、本来魔力が立ち消えることはない。カタリーナの場合は魔力を練り練った分は体から消えるが効果として現れる量が少なすぎる。聖魔法自体分からない事が多いためそういうものかもしれないが、そのような記載も書物にはなく原因もわからないため頭打ちになっていた。そんなある日、神官のリシャールから提案があった。
「異世界からの聖女様がいらした時に使っていたお部屋がございます。そこには、聖女様が残された本も残っているのです。聖女様が王宮に住まわれるようになるまでの間に書かれたものなので多くはありませんが、ご覧になりますか?」
今までそのような部屋があるとは聞いたこともなかった。そして、なぜこのタイミングで話が出たのかもわからなかったため意図もつかめない。
リシャールに初めて会ったのは5歳の魔力再検査で来た時だったらしい。その時はまだ見習いだったが、十数年で王都にある教会のトップになっている。詳しい事は分からないが、リシャールの特殊能力が関係していると噂で聞いたことがあった。リシャールは銀髪碧眼の神秘的な男性だ。年の頃はわからないが20代後半か30代前半で見目も美しいため令嬢からの人気も高かった。淡々と話す様子から少し冷たく無口と言われがちだが、とても真面目な人というのが短くない付き合いのあるカタリーナの印象だった。
「そのような大切な場所に私のような者が入ってもよろしいのでしょうか?」
カタリーナの問いにも淡々と答える。
「大丈夫ですよ。孤児院での活動なども伺ってますし、貴女は聖女としてもっと自信をもってもらってよいと私は思っていますよ。ただ、申し訳ないのが聖女様が書かれた文字が私たちには読めないので有益な情報があるかははっきりと分からないのです。聖魔法がないせいで読めないのか、別の言語かもわからないためもしかするとお役に立てないかもしれませんが」
冷たい印象をうける彼はあまり飾り気のある言葉は使わない。それが本心からくる言葉であり、聖女として認められたことが嬉しく思い頬が緩むのが止められなかった。そして、教会側のもし読めるなら翻訳して欲しいと言う意図もはっきりと分かり少し安心する。
「そう言っていただけて嬉しく思います。お役に立てるかはわかりませんが、もしよろしければ、少し拝見させていただいてもよろしいですか?」
案内をされ通されたのは神殿の奥だった。扉をあけると、そこは真っ白な部屋で調度品も全て白で整えられていた。白いベッドには真っ白い清潔なシーツがかけられいつでも使用できるようになっている。何もかも白い空間は神聖な空気を醸し出しており気後れしてしまう。続き間を開けるとそこは小さな勉強部屋のようになっていた。机と椅子、そして小さな本棚だけがある部屋だった。日当たりはよく、レースのカーテン越しに入ってくる日差しが心地よい。この部屋も使われていな部屋特有のカビ臭さなどはなくいつも換気されているのがわかった。本棚には20冊ほどの皮表紙の本と、この国での有名な絵本、聖女の神話が記された本が残っていた。
「皮表紙の本が歴代の聖女様が残された本です。左側から古い順にならんでおります。他は聖女様が文字を学ぶために使われた本と聞かされています」
神官のリシャールは一つ一つ説明してくれる。それによると最初にある10冊は初代の聖女が残したものであり、それ以外は一人1冊づつ書かれていったようだ。一番右側にある本の表紙を撫でる。一番最近のものであっても200年以上前であるはずだが、本の劣化はみられない。どうやら劣化を防ぐための魔法をかけているようだ。本の表紙を撫でると、皮特有のしっとりとした肌触りが気持ちいい。
「机をおかりしてもいいですか?」
本を撫でていると、読めるのかもわからないうちからゆっくりとこの本を眺めたい気分になってくるから不思議だ。驚いた様子を見せるリシャール、彼が表情を変えるのは本当にめずらしい。
「もしよければ、この部屋は自由に使っていただいて結構です。万が一、異世界からの聖女様がいらっしゃるようであればその時にまた相談させていただければと思います」
「ありがとうございます」
その言葉にカタリーナはゆっくりと微笑んだ後、椅子に腰掛け姿勢を正す。そしてゆっくりと表紙をひらき文字に視線をおとした。すぐにカタリーナは驚きから目を見開き、そして自然と溢れて来たのは涙だった。溢れてくる涙が止まらないが、それにも気づかず、涙を拭うこともわすれ本を見続ける。カタリーナはポタポタと涙が本に落ちるのに気付くと、慌ててハンカチを出し本を拭った。
「もしかして、文字が読めるのですか?」
リシャールん声はいつもより大きく、興奮しているようだった。それに対して私は小さく頷く。本に書かれている文字は前世で馴染みのある日本語だった。
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