私が聖女になった時(旧:聖女の国)

海栗

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1章

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「公爵との約束を破ってしまったね。急だったからびっくりした?」
軽い口調でエヴァトリスは声をかけてくるが、カタリーナはそれどころではなかった。
「は、早くドアを開けないと皆さんがお、驚いてしまいます」
カタリーナは何を言っているのか自分でもよくわかっていない。早くドアを開ける以前に、すでにドアの前はパニック状態だろう。
「そうだね、みんなが驚いてしまうね」
エヴァトリスは同意の言葉を出すが、気にした様子はみられない。
「そんな事よりも、ずっと辺境で頑張っていた私にご褒美を頂戴?まだ、全部終わったわけじゃないのに、こんな事いうのはずるいかもしれないけれど・・・少しでもカタリーナに認められる男になりたくて頑張っていたんだよ。」
エヴァトリスの言葉を嬉しく思ってしまう自身にカタリーナは気づき戸惑う。
「手紙嬉しかったよ。嬉しくて、会いたくて戻ってきちゃったんだ。カタリーナも会えない期間を寂しく感じてくれていたのなら、・・・少しは私のことを想ってくれると思っても良いのかな?」
カタリーナはエヴァトリスの言葉にどう返事をしてよいのか、悩みながら視線を上げる。暗闇に少しずつ目が慣れてきたこと、距離が近いこともありお互いの顔は確認することが可能だ。
「お願い」
眉を少し下げながら、先ほどの捨てられた子犬モードになるエヴァトリス。こうなってしまえばカタリーナに勝ち目はなかった。
「・・・ワタシニデキルコトデアレバ。」
何故か片言になり表情を固くするカタリーナと、嬉しそうにクスクスと笑っているエヴァトリス。
『はい』か『yes』以外の返答が許されない状況下でカタリーナが心のこもらない返答になってしまったのは仕方のないことだと心の中で正当性を主張する。
「緊張してるの?大丈夫、簡単な事だよ。」
カタリーナの返答を聞く前にエヴァトリスは言葉を続ける。
「少しだけ、ここに触れてもいい?」
エヴァトリスの指はカタリーナの唇を撫でている。
既に触れているが、エヴァトリスの言っているのはそう言う事ではないのだろう。熱を含んだ瞳に見つめられ、カタリーナは顔が赤くなるのが分かった。室内の暗さで、顔色まではっきりわからない状況に安堵の息をつく。カタリーナは恥ずかしさから何も言葉を伝える事が出来ず、顔を上げると、ゆっくりと自身の瞳を閉じた。
カタリーナの腰を抱くエヴァトリスの腕に力が入り、ゆっくりと2人の唇が触れ合った。触れ合った唇はすぐに離れたが、啄むような口づけを何度も繰り返す。エヴァトリスはその合間に「愛してる」の言葉を挟むことも忘れない。時折目頭や頬にも口付けがおりてきて、大切なものに触れるような優しい触れ方にカタリーナはどんどん顔が赤くなるのが分かった。口づけを繰り返すうちに廊下が少しずつ騒がしくなる。そのうちに、カタリーナの自室のドアがドンドンと叩かれた。
「ここまでだね。もう少し楽しみたかったけど、これ以上わがままは出来ないかな。」
何事もなかったようにカタリーナの手を支えてエスコートの姿勢を取ると、鍵を開けそのままドアを開いた。

ドアの外はカオスだった。ドアを開けてすぐそこに居たのは侍女長であり拳を振り上げているところをみると先ほどまでドアを叩いて居たのは彼女であることが容易に予想できた。エヴァトリスに言われドアから離れた侍女は両膝を床につき涙を流している。少し経つと他の侍女に連れられ、家令がマスターキーを持って廊下を走って来る。それに遅れたように、違う侍女に連れられ父とルルーシュまで廊下を走ってきた。
エヴァトリスはそんな様子もどこ吹く風で、気にした様子はない。今日のエヴァトリスは周りの空気を読む気も、合わせる気もないらしい。
「そんなに慌ててどうしたんだい?」
父とルルーシュから大きなため息が聞こえる。
「侍女から聞いて急いで伺いました。先ほどの約束は忘れてしまったのですか?」
大慌てで走ってきた割に、父は嫌味を言うのを忘れないのだから、さすがとしか言えない。
「ほら、暗い部屋だったから、間違えてドアを閉めちゃってね。急いで開けようと思ったら、鍵までかかっちゃったからびっくりしたよ。」
父の嫌味など気づかないようににこやかに会話をするのへエヴァトリス。約束は守るつもりの不慮の事故の設定の様だが、内容に明らかに無理がある。エヴァトリスの返答により父のこめかみがピクピクと動くのが分かり、思わず背中に嫌な汗が流れる。基本溺愛系の家族に優しい父であるが、怒ると非常に厄介だ。おそらくエヴァトリスはその事を知らないのだろう。嫌な空気を感じ取ったルルーシュが間に入る。
「殿下、流石にやりすぎです。このような時間に公爵家を訪問するだけでも非常識なのに、女性と部屋に入り鍵をかけるなど・・・」
ルルーシュは父に口を挟ませない作戦に出たらしく、父が言いそうなセリフを紡ぐ。
「本当にびっくりしたね。いやー、わざとじゃないのに困ったよ。でも、大丈夫だよ。もしわざとだったとしても、こんな短時間で何もできることなど何もないだろう?ね?カタリーナ?」
話を振られて、困ったのはカタリーナだ。カタリーナは密室での出来事から顔が赤くなっている自覚があり、現状それがまだ引く気配はないのだ。
「・・・はい。」
それだけ口を開き視線を落とす。誰を見ればいいのか、どこに視線を向けるのが正解なのかカタリーナは全く分からなかったが故の策ではあったが、現状をみると良策であると言えないのは明らかだろう。周りが静まり返った状態で優雅に現れたのは母だった。
「あら?みんな揃ってこんなところでお話し?王子に廊下で立ち話させるわけにはいかないのだから部屋に行きましょう。」
特に何も気にした様子もなく話す母に気を良くしたのはエヴァトリスだ。
「じゃぁ、お茶の用意をお願いしようかな」
優雅な動きでカタリーナをエスコートしながら、再度部屋に入ろうとするがそれを止めたのも母だ。
「流石にもうカタリーナの部屋には入れられないわ。殿下のお迎えがいらっしゃるまでみんなで応接室で過ごしましょう」
その言葉は質問や、提案ではなく断定のものであり、小さなため息をこぼすだけでエヴァトリスも意義を唱えることはなかった。

応接室で過ごすが、その空間は無言だった。一番文句を言いたそうにしていた父については母からの「頭をひやしてきなさい」の一言で執務室に行くことになったため、話をする人がいなくなったのだ。無言のお茶会はエヴァトリスの迎えが来たことで10分ほどで終了した。迎えに来た騎士の中には王子の側近もおり、公爵である父に謝罪する様子がみられた。
エヴァトリスを皆で見送った後無言の時間が訪れる。
「もう時間も遅いし、休もうか」
ルルーシュの一言でその日は解散することになった。エヴァトリスとの事を細かく聞かれなかった事にほっとしながら、カタリーナは自室に向かうのだった。

こうして、公爵家の平和な時間が戻って来た。それが、翌朝王子からの手紙が届くまでの僅かな時間であることは誰も知る由はない。
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