私が聖女になった時(旧:聖女の国)

海栗

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1章

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別の馬車ではあるが、出発は同じ時間であり、通る道も同じであるため父とカタリーナの到着はほぼ同じ時間だった。公爵家に到着するなり、そのまま一緒に父の書斎へ向かうために歩き出す。玄関では予定よりも、ずっと早い父の帰宅に驚く様子を一瞬だけ見せた家令だったが、すぐにいつもの表情で出迎えたのは流石と言えよう。
家令はいくつかの指示を受けると書斎とは別方向へと進んでいった。カタリーナは父の指示に従い書斎へと向かう。おそらく家令が指示したのであろう、すでに侍女がお茶の準備を始めていた。
父とカタリーナは向かい合ってソファーに座る。何も話そうとしない父に、カタリーナは早々に手持ち無沙汰になる。父がお茶に手をつけたためカタリーナも倣って紅茶に口をつける。侍女は部屋で待機している状態であり、侍女の手元には、空のカップが一つ残されている。おそらく、誰かが呼ばれているのだろうが、それについてカタリーナは何も知らされてはいない。
5分も待たず、執務室にはノックの音が響きドアが開けられた。
「旦那様?今日は早かったのね。急に話があると聞いたのだけど、どうされたの?」
ドアを開けて入って来たのはカタリーナの母だった。驚かされることが続いていたためカタリーナは身構えていたが、母の登場にホッと息をつく。母が優雅な所作で、父の隣のソファーまで移動すると、待っていたかのように侍女が紅茶を注ぎすぐに執務室から退室していった。
「あら?カタリーナも帰って来たのね。お帰りなさい。お手伝いの件お受けするのでしょう?さみしくなるけれど、ここはあなたの生家なのだからいつでもいらっしゃいね」
すぐに嫁がなくてはいけないような発言にカタリーナは戸惑う。この言いようだと、カタリーナは近々家を出ることになるようだ。
「今回のお手伝いをお受けすることを伝えると光栄にも、お部屋を用意してくださるとおっしゃって下さいました。私用の執務室を準備して下さるのかと思いましたが、今のお話だと私は王宮に泊まることになるのでしょうか・・・。お母様もご存知の様ですが、公爵家から通うことはできないのですか?」
先ほど入って来た母と父を交互に見ながら質問をする。
「う~ん。状況によっては可能かもしれないけれど、難しいんじゃないかしら。」
父は無言を貫いているため、母が困った顔をしながら答えていく。
「王子殿下も王妃様も早くカタリーナと一緒に暮らしたいみたいなの。本当は、王妃教育の名目で婚姻の1年前から王宮に住んでもらうつもりだったみたいだけれど、ほら、あなた早々に終わらせちゃったでしょ?理由をなくして困ってたみたいで、何度か相談はされていたのよ。」
母の言葉で王妃教育を受けていた時、予定より早く進みすぎだから何度も休むように声をかけられた事、王妃教育が終わった時に王妃から少し困ったような顔をされたことを思い出す。王妃の表情から何か粗相をしたのではないかと心配になり声をかけたが、言葉を濁されてしまっていた。そのまま、時間が経つうちにカタリーナはすっかりとその事を忘れてしまっていた。
「そんな中でやっと見つけた王宮に留めておける理由でしょ?通いを提案したところで機密情報がとか、緊急時の対応がとか適当な理由を挙げられるのが目に見えているわ。正式な婚姻を結んだわけではないのだから、現状あなたは公爵家の娘なんだし気にせず帰って来なさいね。」
母はさらっと言ってのけたがカタリーナからすれば『そんな条件があるのならもっと慎重に考えたのにどうして言ってくれないんだ』である。
「殿下からのお手紙には詳細は王宮で話すため、家では『手伝いがあること』だけ伝えるよう指示されていたから、事前にはあれ以上は伝えることは難しかった」
今日1日、眉間のシワと共に過ごしていた父はどうやら疲れているようだ。朝食の時の父の険しい表情の理由を知ることができたところで、エヴァトリスの行動が確信犯であることが確定した。令嬢としての品がないのは分かっていたが、カタリーナはあからさまなため息が出た。
「わかりました。説明いただきありがとうございます。」
一気に疲れが来たカタリーナは挨拶をし自室に戻る。疲れのためか食欲があまりわかなかったため、夕食を辞し部屋で休んで過ごす。両親も気を使ったのだろう、そっとしてくれたことがありがたかった。
いつもよりも早い時間に明かりをけし布団に入ったところで気づいたのは転移門についての質問をし忘れたということだった。

カタリーナはいつもの時間に目を覚ます。いつもに比べ格段と早い時間に寝たのに、起床の時間が同じということはそれなりに疲れが出たのだろう。起きた際にも、転移門とエヴァトリスの処遇について疑問と不安を感じたが、カタリーナが気にしたところでどうにかなる問題でないことは明らかである。少し落ち着いたのちにエヴァトリス本人から聞くことを心に決め、これについては考えることをやめた。
それよりも差し迫った問題は王宮暮らしについてだ。エヴァトリスと会えない距離に居て初めて側に居たいという気持ちを自覚はしたが、そこまで近くなくてもよい。むしろ、カタリーナは気持ちの整理をする時間と適度な距離が欲しいと思っていたくらいだ。王宮での話し合いと、母の話を聞く限り王宮での生活を断ることは難しそうであるためどうするか・・・何か抜け道を探そうとするが、一人では特に思いつくことはない。朝食の際に家族に相談することを心に決め侍女を呼ぶと朝の身支度を始めた。

朝食の席では父と母はいつもの表情になっていた。ただ、弟のルルーシュだけは時折カタリーナに視線を向け、目が会うたびにニヤリと笑っている。完全に面白がっている表情であり、この場で相談するのは癪だが、それでも何か案を講じなくてはいけないため食後のお茶を飲んでいる際に声をかける。
「昨日お父様と、お母様から伺った王宮での生活についてですが、少しでも遅らせることは可能でしょうか。お母様のお話から、断ることが難しいことはよくわかりましたが、私自身の気持ちの整理のためにもできるだけ公爵家で過ごしたく思うのです。それに嫁いでしまえばそう簡単にここに帰って来ることはできません。できるだけ家族との思い出の時間が欲しいのです」
最後の一言は父の親心を煽るためのリップサービスであるが、思った以上の効果はあったらしく家族愛に溢れる父は頷きながらカタリーナの言葉を聞いている。
「そうだな。初めはそれほど重要なことを任されることはないはずだから、私と一緒に通えるように調整しよう。」
父の言葉に安心したエステルはホッと息をつく。先ほどまで飲んでいたものと同じ紅茶であるはずだが、より美味しく感じたのは父という味方を得て肩の荷が少し降りたからだろう。
「そう簡単にいくかな?」
ルルーシュは面白がるように声をかけてくるが、カタリーナにも都合があるのだから多少はこちらの意見も汲んでもらわなくては割に合わない。ただ、そのカタリーナの都合とは自分の向ける好意と相手から向けられる好意に戸惑っているという非常に可愛らしく、20歳を過ぎたという年齢を考えると身勝手なものでもあるが、それを注意できるものは誰もいない。そうやって、食後の時間を家族と楽しんでいると家令が手紙を持ってやってくる。デジャブ感が半端なく、横目で封蝋の確認をすると、そこには百合の印が押してあった。
「ほら、来たよ。」
ルルーシュも封蝋を盗み見たのだろう、非常に楽しそうな表情を浮かべている。『人の不幸は蜜の味』とはうまく言ったものである。父に渡された手紙を皆で注視していると、読み終えた父が小さくため息をはく。
「どうやら、私たちの考えはお見通しだった様だ。今日の会議でカタリーナの王宮滞在について話しをするそうだ。その際の護衛や滞在中の予算も決めるらしい。」
カタリーナが父の言葉を聞いてから出た声はたったの一言。
「私もそのお手紙を見せていただいてもいいですか?」
手紙の文字を無心で追っていく。
要約すると、エヴァトリスが辺境から戻ってくる時期と同じタイミングで手伝いを始めること。手伝いの開始日から王宮住みとなり、必要なものは王宮で準備すること。侍女は3人まで連れて来も良いが、住む場所については機密保持のためにもできるだけ王宮で暮らして欲しい事、本日この事に対する詳細の話し合いを行う。内容は、ほぼ決定事項であるため準備を進めるように、という事が書いてあった。
1ヶ月後とは随分と急な話しである。今日話し合いを行うということは、話し合いが出来るほどの準備が済んでいるのだろう。おそらくこの案については今回エヴァトリスが帰ってきた事とは関係なく準備が進められていた事らしい。公務中の新たなドレスを作るための採寸日まで指定し、断りにくくしているところが尚のこといやらしいが、ここはある程度諦めるしかないのだろう。一通り読み終えると、カタリーナもため小さなため息を吐く。
「わかりました。少しずつ準備を始めてまいります」
カタリーナが一言告げることでこの話は終了し、本日の朝食は解散となった。
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