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1章

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王宮に着くとすぐにカタリーナのために用意された部屋へ通された。「まずは国王や王妃に挨拶を」と思っていたカタリーナは少し拍子抜けだ。王宮の侍女からは、夕食は国王・王妃・エヴァトリスと一緒になるが、それまではゆっくり過ごしても部屋の片付けをしても良いと説明を受ける。カタリーナは何もしないのも落ち着かないため、自宅から連れてきた侍女を中心に今は荷ほどきを行なっている所だ。荷解きと言っても、実家から連れてきた侍女が指示を出し、その通りに王宮メイドが荷物を片付けると言う状態である為、カタリーナはただの傍観者であるが・・・。事前にわかってはいたことだが、カタリーナが準備したものよりも母が持たせた物が多い。それでも、見覚えのある物が多いのだろう。カタリーナが声をかける間もなくどんどん片付けは進んでいく。
自宅から連れてきた侍女がうまく采配してくれているおかげで順調に進んでいる。むしろカタリーナがこの部屋にいなくても荷ほどきは問題なく終わるのではないかと思うレベルだ。遠目で見ていると、時々興味を惹かれるような物も出てくるが、そこでカタリーナが声をかけると片付けを中断させてしまうためグッと我慢する。
よし。荷ほどきが終わったら「一休みしたい」と言って侍女を下がらせてから家捜しをしよう!
一人おかしな決意をするカタリーナだった。

荷ほどきが始まり1時間ほどの時間が経った頃終わりが見え始め、今は手の空いた侍女からお茶を入れてもらっている。こうして、人が動いている中お茶を飲めるんだから転生してからこの令嬢生活にもすっかり慣れきったことを少しおかしく思っていると廊下がわずかに騒がしくなる。騒がしいと言っても人の話し声がする程度ではあるが、使用人たちは部屋まで聞こえるほどの声で廊下では話さないよう教育を受けている。そう考えると、今廊下にいるのはそれ以外の人となる。カタリーナが居るのは王宮の客室の中でも奥まった場所にあるため声の主はカタリーナに用事がある人物であるとと容易に予想がつく。だが、その相手に心当たりがない。国王様や王妃様、エヴァトリス殿下とは一緒に食事をすると約束があるため、今くる必要はない。父ははまだ執務中だろう。王宮に今日入ることを知ってる人と言われても家族以外には思い当たらない。つまり、今ここを訪ねてくる人にカタリーナは全くの心当たりがなかったのだ。
部屋の前で足音が止まると、静止の声がはっきりと聞こえてくる。
「お待ちください、今はまだ荷ほどきをされていると伺っています」
「少し顔を見たら帰るから大丈夫だ」
「ご夕食を一緒にする約束をされているんですからそれで良いでしょう」
「私は本当は来るときの出迎えもしたかったのを、お前達が『執務、執務』とうるさいから譲っただろう。今は休憩の時間なのだから、その時間ぐらい好きに使ってもよいだろう」
声は聞き慣れたもので、エヴァトリスとその側使えであることが伺える。この側使えは老齢であるが、エヴァトリスが子どもの時からずっと使えておりお目付役の意味も担っている。ここに来るまで同じ会話を繰り返していたことが容易に予想で、それ故に側使えの苦労も容易に想像できる。
「殿下が来られたようだから、荷ほどき中でも構わないか確認してからお通おしして。」
お茶を入れ終えた侍女は頭を下げると、そのまま入り口に迎いドアを開け対応を始める。側使えの制止を振り切ってここまで来たエヴァトリスがここでこのまま帰る可能性はほぼゼロだ。入れてもらった紅茶を一口だけ口に含むと、カタリーナ自らも立ち上がりで迎える準備をする。もちろん、室内の侍女達にも一時的に手は休め出迎えの姿勢をとるように、また違う侍女にはエヴァトリス殿下の分のお茶とお茶菓子の準備も依頼する。
戸口で数回の会話が繰り返された後に大きく扉が開かれそこからエヴァトリスが現れた。侍女とともに出迎えを行うと
「急に悪かったね。少しでもカタリーナの顔が見たかったんだ」
久々にみるエヴァトリスの笑顔のきらめきは攻撃力が想像以上だった。カタリーナは一瞬表情が固まるのを自覚するが、それ以上に抗体を持たない侍女たちは顔を赤くして惚けている。唯一の救いは、お茶を準備していたのは実家から連れてきた侍女だったことだろう。彼女はエヴァトリスには全くと言うほど興味を示さない。今も我関せずの様子でお茶の準備をしており、彼女の動きが止まることはない。
すぐに我に返ったカタリーナは表情を取り繕いながら笑顔を浮かべる。
「いえ、こちらこそまだ散らかって居る状態でお恥ずかしい限りです。それに、お部屋の方も準備いただきありがとうございます。この部屋なら公爵家にいた時と変わりなく過ごせると思います」
それに対してエヴァトリスは変わらない笑顔で続ける。
「そんなことは気にしなくていいよ。少しでもカタリーナがリラックスして過ごせることが私の願いでもあるからね。」
カタリーナは眉間にシワがよりそうになりそうになるのをどうにか堪えてできるだけ自然な笑みを浮かべるよう心がける。もちろん先ほどのカタリーナの言葉には何の嘘もない。そして、それは何の比喩でもなくそのままの意味であった。この部屋であれば公爵家と変わりなく過ごせるだろうし、何なら寝ぼけている時ならば公爵家の自室と勘違いする可能性もある。それほどにこの部屋はカタリーナの自室に似せて作ってあるのだ。いや、椅子の座り心地や机の感じを見る限り同じ職人が作ったものである可能性が高い。置いてある家具やその位置、本棚の中身まで見覚えがある。ぱっと見での違いと言えば王宮のこの部屋の方が少し広いくらいだろうか。その間違え探しの意味も込めての先ほど決意したカタリーナの家捜しがあるのだ。
ここまで、公爵家の私室に似せた部屋を完成させるにあたって協力者は必須だろう。使用人たちは長く勤めている信頼のおける人ばかりで些細なことであっても情報をもらす可能性は低い。そう考えると軽薄そうな笑みを浮かべた弟、ルルーシュの顔が頭の中に浮かぶ。ルルーシュに問い詰めたとしても、笑ってごまかされそうな気しかしないし、他にどんな情報を流されて居るのか想像するのも嫌になる。そんな思いをおくびにも出さずにカタリーナは笑顔で話し始めた。
「まだこのような状態ですが、もしよければ一緒にお茶でもいかがですか?」
「執務の間の休憩時間だからそれほどはゆっくりしてられないけど、お茶だけもらおうかな」
誘われたことが嬉しいのだろう、エヴァトリスはカタリーナに向かって満面の笑みを見せた後に側使えにドヤ顔をする。さも「ほら、カタリーナも喜んでくれている」と言いたそうな顔であるが、それに対して側使えは小さなため息をついた後にカタリーナに視線を向け申し訳なさそうに頭を下げる。付き合いが長いせいだろう、エヴァトリスがこの側使えと一緒にいると年相応の様子がみれてカタリーナは楽しくなる。
「気にしないで」という意味をこめて側使えに微笑みかけるとそれが伝わったのか、側使えも表情を緩めた。

10分ほど話をしただろうか、会話の合間を見て側使えが声をかける
「そろそろお時間ですので、執務室に戻りませんと・・・。」
お茶を飲むカップを置きながら、恨みがましいような視線を側使えに向けるエヴァトリス。
「本日予定している執務が終わらなくては食事には出られませんよ。」
付き合いの長いだけありエヴァトリスの動くポイントを熟知している側使えの言葉に対してエヴァトリスは小さなため息を諦めたようにつく。
「名残惜しいが、続きは夕食の時間まで楽しみにとっておくよ」
そのままエヴァトリスが立ち上がったため、見送りのためカタリーナも急いで立ち上がる。急いで立ち上がったと言っても、カタリーナは優雅さを失うことはない。それは、日頃の努力の賜物なのだろう。
「私も、エヴァトリス殿下とお食事ご一緒できること楽しみにしております。」
やる気を出してくれるなら少しのサービストークぐらいは良いだろうと、カタリーナがエヴァトリスに言葉を向けると嬉しそうな笑みが帰って来る。その笑みを見て顔を赤くする侍女が数人、その侍女たちを見ながらカタリーナは
(頑張って早く慣れて!)
と彼女達に小さなエールを送る。すぐに頬を染める自分の事はすっかりと棚に上げているカタリーナだった。
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