上 下
73 / 93
2章

4

しおりを挟む
カタリーナが王宮を離れて1ヶ月が過ぎた。不思議な事に神殿を訪れてからのカタリーナは夜眠れる様になり、少しずつだが、食欲も戻ってきている。そして、王宮に移り住む前はあれだけ頻回にやり取りしていたはずのエヴァトリスからの手紙は一切来ていない。それを寂しく思うよりも、ほっとしているカタリーナがいた。

最近のカタリーナは週の半分以上を神殿で過ごす様になっていた。
神殿を訪れるようになって何度目かの時、ふとルルーシュに聞いた。
「神殿に行く時必ず付き添うって話をしてたけどあれはもういいの?」
そんなカタリーナの質問にルルーシュは
「あれは殿下を尊重して協力していただけで、姉上を振り回す殿下にしてやる義理などもうない。」
どこかいじけたような、投げやりなような、自身でも苛立ちを抑えることができないルルーシュの声色に切なさがこみ上げる。ルルーシュだってどうしようもない事は分かっているのだが、どうにも吐き出し口がわからないのだろう。ただ、今までのエヴァトリスとルルーシュの関係が崩れなければよいとカタリーナは願うだけだった。


そんなやり取りを思い出しながら今日もカタリーナは神殿に向かう馬車の中にいる。
神殿に着くと、リシャールが待っていた。魔法の指導係でもあるリシャールと神殿にいる時は一緒に過ごすのがいつの間にかあたりまえの様になっていた。
「今日はどうなさいます?」
いつもの決まり事のようなリシャールの言葉を受けたカタリーナは少し考えた後に答える。
「聖女様のお部屋で日記を読んでも良いかしら?」
「構いませんよ。でしたら、私もお茶の準備をしてから伺いますね」
最初は、聖女の私室でお茶をするなど恐れ多いと辞去していたカタリーナだったが、リシャールに押し切られる様な形で始まり、いつの間にか恒例行事となっていた。
「そう言えば、お互いの好みなどはお話ししたことはなかったですね。時間もありますし、時々こう言う話をするのも今後のために良いですね」
リシャールのその言葉を皮切りに色々な話をする様になった。お茶をしながら話すのは、聖女の日記についてだったり、聖魔法についてだったり、最近では流行りのお菓子の話しなどもする様になった。どうやら、リシャールは甘いものが好きらしく、流行りのものや新作などは全てチェックしているというから驚きだ。カタリーナが、好みのお菓子を伝えたところ時折そのシリーズのお菓子が出るようになった。
「先日お店に行ったら、新しい味が出ていたので、お好きかと思い買ってきました」
どうやら、今日はその『時折』に当たるらしい。カタリーナがふとリシャールが運んできたお茶と一緒に運ばれてくるお菓子に目を向けるとそこにあったのはショコラだった。そのショコラは見た目はシンプルだが、中にはとろーりとしたキャラメルのガナッシュが入っており、周りのビターチョコとのハーモニーが非常にカタリーナ好みだった。
「とても美味しいですね。」
カタリーナは口の中に広がる味を確かめるかのように右手を頬に当て幸せそうな笑みを浮かべる。
「聖女様は本当に美味しそうに召し上がりますね。」
リシャールもつられたのか口元に笑みを浮かべる。何となくだがリシャールが機嫌良さそうにしているのが分かる。そこでカタリーナは以前より疑問に感じていたことを質問することにした。
「そう言えば、どうして私のことを『聖女』と呼ぶようになさったのですか?」
その質問に対してリシャールは不思議な物を見るような視線を向ける。
「聖女様を聖女様と呼ぶのは普通のことでしょう。」
どうやら、彼なりの解釈があるらしく、それを詳しく話す気はなさそうである。何を期待していたのか、カタリーナは自嘲の笑みを浮かべる。リシャールがカタリーナを認めてくれているのでは、それを言葉にしてくれるのではと心のどこかで思っていた自身に気がついたのだ。カタリーナの表情の変化に気づいたリシャールは言葉を続ける。
「何を気にしているのかはわかりませんが、聖女様がカナ様を気にする必要はありませんよ。」
彼なりのフォローなのだろう、カタリーナは少し気持ちが軽くなる気がした。

その後はカタリーナは聖女の日記を読み始めた。最初は今後どの人も見られるように日記の内容をそのまま文章に
起こす予定であったが、色恋沙汰を含めたプライベートな内容も多いため必要そうな箇所だけ情報を別紙の紙に残そうという話になっている。必要なところだけとは言っても思ったよりも内容は多くそれほど進んでいない。現在やっているのは200年前、つまり先代聖女様の日記の内容確認であった。水魔法に関する独自の解釈なども書いてあった。5歳以降カタリーナは使えなくなった水魔法をまた使えるようになればと思い、この日記を見ながら練習したこともあったが、結果を出すことはできず呆れたリシャールに
「もっと時間を有効的に使いましょう。」
とバッサリ切られてやめることになってしまった。そして、その代わりのようにこの日記の要点まとめ作業が始まったのだ。
この日記を見る限り聖女様の研究にはその時代のファビウス公爵家の次男が関わったことは明らかであるのにも関わらず、カタリーナが以前調べた公爵家の家系図から彼の存在は消されていた。疑問に思ったが、この日記のことを知らない父に相談するわけにもいかず、どうしようかと思った結果カタリーナはリシャールに相談することにした。
「この、聖女様の研究に協力されていた方、日記を見る限りかなり優秀な人かと思うのですが、ファビウス公爵家にこのような方はいらっしゃらないのです。あくまで記録上の話ですが・・・。」
どう話して良いかわからないカタリーナはそのまま言葉にすることにした。それに対して、リシャールは特に何かを気にした様子もない。
「よくあることですよ。何か罪を犯して存在を消されたのでしょう。」
表情を変えず、何でもないことを話し始めるリシャールをカタリーナは少し怖く感じるとともに、それ以上この話題に触れることはできなくなったのだった。
しおりを挟む

処理中です...