上 下
74 / 93
2章

希望と絶望1

しおりを挟む
カタリーナが公爵家に戻り2ヶ月が過ぎた頃にようやく王宮から手紙が届いた。
『婚姻についての話がしたい。明日、公爵と共に登城する様に』
急ぎだったのだろう、いつもより乱雑な文字で、それだけ記された手紙にはしっかりと百合の封蝋がしてあった。

ついにこの時が来たのかと、心を重くしたカタリーナは夕食の席で家族皆にその事を伝える。
結果が予想出来ない事もあり、皆渋い顔をしているが、お互いにそれを指摘することはない。ただ、それぞれが
「そうか・・・」
と頷くだけで、公爵家にしては珍しく静かな食事風景だった。いつもであれば、食後はみんなでお茶をするところだが、カタリーナはそんな気分にはなれず、1人席を立つ。
「すいません。今日は先に休ませていただきます」
それに対して母は少し悲しそうな顔をした後に答える。
「そうね、ゆっくり休みなさい。私たちは少しお茶をしてからにするわ」
父とルルーシュは視線を下に向けていたため、目があうことはなかったが表情がすぐれないのは明らかだった。しかし、カタリーナからはかける言葉もなく部屋をそのまま後にした。
部屋に戻ると、侍女にハーブティーを準備してもらう。部屋にカモミールの香りが広がり、カタリーナは少し深呼吸するようにその香りを吸い込んだ。理由を知らないにしても、明日の予定を知っている侍女は
「何かありましたらお呼びください。」
と声をかけ退室していく。王宮にも一緒について来てれた侍女であり、気を使ってくれたのだろう。
1人になり、一口ハーブティーを口に入れるとカモミールの香りが口の中に広がる。そこで王宮で生活していた時は寝る前はいつものようにこのカモミールティーを出されていたことを思い出す。慣れない公務の手伝いをしていたため、それを気遣ってのハーブティーだと思っていたがそれだけではなかった事にカタリーナは初めて気がつく。
「私は色々な人に守られているのね。私の役目を・・・果たさなきゃね。」
カタリーナの決意を込めて言葉を口にしたが、それはとても弱々しいものだった。


夜は中々寝付くことができなかったが、朝は無情にもやってくる。いつも通りの時間に声をかけてくれたが、今日は朝から王宮へ向かう日であり、いつもより支度が念入りである。時折支度の侍女が気遣わしげな視線を向けてくる。理由がわからずとも、王宮から体調を崩し帰って来た経緯があったため、屋敷の人はみな過保護になっているのだ。朝食を食べる気にならなかったカタリーナは申し訳なく思いながらも、侍女に伝達を頼む。王宮への支度を終えた後はお茶を飲みながら時間を潰す。しばらくするとノックの音が響き、そこから現れたのは料理長だった。
「奥様からの指示で軽食をお持ちしました。」
簡潔に、必要な事だけを告げると持ってきたサンドイッチをテーブルの上に乗せ挨拶をし退室していく。誰とも話をしたくない気分でいるカタリーナとしては願ったり叶ったりだ。
「昨日気持ちは固めたつもりなのに、弱い心・・・。」
カタリーナは1人呟くと、テーブルの上のサンドイッチにかぶりつく。
「美味しい・・・」
美味しさからか、それとも別の理由からか一雫の涙がこぼれた。

時間になり玄関に向かうとそこでは母とルルーシュが待っていた。父の姿がない為確認すると
「帰りの時間は別で不便だからって先に行ったよ」
ルルーシュが答えてはくれたが明らかな苦笑い。
「いつもならそれでも一緒に行くのに、下手な言い訳だよね。」
全くもってその通りだ。ただ、カタリーナへの気遣いなのは確かで、それを嬉しくも情けなくもカタリーナは思ってしまう。
「カタリーナの好きなものを準備して待っているわね。」
何も言わず、何も聞かず、ただ居場所だけを残してくれる母の言葉に涙が出そうになる。
「はい。行ってまいります。」
カタリーナは母とルルーシュの目を見てしっかりと返事をし馬車に乗り込むのだった。

王宮の馬車付き場では父とエヴァトリスが待っていた。
エヴァトリスのエスコートで馬車から降りる。
「私は執務室にいるから、殿下と話して来なさい。」
そう言い父はカタリーナの頭に手をのせると、ポンポンと優しく撫で離れて行った。カタリーナは離れていく父の後ろ姿を眺めた後に、エヴァトリスに視線を向ける。
「本日はお招きいただきありがとうございます。」
「こっちこそ、急な呼び出しでごめんね。」
エヴァトリスの言葉にカタリーナは首を横に振る。
「エヴァこそ、大変だったでしょ?」
カタリーナは何でもないように振る舞ったつもりだったが、声が震えてしまう。それに気づいたエヴァトリスはエスコートで支えていた手でしっかりとカタリーナの手を握った。
「私の部屋で話しをしよう。全部話せるわけではないけれど、できるだけ話すから。」
エヴァトリスの言葉に小さく頷いたカタリーナは、エスコートを受けゆっくりと歩き出すのだった。
しおりを挟む

処理中です...