今世では溺れるほど愛されたい

キぼうのキ

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バイバイちない!

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 突然だが、私は今、現在進行形でギャン泣き中である。

「びえええええええええん!! やああああ、うええええん!」

 パパの足にしがみつき、大量の涙を溢す。パパも含め、私の部屋にいるディリアたち侍女、宰相のシャドウと今日たまたま遊びに来ていたマドにーには泣き叫ぶ私の様子にオロオロと狼狽えていた。



 ことの八端はパパの「城を空ける」発言の後から始まる。笑顔の固まった私に気づかず部屋を後にしたパパの後ろ姿を眺めること数秒、私はくるりとディリアのほうへ顔を向けた。
 どういう意味? と子供の特権であるアレ何コレ何を作動させる。ディリアは困った顔をして口を開いた。

「少しの間バイバイしますが、陛下はすぐにリフレシア様の元へ帰ってきますからね」
「バイバイ? リシアはバイバイちない」
「い、いえ、陛下が少しの間だけバイバイするんですよ」
「バイバイちない!」

 心も子供になったんだと思う。理解したくないことは蓋をして、意見が通らなければ泣いて。
 うるうると涙を溜める私にディリアは悲しそうな顔をして、私をぎゅっと抱きしめた。

 その日から数日、バイバイなんて知らないとばかりにパパといつものように過ごした。といってもパパは私を抱いているだけだが。パパの膝の上でお絵かきしたり、ぬいぐるみで遊んだり、お膝主体で遊んでいる。
 いつものように過ごしていれば、バイバイはなくなるだろうと思ったのだ。


 だが、そんな思いとは虚しくその日は来た。
 いつもかっこいいパパだが、今日は特段きらきらしてかっこいい恰好をしている。後ろに控えるシャドウもきらきらだ。
 パパ? と困惑しながらとてとてと近づく。ひょいっと私を持ち上げ、いつものように腕に乗せたパパはじっと私を見た後すぐに床へ下した。
 あれ? と首を傾げもう一度と腕を広げる。パパは抱っこすることなく口を開いた。

「三か月ほどで戻る」

 三か月ってなに? どこ行くのパパ。
 ぐるぐると頭が回転しているような錯覚に陥る。言っている意味は理解しているが、その意味を受け止めるための心が追い付かない。

「リシアも、リシアも行く」

 もう一度腕を広げてパパを見る。私も連れていけば解決だ。悲しいも寂しいも、感じなくて済む。ニコッとパパに笑いかける。ねぇ、いいでしょう?

「馬車で往復30日かかる」
「うん? パパとお出かけする!」

 嬉しそうな私の様子に、ディリアが悲痛な顔を浮かべた。この状況を見守っていたマドにーにが、そっと私の腕を下におろす。
 そして、私の目を見て言いにくそうに、でもきっぱりと言った。

「リシア、少しの間父上とはお別れだよ。寂しかったら僕がいつでも会いに来るからね」
「リシア、バイバイちない」
「バイバイなんだよ」
「ちない、ちない!」

 ぶんぶん首を振って頬を膨らませる。怒ってますアピールだ。まだたったの数か月だ。皆が私を認識して可愛がってくれるようになったのは。
 それなのに三か月も離れるなんて、耐えられない。三か月もあれば心は冷めるもの。
 今のような温かさや心地よさを、もう私に与えてくれなくなるかもしれない。

 そんなの嫌。怖い。問答無用で愛される子供時代は短い。大人になっても愛されている自信なんてない。
 小さいころからいい子にして愛想を振りまいて、同情でもいいから家族として扱ってもらいたい。

 前世のようになんかなりたくない。一国の皇帝が一個人に割ける時間など無限じゃない。何度も会いに来てくれている今、心を仕留めておかないといけないのに。
 嫌われるかもしれないと分かっていても、嫌だという思いは悪化し、苦しいくらい涙が溢れた。

「びえええええええええん!! やああああ、うええええん!」

 パパの足に抱き着き、泣きじゃくる。

「リシア……」

 柄にもなくどこか不安そうなパパの声が、胸に刺さる。困らせたくないのに、困らせたい。悲しませたくないのに、悲しませたい。そんな矛盾が頭を巡る。
 パパがシャドウへ何かを問いかける。自分の泣き声で何も聞き取れない。だが、視界の端でシャドウが首を横に振ったのは見えた。それが、三か月のお別れは覆らないと言われているようで。
 さらに悲しくなって、涙が頬を濡らす。

 後ろからマドにーにがパパから引き剝がすように私を抱きしめた。バタバタと暴れるが、もちろん敵うはずはない。

「パパ、パパ! リシアもいくぅ! うえええええん」

 パパは軽く私の頭を撫でると振り返ることなく部屋を出て行った。
 ただただ、悲しくて。仕事のせいってわかってるのに、それでも悲しかった。ある種、快楽と一緒だ。
 一度味わってしまったら、手放せない。


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