夢見るオメガは番いたい

ミモザ

文字の大きさ
8 / 42
第一章

8 Ωは知らぬ間に

しおりを挟む
 温かいパン粥をもらい黙々と食べてから、ユリウスは改めてナサニエルに尋ねた。「尻が痛いんです」と。

「何も覚えていないんですけど、もしかして、もしかして……」
「う~ん……そう、だねぇ……」
「うわ――っ!!」

 思わず手で顔を覆って絶叫するユリウス。

(初めてだったのに知らないうちに――っ!)

「だ、いじょうぶ?」

 突然の絶叫に驚き、恐々と声をかけるナサニエル。

「あ、すみません、取り乱して……大丈夫です、はい」

(全然大丈夫ではないがっ! でもナサニエルさんを驚かせちゃダメだ)

 気力を振り絞り、顔から手を離して尋ねる。

「あの、相手は誰でしょう?」
「相手……うん……」

 言いづらそうな様子に、『ん?』と首を傾げたユリウスだったが、なかなか答えてくれないナサニエルに背筋が冷たくなってくる。

(え、なんかおれ、取り返しのつかないようなことしてないよな? そもそも、なんで侯爵家に、い、る……)

「えーと、相手はね、この侯爵家の」

(侯爵家の? 使用人?)

「ご子息であるレジナルド・シュミッ」
「もーしわけございませんっっ!」

 最後まで聞かないうちに再び寝台から飛び降り、平伏する。

「ヒートでわかんなくなってたからって! そんなっ! 人様の旦那様をっ! 本当にすみませんっ! 許せないと思いますがどうかっ! どうかお許し下さいっ!」
「えっ? えっ? あっ! 違う違う! 私の旦那様はランドール様でシュミット家の長男。君の相手は次男のレジナルドだよ」
「へっ……は……よ、かった……?」
「はいはい、戻って戻って」

 焦って興奮し、理解が追いつかないユリウスの腕を引っ張り寝台に戻し、上掛けをかけてやって胸元をポンポンと叩く。

「大丈夫。君は何も悪くないから、心配しなくていいんだよ」
「ほんと、に……?」
「もちろん本当だよ。ええと、君の名前は?」
「ユ、ユリウス、です」
「ユリウス、いい名前だね。詳しいことは少し落ち着いてから話そう。さあ、目を瞑って」

 ほっそりとした手で頭を撫でられ、ユリウスは言われるままに目を閉じかけたが、

「あっ! もう一つだけ、いいですか?」
「なに?」
「あの、首は……えーと、番には……」
「噛まれていない。番にはなっていないよ」
「そう、ですか……」

 がっかりなような、ホッとしたような……どちらも入り混じった複雑な気持ちで、ユリウスは目を閉じた。



「へえ。それじゃあユーリは、オメガの保護施設に行くつもりだったんだ」
「はい。村にいたらまずいことになりそうだったんで」
「そっかぁ……王都でも危ない目にあって、大変だったね」
「助かって本当に良かったです」

 意識を取り戻してから三日。
 シュミット侯爵家の長男ランドールの番であるナサニエルが、同じオメガだから、とユリウスの面倒を見てくれており、最初のうちは貴族だからと緊張して接していたユリウスも、「気楽に話して」と言う優しいナサニエルと普通に話ができるようになっていた。

「オメガはね、アルファの子を産む可能性があるから、平民でもアルファに望まれて、番になる場合がけっこうあるんだよ。保護施設でも、その紹介をしてくれるけど……ユーリは偶然にも、遠乗りで湖に立ち寄ったレジナルドと出会ったわけじゃない。施設には行かないで、この縁を大切にしてみるのもいいと思うんだよね」
「いや、それは私の意思だけじゃあなんとも……話もしていないし」
 肝心のレジナルドとは、まだ一度も会えずにいる。

「まあ、そうだね。レジナルドは騎士団所属で宿舎に部屋を持ってるから、ほとんど向こうに泊まっているんだよ。でも今日は帰ってくるから、ようやく会えるね」
「はい」

 ナサニエルはふたりが会うのを楽しみにしているようだが、ユリウスは不安の方が大きい。

(だってその時の事覚えていないし、うなじを噛まないようにされたわけだし)

 まだヒリヒリとする首を撫で、考える。

(噛まないように、自分のベルトをおれの首に巻いたんだよな)

 意識を取り戻してから鏡を見ると、首に幾筋かの赤い擦れた跡が残っており驚いたが、それは、ヒートにあてられながらもレオナルドが番になるのを防ぐために、ベルトを巻いた跡だと聞いた。

(番になりたくなかったってことじゃない? ナサニエル様は、同意を得てからと思ったんだろうって言ってたけど……どうなんだろう)

 大きな不安と少しの期待を持って再会を待ったのだが……、

「お前と番う気はない」

 冷たい目で自分を見下ろしながらキッパリとそう言われ、「はい」と唇を噛みしめる結果となるのだった。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結済】どんな姿でも、あなたを愛している。

キノア9g
BL
かつて世界を救った英雄は、なぜその輝きを失ったのか。そして、ただ一人、彼を探し続けた王子の、ひたむきな愛が、その閉ざされた心に光を灯す。 声は届かず、触れることもできない。意識だけが深い闇に囚われ、絶望に沈む英雄の前に現れたのは、かつて彼が命を救った幼い王子だった。成長した王子は、すべてを捨て、十五年もの歳月をかけて英雄を探し続けていたのだ。 「あなたを死なせないことしか、できなかった……非力な私を……許してください……」 ひたすらに寄り添い続ける王子の深い愛情が、英雄の心を少しずつ、しかし確かに温めていく。それは、常識では測れない、静かで確かな繋がりだった。 失われた時間、そして失われた光。これは、英雄が再びこの世界で、愛する人と共に未来を紡ぐ物語。 全8話

ジャスミン茶は、君のかおり

霧瀬 渓
BL
アルファとオメガにランクのあるオメガバース世界。 大学2年の高位アルファ高遠裕二は、新入生の三ツ橋鷹也を助けた。 裕二の部活後輩となった鷹也は、新歓の数日後、放火でアパートを焼け出されてしまう。 困った鷹也に、裕二が条件付きで同居を申し出てくれた。 その条件は、恋人のフリをして虫除けになることだった。

アケミツヨウの幸福な生涯

リラックス@ピロー
BL
ごく普通の会社員として日々を過ごしていた主人公、ヨウはその日も普通に残業で会社に残っていた。 ーーーそれが運命の分かれ道になるとも知らずに。 仕事を終え帰り際トイレに寄ると、唐突に便器から水が溢れ出した。勢い良く迫り来る水に飲み込まれた先で目を覚ますと、黒いローブの怪しげな集団に囲まれていた。 彼らは自分を"神子"だと言い、神の奇跡を起こす為とある儀式を行うようにと言ってきた。 神子を守護する神殿騎士×異世界から召喚された神子

愛しい番に愛されたいオメガなボクの奮闘記

天田れおぽん
BL
 ボク、アイリス・ロックハートは愛しい番であるオズワルドと出会った。  だけどオズワルドには初恋の人がいる。  でもボクは負けない。  ボクは愛しいオズワルドの唯一になるため、番のオメガであることに甘えることなく頑張るんだっ! ※「可愛いあの子は番にされて、もうオレの手は届かない」のオズワルド君の番の物語です。

そんなの真実じゃない

イヌノカニ
BL
引きこもって四年、生きていてもしょうがないと感じた主人公は身の周りの整理し始める。自分の部屋に溢れる幼馴染との思い出を見て、どんなパソコンやスマホよりも自分の事を知っているのは幼馴染だと気付く。どうにかして彼から自分に関する記憶を消したいと思った主人公は偶然見た広告の人を意のままに操れるというお香を手に幼馴染に会いに行くが———? 彼は本当に俺の知っている彼なのだろうか。 ============== 人の証言と記憶の曖昧さをテーマに書いたので、ハッキリとせずに終わります。

孤独な王子は影に恋をする

結衣可
BL
王国の第一王子リオネル・ヴァルハイトは、 「光」と称えられるほど完璧な存在だった。 民からも廷臣からも賞賛され、非の打ち所がない理想の王子。 しかしその仮面の裏には、孤独と重圧に押し潰されそうな本音が隠されていた。 弱音を吐きたい。誰かに甘えたい。 だが、その願いを叶えてくれる相手はいない。 ――ただ一人、いつも傍に気配を寄せていた“影”に恋をするまでは。 影、王族直属の密偵として顔も名も隠し、感情を持たぬよう育てられた存在。 常に平等であれと叩き込まれ、ただ「王子を守る影」として仕えてきた。 完璧を求められる王子と、感情を禁じられてきた影。 光と影が惹かれ合い、やがて互いの鎖を断ち切ってゆく。

死に戻り毒妃の、二度目の仮婚 【オメガバース】

飛鳥えん
BL
国王を惑わし国庫を浪費した毒妃として処刑された日から、現世の14歳に戻ってきたシュメルヒ。 4年後、王族にしか生まれないオメガで<毒持ち>のシュメルヒは、父王の命令で、8歳の妹ナーシャ王女の許嫁のもとへ、成長するまでの中継ぎの仮妃として輿入れする。それは前世の運命をなぞるものだった。 許嫁のヨアンは14歳。後に暗君として幽閉される。 二度目の人生を送り始めたシュメルヒは、妹のため、祖国のため、そして処刑を免れるため、ヨアンを支えることにしたが、彼の<悪い気の病>には不審な点があり……。 一方シュメルヒ自身も、<毒持ち>であるがゆえか、これまで発情(ヒート)を経験したことがない不完全な王族のオメガであるという負い目を抱えていた。 <未来の妹の夫>にふさわしく成長して欲しいシュメルヒと、人間離れした美貌と澄ました表情に反して、寂しがり屋で世間知らず、やや情緒未発達な仮妃を愛するようになっていく年下皇帝のすれ違いラブストーリー。(最初の頃の攻は受を嫌っていて態度が悪いのでご注意くださいませ) ~8/22更新 前編終了~

嫁がされたと思ったら放置されたので、好きに暮らします。だから今さら構わないでください、辺境伯さま

中洲める
BL
錬金術をこよなく愛する転生者アッシュ・クロイツ。 両親の死をきっかけにクロイツ男爵領を乗っ取った叔父は、正統な後継者の僕を邪魔に思い取引相手の辺境伯へ婚約者として押し付けた。 故郷を追い出された僕が向かった先辺境グラフィカ領は、なんと薬草の楽園!!! 様々な種類の薬草が植えられた広い畑に、たくさんの未知の素材! 僕の錬金術師スイッチが入りテンションMAX! ワクワクした気持ちで屋敷に向かうと初対面を果たした辺境伯婚約者オリバーは、「忙しいから君に構ってる暇はない。好きにしろ」と、顔も上げずに冷たく言い放つ。 うむ、好きにしていいなら好きにさせて貰おうじゃないか! 僕は屋敷を飛び出し、素材豊富なこの土地で大好きな錬金術の腕を思い切り奮う。 そうしてニ年後。 領地でいい薬を作ると評判の錬金術師となった僕と辺境伯オリバーは再び対面する。 え? 辺境伯様、僕に惚れたの? 今更でしょ。 関係ここからやり直し?できる? Rには*ついてます。 後半に色々あるので注意事項がある時は前書きに入れておきます。 ムーンライトにも同時投稿中

処理中です...