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その心の声は。第二章
神谷
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「しかし、今日も暑いな。」
「そうですね。この天気のように今日のプレゼンも熱くなりそうですね。」
比較的涼しい駅の構内を出て日射しの照りつける中、新CMプレゼンの企業先へと向かう道中はスーツから汗が滲み出るかのように暑い日だった。アスファルトは熱く焼け、歩みを進める革靴の足音もアスファルトに沈み、溶け込むかの如くであった。額の汗を拭い体内に蓄積された熱を放射冷却するかの様に神谷はふぅーと、大きく息を吐き出した。
新米サラリーマン、神谷大輔は尊敬する先輩の遠藤に同行させて貰い、大事な商談へと向かっていた。
何と言っても遠藤は神谷の所属する広告代理店のエースである。マーケティング力に優れていて、企業とその企業の顧客のニーズをズバリと見抜き、それに応える。背が高くスマートなルックスは所謂仕事が「出来る」男そのものであった。神谷は遠藤の斜め右後ろから遠藤の背中を見ながら顎から首にかけて流れる汗をハンドタオルで拭った。
「今日行く企業は神谷は初めてだったよな?」
「はい。大企業なのでとても緊張しています。」
今日訪問予定のゴーグル東京支社。米国の検索エンジン最大手であり自社で開発した新スマホCMのプレゼンへと向かっていたのであった。
「あのゴーグルが新機能を搭載したスマホを密かに開発したなんてITオタクの私としてはかなり興味が持てますね。」
「そうだな。俺も実機を触ってみたが、どのような仕組みなのかは分からないが検索能力はかなり高かった。そのうち人の心の中まで検索されるようになるかもな。」
「あははは。そうなるとかなり面白そうですね。いろいろな人達の頭の中を覗いてみたいです。」
「いやいや、そうとも限らないぞ。世の中知らなかった事があった方がいい事もある。特に人の心の中とかな。」
「そうですかね。人の嘘が暴けていいと思うのですが。私ならその性能を使いこなして嘘の無い世界を創りたいですね。」
「神谷はまだ若いからな。嘘があったほうが、社会はうまく回っていくものだよ。そのうち分かるさ。」
遠藤の言うことも神谷は分かった。しかし思った事はなんでも口に出す神谷からしてみれば自分に嘘ついて自分の心を取り繕うこと自体がみっともなく感じていた。
ゴーグル社には予定より早く着いた。吹き抜けのロビーは見上げても天井が見えないのではと言うくらい高く、世界を代表する企業である事を実感出来る建物であった。受付で入館手続きを終えると遠藤と神谷は緑色の入館証を首からぶら下げ、プレゼンのある会議室へと向かった。途中で神谷はトイレへと立ち寄り、誰もいないトイレで小便器の前に立ち用を足した。そうしてたら、背後から中年の小柄な男性が慌ただしく入ってきた。
(かなり切羽詰まっている人だな。漏れそうなのか。)
そう思うと笑けてきそうな思いを押し殺して神谷は小便器を離れた。
その男性とすれ違い様、男性は神谷の胸の社章と首からぶら下げている入館証に目を留めると神谷に話しかけてきた。
「突然話しかけて申し訳ない。あなたはこの会社の部外者ですね?」
「はい。そうですが、どうかされましたか?」
そう言うとその中年の男性はここだけの話だと前置きした上で、
「実は頼みがある。今日このあとこの会社を出た向かいにある公園に青のジーンズと赤い帽子を被った30代くらいの男性がいる。そいつにこのスマホを渡してはくれぬか?勿論報酬は弾む。」
神谷は少し考えた。答えに迷っているとその中年の男は胸から真新しいスマホと現金3万円を取り出し、続けてこう話した。
「この3万円は前金で、無事に公園にいる男にこのスマホを渡してくれたならば更にその男性が10万円を報酬として支払う。どうだろう。引き受けてはくれないか?」
悪い話ではない。ただ運ぶだけで13万円手に入るならオイシイ。ただ、何となく胡散臭さは感じていた。それはその男性の風貌からなのか話し方からなのか、少し危険な香りを感じていた。
(しかし、面白くなりそうだな。引き受けてみるか。)
神谷は引き受ける旨を伝え、スマホと現金を預かった。
「決して他言無用でお願いする。」
彼はそう言い残しトイレを慌しく立ち去って行った。
神谷は現金を財布へ収めるとマジマジと預かったスマホを眺めてみた。真新しいデザインでスマホの裏にゴーグル社のロゴが入っていた。
(なるほど。これが遠藤さんが言っていた新開発したゴーグルのスマホだな。)
ITオタクの血が騒いで仕方がない神谷は電源を入れてみた。しかし、画面は4桁の数字のセキュリティーロックの画面になり簡単には開けないようになっていた。
「チッ!そう簡単ではないか。」
舌打ちしてそう呟き、そのスマホを胸の内ポケットへと収めトイレを後にした。
「遅かったな。」
遠藤は少しピリピリした様子で神谷の帰りを待っていた。それもそうだ。これから大事な新CMのプレゼンが待っており、競合他社も入館して早速情報収集しているようであったからだ。
「緊張したせいか、お腹の調子が悪くて・・・」
自分に嘘はつけないが、他人には平気で嘘がつけるあたり、神谷は悪党だなと心の中でニンマリしていた。
「そうか。神谷、乗り遅れるなよ。」
そう言うと遠藤は競合他社の社員に話し掛け、世間話に今回のプレゼンの他社の動向を折り混ぜて情報を聞き出していた。そんな彼を尻目に、神谷はゴーグル社の社屋内をブラブラ見て回り、先程トイレで遭遇した中年の男性を探しながら彼の正体を考えていた。
(奴は一体何者なんだろ。ゴーグル社の社員である事は間違いないのだが・・・さては産業スパイか・・・奴の身元が分かればこの事をネタに奴を揺さぶるのも面白いな。)
そんな事を考えながらエレベーターホールに差し掛かった時、神谷は奴を見つけた。
奴は後ろ向きでこの会社の社員であろう女性とエレベーター前で話ししていた。
(よし!奴は俺に気付いていない。後を尾けるか。)
そうしようとしたが、話し終えた男はサッとエレベーターに乗り込み扉が閉まってしまった。
慌ててエレベーターの扉に駆け寄ったが間に合わなかった。
「くっ!間に合わなかったか。」
「どうされました?」
焦っている神谷に先程まで奴と話していた女性が訊ねて来た。
「あっ、いや・・・」
とっさに神谷は胸に挿していたボールペンを取り、
「先程の男性がこのボールペンを落とされたので渡そうとしたのですが・・・間に合わなかったですね。」
「私が届けましょうか?」
「いえ、お忙しいそうなあなたの手を煩わせたくない。あの方の部署はどちらになりますか?私が直接お届けします。」
「親切な方なのですね。でも彼の部署はうちの社内でもセキュリティーのかなり高い部署なので、あなた様の入館証では入れない場所です。」
「あ、それでは御社の受付方面へ向かうので受付の方に預けて届けてもらいます。彼の部署と名前を教えては頂けませんか?」
そう言うと彼女はポケットからメモ紙を取り出し、それに彼のボールペン(実際は神谷のボールペン)で部署と名前を書き込み、渡した。
「それではお願いしますね。」
「はい。受付にて必ずお届けしておきます。」
(フッ。チョロいな。)
神谷はメモ紙に目を落とした。
(0712研究開発室 落合様、か。今日の俺はツイてるぞ。ふははははは。)
神谷には確信があり、心の中で笑いが止まらなかった。それは先程の女性との話でこのスマホがゴーグルの最高機密であることが分かり、そのスマホを開くであろう「鍵」をも手に入れたからだ。
神谷はすぐにトイレに駆け込み例のスマホを手に取りセキュリティーロックの数字を打ち込んだ。
(0712っと。)
するとスマホのセキュリティーは解除された。
(ビンゴーー!!)
心の中で高笑いが止まらない。読み通りだったからだ。
(見せて貰おうか。ゴーグルのスマホの性能とやらを。)
何処かで聞いたようなセリフだが、それだけ神谷はご機嫌だった。スマホを開くとそこには検索エンジンアプリと設定アプリ、それと「voice of heart」と言うアプリだけだった。
(入っているアプリは質素だな。だがしかし、この「voice of heart」ってアプリは初めて聞くな。遠藤先輩もこのアプリの事は言ってなかったし。「心の声」か。このアプリ、早速試して見たい所だがそろそろプレゼンの時間になりそうだ。楽しみは後に取っておこう)
そう決め、トイレを後にした。
会議室の前の待合室にいた遠藤の元に戻った神谷は今日のプレゼンの主役であるスマホの事について再度確認してみた。
「今回の新CMのスマホって検索能力がかなり高かったのですよね。その検索出来るスペックってどれ位のレベルなのか詳しく教えては貰えないですか。」
「そうだな。検索能力に関してはどういう仕組みになっているのは企業秘密で俺も知らんが、人の心以外の事はほぼ、何でも検索出来るレベルだ。例えば、神谷、お前の明日の予定とか。信じられないが、個人情報に係る深い所まで検索出来る。これはあくまでも俺の予想だが、スマホの情報収集能力が高いのだろうな。そして、その情報を各スマホで共有できる様にホストコンピュータが何処かに存在する。今やインターネットに己の情報を吸い取られ他人に利用されるインターネットによる監視、管理時代さ。」
(その辺りまではプレゼンの打ち合わせ、作成で話は聞いていた。なるほどな。あの検索エンジンアプリは今、遠藤先輩の話していた様な機能なのだろうな。)
「再確認なのですが、設定でどんなことが出来るのですか?」
「普通の設定だよ。外部接続機器の設定やアプリの管理。音や画面の設定。その他既存のスマホと変わらんよ。」
この情報も神谷の知っている限りだった。
「ところで遠藤先輩、voice of heartって言うアプリ知ってます?」
「なんだそりゃ?聞いたこともないアプリだな。お前、知っているのか?」
「あ、いや、私も名前だけは聞いたのですけど、どういうものかは知りません。」
「それはそうと、プレゼン直前になってからクライアントの商品の再確認とか、プレゼンまでにしっかり勉強して頭に叩き込んでおけよ。お供もいいが、桃太郎の猿じゃあないのだから、神谷、お前にもしっかり働いて貰わんとな。」
もっともだった。だが、神谷にとってはプレゼンの事はどうでもよくなっていた。
(今回の新スマホに「voice of heart」は搭載されてないのか。益々気になってきたな。)
そうこうしているうちに遠藤達のプレゼンの番になった。プレゼンは終始、遠藤の力強く、自信に満ちたトークによる新CMの説明であった。
(遠藤先輩のプレゼンはいつも説得力がある。周りを見渡すと皆頷き、食い入る様に遠藤先輩のトークを聞いている。資料もそうだ。簡潔にまとめ、プロジェクターでの説明もなめらかだ。)
神谷も遠藤のプレゼンを食い入るように見ていた。
(流石だな。クライアントの心をしっかり掴んでる。)
そして、遠藤は最後にこう締めくくった。
「このスマホに検索出来ないものはない。そう。あなたの心にも限りなく近づける、かも。」
会議室にパラパラと拍手が響く。質疑に答え、一礼して神谷達はその部屋を後にした。
「流石でしたね。今回の新CM、うちで決まりですね。」
「そうとも限らんよ。まぁ、結果を楽しみに待とう。」
「そうですね。ところで遠藤先輩はこの後どうするのですか?」
「会社に戻るよ。神谷はどうするのだ?」
「私は一件、クライアントの所に寄ってから会社に戻ります。」
「そうか。じゃあ、また後でな。」
そう言いゴーグル社の玄関ロビーで遠藤と神谷は別れた。
「そうですね。この天気のように今日のプレゼンも熱くなりそうですね。」
比較的涼しい駅の構内を出て日射しの照りつける中、新CMプレゼンの企業先へと向かう道中はスーツから汗が滲み出るかのように暑い日だった。アスファルトは熱く焼け、歩みを進める革靴の足音もアスファルトに沈み、溶け込むかの如くであった。額の汗を拭い体内に蓄積された熱を放射冷却するかの様に神谷はふぅーと、大きく息を吐き出した。
新米サラリーマン、神谷大輔は尊敬する先輩の遠藤に同行させて貰い、大事な商談へと向かっていた。
何と言っても遠藤は神谷の所属する広告代理店のエースである。マーケティング力に優れていて、企業とその企業の顧客のニーズをズバリと見抜き、それに応える。背が高くスマートなルックスは所謂仕事が「出来る」男そのものであった。神谷は遠藤の斜め右後ろから遠藤の背中を見ながら顎から首にかけて流れる汗をハンドタオルで拭った。
「今日行く企業は神谷は初めてだったよな?」
「はい。大企業なのでとても緊張しています。」
今日訪問予定のゴーグル東京支社。米国の検索エンジン最大手であり自社で開発した新スマホCMのプレゼンへと向かっていたのであった。
「あのゴーグルが新機能を搭載したスマホを密かに開発したなんてITオタクの私としてはかなり興味が持てますね。」
「そうだな。俺も実機を触ってみたが、どのような仕組みなのかは分からないが検索能力はかなり高かった。そのうち人の心の中まで検索されるようになるかもな。」
「あははは。そうなるとかなり面白そうですね。いろいろな人達の頭の中を覗いてみたいです。」
「いやいや、そうとも限らないぞ。世の中知らなかった事があった方がいい事もある。特に人の心の中とかな。」
「そうですかね。人の嘘が暴けていいと思うのですが。私ならその性能を使いこなして嘘の無い世界を創りたいですね。」
「神谷はまだ若いからな。嘘があったほうが、社会はうまく回っていくものだよ。そのうち分かるさ。」
遠藤の言うことも神谷は分かった。しかし思った事はなんでも口に出す神谷からしてみれば自分に嘘ついて自分の心を取り繕うこと自体がみっともなく感じていた。
ゴーグル社には予定より早く着いた。吹き抜けのロビーは見上げても天井が見えないのではと言うくらい高く、世界を代表する企業である事を実感出来る建物であった。受付で入館手続きを終えると遠藤と神谷は緑色の入館証を首からぶら下げ、プレゼンのある会議室へと向かった。途中で神谷はトイレへと立ち寄り、誰もいないトイレで小便器の前に立ち用を足した。そうしてたら、背後から中年の小柄な男性が慌ただしく入ってきた。
(かなり切羽詰まっている人だな。漏れそうなのか。)
そう思うと笑けてきそうな思いを押し殺して神谷は小便器を離れた。
その男性とすれ違い様、男性は神谷の胸の社章と首からぶら下げている入館証に目を留めると神谷に話しかけてきた。
「突然話しかけて申し訳ない。あなたはこの会社の部外者ですね?」
「はい。そうですが、どうかされましたか?」
そう言うとその中年の男性はここだけの話だと前置きした上で、
「実は頼みがある。今日このあとこの会社を出た向かいにある公園に青のジーンズと赤い帽子を被った30代くらいの男性がいる。そいつにこのスマホを渡してはくれぬか?勿論報酬は弾む。」
神谷は少し考えた。答えに迷っているとその中年の男は胸から真新しいスマホと現金3万円を取り出し、続けてこう話した。
「この3万円は前金で、無事に公園にいる男にこのスマホを渡してくれたならば更にその男性が10万円を報酬として支払う。どうだろう。引き受けてはくれないか?」
悪い話ではない。ただ運ぶだけで13万円手に入るならオイシイ。ただ、何となく胡散臭さは感じていた。それはその男性の風貌からなのか話し方からなのか、少し危険な香りを感じていた。
(しかし、面白くなりそうだな。引き受けてみるか。)
神谷は引き受ける旨を伝え、スマホと現金を預かった。
「決して他言無用でお願いする。」
彼はそう言い残しトイレを慌しく立ち去って行った。
神谷は現金を財布へ収めるとマジマジと預かったスマホを眺めてみた。真新しいデザインでスマホの裏にゴーグル社のロゴが入っていた。
(なるほど。これが遠藤さんが言っていた新開発したゴーグルのスマホだな。)
ITオタクの血が騒いで仕方がない神谷は電源を入れてみた。しかし、画面は4桁の数字のセキュリティーロックの画面になり簡単には開けないようになっていた。
「チッ!そう簡単ではないか。」
舌打ちしてそう呟き、そのスマホを胸の内ポケットへと収めトイレを後にした。
「遅かったな。」
遠藤は少しピリピリした様子で神谷の帰りを待っていた。それもそうだ。これから大事な新CMのプレゼンが待っており、競合他社も入館して早速情報収集しているようであったからだ。
「緊張したせいか、お腹の調子が悪くて・・・」
自分に嘘はつけないが、他人には平気で嘘がつけるあたり、神谷は悪党だなと心の中でニンマリしていた。
「そうか。神谷、乗り遅れるなよ。」
そう言うと遠藤は競合他社の社員に話し掛け、世間話に今回のプレゼンの他社の動向を折り混ぜて情報を聞き出していた。そんな彼を尻目に、神谷はゴーグル社の社屋内をブラブラ見て回り、先程トイレで遭遇した中年の男性を探しながら彼の正体を考えていた。
(奴は一体何者なんだろ。ゴーグル社の社員である事は間違いないのだが・・・さては産業スパイか・・・奴の身元が分かればこの事をネタに奴を揺さぶるのも面白いな。)
そんな事を考えながらエレベーターホールに差し掛かった時、神谷は奴を見つけた。
奴は後ろ向きでこの会社の社員であろう女性とエレベーター前で話ししていた。
(よし!奴は俺に気付いていない。後を尾けるか。)
そうしようとしたが、話し終えた男はサッとエレベーターに乗り込み扉が閉まってしまった。
慌ててエレベーターの扉に駆け寄ったが間に合わなかった。
「くっ!間に合わなかったか。」
「どうされました?」
焦っている神谷に先程まで奴と話していた女性が訊ねて来た。
「あっ、いや・・・」
とっさに神谷は胸に挿していたボールペンを取り、
「先程の男性がこのボールペンを落とされたので渡そうとしたのですが・・・間に合わなかったですね。」
「私が届けましょうか?」
「いえ、お忙しいそうなあなたの手を煩わせたくない。あの方の部署はどちらになりますか?私が直接お届けします。」
「親切な方なのですね。でも彼の部署はうちの社内でもセキュリティーのかなり高い部署なので、あなた様の入館証では入れない場所です。」
「あ、それでは御社の受付方面へ向かうので受付の方に預けて届けてもらいます。彼の部署と名前を教えては頂けませんか?」
そう言うと彼女はポケットからメモ紙を取り出し、それに彼のボールペン(実際は神谷のボールペン)で部署と名前を書き込み、渡した。
「それではお願いしますね。」
「はい。受付にて必ずお届けしておきます。」
(フッ。チョロいな。)
神谷はメモ紙に目を落とした。
(0712研究開発室 落合様、か。今日の俺はツイてるぞ。ふははははは。)
神谷には確信があり、心の中で笑いが止まらなかった。それは先程の女性との話でこのスマホがゴーグルの最高機密であることが分かり、そのスマホを開くであろう「鍵」をも手に入れたからだ。
神谷はすぐにトイレに駆け込み例のスマホを手に取りセキュリティーロックの数字を打ち込んだ。
(0712っと。)
するとスマホのセキュリティーは解除された。
(ビンゴーー!!)
心の中で高笑いが止まらない。読み通りだったからだ。
(見せて貰おうか。ゴーグルのスマホの性能とやらを。)
何処かで聞いたようなセリフだが、それだけ神谷はご機嫌だった。スマホを開くとそこには検索エンジンアプリと設定アプリ、それと「voice of heart」と言うアプリだけだった。
(入っているアプリは質素だな。だがしかし、この「voice of heart」ってアプリは初めて聞くな。遠藤先輩もこのアプリの事は言ってなかったし。「心の声」か。このアプリ、早速試して見たい所だがそろそろプレゼンの時間になりそうだ。楽しみは後に取っておこう)
そう決め、トイレを後にした。
会議室の前の待合室にいた遠藤の元に戻った神谷は今日のプレゼンの主役であるスマホの事について再度確認してみた。
「今回の新CMのスマホって検索能力がかなり高かったのですよね。その検索出来るスペックってどれ位のレベルなのか詳しく教えては貰えないですか。」
「そうだな。検索能力に関してはどういう仕組みになっているのは企業秘密で俺も知らんが、人の心以外の事はほぼ、何でも検索出来るレベルだ。例えば、神谷、お前の明日の予定とか。信じられないが、個人情報に係る深い所まで検索出来る。これはあくまでも俺の予想だが、スマホの情報収集能力が高いのだろうな。そして、その情報を各スマホで共有できる様にホストコンピュータが何処かに存在する。今やインターネットに己の情報を吸い取られ他人に利用されるインターネットによる監視、管理時代さ。」
(その辺りまではプレゼンの打ち合わせ、作成で話は聞いていた。なるほどな。あの検索エンジンアプリは今、遠藤先輩の話していた様な機能なのだろうな。)
「再確認なのですが、設定でどんなことが出来るのですか?」
「普通の設定だよ。外部接続機器の設定やアプリの管理。音や画面の設定。その他既存のスマホと変わらんよ。」
この情報も神谷の知っている限りだった。
「ところで遠藤先輩、voice of heartって言うアプリ知ってます?」
「なんだそりゃ?聞いたこともないアプリだな。お前、知っているのか?」
「あ、いや、私も名前だけは聞いたのですけど、どういうものかは知りません。」
「それはそうと、プレゼン直前になってからクライアントの商品の再確認とか、プレゼンまでにしっかり勉強して頭に叩き込んでおけよ。お供もいいが、桃太郎の猿じゃあないのだから、神谷、お前にもしっかり働いて貰わんとな。」
もっともだった。だが、神谷にとってはプレゼンの事はどうでもよくなっていた。
(今回の新スマホに「voice of heart」は搭載されてないのか。益々気になってきたな。)
そうこうしているうちに遠藤達のプレゼンの番になった。プレゼンは終始、遠藤の力強く、自信に満ちたトークによる新CMの説明であった。
(遠藤先輩のプレゼンはいつも説得力がある。周りを見渡すと皆頷き、食い入る様に遠藤先輩のトークを聞いている。資料もそうだ。簡潔にまとめ、プロジェクターでの説明もなめらかだ。)
神谷も遠藤のプレゼンを食い入るように見ていた。
(流石だな。クライアントの心をしっかり掴んでる。)
そして、遠藤は最後にこう締めくくった。
「このスマホに検索出来ないものはない。そう。あなたの心にも限りなく近づける、かも。」
会議室にパラパラと拍手が響く。質疑に答え、一礼して神谷達はその部屋を後にした。
「流石でしたね。今回の新CM、うちで決まりですね。」
「そうとも限らんよ。まぁ、結果を楽しみに待とう。」
「そうですね。ところで遠藤先輩はこの後どうするのですか?」
「会社に戻るよ。神谷はどうするのだ?」
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