その心の声は。

久恵立風魔

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その心の声は。第二章

公園

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 「さぁて、ここからが今日の俺の本番だ。」

 そう小さく呟くと、神谷はゴーグル社と隣合わせのカフェに寄り、向かいの公園で待つであろう男の様子を探りつつ、スマホの性能を確かめるべく、胸ポケットのスマホへと手を伸ばした。

 これから起こる事への期待で落ち着けというのが無理だった。神谷は手始めに検索エンジンをクリックし、『お前のスペックを教えてくれ』と訊ねた。

 『私の型式名称はGL-05俗称はビットゴーグル。ありとあらゆる事を検索可能。先に開発されたGL-04市販用ビットゴーグルのハイスペックバージョンである。CPUは・・・』 スマホは次々と己の高性能ぶりを紹介してきた。

 (なるほどな。プレゼンの主役だったスマホの型式名称がたしかGL-04だったな。と、いう事はそれより高性能ってことになるな)

 続けて、『voice of heart』の性能について訊ねた。

 『voice of heartは人やペットの心を検索、心の声を具現化出来るアプリです。』

 (え?嘘だろ?)

 神谷は右の口角が上がり、ほくそ笑むのが止められなかった。

 『性能を詳しく教えてくれ。』

 『指定した対象物の心を検索し、対象物が何を考え、何を思っているかが判ります。指定する対象物はスマホを所持する本人も可能。これにより、指や声による入力作業が省かれ、スマホに本人の心を検索させ、そこより心を検索したい対象物の心の声を聞き出す事が可能。設定より、Bluetoothに接続しワイヤレスイヤホンへ心の声を飛ばし、対象物に気付かれずに心の声を聞き出せる事も可能。』

 (こいつは凄いな。)

 心が躍るのが自分でも分かった。神谷は早速検索ホストに自分を設定し、その性能を確かめてみることにした。ちょうど隣の席に若い女性が入店、着席し、メニューを眺めていた。

 (チャンスだな。)

 神谷は隣の女性が何を注文するかを心で念じ、スマホの回答を待った。スマホの画面にはすぐに回答が現れた。

 『抹茶フラペチーノにしようかな。』

 息を潜め、行く末を見守った。程なくして店員が注文を聞きに女性の所へ来た。横目で彼女の口の動きを注視した。

 「抹茶フラペチーノで。」

 (うほっ!こいつはヤベェ!)

 声を挙げて喜び叫びたい気持ちを抑えつけるが、ニヤニヤが止まらなかった。

 その姿に対象の女性が気付き、気持ち悪そうに睨みつけて来た。神谷はスマホの画面に目を落とした。

 『なに、人の顔見てニヤついてるのよ。気持ち悪い奴ね。』

 (ふっ。心を覗かれてるとも気付かずに。バカな女だな。)

 「さて、と。」

 そう呟くと向かいの公園で待機しているであろう謎の人物について考えてみた。

 (相手は俺がスマホのセキュリティーを突破してその性能に気付いているとは微塵も思ってないだろう。そこでだ。先程のゴーグルの社員といい、公園の男といい、素性を調べて何を企んでいるかを確かめてみるか。あわよくば、揺すって金儲けが出来るかもな。)

 神谷はカフェの窓から公園の方へ目を凝らした。案外広い公園で窓から見える範囲からではその姿は確認出来なかった。

 (くっ。公園まで出向かなければやはりダメか。)

 仕方なく神谷はカフェの会計を済ませ、向かいの公園へと足を踏み入れた。程なく歩くと、ベンチに腰掛けている青いジーンズと赤い帽子を被った男を見つけた。

 (あいつか?)

 奴を見ずに正面を見据え、気の無いふりして奴をやり過ごした。男はこちらに気付くなり、ジッと眼光鋭くこちらを見ていたが、やり過ごすと、他の人へと視線を移した。

 (多分奴が対象の人物だな。まずは奴の心を探ってみるか。)

 やり過ごした先で手頃なベンチに座り、遠目から奴の心を読んだ。

 『くそっ!一体どいつが対象者なんだ。あいつもっと情報をくれりゃあいいものを。こっちもヤバイ橋渡ってるってのに。』

 (奴は何者なんだ?検索してみるか。)

 voice of heartを介して検索エンジンにもアクセス出来るようだ。神谷はスマホの画面を凝視した。

 『彼の名前は伊村忠。32歳。世界的テロリストハッカー集団【sky hack】の日本エージェント。未婚。家族は幼くして皆亡くしている。今年3月の大手ビットコインの不正引き出しに関わっているものと推定されている。その他にも・・・』

 (sky hack?あの悪名高いスカイハックか?)

 スカイハックといえば、あるテロ国家により雇われ、育成されているハッカー集団で、数々の犯罪に手を染めていて、あのCIAやFBIもその後を追うテロリストハッカー集団だ。

 (そんな奴らにこいつが渡ったら、それこそ世界中、大混乱だぞ。俺も悪党だが、こいつらとは違って分別ある悪党だと自負している。)

 『くそっ!俺はそんなに暇じゃあ、ねぇんだぞ!当局にも狙われてるからな。』

 (奴はかなり焦って、イラついてるな。かといって、奴に接触するのは危険だ。当局もどこからか見ているかもしれん。)

 神谷は周りを見渡した。それらしい人影は見えないが用心はした方がいいだろうと、思った。

 「剣崎さん。奴は、伊村は先程からかなり周りを気にしていますね。誰かと接触を持つつもりでしょうか?」

 「その可能性は高いな。大物が釣れればいいのだが。何と言っても奴は『オイシイたい焼き君』だからな。」

 「オイシイたい焼き君?」

 「何だよ~、橋本。公安に勤める者ならすぐに、ピーンとこいよ!」

 「?。剣崎さん、すみません。どういう意味ですか?」

 「ったく!『泳げ』たい焼き君だよ!伊村は俺達がやっと見つけたスカイハックのエージェントで奴らのメンバーを特定、検挙する為に泳がしているオイシイホシだからだ。橋本~、すぐに解れよ~。」

 「すみません、剣崎さん。泳げたい焼き君が解りません。世代的に。」

 「そうか。橋本は20代だったな。泳げたい焼き君を知らなかったか。それは俺が悪かった。スマン。」

 「いえいえ。そんな。物知らぬ私が悪いです。こちらこそすみません。」

 そう言い、パソコン画面に映る伊村の姿を捉えつつコントローラーを操る橋本。その隣で伊村の動向を見つめる剣崎。彼ら二人は公安調査庁の人間で世界的テロリストハッカー集団スカイハックを追う同庁職員である。

 「橋本。しかし、ここ最近の尾行もハイテクになったものだな。車の中に居ながらにドローンを駆使してホシの後を追えるのだから便利で楽な世の中になったものだ。」

 「ええ。公園だからドローンを使用出来ましたが、やはりビル街や住宅街での追尾はやはり違和感がありますからね。」

 「そうだな。今やスパイ映画の世界が現実になりつつあるな。これでホシの心の中の情報を引き出せたなら我々の仕事もかなり楽になるのにな。」

 剣崎はヌルくなった残りコーラを飲み干すとそう言い、狭い車内で軽いストレッチを始めた。そこで橋本は画面奥に映る男が気になり、剣崎に話しかけた。

 「剣崎さん、伊村の居る先、少し離れた所にも男がいるのですが、ズームして調べますか?」

 「その男は何をしている?」

 「20代位の若い男性、身長は高く、短髪でスマートなスーツに身を固めたサラリーマンで、ベンチに腰掛けてジッとスマホの画面を見つめています。」

 「そうだな。一応画像を保存しといてくれ。」

 「了解です。」

 (クソぅ。もっと情報が欲しいな。)

 神谷はスマホで伊村の心を読み続けたが有力な情報が手に入らない。

 (ゴーグル社の落合を検索して、伊村との繋がりを追ってみるか。)

 神谷は検索エンジンにアクセス。ゴーグル社社員落合の情報を検索してみた。

 『落合健作43歳。米国の検索エンジン最大手ゴーグル東京支社社員。現在0712研究開発室研究員。同研究室にて、同社初の新型スマホの開発に携わる。同室研究主任、佐藤雫(旧姓鈴木雫)との心を読むスマホの研究開発の出世競争に敗れ、同室での存在感、発言力を失いつつある。家族構成は・・・・』

 (なるほどな。ライバルとの新型スマホの開発競争に敗れた腹いせにその情報を他に売ろうって所か。しかし、その腹いせ先がスカイハックとは、こいつ、かなりタチが悪いな。大体の事情は分かったが、さて。奴とこのスマホ、どうしたものか。)

 神谷は伊村と接触を持ち、スマホで手に入れた情報とこのスマホを高額で吹っかけるか、それとも伊村を無視してこのスマホを我が利益の為に使うか、天秤にかけて暫く考えてみた。

 (答えは簡単だな。)

 神谷の答えは伊村を無視して我が利益の為にこのスマホを使う。だった。

 (その方が面白そうだからな。こんな面白いオモチャ、金では買えんしな。)

 神谷はベンチから立ち、伊村の前をワザと通って困っている奴を見下して帰ろうとした。その時だった。伊村のスマホが着信した。

 「もしもし、俺だ。お前、どれだけ待たせるんだ!対象者の特徴を早く教えろ。」

 伊村はそう言い、周りを見渡し、神谷を見つけると視線で穴を空けるかのごとく睨み、凝視した。

 (くっ、さては落合からだったか。バレたか?)

 神谷は伊村からの視線を合わさぬよう巧みにかわし、彼の前をやり過ごそうとしたが、伊村は立ち上がり神谷の方へと詰め寄り、笑顔でこう言った。

 「すみません。預かり物がございませんでしたか?」

 笑顔の目の奥の先は目が座り、鈍く光って笑っていない。

 「はて?何の話でしょう?」

 冷静を装ってはいるものの、神谷の額を汗が伝う。

 「とぼけんな!早くブツを渡せ。」

 「何かの間違いでは?何の話なのか私にはさっぱり。」

 「いい加減にしやがれ!お前だと言うことは分かってる。」

 神谷は顔色変えず毅然と答えた。

 「ふっ。やはり、分かったか。伊村忠。」

 「!?何故俺の名前を知っている?」

 「警視庁テロ対策課のものだ。伊村忠、組織犯罪処罰法並びに破壊活動防止法により、お前を検挙する!」

 「くっ!」

 伊村は脱兎の如くその場から逃げ離脱した。神谷はワザとらしく暫く伊村の後を追いかけたが、深追いはせず、神谷もその公園から離脱し、地下鉄入り口へと向かい人混みへと姿を消した。

 (取り敢えずはこの現場を離れてもう少しこのスマホの事を調べなければな。)

 そう考えた神谷は足早に地下鉄へと乗り込んだ。

 「録画出来たか?」

 「はい。」

 「あいつ、警視庁テロ対策課とか言っていたがあんな奴、知らんぞ。」

    剣崎はそう言うと録画を巻き戻し、二人のやり取りを見返していた。

 「あの男、何者でしょう?」

 「さあな。深追いしなかったあたりから警視庁の人間じゃあない事は確かだな。」

 顎の無精髭をさすりながら画面に映る神谷を見つめる剣崎。暫くして橋本に今日手に入れたデータの収穫の確認をした。

 「先程の伊村の携帯でのやりとりは録音出来ました。相手はゴーグル東京支社の落合という人物のようです。伊村の携帯の番号とSIMも特定出来ています。これで何処にいても伊村の居場所と通話を探知出来ます」

 「しかし、あのやりとりで伊村は警戒しだすだろうな。あのヤロー、俺らの仕事の邪魔しやがって!橋本。あの邪魔しやがった男の身元を洗ってくれ。」

 「了解しました。」

 会社へと帰り着いた神谷は一目散に自分のデスクに戻り、帰社途中で購入したワイヤレスイヤホンを早速装着してBluetoothとvoice of heart をオン、ペアリングした。そして周りを見渡し、『獲物』を探した。

 (さて、心を読まれたい奴はどこダァ~。)

 悪童じみた不敵な笑みを浮かべ、そのターゲットを見つけた。

 (まずは俺達の上司、高橋部長から餌食になってもらおう。)

 普段から威張って気に食わなかったこの部長が普段何を考えているのか、丸裸にするのにさほど罪悪感はなかった。

 『恵美ちゃんと、今日は何食おうかな。てか、今日も早くヤリてぇー。』

 (はぁ?恵美ちゃんて、経理の中川恵美さんか?こいつら不倫してるのか?まったく、公私共にゲスいな。)

 当然のような結果に呆れ、デスクに座る高橋に神谷は上から見下すように帰社の挨拶をした。

 『相変わらず態度の悪い奴だな。使えん奴のくせに。遠藤の腰巾着が。』

 (こいつはダメだな。いずれ上層部に不倫を密告して部長職から失脚させてやろう。)

 神谷はつくづく己の悪党ぶりに笑えていた。ふと視線を移すと帰社していた遠藤が視界に入った。こちらには見向きもせず、今日のプレゼンの報告書でも作成しているのだろう、黙々とデスクのパソコンと向き合っていた。普段から遠藤にはお世話になっていて、心の中を覗くのにはさすがに罪悪感があったが、どんな事を考えているのかと興味もあった。

 (遠藤先輩、今何考えているのだろう。)

 神谷は興味本位に遠藤の心の中を覗いてみたくなった。

 『あー、腹減った。おにぎり食いたいな。』

 (あはは。何だかカワイイな。)

 そう言えばと、間食用にコンビニで購入したおにぎりがあったのを思い出した神谷はカバンからゴソゴソと取り出すと遠藤に差し出した。

 「遠藤先輩、ただいまでした。今日もありがとうございました。これ、良かったらどうぞ。」

 「おぉ。おにぎりか。神谷、お前気が効くな。ありがとう。」

 遠藤からは心を覗かれているという疑念は微塵も感じられなかった。神谷は何処となく優越感に浸っていた。そう、神になったかの如く。
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