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忠珍鱈

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ピピピ、ピピピ……

「……うるさいな」
鳴り続ける無機質な電子音は念のためにとセットしたものだ。英は手を伸ばしてスマホのアラームを解除する。

いつの間にか意識を失っていたらしいが、よくもまあこんな環境で眠れるものだと思う。
机の上には栄養ドリンクの空き瓶が並び、そもそも部屋の中は雑然――という言葉で片付けられないほどの散らかりようだ。

英はのそりと立ち上がると、締め切られたカーテンを開ける。
夕日と呼ぶにはまだ元気すぎる太陽光が目の奥に突き刺さり、思わず顔を顰める。
それでも風を浴びたくて窓を全開にした。


目下に広がる市街地、そして遠くに見える太平洋。
初めてここに住んだときは、この景色を見るだけで大層胸がすく思いがしたものだ。
とうとうここまで来た。がむしゃらに、脇目も振らずやってきたこの数年が全て報われた、そんな気持ちだった。

だが、そんな気持ちを味わえたのも一瞬だった。


『サヤマスグルの曲はどれを聞いてもみな同じ』

いくつかヒット曲を飛ばし、音楽に興味のない一般人にも名前の知れ渡ってきた頃だっただろうか、そんな言葉が出回り始めたのは。

別にエゴサーチをしたわけじゃない。それでも、気晴らしにと仕事とは無関係のSNSを周回しているときに運悪く出くわすこともあったし、笑ってしまうのは「こんなことを言う人がいます!」という憤りとともにSNSのDMで送られてくる、なんてパターンだった。

一度、高校時代から続く唯一の友人に相談してみたこともあった。
「有名税みたいなもんだろ、気にすんな」
そして、その言葉を証明するかのように手掛けた曲はますます売れ、さらに方々から声が掛かった。


だが、人は称賛よりも批判の方が記憶に残る生き物だという。
そんな声は少しずつ英の神経を削り、そして、その手を徐々に鈍らせていった。

夢の中で、あいつが囁く。

『その曲、前の曲と似すぎ。もっと他のアイディア無いの?』
『パクリだよね、完全に……まぁ、自分の曲だからいいのか』
『そんなんだから、サヤマスグルの曲は皆同じって言われるんだよ……英』――


「なぁ、良かったら……寄っていかないか」

あの夜、勇気の全てを振り絞って掛けた電話が起こした「奇跡」。

顔色を失くし、ぐったりと倒れ伏す駈を見たときは肝が潰れるかと思ったが、まさかそこから、部屋に招き入れられるところまで行くだなんて誰が予想できるだろう。

だから……というのは言い訳でしかないが――期待してしまったんだと思う。

高3の、あの秋の終わり。
自分のしでかした過ちによって、ふつりと途切れてしまったままの二人の糸。
それをまた、繋ぎ直せるかもしれない……と。

そうして結局、どうなったというのだろう。

あの黄色い表紙の本を見つけた瞬間、英は久々にはしゃいでしまった。
家にも同じものはあるが、それとこれとはまるで別物だ。
二人の青春を共に過ごしたその本を手にして……でも、違う、と思った。
「もしかして、これ……」

その本を英の手から奪い取った後の、駈の表情が蘇る。
……怯えたような、顔をしていた。


ベランダに続くガラス戸を開け、電子タバコを取り出す。
普通の紙のタバコが吸いたかったが、マンションの規定がそれを許さないのだから仕方がない。

「ふう……」
肺一杯にそれを吸い込み、ため息交じりに吐き出す。
目の前の街並みはゆっくりと茜色に染まり始めている。

二人で帰宅することが多かったあの頃、いつも見ていた色は、もっと鮮烈な赤だった気がする。

英はもう一度それを吸い込むと、ぼんやりとした夕焼けに向かって吐き出した。
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