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忠珍鱈

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「いらっしゃい、カケルくん」

金曜夜、ひと月ぶりに訪れたいつものバー。
「カケル~、会いたかったよ」
席に着くなり肩を抱いてきたのは、今度は髪を金髪にブリーチしたタクヤだった。

「身体、良くなった?」
「あ、はい。この度は本当にご迷惑をお掛けしまして……」
「もう、固い固い! いいんだよそんなのは。俺たちの仲だろ~?」
バンバンと肩を叩かれる。懐かしいやり取りに、つい顔が綻ぶ。

「マスター、何か快気祝いにふさわしいやつちょうだい! あ、俺はラガーね!」


「で……あの彼とは今、どんな感じなワケよ?」

ビールで喉を潤わせたタクヤは、肩をすり寄せ声を潜める。
「あれ、マスターから聞いてないですか? タクヤさんには教えてもらって構わないってお伝えしたんですけど……」
「ああ、少しはね。同級生なんでしょ?」
「そうです。それで、同じ部活で――」
「ああ、いいのいいのそういうのは! そうじゃなくって……」
タクヤはニッと目を細めると、駈の顔を覗き込んだ。

「アレから、ってことでしょ!」
「……」
やはり激しく勘違いをしている。

「だから、彼とはそういうんじゃ……」
と、そこまで言って、言葉に詰まった。

あんなことまでしておいてどの口が……という思いもあったし、それよりも。
無理やりに終わらせたこの関係について、ほんの欠片でもいい、誰かに聞いてもらいたかったのかもしれない。

(これじゃ、あいつを自分勝手だなんて口が裂けても言えないな)

「カケル?」
心配そうに見つめるタクヤに、「何でもないです」と笑いかける。

駈は目の前のカクテルに口を付けると、ふう、と息を吐きだした。
「この前……会ったんですよ、あいつと」
「なんだ、やっぱり仲良いんじゃん」
タクヤはさらにその目を細めると、肘で駈を小突いた。

「いや、そういうわけじゃなくって……ちょっと相談に乗ってくれ、って言われて」
「ふうん、相談ねぇ……有名人は有名人なりの悩みがあるんだろうな」
「ええ、まぁ……」
駈はそこまで言って口を閉ざすと、少し汗をかき始めたモスコミュールをかき回した。
タクヤもそれ以上、そのことについて突っ込もうとはしなかった。
……というより、興味のありかがそこには無かっただけだった。

「……で、は?」
「その後?」
怪訝そうな顔をする駈に、タクヤはうんうん、と何度も頷く。
「まさか、何もなかった……なんて言わないよね?」
塩漬けのオリーブをひょいっと口に入れると、タクヤは確信めいた顔で駈を見つめた。

「……」
駈はグラスの中を泳ぐライムをぼんやりと眺める。

頭に蘇ったのは、もちろん……あの熱いキスだった。

突然英に唇を奪われたとき……最初は本当に、どうしたらよいか分からなかった。
彼が普通の状態でないのはこれまでの様子から明らかだったし、そんな彼にいつ「冗談だよ」と梯子を外されてしまうかと思うと、それをそのまま受け入れてしまうのが怖かった。

だが、そんな予防線をたやすく越えてきた彼の濡れた舌の感触に、そんな戸惑いはどこかに消し飛んでしまった。

湧き上がる欲をぶつけ合うように、激しく舌を縺れ合わせる。
キスでこんなに夢中になれたことなんて、今までに一度も無かった。
その体勢も、そして息継ぎもままならず苦しいのに……どうしようもなく気持ち良くて、そして……たまらなく幸せだった。
まるで、彼に本当に愛されているような――そんな錯覚を覚えてしまいそうなほどに。

それでも……彼がぐっと体重を掛けてきた瞬間。
駈は震える手で彼の胸を押していた。


「ところでタクヤさんは、ノンケと付き合ったことってあります?」
「ちょっと、さっきの返事がないんだけど……ホント、いきなりだよねぇカケルはいつも」
タクヤはふう、と息を吐くと、マスターから新しいグラスを受け取った。
「……まぁ、ないけどさ」
すると駈はピースサインのように指を立てる。
「俺、あるんですよ。しかも二度」
けろっとそんなことを言う駈に、タクヤは心底具合の悪そうな顔をした。

「何つーか、カケルって見た目の割に……」
「馬鹿だ、って言いたいんですか?」
「……そういうこと」
ハァ、とため息を吐くと、タクヤは度数の強いそれを呷った。
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