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駈もまた大分薄まってしまったグラスの中身を空ける。
「ああでも一応、俺の名誉のために言いますけど……もともと、そういうアプリで知り合ってはいるんですよ」
「え、マジ?」
「はい。向こうは『バイ』だって言うんで、それで会って飲んで……付き合って。でも、最後まで行く前に、必ず向こうから切り出されるんですよね……別れようって」
「……理由は?」
「やっぱり男は無理だ、って。聞けばどちらも、男は俺が初めてだ、とか……そういうアレです」
ふざけた話ですよね、と駈は肩をすくめた。
……ただ、今の話は正確には少し違った。
いざ、ベッドの上で事に及ぼうというとき。
しっかり反応を見せる下半身を晒しておきながら、彼らはどちらもそれ以上先に進むことができなかったのだ。
本当にすまない、許してほしいとめそめそと頭を下げられ、駈は一気に気持ちが冷めてしまい、そのまま二度と会わなくなった……というのが事の顛末だった。
「……ごめん、さっきの訂正させて」
タクヤはグラスの残りを飲み干すと、ふーっと長く息を吐きだした。
「カケルは馬鹿なんじゃない。ただ、圧倒的に……男運が無さすぎるんだわ」
「やっぱそうですかね」
「……で、さすがに三度目の正直に期待するのは……てことか」
「……」
あの瞬間、脳裏をよぎった光景があった。
正門の前、並んで歩く一組の男女。
駈はそれを教室の窓から眺めていた。
遠くから見ているはずなのに、その絡まった指先までがやけにはっきり目に映った。
「お似合いなのがまたムカつくんだよなぁ」
誰かかこぼした愚痴めいた言葉。
それが、いつまでも耳奥にこびり付いて離れなかった。
英の胸に手を付いたとき。
彼ははっと夢から醒めたような顔をした。
その表情が彼の答えであり――駈はこれが正解だったのだと悟った。
「マスター」
タクヤが手を挙げる。
「カケルに、ひとつ……」
「いや、いいですよもう」
駈はタクヤの言葉を遮ると、小さく笑った。
「だいぶすっきりしましたから……おかげさまで」
だがそんな彼の姿を、タクヤはグラスを傾けながら横目で見やる。
そして、コトリとそれを置くと、駈の方へと顔を向けた。
「ねぇカケル、気付いてた?」
「何ですか」
「俺、カケルが思っているよりずっと……カケルこと好きなんだよ、って」
想定外過ぎるその台詞に思わず目を見開く。
「えっ……どうしたんですか急に」
もし今酒を口に含んでいたなら間違いなくむせていただろう。
おろおろする駈に、タクヤはまた手の中に戻したそれをくるりと揺らした。
「ああもちろん、そういう恋愛的な意味じゃないけどさ。でもね、何ていうか勝手に……弟みたいに思ってるところ、あったりして」
彼は駈へと振り向くと、その大きな目をふわりと緩めた。
慣れない直球の好意に、耳が熱くなってくる。
「……ありがとう、ございます」
髪を切る前で良かったと、駈は目にかかり気味の前髪を引っ張るように弄った。
そんな駈にタクヤは軽く首を振る。
そして、静かな声で囁いた。
「だから、辛くなっちゃうんだよなぁ……カケルが無理してるのを見るとさ」
別に無理なんて――そう言い返そうとして、その視線に咎められる。
「カケルって素直なくせに、素直じゃないもんね」
「何ですか、それ」
そう苦笑する駈の頭に、タクヤはその手をぽん、と乗せた。
「よく言うでしょ……悲しいときは笑わなくていいんだよ、って」
タクヤの指が髪をかき混ぜる。
いつもならすぐに「やめてくださいよ」と払いのけるところだが、今日は何となく、彼のしたいようにさせておいた。
しばらくの間そこを撫で回していたタクヤだったが。
今度は突然、思いきり腕を広げる。
それから、キリッとその表情を引き締めた。
「飛び込んでこい、カケル!」
「……はい?」
「カケルが悪い男に引っ掛かんないように、この胸で満足させてやる!」
そうおどける彼に、駈はたまらず噴き出した。
「もう、俺を泣かせたいのか笑わせたいのか、どっちなんですか……」
と、すっと目の前に差し出されたのは、華奢なショートドリンクだった。
「じゃあ、これは僕からってことで」
「マスター、これって?」
タクヤがそう尋ねると、マスターは少し恥ずかしそうに笑いながら、
「キャロルっていうんだけど……ちょっとクサすぎたかな?」
と頬を掻いた。
照明に翳しながら、美しい琥珀色のカクテルをじっと見つめる。
「このバーって、どうしてこうも気障な人しかいないんですかね」
駈の言葉に、二人は目を見合わせ、笑う。
彼の目の色によく似たそれが、さざ波のようにきらきらと光を反射させていた。
「ああでも一応、俺の名誉のために言いますけど……もともと、そういうアプリで知り合ってはいるんですよ」
「え、マジ?」
「はい。向こうは『バイ』だって言うんで、それで会って飲んで……付き合って。でも、最後まで行く前に、必ず向こうから切り出されるんですよね……別れようって」
「……理由は?」
「やっぱり男は無理だ、って。聞けばどちらも、男は俺が初めてだ、とか……そういうアレです」
ふざけた話ですよね、と駈は肩をすくめた。
……ただ、今の話は正確には少し違った。
いざ、ベッドの上で事に及ぼうというとき。
しっかり反応を見せる下半身を晒しておきながら、彼らはどちらもそれ以上先に進むことができなかったのだ。
本当にすまない、許してほしいとめそめそと頭を下げられ、駈は一気に気持ちが冷めてしまい、そのまま二度と会わなくなった……というのが事の顛末だった。
「……ごめん、さっきの訂正させて」
タクヤはグラスの残りを飲み干すと、ふーっと長く息を吐きだした。
「カケルは馬鹿なんじゃない。ただ、圧倒的に……男運が無さすぎるんだわ」
「やっぱそうですかね」
「……で、さすがに三度目の正直に期待するのは……てことか」
「……」
あの瞬間、脳裏をよぎった光景があった。
正門の前、並んで歩く一組の男女。
駈はそれを教室の窓から眺めていた。
遠くから見ているはずなのに、その絡まった指先までがやけにはっきり目に映った。
「お似合いなのがまたムカつくんだよなぁ」
誰かかこぼした愚痴めいた言葉。
それが、いつまでも耳奥にこびり付いて離れなかった。
英の胸に手を付いたとき。
彼ははっと夢から醒めたような顔をした。
その表情が彼の答えであり――駈はこれが正解だったのだと悟った。
「マスター」
タクヤが手を挙げる。
「カケルに、ひとつ……」
「いや、いいですよもう」
駈はタクヤの言葉を遮ると、小さく笑った。
「だいぶすっきりしましたから……おかげさまで」
だがそんな彼の姿を、タクヤはグラスを傾けながら横目で見やる。
そして、コトリとそれを置くと、駈の方へと顔を向けた。
「ねぇカケル、気付いてた?」
「何ですか」
「俺、カケルが思っているよりずっと……カケルこと好きなんだよ、って」
想定外過ぎるその台詞に思わず目を見開く。
「えっ……どうしたんですか急に」
もし今酒を口に含んでいたなら間違いなくむせていただろう。
おろおろする駈に、タクヤはまた手の中に戻したそれをくるりと揺らした。
「ああもちろん、そういう恋愛的な意味じゃないけどさ。でもね、何ていうか勝手に……弟みたいに思ってるところ、あったりして」
彼は駈へと振り向くと、その大きな目をふわりと緩めた。
慣れない直球の好意に、耳が熱くなってくる。
「……ありがとう、ございます」
髪を切る前で良かったと、駈は目にかかり気味の前髪を引っ張るように弄った。
そんな駈にタクヤは軽く首を振る。
そして、静かな声で囁いた。
「だから、辛くなっちゃうんだよなぁ……カケルが無理してるのを見るとさ」
別に無理なんて――そう言い返そうとして、その視線に咎められる。
「カケルって素直なくせに、素直じゃないもんね」
「何ですか、それ」
そう苦笑する駈の頭に、タクヤはその手をぽん、と乗せた。
「よく言うでしょ……悲しいときは笑わなくていいんだよ、って」
タクヤの指が髪をかき混ぜる。
いつもならすぐに「やめてくださいよ」と払いのけるところだが、今日は何となく、彼のしたいようにさせておいた。
しばらくの間そこを撫で回していたタクヤだったが。
今度は突然、思いきり腕を広げる。
それから、キリッとその表情を引き締めた。
「飛び込んでこい、カケル!」
「……はい?」
「カケルが悪い男に引っ掛かんないように、この胸で満足させてやる!」
そうおどける彼に、駈はたまらず噴き出した。
「もう、俺を泣かせたいのか笑わせたいのか、どっちなんですか……」
と、すっと目の前に差し出されたのは、華奢なショートドリンクだった。
「じゃあ、これは僕からってことで」
「マスター、これって?」
タクヤがそう尋ねると、マスターは少し恥ずかしそうに笑いながら、
「キャロルっていうんだけど……ちょっとクサすぎたかな?」
と頬を掻いた。
照明に翳しながら、美しい琥珀色のカクテルをじっと見つめる。
「このバーって、どうしてこうも気障な人しかいないんですかね」
駈の言葉に、二人は目を見合わせ、笑う。
彼の目の色によく似たそれが、さざ波のようにきらきらと光を反射させていた。
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