dominante_motion

忠珍鱈

文字の大きさ
28 / 98

28

しおりを挟む
駈もまた大分薄まってしまったグラスの中身を空ける。

「ああでも一応、俺の名誉のために言いますけど……もともと、そういうアプリで知り合ってはいるんですよ」
「え、マジ?」
「はい。向こうは『バイ』だって言うんで、それで会って飲んで……付き合って。でも、最後まで行く前に、必ず向こうから切り出されるんですよね……別れようって」
「……理由は?」
「やっぱり男は無理だ、って。聞けばどちらも、男は俺が初めてだ、とか……そういうアレです」
ふざけた話ですよね、と駈は肩をすくめた。

……ただ、今の話は正確には少し違った。

いざ、ベッドの上で事に及ぼうというとき。
しっかり反応を見せる下半身を晒しておきながら、彼らはどちらもそれ以上先に進むことができなかったのだ。
本当にすまない、許してほしいとめそめそと頭を下げられ、駈は一気に気持ちが冷めてしまい、そのまま二度と会わなくなった……というのが事の顛末だった。

「……ごめん、さっきの訂正させて」
タクヤはグラスの残りを飲み干すと、ふーっと長く息を吐きだした。

「カケルは馬鹿なんじゃない。ただ、圧倒的に……男運が無さすぎるんだわ」
「やっぱそうですかね」
「……で、さすがに三度目の正直に期待するのは……てことか」
「……」


あの瞬間、脳裏をよぎった光景があった。

正門の前、並んで歩く一組の男女。
駈はそれを教室の窓から眺めていた。
遠くから見ているはずなのに、その絡まった指先までがやけにはっきり目に映った。
「お似合いなのがまたムカつくんだよなぁ」
誰かかこぼした愚痴めいた言葉。
それが、いつまでも耳奥にこびり付いて離れなかった。


英の胸に手を付いたとき。
彼ははっと夢から醒めたような顔をした。

その表情が彼の答えであり――駈はこれが正解だったのだと悟った。


「マスター」
タクヤが手を挙げる。
「カケルに、ひとつ……」
「いや、いいですよもう」
駈はタクヤの言葉を遮ると、小さく笑った。
「だいぶすっきりしましたから……おかげさまで」

だがそんな彼の姿を、タクヤはグラスを傾けながら横目で見やる。
そして、コトリとそれを置くと、駈の方へと顔を向けた。

「ねぇカケル、気付いてた?」
「何ですか」
「俺、カケルが思っているよりずっと……カケルこと好きなんだよ、って」

想定外過ぎるその台詞に思わず目を見開く。
「えっ……どうしたんですか急に」
もし今酒を口に含んでいたなら間違いなくむせていただろう。
おろおろする駈に、タクヤはまた手の中に戻したそれをくるりと揺らした。

「ああもちろん、そういう恋愛的な意味じゃないけどさ。でもね、何ていうか勝手に……弟みたいに思ってるところ、あったりして」
彼は駈へと振り向くと、その大きな目をふわりと緩めた。

慣れない直球の好意に、耳が熱くなってくる。
「……ありがとう、ございます」
髪を切る前で良かったと、駈は目にかかり気味の前髪を引っ張るように弄った。

そんな駈にタクヤは軽く首を振る。
そして、静かな声で囁いた。
「だから、辛くなっちゃうんだよなぁ……カケルが無理してるのを見るとさ」

別に無理なんて――そう言い返そうとして、その視線に咎められる。
「カケルって素直なくせに、素直じゃないもんね」
「何ですか、それ」
そう苦笑する駈の頭に、タクヤはその手をぽん、と乗せた。

「よく言うでしょ……悲しいときは笑わなくていいんだよ、って」

タクヤの指が髪をかき混ぜる。
いつもならすぐに「やめてくださいよ」と払いのけるところだが、今日は何となく、彼のしたいようにさせておいた。

しばらくの間そこを撫で回していたタクヤだったが。
今度は突然、思いきり腕を広げる。
それから、キリッとその表情を引き締めた。
「飛び込んでこい、カケル!」
「……はい?」
「カケルが悪い男に引っ掛かんないように、この胸で満足させてやる!」
そうおどける彼に、駈はたまらず噴き出した。
「もう、俺を泣かせたいのか笑わせたいのか、どっちなんですか……」


と、すっと目の前に差し出されたのは、華奢なショートドリンクだった。
「じゃあ、これは僕からってことで」

「マスター、これって?」
タクヤがそう尋ねると、マスターは少し恥ずかしそうに笑いながら、
「キャロルっていうんだけど……ちょっとクサすぎたかな?」
と頬を掻いた。


照明に翳しながら、美しい琥珀色のカクテルをじっと見つめる。

「このバーって、どうしてこうも気障な人しかいないんですかね」
駈の言葉に、二人は目を見合わせ、笑う。

彼の目の色によく似たそれが、さざ波のようにきらきらと光を反射させていた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。 面接落ちたっぽい。 彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。 占い通りワーストワンな一日の終わり。 「恋人のフリをして欲しい」 と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。 「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...