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自分のフロアに降り立ったとき、いや……このビルに入った瞬間から、どこかいつもと違う雰囲気――いわゆる「嫌な予感」はあったのだ。
そして、ブースに足を踏み入れた瞬間、それがちょっとした事件などではないのだとすぐに確信した。
「あ、樋野さん……」
駈の顔を見るなり椅子から立ち上がったのは、普段ならほぼ会話することもない佐谷だった。
「何かあったのか」
傍に駆け寄る駈に、佐谷は青ざめた顔色のまま黙りこくる。
「あれ、羽根田は」
きょろきょろと辺りを伺うと、彼は一層そのひょろりと長い身体を縮こまらせた。
「見当たらないけど、休憩中?」
「いや、その……ついさっき呼び出されて……社長室に」
「社長室!?」
普段ならあり得ない場所に、思わず語気が強まる。
「どういうことだ、一体?」
「……」
なおも押し黙ったままの佐谷に、
「言ってくれないと何も分からないだろ」
そう詰め寄ると、ようやく佐谷はその重い口を開いた。
「この前の体験会で出したRPGの□□、覚えてますよね?」
「ああ、あれか……あのB社と競合しそうだっていうんでスケジュール早めたやつだよな?」
「……はい」
佐谷は気まずそうに目を泳がせた。
それは以前、ここでの騒動の発端となったゲームだった。
今となっては良い薬だったと言えるものの、当時は肉体的にも精神的にもやられまくった苦い思い出のゲームでもある。
「一昨日だっけか。リリースになったんだよな」
あの騒ぎ以降、その件から外されてしまったらしい駈は他の企画で忙しかったこともあり、結局大して関わらないままその日を迎えてしまっていた。
「で、それがどうかしたか?」
「あの、実は……そこに使われていた曲が――」
「樋野サン!」
血相を変えて駆け込んできたのは藤河だった。
「あの件のこと、聞きましたか!?」
「ああ、□□のことか?」
藤河はこくこくと頷く。
「実は今、外から戻ってきたところでさ。まだそこまで詳しくは――」
そう言い終わるより先に、藤河は項垂れる佐谷を押しのけ隣にやってくると、持っていたスマホ画面を駈の目の前へと突き出した。
それを見た瞬間、駈は手にしていたコーヒーを取り落としそうになった。
「何だよ、これ……!」
『完全に一致』
『盗作確定でしょ』
すでに出来上がっていた検証サイトに並ぶコメントの数々。
それは□□のとある楽曲についての批判一色だった。
『あえてマイナー所からパクるとかね』
『バレないとでも思ったのかな』
『誰も気づかないとかあり得ないって』……
ざっと書き込みを見せ終えると、藤河は乱暴にスマホをポケットに突っ込んだ。
「僕も問題になっている曲、聞いてみたんですけど……確かにこれはクロだって言われても仕方ないかな、って感じで……」
「そうか……」
「ほんと、信じられないです……大騒ぎっすよ、こっちも」
顔色を失くす藤河に、駈もまたその眉を寄せる。
「ちなみに、お前はこの件には」
「別の企画の担当だったんで全く。でも……今、上に呼ばれていったのって、僕の同期の奴で……」
「……」
苦しそうに呟く藤河に、掛ける言葉が見当たらない。
すると、藤河は縋るような目で駈を見た。
「樋野サンは……樋野サンは関係ないですよね?」
「えっ」
「この曲、樋野サンが通したわけじゃないですよね? だったら――」
と、入口にゆらりと人影が現れる。
振り向くとそこにいたのは。
「羽根田……」
何を言われたんだ、そう駈が尋ねるより先に。
「……社長が、呼んでいます」
表情の抜け落ちた顔で、羽根田は上の階を指さしたのだった。
そして、ブースに足を踏み入れた瞬間、それがちょっとした事件などではないのだとすぐに確信した。
「あ、樋野さん……」
駈の顔を見るなり椅子から立ち上がったのは、普段ならほぼ会話することもない佐谷だった。
「何かあったのか」
傍に駆け寄る駈に、佐谷は青ざめた顔色のまま黙りこくる。
「あれ、羽根田は」
きょろきょろと辺りを伺うと、彼は一層そのひょろりと長い身体を縮こまらせた。
「見当たらないけど、休憩中?」
「いや、その……ついさっき呼び出されて……社長室に」
「社長室!?」
普段ならあり得ない場所に、思わず語気が強まる。
「どういうことだ、一体?」
「……」
なおも押し黙ったままの佐谷に、
「言ってくれないと何も分からないだろ」
そう詰め寄ると、ようやく佐谷はその重い口を開いた。
「この前の体験会で出したRPGの□□、覚えてますよね?」
「ああ、あれか……あのB社と競合しそうだっていうんでスケジュール早めたやつだよな?」
「……はい」
佐谷は気まずそうに目を泳がせた。
それは以前、ここでの騒動の発端となったゲームだった。
今となっては良い薬だったと言えるものの、当時は肉体的にも精神的にもやられまくった苦い思い出のゲームでもある。
「一昨日だっけか。リリースになったんだよな」
あの騒ぎ以降、その件から外されてしまったらしい駈は他の企画で忙しかったこともあり、結局大して関わらないままその日を迎えてしまっていた。
「で、それがどうかしたか?」
「あの、実は……そこに使われていた曲が――」
「樋野サン!」
血相を変えて駆け込んできたのは藤河だった。
「あの件のこと、聞きましたか!?」
「ああ、□□のことか?」
藤河はこくこくと頷く。
「実は今、外から戻ってきたところでさ。まだそこまで詳しくは――」
そう言い終わるより先に、藤河は項垂れる佐谷を押しのけ隣にやってくると、持っていたスマホ画面を駈の目の前へと突き出した。
それを見た瞬間、駈は手にしていたコーヒーを取り落としそうになった。
「何だよ、これ……!」
『完全に一致』
『盗作確定でしょ』
すでに出来上がっていた検証サイトに並ぶコメントの数々。
それは□□のとある楽曲についての批判一色だった。
『あえてマイナー所からパクるとかね』
『バレないとでも思ったのかな』
『誰も気づかないとかあり得ないって』……
ざっと書き込みを見せ終えると、藤河は乱暴にスマホをポケットに突っ込んだ。
「僕も問題になっている曲、聞いてみたんですけど……確かにこれはクロだって言われても仕方ないかな、って感じで……」
「そうか……」
「ほんと、信じられないです……大騒ぎっすよ、こっちも」
顔色を失くす藤河に、駈もまたその眉を寄せる。
「ちなみに、お前はこの件には」
「別の企画の担当だったんで全く。でも……今、上に呼ばれていったのって、僕の同期の奴で……」
「……」
苦しそうに呟く藤河に、掛ける言葉が見当たらない。
すると、藤河は縋るような目で駈を見た。
「樋野サンは……樋野サンは関係ないですよね?」
「えっ」
「この曲、樋野サンが通したわけじゃないですよね? だったら――」
と、入口にゆらりと人影が現れる。
振り向くとそこにいたのは。
「羽根田……」
何を言われたんだ、そう駈が尋ねるより先に。
「……社長が、呼んでいます」
表情の抜け落ちた顔で、羽根田は上の階を指さしたのだった。
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