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「失礼します」
ほとんど訪れることのないその部屋に、恐る恐る足を踏み入れる。
「ああ、待っていたよ」
社長はそう言って手を挙げた。
「どうぞ、そこに座って」
「あ、はい……失礼します」
社長に促されるままソファへと腰を下ろす。
昔、面接でここに来たときの思い出が蘇る。
ガチガチに緊張しまくる自分を、隣に腰掛けた時田さんが優しく宥めてくれたんだっけ――
でも今日、隣にその人はいない。
「よいしょ、っと」
向かい側のソファに腰掛ける社長は、時田部長よりもいくらか若いらしく、さらにいつもはシャツにジーンズみたいな恰好をしていることが多い。
そのため、外部の人から見たら一般社員と見分けがつかない雰囲気を醸し出しているのだが、その社長が、今日は上下を地味なスーツで固めていた。
「君も話、聞いているよね?」
「ええ。あの□□の曲の件、ですよね」
社長はため息交じりに頷いた。
「僕もさ、ついさっき帰ってきたんだよ。○○社から」
「ええと、それは……」
「とにかく謝罪しとかないと、ってね」
「……」
駈は自分の膝に額を付けるように、深々と頭を下げた。
「大変、申し訳ございませんでした」
「ちょ、ちょっと、やめてよそういうの!」
社長は立ち上がると、駈の肩に手をかけ身体を起こそうとしてくる。
そんなことをされては面を上げないわけにはいかず、駈は渋々身体を元に戻した。
社長はよろよろとソファに座り直すと、固く締めていたネクタイに指を差し入れた。
「分かっているんだよ、僕も……今回の経緯をね。そして、君がこの件についてほぼノータッチだ、ってことも」
「いや、でも……」
なおも言い募ろうとする駈に、社長は手を振ってそれを制止した。
「確かに君が上司である以上、全く関係ありませんという訳にはいかない。それでも、この件において一番の原因はもちろん盗作をした本人だが、君の所の羽根田くんと……何より、その彼に無理に承認を迫った奴らにも大きな問題があったんじゃないか……っていうのが僕たちの見解だ。またこんなことを繰り返さないためにも、その辺の因果関係はハッキリさせておかないといけない」
羽根田の先ほどの表情が頭をよぎる。
そしてあの日、屋上で見せた笑顔も――
「……」
駈は膝の上に乗せた手のひらをぐっと握りしめた。
「だけどね……ここからが本題なんだ」
社長は一つ息を吐くと、じっと駈を見据えた。
「先方に謝罪に行ったときにね、三つ、条件を出されたんだ。このことを大事にしないためにも、ってね」
「三つ、ですか」
社長は静かに頷いた。
「一つ目は、この楽曲の今後一切の使用中止。二つ目が、この件の謝罪文をプレスリリースとして出すこと」
いたって真っ当な要求だ。
「それならすぐに、」
すると、社長は首を横に振った。
「問題は最後のやつでね……」
社長は膝の上の手を組みなおすと、低い声で続けた。
「三つ目が……盗作したサウンドクリエイターはもちろん、その楽曲の承認に関わる責任者に、減給より重い処分をお願いしたい……というものなんだ」
「……」
「先方、以前にもこういった盗用騒動にあったことがあるらしくてね。もちろんウチとは関係ないんだが、あちらからしたら『またか』って感じなんだろう。それもあって、向こうの関係者の一部が中々収まらないそうでね」
「それで、私に……」
駈の言葉に、社長は眉を寄せると首を縦に振った。
「……といっても、解雇とかそういうものではなくてね。ただ、そういった処分となると……今の部署での階級の調整はちょっと厳しいだろうから、異動、ということになると思う」
駈は自分の膝をじっと見ていた。
「もし、すぐには決められないのなら――」
社長の言葉に、駈はすっと顔を上げる。
「分かりました」
「えっ」
「謹んでお受けします」
駈の反応に、逆に社長の方があたふたとする。
「えっ……本当にいいのかい?」
駈ははっきりと一つ、頷いた。
「はい。これぐらいしか、できることはありませんから」
ほとんど訪れることのないその部屋に、恐る恐る足を踏み入れる。
「ああ、待っていたよ」
社長はそう言って手を挙げた。
「どうぞ、そこに座って」
「あ、はい……失礼します」
社長に促されるままソファへと腰を下ろす。
昔、面接でここに来たときの思い出が蘇る。
ガチガチに緊張しまくる自分を、隣に腰掛けた時田さんが優しく宥めてくれたんだっけ――
でも今日、隣にその人はいない。
「よいしょ、っと」
向かい側のソファに腰掛ける社長は、時田部長よりもいくらか若いらしく、さらにいつもはシャツにジーンズみたいな恰好をしていることが多い。
そのため、外部の人から見たら一般社員と見分けがつかない雰囲気を醸し出しているのだが、その社長が、今日は上下を地味なスーツで固めていた。
「君も話、聞いているよね?」
「ええ。あの□□の曲の件、ですよね」
社長はため息交じりに頷いた。
「僕もさ、ついさっき帰ってきたんだよ。○○社から」
「ええと、それは……」
「とにかく謝罪しとかないと、ってね」
「……」
駈は自分の膝に額を付けるように、深々と頭を下げた。
「大変、申し訳ございませんでした」
「ちょ、ちょっと、やめてよそういうの!」
社長は立ち上がると、駈の肩に手をかけ身体を起こそうとしてくる。
そんなことをされては面を上げないわけにはいかず、駈は渋々身体を元に戻した。
社長はよろよろとソファに座り直すと、固く締めていたネクタイに指を差し入れた。
「分かっているんだよ、僕も……今回の経緯をね。そして、君がこの件についてほぼノータッチだ、ってことも」
「いや、でも……」
なおも言い募ろうとする駈に、社長は手を振ってそれを制止した。
「確かに君が上司である以上、全く関係ありませんという訳にはいかない。それでも、この件において一番の原因はもちろん盗作をした本人だが、君の所の羽根田くんと……何より、その彼に無理に承認を迫った奴らにも大きな問題があったんじゃないか……っていうのが僕たちの見解だ。またこんなことを繰り返さないためにも、その辺の因果関係はハッキリさせておかないといけない」
羽根田の先ほどの表情が頭をよぎる。
そしてあの日、屋上で見せた笑顔も――
「……」
駈は膝の上に乗せた手のひらをぐっと握りしめた。
「だけどね……ここからが本題なんだ」
社長は一つ息を吐くと、じっと駈を見据えた。
「先方に謝罪に行ったときにね、三つ、条件を出されたんだ。このことを大事にしないためにも、ってね」
「三つ、ですか」
社長は静かに頷いた。
「一つ目は、この楽曲の今後一切の使用中止。二つ目が、この件の謝罪文をプレスリリースとして出すこと」
いたって真っ当な要求だ。
「それならすぐに、」
すると、社長は首を横に振った。
「問題は最後のやつでね……」
社長は膝の上の手を組みなおすと、低い声で続けた。
「三つ目が……盗作したサウンドクリエイターはもちろん、その楽曲の承認に関わる責任者に、減給より重い処分をお願いしたい……というものなんだ」
「……」
「先方、以前にもこういった盗用騒動にあったことがあるらしくてね。もちろんウチとは関係ないんだが、あちらからしたら『またか』って感じなんだろう。それもあって、向こうの関係者の一部が中々収まらないそうでね」
「それで、私に……」
駈の言葉に、社長は眉を寄せると首を縦に振った。
「……といっても、解雇とかそういうものではなくてね。ただ、そういった処分となると……今の部署での階級の調整はちょっと厳しいだろうから、異動、ということになると思う」
駈は自分の膝をじっと見ていた。
「もし、すぐには決められないのなら――」
社長の言葉に、駈はすっと顔を上げる。
「分かりました」
「えっ」
「謹んでお受けします」
駈の反応に、逆に社長の方があたふたとする。
「えっ……本当にいいのかい?」
駈ははっきりと一つ、頷いた。
「はい。これぐらいしか、できることはありませんから」
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