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駈は何も言うことができず、ただ黙って英の横顔を見つめていた。
「でも……本当にひどいのは、その後でさ」
英はテーブルの上で組んだ腕にぼんやりと視点を合わせていた。
「人が心血注いで作った曲にあんなこと言われて、俺、なんて返したと思う?」
「……」
駈はやはり答えることはできなかったが……彼の苦悩をあんな軽い一言で片づけられたことに対して、許せない気持ちでいた。
だが、英は苛立ちを滲ませる駈を宥めるような視線を寄越すと。
「こう答えたんだよ、俺……『分かりました、すぐ戻します』ってね」
まったくプライドの欠片も無いよなぁ、と英は他人事のように笑った。
「帰りの車の中で、考えたんだ……もし、俺が駈だったら、って」
突如飛び出した自分の名前。
「えっ、なんで俺……?」
思わずそう尋ねる。
英は正面を向けていた顔を駈へと戻すと、ふっと眉を上げて首を傾げた。
「だって、駈だったら……戦っていただろ?」
「……戦う?」
眉を寄せる駈に、英はしたり顔で頷いた。
「高校最後のコンテストでも、そうだったしな」
……もちろんコンテストのことはよく覚えている。彼が準優勝を勝ち取ったそれに、駈は共同制作レベルで携わったのだから。
でも、その時に『戦った』記憶なんてないのだが……
悩み始めてしまった駈に、英は小さく噴き出した。
「何だよ」
ムッとして振り向くと、英は「ごめんごめん」と言いながらまた駈へと笑いかけた。
「そういうところだよな、駈って」
「……は?」
「そういう、真面目で、怒りっぽくて……絶対、妥協ってことをしないんだよな」
「……」
文句の一つでも言ってやろうと思ったのに、結局、また何も言えなくなってしまった。
「あの時もさ……俺が気に入っていたフレーズがあって。でも、なかなかうまく曲の中にハマらなくてさ。俺はもう別のパターンでいいやって諦めようとしたんだ。それなのに、お前はそれを『絶対に使う』って聞かなくて」
まるで昨日のことのように、英は表情をくるくるとさせながら喋っている。
「リーダーの俺がいくら言っても譲らなくてさ。おかげで、締め切りギリギリまで粘る羽目になったんだよなぁ。あの時は焦った焦った」
「……」
そしていつしか、駈の頭にもその時のことがはっきりと蘇っていた。
でも、素直に認めるのはなんとなく癪な気もして「そうだったっけ」と答えると、英は見透かしたように「そうだよ」と口の端を上げた。
「……って言っても、うちのマネージャーはなかなか手ごわいんだ。だから、駈でも対抗できるか微妙なラインだけど……でも、きっとそのまま引き下がるなんてことだけはしないだろうって思った。俺とは違ってさ」
英がそっと目を伏せる。長いまつげが影を作る。
少し寂しげなその表情は、テレビや雑誌の中でよく見かける『サヤマスグル』の顔だった。
「前から思っていたんだけどさ」
空のコップに新しいビールを注ぎ入れながら、英はしみじみと呟く。
「駈の作る曲って、すごく駈らしいんだよな」
「……」
駈はまた口ごもってしまう。
現在進行形でその『らしさ』に振り回され苦しめられている英の、その言葉にどう反応したら良いか分からなかった。
そう微妙な表情で固まる駈に、英は安心させるように穏やかな視線を向ける。
そして、多少ぬるくなったそれに口を付けた。
「『駈らしい』ってのは、俺の『らしさ』とは違うよ。まぁでも、曲の構成とか全体の雰囲気とか見れば、多分俺なら駈の曲だって分かるだろうけどね」
「……」
さりげなく付け加えられた言葉に多少イラっとはしながらも、「なんて言ったらいいのかな」と唸る英を見やる。
英はしばらくそうして頭を悩ませた後、ああ、そうだと目を輝かせた。
「その曲自体が、駈そのものっていうかさ……駈の生きざまみたいなものを感じるんだ」
「生きざま、って……」
むず痒くなりそうなその言葉に、駈はまた赤くなりかけている首に手をやった。
英は照れる様子もなく、楽しげにビールを呷っている。
「オーバーだなって思った? でもさ、駈の好きなあの6251進行あるだろ、あれなんか特にそれっぽいっていうか……」
駈はハッと顔を上げた。
昔、よくそれを使っていると英に見抜かれたときのことを思い出す。
当時は揶揄われていると思ってムカついたものだが、今、彼の口から出たそれに、まるで自分の名前を呼ばれたような温かさが胸の中に広がった。
そんな駈の内面を知ってか知らずか、英は駈を覗き込むと。
「不安定な音を解決しながら先へと進もうとする……確か、そんなコード進行だったよな?」
そう言って駈へと微笑んだ。
「……急にあの本みたいなことを言うなよ」
駈がそうケチをつけると、英は声を上げて笑った。
「でも……本当にひどいのは、その後でさ」
英はテーブルの上で組んだ腕にぼんやりと視点を合わせていた。
「人が心血注いで作った曲にあんなこと言われて、俺、なんて返したと思う?」
「……」
駈はやはり答えることはできなかったが……彼の苦悩をあんな軽い一言で片づけられたことに対して、許せない気持ちでいた。
だが、英は苛立ちを滲ませる駈を宥めるような視線を寄越すと。
「こう答えたんだよ、俺……『分かりました、すぐ戻します』ってね」
まったくプライドの欠片も無いよなぁ、と英は他人事のように笑った。
「帰りの車の中で、考えたんだ……もし、俺が駈だったら、って」
突如飛び出した自分の名前。
「えっ、なんで俺……?」
思わずそう尋ねる。
英は正面を向けていた顔を駈へと戻すと、ふっと眉を上げて首を傾げた。
「だって、駈だったら……戦っていただろ?」
「……戦う?」
眉を寄せる駈に、英はしたり顔で頷いた。
「高校最後のコンテストでも、そうだったしな」
……もちろんコンテストのことはよく覚えている。彼が準優勝を勝ち取ったそれに、駈は共同制作レベルで携わったのだから。
でも、その時に『戦った』記憶なんてないのだが……
悩み始めてしまった駈に、英は小さく噴き出した。
「何だよ」
ムッとして振り向くと、英は「ごめんごめん」と言いながらまた駈へと笑いかけた。
「そういうところだよな、駈って」
「……は?」
「そういう、真面目で、怒りっぽくて……絶対、妥協ってことをしないんだよな」
「……」
文句の一つでも言ってやろうと思ったのに、結局、また何も言えなくなってしまった。
「あの時もさ……俺が気に入っていたフレーズがあって。でも、なかなかうまく曲の中にハマらなくてさ。俺はもう別のパターンでいいやって諦めようとしたんだ。それなのに、お前はそれを『絶対に使う』って聞かなくて」
まるで昨日のことのように、英は表情をくるくるとさせながら喋っている。
「リーダーの俺がいくら言っても譲らなくてさ。おかげで、締め切りギリギリまで粘る羽目になったんだよなぁ。あの時は焦った焦った」
「……」
そしていつしか、駈の頭にもその時のことがはっきりと蘇っていた。
でも、素直に認めるのはなんとなく癪な気もして「そうだったっけ」と答えると、英は見透かしたように「そうだよ」と口の端を上げた。
「……って言っても、うちのマネージャーはなかなか手ごわいんだ。だから、駈でも対抗できるか微妙なラインだけど……でも、きっとそのまま引き下がるなんてことだけはしないだろうって思った。俺とは違ってさ」
英がそっと目を伏せる。長いまつげが影を作る。
少し寂しげなその表情は、テレビや雑誌の中でよく見かける『サヤマスグル』の顔だった。
「前から思っていたんだけどさ」
空のコップに新しいビールを注ぎ入れながら、英はしみじみと呟く。
「駈の作る曲って、すごく駈らしいんだよな」
「……」
駈はまた口ごもってしまう。
現在進行形でその『らしさ』に振り回され苦しめられている英の、その言葉にどう反応したら良いか分からなかった。
そう微妙な表情で固まる駈に、英は安心させるように穏やかな視線を向ける。
そして、多少ぬるくなったそれに口を付けた。
「『駈らしい』ってのは、俺の『らしさ』とは違うよ。まぁでも、曲の構成とか全体の雰囲気とか見れば、多分俺なら駈の曲だって分かるだろうけどね」
「……」
さりげなく付け加えられた言葉に多少イラっとはしながらも、「なんて言ったらいいのかな」と唸る英を見やる。
英はしばらくそうして頭を悩ませた後、ああ、そうだと目を輝かせた。
「その曲自体が、駈そのものっていうかさ……駈の生きざまみたいなものを感じるんだ」
「生きざま、って……」
むず痒くなりそうなその言葉に、駈はまた赤くなりかけている首に手をやった。
英は照れる様子もなく、楽しげにビールを呷っている。
「オーバーだなって思った? でもさ、駈の好きなあの6251進行あるだろ、あれなんか特にそれっぽいっていうか……」
駈はハッと顔を上げた。
昔、よくそれを使っていると英に見抜かれたときのことを思い出す。
当時は揶揄われていると思ってムカついたものだが、今、彼の口から出たそれに、まるで自分の名前を呼ばれたような温かさが胸の中に広がった。
そんな駈の内面を知ってか知らずか、英は駈を覗き込むと。
「不安定な音を解決しながら先へと進もうとする……確か、そんなコード進行だったよな?」
そう言って駈へと微笑んだ。
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