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「駈はさ、自分は変わったって言っただろ」
英の口から出たそれに、駈は顔を強張らせる。
自分で言っておきながら、彼がどう思っているかを知るのが怖かった。
「そりゃあ、人は変わるよ……変わらない方がおかしいって」
英は手にしていたコップを置くと、両手を後ろに突いて宙を見つめる。
駈はじっと英の言葉に耳を傾けていた。
「でもさ、変わらないところもある。例えば……駈のいろんなしぐさ、とか」
英はニヤリと口角を上げると、ぱっと駈へと振り返る。
「……っ」
駈は赤らんだ顔を逸らして……そして、慌てて顔を戻すと悔しげに英を睨み付けた。
「それ、さっきから何度もやってたよ」
英は隠そうともせずくつくつと笑っている。
「……うるさい」
もう自棄になったのか、駈は前髪まで弄り始めていた。
十七歳の駈が、その照れ隠しの癖に透けて見えるようだった。
「それに……変わってないのはそれだけじゃない」
その言葉に、駈の動きが止まる。
名前を呼ぶと、背けられていた顔がおずおずと向けられる。
その目は不安そうに揺れていた。
まだ少し赤く腫れている切れ長の目元に、英はそっと手を伸ばした。
「その生き方だって、きっと……あの頃の駈のままだよ」
淡く透ける瞳が駈の姿を映す。彼の長い指が頬をひと撫でする。
駈がそれに息を詰めると、英はハッとその手を引っ込め、ごまかすように膝を抱えた。
「俺って昔から、自分ってものがあまりなくてさ」
英は立てた膝に顎を乗せながら、静かに言葉を紡いでいく。
「いつも周りの目ばかり気にして、それに合わせて振る舞うことだけは得意で。だから、駈にああ指摘されたときも、やっぱりそうなんだ……って結構ショックだったんだよね」
「指摘?」
「新曲聴いてもらったとき、駈は言ったろ。他人に受ける部分がいつのまにか、俺らしさになってしまっているんじゃないか……って」
「……見当違いのこと言ったのかと」
駈がそう呟くと、英は少し焦ったように「あの時はほんと……ゴメン」と気まずそうに顔を逸らした。
「まぁ、とにかく……今まで、そういう自分を変えたいって思ったことが無いわけじゃなかったんだよ。でも……結局、あれこれ言い訳して、ちゃんと向き合うことから逃げてきた」
その結果がこれさ、と英は力なく笑った。
「俺に駈の仕事のことは分からない。どういう経緯で駈がそんな状況になっているのかも。どんなことが駈をそこまで苦しめているのかも」
英はテーブル上のコップを見やりながら、自分のことより余程辛そうに言葉を吐き出す。
「……でも、これだけは言える」
英はもう一度、駈へと向き直った。
「きっと、駈は戦ってきたんだろ」
力強いのに温かいその目が、駈を包み込む。
「俺ならすぐに諦めて目を瞑りそうなことにも、駈はきっと立ち向かってきたんだろ。それで、傷ついて、ボロボロになっても……前に進もうとしたんだよな」
「……」
駈は言ってやりたかった。
俺の何が分かるんだよ。ずっと離れていたくせに、何もかも知ったようなことを言うな――
でも、そのどれもが音になることは無かった。
そのかわり、また、頬を熱い雫が濡らしていく。
込み上げる涙をみっともなく流し続ける駈の背中を、英はその腕の中へと引き寄せた。
「もう……もう、大丈夫」
駈は籠った息を吐き出すと、彼の胸に手を付いた。
英はあれからずっと、駈が泣き止むまでその背中をさすり続けてくれていた。
「ごめん、なんか、取り乱した、っていうか……変なところを見せたよな……って、今更だけど……」
まごつきながらそう言ってもう一度胸を押すと、ゆっくりとそのぬくもりが離れていく。
……と思ったら、目元に柔らかい何かが触れる。
勢いよく顔を上げると。
「駈って意外と泣き虫だったんだな」
唇を軽く舐めながら、世の中の女性を虜にするような甘い表情を浮かべる英がいた。
「……」
その腹部に向けて肘鉄を食らわせる。
「いった!」
「ったく……俺の周りには気障なヤツしかいないのか」
そうため息を吐くと、今度は「え、それって誰? 誰?」とウザく絡んでくる英にさらにげんなりした。
「でも、その……ありがとう」
――それは本当に、耳を澄まさないと聞こえないほどささやかな声だった。
でも、そんな音量でも英の耳には届いたらしい。
彼は駈へ視線を送ると、
「俺の方こそ、だよ」
とその口元を緩めた。
「……?」
駈は首を傾げる。
(この前のアドバイスについての礼なのか?)
すると英はふっと小さく息を吐くと、
「やっぱり生身の駈は最高だ、って話!」
と訳の分からないことを言った。
「さて……と」
すっかり落ち着きを取り戻した駈を見て、英は腰を上げる。
「明日って仕事?」
二人分のマグカップを手にキッチンへと向かった英は、振り返りながらそう尋ねる。
時計を見ればもうまもなく二時を回ろうとしていた。
「いや、明日は休みだけど……」
「そっか、いいなぁ……って、俺も夕方からだけどさ」
打ち合わせか? と聞くと「収録だよ」と返される。
「じゃあ、早く寝ないと……あっ」
(そういえばこいつ、酒飲んでたんだった)
泊っていくか? と気安く口にしようとして……口を噤む。
これまでのことが走馬灯のように頭を駆け巡って、駈はかあっと頬を染める。
(この状態で、そう言うっていうのは、つまり……)
駈があわあわと百面相をしていると、キッチンから英が戻ってくる。
「大丈夫だよ、俺は。本当に夜型なんだ。寝るのはいつも明け方でさ――」
そこまで喋った辺りで、駈の異変に気付いたらしい。
腰を屈めると、駈の耳元に顔を寄せる。
「まぁでも……駈が誘ってくれるなら、一緒に寝ようかな」
「は……はぁ!?」
一拍遅れで振り向くと、もうそこに英はいなかった。
辺りを見回すと、彼は床に投げ置いていたバッグを拾い上げているところだった。
英の口から出たそれに、駈は顔を強張らせる。
自分で言っておきながら、彼がどう思っているかを知るのが怖かった。
「そりゃあ、人は変わるよ……変わらない方がおかしいって」
英は手にしていたコップを置くと、両手を後ろに突いて宙を見つめる。
駈はじっと英の言葉に耳を傾けていた。
「でもさ、変わらないところもある。例えば……駈のいろんなしぐさ、とか」
英はニヤリと口角を上げると、ぱっと駈へと振り返る。
「……っ」
駈は赤らんだ顔を逸らして……そして、慌てて顔を戻すと悔しげに英を睨み付けた。
「それ、さっきから何度もやってたよ」
英は隠そうともせずくつくつと笑っている。
「……うるさい」
もう自棄になったのか、駈は前髪まで弄り始めていた。
十七歳の駈が、その照れ隠しの癖に透けて見えるようだった。
「それに……変わってないのはそれだけじゃない」
その言葉に、駈の動きが止まる。
名前を呼ぶと、背けられていた顔がおずおずと向けられる。
その目は不安そうに揺れていた。
まだ少し赤く腫れている切れ長の目元に、英はそっと手を伸ばした。
「その生き方だって、きっと……あの頃の駈のままだよ」
淡く透ける瞳が駈の姿を映す。彼の長い指が頬をひと撫でする。
駈がそれに息を詰めると、英はハッとその手を引っ込め、ごまかすように膝を抱えた。
「俺って昔から、自分ってものがあまりなくてさ」
英は立てた膝に顎を乗せながら、静かに言葉を紡いでいく。
「いつも周りの目ばかり気にして、それに合わせて振る舞うことだけは得意で。だから、駈にああ指摘されたときも、やっぱりそうなんだ……って結構ショックだったんだよね」
「指摘?」
「新曲聴いてもらったとき、駈は言ったろ。他人に受ける部分がいつのまにか、俺らしさになってしまっているんじゃないか……って」
「……見当違いのこと言ったのかと」
駈がそう呟くと、英は少し焦ったように「あの時はほんと……ゴメン」と気まずそうに顔を逸らした。
「まぁ、とにかく……今まで、そういう自分を変えたいって思ったことが無いわけじゃなかったんだよ。でも……結局、あれこれ言い訳して、ちゃんと向き合うことから逃げてきた」
その結果がこれさ、と英は力なく笑った。
「俺に駈の仕事のことは分からない。どういう経緯で駈がそんな状況になっているのかも。どんなことが駈をそこまで苦しめているのかも」
英はテーブル上のコップを見やりながら、自分のことより余程辛そうに言葉を吐き出す。
「……でも、これだけは言える」
英はもう一度、駈へと向き直った。
「きっと、駈は戦ってきたんだろ」
力強いのに温かいその目が、駈を包み込む。
「俺ならすぐに諦めて目を瞑りそうなことにも、駈はきっと立ち向かってきたんだろ。それで、傷ついて、ボロボロになっても……前に進もうとしたんだよな」
「……」
駈は言ってやりたかった。
俺の何が分かるんだよ。ずっと離れていたくせに、何もかも知ったようなことを言うな――
でも、そのどれもが音になることは無かった。
そのかわり、また、頬を熱い雫が濡らしていく。
込み上げる涙をみっともなく流し続ける駈の背中を、英はその腕の中へと引き寄せた。
「もう……もう、大丈夫」
駈は籠った息を吐き出すと、彼の胸に手を付いた。
英はあれからずっと、駈が泣き止むまでその背中をさすり続けてくれていた。
「ごめん、なんか、取り乱した、っていうか……変なところを見せたよな……って、今更だけど……」
まごつきながらそう言ってもう一度胸を押すと、ゆっくりとそのぬくもりが離れていく。
……と思ったら、目元に柔らかい何かが触れる。
勢いよく顔を上げると。
「駈って意外と泣き虫だったんだな」
唇を軽く舐めながら、世の中の女性を虜にするような甘い表情を浮かべる英がいた。
「……」
その腹部に向けて肘鉄を食らわせる。
「いった!」
「ったく……俺の周りには気障なヤツしかいないのか」
そうため息を吐くと、今度は「え、それって誰? 誰?」とウザく絡んでくる英にさらにげんなりした。
「でも、その……ありがとう」
――それは本当に、耳を澄まさないと聞こえないほどささやかな声だった。
でも、そんな音量でも英の耳には届いたらしい。
彼は駈へ視線を送ると、
「俺の方こそ、だよ」
とその口元を緩めた。
「……?」
駈は首を傾げる。
(この前のアドバイスについての礼なのか?)
すると英はふっと小さく息を吐くと、
「やっぱり生身の駈は最高だ、って話!」
と訳の分からないことを言った。
「さて……と」
すっかり落ち着きを取り戻した駈を見て、英は腰を上げる。
「明日って仕事?」
二人分のマグカップを手にキッチンへと向かった英は、振り返りながらそう尋ねる。
時計を見ればもうまもなく二時を回ろうとしていた。
「いや、明日は休みだけど……」
「そっか、いいなぁ……って、俺も夕方からだけどさ」
打ち合わせか? と聞くと「収録だよ」と返される。
「じゃあ、早く寝ないと……あっ」
(そういえばこいつ、酒飲んでたんだった)
泊っていくか? と気安く口にしようとして……口を噤む。
これまでのことが走馬灯のように頭を駆け巡って、駈はかあっと頬を染める。
(この状態で、そう言うっていうのは、つまり……)
駈があわあわと百面相をしていると、キッチンから英が戻ってくる。
「大丈夫だよ、俺は。本当に夜型なんだ。寝るのはいつも明け方でさ――」
そこまで喋った辺りで、駈の異変に気付いたらしい。
腰を屈めると、駈の耳元に顔を寄せる。
「まぁでも……駈が誘ってくれるなら、一緒に寝ようかな」
「は……はぁ!?」
一拍遅れで振り向くと、もうそこに英はいなかった。
辺りを見回すと、彼は床に投げ置いていたバッグを拾い上げているところだった。
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