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少し指を動かすだけで過敏に反応する、感じやすい身体。
この身体を、今まで思うままに味わってきただろう男たちの影が勝手によぎる。
過去に嫉妬しても意味はないと頭では分かっていた。それをぶつける相手は目の前にいる駈では決してないことも。
それなのに、その情動は英の中を渦巻いて、その思考までも混濁させていく。
「英……?」
不安そうにこちらを見ていた駈と目が合う。
「……」
そんな苛立ちをかき消してしまいたくて、英は後頭部に添えていた手に力を込めた。
突然ぐっと引き寄せられ、寸分の隙間なく唇が合わさる。目を白黒させる暇もなく、無理やり舌が捻じ込まれてくる。
「ん、ン……ッ!」
息継ぎのタイミングを外され、駈は苦しげに呻いた。
引きはがそうと背中の布を思いきり引っ張るが、彼はそれに抵抗しようと無理やりに口の中を犯してくる。
頭と腰をがっちりと固定され、不自由な体勢のまま駈はそれに耐えるしかなかった。
いつの間にかさっきまでの甘い空気は霧散し、下品なほどの水音が部屋中に充満する。
力任せの激しすぎる口づけに舌は痺れ、頭もぼうっと霞んでくる。
もはや掴んでいるだけになっていたシャツから、とうとう手が外れる。
「……ッ、ぅ……」
目の端に溜まっていた涙が溢れ、その頬を滑り落ちていった。
しばらくそうして駈を拘束していた英だったが、流石に自分も息苦しくなってきたらしい。
ぷは、とその唇を離し、べとついたそこを拭う。
一方、ようやく解放された駈はというと、すっかり体の芯をなくしたかのようにふらりとよろめいた。
危うくひっくり返りそうになり、英は慌てて自分の肩へと凭れさせる。
「おっと……大丈夫?」
その顔を覗き込もうと頬へと手を伸ばし――英は息を飲んだ。
彼の頬は、涙で濡れていた。
その瞬間、頭に上っていた血が一気に下降する。
「あっ……、ごめん、駈……っ」
駈はまだ肩を震わせながら、けほけほと小さく咳をしている。その姿に、英はますます顔色を失くしていく。
「ごめん、本当に、俺……」
「……」
ようやく呼吸が落ち着いてきた駈は、英の肩口から顔を上げた。
さっきまであんなに傍若無人に振る舞っていた男は、駈を抱きしめたまま動かなくなってしまっていた。
さっきまでは正直、もうイキそうで辛くてそれどころではなかった。
キスと愛撫だけでそうなってしまうのはプライド的にどうしても避けたくて、どうにか逃れる方法を考えていた矢先のそれに、本当に窒息死するんじゃないかとさえ思ったほどだ。
でも、こうしてしょんぼりしてしまった彼を見ていたら、少し頭に冷静さが戻ってきた。
「英」
静かに名前を呼ぶ。
それに応えるように、のろのろと英が顔を上げる。
「お前こそ、どうかしたのかよ……って、心配の一つもしてやろうと思ったけど」
「……」
英は叱られた犬のような顔で、じっと駈を見ている。
「お前もほんと、そういうとこだからな」
駈はそう言うと、むに、と英の頬をつまんでやった。
仕切り直し……というわけではないが、二人はもう一度向き合うと、お互いの身体に腕を回そうとした。
だが、熱に浮かされていない状態だとやはり気恥ずかしさが勝ってしまう。
何となくぎこちなくなり、結局二人とも、空中を彷徨わせていた腕を下ろしてしまった。二人の口から笑い声が漏れる。
だが、英はすぐにその口を引き結ぶと、駈へと真摯な目を向けた。
「優しくするから」
これまで通りなら「何カッコつけてんだよ」と茶化してやるところだった。だが、さっきのことが余程堪えたらしい英にそう言うのは少し酷な気がした。
駈はふっと笑うと、英の頬へと手のひらを寄せた。
「別に……そんなに気を遣う必要ないって。俺はか弱くもないし、それに、もう――」
あ、と思った時には、その唇は英によって塞がれていた。
「お前……」
呆れたように眉を下げると、英はすぐに「ごめん」と呟く。
しかしその目には、さっき駈を追い詰めたときに見せた、焼け付きそうな激しい色がゆらりと浮かんでいた。
英の左手が、駈の右手へと伸ばされる。
指と指を絡ませながらきゅっと握り込まれ、駈はぴくりと身体を反応させた。
「駈は言ったよな。俺たちのこれまでの人生の上に、今の俺たちがいるんだって」
「あ、ああ……」
「だから俺も、駈の今までごと、駈を抱きたい」
「……!」
はっきりと言葉にして突きつけられたその欲に、駈はひゅっと息を飲む。
梳ける前髪の間から燃えるような琥珀にまっすぐに貫かれ、奥底からその炎に舐められていくように身体が熱くなっていく。
「英……」
名前を呼ぶ声が震えている。
英はその声に応えようと、絡められた指に力を込める。
そして、祈るように呟いた。
「でも今は……今だけは、俺だけの駈でいてよ」
この身体を、今まで思うままに味わってきただろう男たちの影が勝手によぎる。
過去に嫉妬しても意味はないと頭では分かっていた。それをぶつける相手は目の前にいる駈では決してないことも。
それなのに、その情動は英の中を渦巻いて、その思考までも混濁させていく。
「英……?」
不安そうにこちらを見ていた駈と目が合う。
「……」
そんな苛立ちをかき消してしまいたくて、英は後頭部に添えていた手に力を込めた。
突然ぐっと引き寄せられ、寸分の隙間なく唇が合わさる。目を白黒させる暇もなく、無理やり舌が捻じ込まれてくる。
「ん、ン……ッ!」
息継ぎのタイミングを外され、駈は苦しげに呻いた。
引きはがそうと背中の布を思いきり引っ張るが、彼はそれに抵抗しようと無理やりに口の中を犯してくる。
頭と腰をがっちりと固定され、不自由な体勢のまま駈はそれに耐えるしかなかった。
いつの間にかさっきまでの甘い空気は霧散し、下品なほどの水音が部屋中に充満する。
力任せの激しすぎる口づけに舌は痺れ、頭もぼうっと霞んでくる。
もはや掴んでいるだけになっていたシャツから、とうとう手が外れる。
「……ッ、ぅ……」
目の端に溜まっていた涙が溢れ、その頬を滑り落ちていった。
しばらくそうして駈を拘束していた英だったが、流石に自分も息苦しくなってきたらしい。
ぷは、とその唇を離し、べとついたそこを拭う。
一方、ようやく解放された駈はというと、すっかり体の芯をなくしたかのようにふらりとよろめいた。
危うくひっくり返りそうになり、英は慌てて自分の肩へと凭れさせる。
「おっと……大丈夫?」
その顔を覗き込もうと頬へと手を伸ばし――英は息を飲んだ。
彼の頬は、涙で濡れていた。
その瞬間、頭に上っていた血が一気に下降する。
「あっ……、ごめん、駈……っ」
駈はまだ肩を震わせながら、けほけほと小さく咳をしている。その姿に、英はますます顔色を失くしていく。
「ごめん、本当に、俺……」
「……」
ようやく呼吸が落ち着いてきた駈は、英の肩口から顔を上げた。
さっきまであんなに傍若無人に振る舞っていた男は、駈を抱きしめたまま動かなくなってしまっていた。
さっきまでは正直、もうイキそうで辛くてそれどころではなかった。
キスと愛撫だけでそうなってしまうのはプライド的にどうしても避けたくて、どうにか逃れる方法を考えていた矢先のそれに、本当に窒息死するんじゃないかとさえ思ったほどだ。
でも、こうしてしょんぼりしてしまった彼を見ていたら、少し頭に冷静さが戻ってきた。
「英」
静かに名前を呼ぶ。
それに応えるように、のろのろと英が顔を上げる。
「お前こそ、どうかしたのかよ……って、心配の一つもしてやろうと思ったけど」
「……」
英は叱られた犬のような顔で、じっと駈を見ている。
「お前もほんと、そういうとこだからな」
駈はそう言うと、むに、と英の頬をつまんでやった。
仕切り直し……というわけではないが、二人はもう一度向き合うと、お互いの身体に腕を回そうとした。
だが、熱に浮かされていない状態だとやはり気恥ずかしさが勝ってしまう。
何となくぎこちなくなり、結局二人とも、空中を彷徨わせていた腕を下ろしてしまった。二人の口から笑い声が漏れる。
だが、英はすぐにその口を引き結ぶと、駈へと真摯な目を向けた。
「優しくするから」
これまで通りなら「何カッコつけてんだよ」と茶化してやるところだった。だが、さっきのことが余程堪えたらしい英にそう言うのは少し酷な気がした。
駈はふっと笑うと、英の頬へと手のひらを寄せた。
「別に……そんなに気を遣う必要ないって。俺はか弱くもないし、それに、もう――」
あ、と思った時には、その唇は英によって塞がれていた。
「お前……」
呆れたように眉を下げると、英はすぐに「ごめん」と呟く。
しかしその目には、さっき駈を追い詰めたときに見せた、焼け付きそうな激しい色がゆらりと浮かんでいた。
英の左手が、駈の右手へと伸ばされる。
指と指を絡ませながらきゅっと握り込まれ、駈はぴくりと身体を反応させた。
「駈は言ったよな。俺たちのこれまでの人生の上に、今の俺たちがいるんだって」
「あ、ああ……」
「だから俺も、駈の今までごと、駈を抱きたい」
「……!」
はっきりと言葉にして突きつけられたその欲に、駈はひゅっと息を飲む。
梳ける前髪の間から燃えるような琥珀にまっすぐに貫かれ、奥底からその炎に舐められていくように身体が熱くなっていく。
「英……」
名前を呼ぶ声が震えている。
英はその声に応えようと、絡められた指に力を込める。
そして、祈るように呟いた。
「でも今は……今だけは、俺だけの駈でいてよ」
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