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忠珍鱈

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予想もしなかった申し出だった。
驚きと混乱に、駈は呆然としてしまう。
そんな駈に、山潟はまたあの人好きのする笑顔を浮かべると「いきなりで悪いなとは思ったんだけどさ」と頭をかいた。
「さっき、瞬太に泣きつかれた話しただろ? あいつその時、こう言ってきてな。『競合他社に取られるぐらいなら、山潟サンが取ってくださいよ!』ってさ」
「……どうしてだ?」
「あいつのことだ、そういう所に行かれたんじゃ、きっと今までみたいに仲良くは出来なくなると思ったんだろうな。それに確かに、ウチは競合他社ってレベルじゃないけどさあ……ほんと、先輩を何だと思ってんだって話だよな」

不満げに鼻を鳴らしてグラスの中の氷をつつく山潟を眺めながら、駈はそっと口を覆った。
藤河が自分を慕ってくれているのは何となくは感じていたが、まさかここまでとは……と、胸がほわりと温かくなる。

指の隙間から覗く綻んだ口元。それを見て、山潟もつられてにっこりと微笑む。
だがすぐに真面目な顔に戻すと、「あいつのことは置いといて」とまた自身の会社へと話を戻した。

「俺の会社はその通り、お前が今までいたところと比べたら吹いて飛びそう……ってのは言い過ぎだけど、まぁそう大きくもないところでな。引き受ける仕事もゲーム関連に限らず雑多に何でもって感じなんだ。もちろん給与の面も今と同じ水準って訳にはいかないとは思うんだけど――」
でもな、と山潟は力強く駈を見つめた。
「裁量は大きいから、自分のやりたいように出来るし、そして何より、お客さんとの距離が近いからな。やりがいは感じられるはず!」
そこまで言って、山潟は「この誘い文句……まるでブラック企業だな」と自らに突っ込みを入れた。
 
「それに……藤河だけじゃないんだ」
山潟は駈に向けていた視線をフッと緩める。
「俺も、いつか自分の会社を持てたら……お前と働いてみたい、って思っていたからさ」

駈は無言のまま、その言葉の意味を考えていた。
きっと彼は、これまでの職場での駈のことを藤河から聞いてきたはずだ。
藤河のプラス補正が相当入っているとはいえ、異動になったこと、退職に至った経緯などは当然耳にしているだろうし、雇用者としては知っておくべき情報だろう。
それでも、彼は自分が必要だと言ってくれている。
その言葉が同情や気まぐれから発せられたものでないことは、駈には十分分かっていた。
なにせ、中学時代からの付き合いなのだ。

さっきまで駈を見つめていたその目はもう逸らされ、やや気恥ずかしげな横顔が見えている。
駈は手元のコーヒーを手にすると、それを一口分、喉へと流し込む。
コト、とグラスを置くと、彼がこちらを向いた気配がした。
駈は一呼吸置くと、顔を上げ、彼をしっかりと見つめ返した。

「こんな俺で良ければ……よろしくお願いします」


駈の返事を聞いた途端、山潟は「良かった~!」とテーブルに突っ伏した。
「なんだよ、俺が断ると思ってた?」
あんなに熱烈に勧誘しておきながら……そんなに自信がなかったのだろうか。
駈が山潟を見やると、彼はポケットから取り出したハンカチで額に浮いた汗を拭いながら、「まぁ、あそこからウチってなると、そりゃなぁ」と眉を下げた。
「それに……もし、しくじったらどうなるか……って、あいつに脅されてたからさ」
「…………」
一体どんな先輩後輩関係なんだろう。
甚だ疑問は感じつつ、プレッシャーから解き放たれたらしい山潟に駈はくすりと笑みを零した。


そのまま『善は急げだ』と張り切る山潟の車に乗せられ、彼の会社見学をさせられた後。

「そういやお前、英とはどうなったんだ?」

家まで送るよ、と再び車に乗せられてすぐ、山潟はそう尋ねてきた。
「え!? な、なんで、あいつが……?」
挙動不審過ぎる反応をしてしまい慌てて隣を見たが、彼は大して気にしてはいないようだった。
危なかった、とひそかに胸を撫で下ろす。
……だが、そのあとに飛び出した台詞がまずかった。

「だってお前、あいつのことずっと好きだったろ?」
「……はっ!?」
駈は音が出そうなほどの勢いで山潟へと振り向く。車を運転しているのが自分だったら間違いなく事故を起こしていたはずだ。
一方、そのとんでも発言の主はというと、「ん? 違ったっけ?」と小首を傾げている。

駈は顔を赤くしたり青くしたりしながら、汗でびしょびしょの手を握りしめる。
冷静になれ、と言い聞かせて運転中の山潟の横顔を盗み見る。その顔は年齢こそ重ねてはいたが、その雰囲気は学生時代とさほど変わってはおらず、何か探ったり、カマをかけたりするような意図は見えなかった。
……それにしても、だ。
二人が仲がいいのを知っているだけだと思っていた。
(まさかこいつ、こんなに勘が鋭かったなんて……いや、俺たちの態度のほうがアレだったのか……?)

暗示も空しく、結局おたおたとうろたえっぱなしの駈に、山潟は「余計なこと聞いたかな」と申し訳なさそうな目を向ける。
「いや、違うんだ。そうじゃなくって、その……」
駈はしばらく口を開けたり閉じたりしていたが、ようやく腹を決めると山潟へと向き直った。

「実は、この前から、その……付き合うことになったんだ」

「…………ん??」
車ががくりと揺れる。
赤信号に停車しただけだったが、強めに踏み込まれたブレーキに駈は「おい!」と声を上げる。
山潟はそんなことなど耳にも入らないようで、がばりと駈へと振り向いた。
「お前、今、なんて言った?」
改めてそう尋ねられ、さらに身体中が熱くなる。
駈は自棄になったように、「だから、あいつと……付き合うことになったんだってば」と繰り返した。
山潟はその答えに「付き合う、付き合う……」と口の中で何度か呟いた後、
「付き合う……ってのは、あの、……ってことか?」
そう言って目を丸くした。
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