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忠珍鱈

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それから約一時間、さらにお互いの近況や今流行りのゲームなどあちらこちらに話題を飛ばしながら二人は杯を重ねていった。

と、ほろ酔い気分で目の前の天ぷらをつまんでいた駈は、ずっと気になっていたあることを尋ねてみることにした。

「なあ、そういやさ」
「……はっ、はい?」
がつがつと釜めしに食らいついていた藤河はその声に一旦箸を止めると、まるで漫画みたいに口の脇に米粒を付けたまま顔を上げた。
駈は笑いながら自分の口元を指してそれを伝えてやると、言葉を続けた。

「以前、俺のいた部署のことなんだけど……あれからどんな感じだ?」

駈の指摘に照れながら頬を拭っていた藤河だったが、その言葉を聞くなり、いきなり真顔になる。
そして、
「どんな感じ、ですか……」
そう言って一旦目を逸らした後、「何も聞いてませんか?」と、駈の目を探るように覗き込んだ。
「あ、ああ。連絡を取り合うような奴もいないしな」
そう答えると、なぜか藤河は一瞬、満足げな顔を覗かせてから、
「それが、まぁ……あったんすよ」
と意味深な笑みを浮かべた。
「いろいろ……?」
含みのある言い方に駈が緊張した様子を見せると、藤河は「でも、そう悪いニュースじゃないですけどね」とさらに口の端を吊り上げた。

「樋野サンの後任として戻ってきたあの男、覚えてます?」

その話題が出た途端、駈は分かりやすく顔を顰めた。
「ああ、あのムカつく奴な」
「あれ、樋野サンがそんなこと言うなんて珍しいですね」
「まぁ……前にちょっと、色々あってさ」

あの自販機脇での気分の悪くなるやり取りを思い出し、駈は手元の薄くなったハイボールを飲み干した。
藤河はそんな駈の様子にこれ以上突っ込むことはせず、同じようにほったらかしにしていた焼酎を啜る。

「で、そいつなんですけど……なんと、とうとう会社、辞めたんですよ」
「……え!?」

駈はガン、とタンブラーを置いて藤河を見つめる。

「辞めた……? 解雇ってことか?」
「いや、そうじゃないっすけど……まぁ、さすがにあのまま居続けるってのは、いくら面の皮の厚そうなヤツでも無理ってもんでしょうね」
藤河はニヤリと小さく笑う。
「……一体、何があったんだ?」

すると藤河はグラスの中身を全て喉へと流し込むと、ふん、と鼻を鳴らした。

「あいつですよ、羽根田……羽根田政人」


久しぶりに聞くその名前に、駈の脳裏に一気に当時のことが蘇る。


結局……あの屋上でのやりとりの後も、羽根田は駈が退職するその前日まで、どこかよそよそしい態度を崩そうとしなかった。

そしてとうとう勤務最終日。
空の状態に戻したデスクからいよいよ駈が立ち去ろうとしたときだった。

「樋野さん」

後ろから声が掛かる。
呼び止めたのは、予想通りの男だった。

「あの、俺、本当に……」

また謝り出しそうな羽根田のその様子に、駈はふっと笑いかけると、その横腹をぽん、と叩いてやる。
もの言いたげに斜め上から見つめる彼に、駈はしっかりとその顔を見上げて微笑んだ。

「頑張れよ」

そう短く言い残し、今度こそ色々と思い出深いそこから踵を返す。

「ありがとう、ございました」

背後から聞こえた小さな声。それに軽く手を挙げ颯爽と消える――のは柄じゃなさすぎて到底無理だったので、駈は振り向きざまに小さく手を振ってそれに応えた。

帰宅する人たちで騒がしいフロアでただ一人、羽根田はいつまでも頭を下げ続けていた。


外に出ると、真夏には無かった涼しい風がビルの間を吹き抜け、駈のジャケットをはためかせた。

駈は最後に一度だけ、長年通い続けたその建物を見上げる。
ガラス張りのビルは夕日を反射し、燃えるような赤が目に染みるようだった。
その姿を網膜へと焼き付けると、そこからは二度と振り返ることなく、その場を後にしたのだった。


「……」
「ちょっと、樋野サーン?」
「……あ、ああ、何?」
すっかり過去へと記憶を飛ばしていた駈に、藤河は「まだ酔うのは早いっすよ」と肩を竦めた。
「ここからが面白いところなんですから~」
「いやいや面白いってなんだよ」
ふざける藤河に突っ込みを入れつつ、駈はごくりと唾を飲み込む。

あの日、後を託したはずの彼が一体何をしたというのだろう――不安そうな表情を見せる駈に、藤河は勿体を付けることなく事の詳細を語り始めた。
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