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「あいつ、例の後任の男とだいぶソリが合わなかったみたいで、たびたび衝突していたそうなんです」
「衝突……」
「もちろん、あいつが一方的に突っかかってたとかそういうことじゃなくて。どうやらその男って、仕事をしないことで有名だったそうで。そうなるともう、ソリがどうのって話じゃないですが……でも、樋野サンが入る前も確かその体制だったんですよね?」
「あ、ああ、そうだな」
「そのときは特に何か揉めていたとか、聞いたこと無かったんですけどね。まぁ、当時から何かしら、思う所はあったのかもしれないっすけど」
「まぁ、かもな……」
適当な相槌を打ちながら、駈はその男うんぬんよりもずっと羽根田の変化の方に驚いていた。そして、その変化の原因の一端が自分にあるかもしれない……というのに少しだけむず痒いような気分になり、とりあえず無言で冷えた天ぷらを口に運んだ。
藤河はちょうど届けられたコップ二つと四合瓶を受け取ると、そこにどくどくと日本酒を注ぎ入れて駈へと差し出す。
そしてもう一つの方にも同じようにたっぷりと注ぐと、そのまますぐ口を付けて喉を潤わせながら、大分赤くなってきた顔で話を続けた。
「でも、いくらあいつが文句を言ったところで中々状況は変わらなくて。で、結局それまではあいつが実質リーダーみたいな感じで周りを動かしていたそうなんですが……あるとき事件が起きまして」
「……事件?」
藤河は殊更ゆっくりと頷いて見せた後、「まぁ、予想を裏切らないレベルの事件っすけどね」と付け足した。
「ちょうどその日はあいつが出張の日で。そんな時に限って、重要な決裁の書類が上がってきたんです。それで案の定、その男が大した確認もしないままそれを通そうとして……一本早めて出張から帰ってきたあいつがそれを見つけて、とうとうブチキレた、って訳です」
「…………」
駈はじっと藤河の話に耳を傾けるふりをしながら、その実、とにかく平静を保とうと必死だった。
あの時の反省をしっかりと生かそうとする羽根田の姿はやはり嬉しくはあるのだが……まるであの日の自分を彼に再現されているようで、何とも言えない恥ずかしさに汗が噴き出してくる。
「で、あの広いフロアじゃないですか。二人の言い争う声に、周りもなんだなんだと野次馬をしだして」
……まさに当時と同じ状況だ。
駈はなみなみと注がれたコップを何とか引き寄せ、救いを求めるように一口喉へと流し込む。
酔っぱらっている藤河はますます調子づいてきて、身振り手振りを交えながら興奮気味にその状況を語っていた。
「そこにいた僕の友人曰く、あの男、最初は見苦しく言い訳していたそうです。でも、あいつにその一つ一つを論破されていって……で、何を血迷ったのか、よりにもよって『上からそうするようにせっつかれた』って言っちゃったんすよね」
「うわ……」
駈は心底呆れた顔をした。
というのも……あの大騒動以来、そこあたりの確認体制は真っ先に改善され、以前のように駈のいた部署だけにしわ寄せがくる、ということは無くなっていたからだった。
「そんなこと言われたら、そりゃ、『じゃあその上とやらに確認しましょう』ってなるじゃないですか。で、即そうしちゃうのがあいつの凄いところなんですが……ということで嘘がばれ、めでたくジ・エンド、って感じです。……といっても、既に上もその男に目を付けていたようで。あいつがキレなくたって、遅かれ早かれこうなっていたってところではあるんですけどね」
「……なるほどな」
ようやく終わった話に、駈は暑いふりを装って冷や汗を拭った。
と、駈はふと、あることに気が付く。
「っていうかお前、なんで羽根田のこと知っているんだ?」
そう、さっきから藤河は羽根田のことを「あいつ」と呼んでいた。
以前の事件の際、確かに少し顔を合わせてはいたが、もう共通の知り合いである駈がいなくなった今、二人にそこまで接点はないはずだ。
いつの間にそんなに仲良くなったのだろうと、微笑ましい気持ちでそう尋ねたのだが。
しかし藤河は、「ああ、そのことですか」と顔を顰める。
そして、さも忌々しげに呟いた。
「よく会うんですよ……あの屋上で」
屋上――その言葉に、駈は「ん?」と声を上げる。
「お前、屋上って……あの、ベンチのある屋上か?」
「あ、はい……っていうか、それ以外の屋上ってあるんですか?」
くすりと笑われ、駈は「そりゃそうだけども……」と口ごもる。
「というか、どうしてお前がそこを知っているんだよ」
あの場所は随分前に立入禁止にされ、そこに繋がる一つしかない階段も、人気のない廊下の端、まるで隠し扉のように絶妙に人目に付かないドアの奥にひっそりと隠れているのだ。
ちなみに、以前羽根田とマンツーマンで話をしたことを藤河に話した時も、場所については伏せていたはずだ。
だが藤河はけろっとした顔で、「そりゃ知っていますよ」とのたまった。
「だってあそこは僕のとっておきの場所なんですから」
「とっておきの場所?」
「まぁ、端的に言うと……昼寝場所ってやつですね」
「……」
主任がそれでいいのだろうか……と、駈は全く悪びれもしない藤河に呆れた目を向けた。
「衝突……」
「もちろん、あいつが一方的に突っかかってたとかそういうことじゃなくて。どうやらその男って、仕事をしないことで有名だったそうで。そうなるともう、ソリがどうのって話じゃないですが……でも、樋野サンが入る前も確かその体制だったんですよね?」
「あ、ああ、そうだな」
「そのときは特に何か揉めていたとか、聞いたこと無かったんですけどね。まぁ、当時から何かしら、思う所はあったのかもしれないっすけど」
「まぁ、かもな……」
適当な相槌を打ちながら、駈はその男うんぬんよりもずっと羽根田の変化の方に驚いていた。そして、その変化の原因の一端が自分にあるかもしれない……というのに少しだけむず痒いような気分になり、とりあえず無言で冷えた天ぷらを口に運んだ。
藤河はちょうど届けられたコップ二つと四合瓶を受け取ると、そこにどくどくと日本酒を注ぎ入れて駈へと差し出す。
そしてもう一つの方にも同じようにたっぷりと注ぐと、そのまますぐ口を付けて喉を潤わせながら、大分赤くなってきた顔で話を続けた。
「でも、いくらあいつが文句を言ったところで中々状況は変わらなくて。で、結局それまではあいつが実質リーダーみたいな感じで周りを動かしていたそうなんですが……あるとき事件が起きまして」
「……事件?」
藤河は殊更ゆっくりと頷いて見せた後、「まぁ、予想を裏切らないレベルの事件っすけどね」と付け足した。
「ちょうどその日はあいつが出張の日で。そんな時に限って、重要な決裁の書類が上がってきたんです。それで案の定、その男が大した確認もしないままそれを通そうとして……一本早めて出張から帰ってきたあいつがそれを見つけて、とうとうブチキレた、って訳です」
「…………」
駈はじっと藤河の話に耳を傾けるふりをしながら、その実、とにかく平静を保とうと必死だった。
あの時の反省をしっかりと生かそうとする羽根田の姿はやはり嬉しくはあるのだが……まるであの日の自分を彼に再現されているようで、何とも言えない恥ずかしさに汗が噴き出してくる。
「で、あの広いフロアじゃないですか。二人の言い争う声に、周りもなんだなんだと野次馬をしだして」
……まさに当時と同じ状況だ。
駈はなみなみと注がれたコップを何とか引き寄せ、救いを求めるように一口喉へと流し込む。
酔っぱらっている藤河はますます調子づいてきて、身振り手振りを交えながら興奮気味にその状況を語っていた。
「そこにいた僕の友人曰く、あの男、最初は見苦しく言い訳していたそうです。でも、あいつにその一つ一つを論破されていって……で、何を血迷ったのか、よりにもよって『上からそうするようにせっつかれた』って言っちゃったんすよね」
「うわ……」
駈は心底呆れた顔をした。
というのも……あの大騒動以来、そこあたりの確認体制は真っ先に改善され、以前のように駈のいた部署だけにしわ寄せがくる、ということは無くなっていたからだった。
「そんなこと言われたら、そりゃ、『じゃあその上とやらに確認しましょう』ってなるじゃないですか。で、即そうしちゃうのがあいつの凄いところなんですが……ということで嘘がばれ、めでたくジ・エンド、って感じです。……といっても、既に上もその男に目を付けていたようで。あいつがキレなくたって、遅かれ早かれこうなっていたってところではあるんですけどね」
「……なるほどな」
ようやく終わった話に、駈は暑いふりを装って冷や汗を拭った。
と、駈はふと、あることに気が付く。
「っていうかお前、なんで羽根田のこと知っているんだ?」
そう、さっきから藤河は羽根田のことを「あいつ」と呼んでいた。
以前の事件の際、確かに少し顔を合わせてはいたが、もう共通の知り合いである駈がいなくなった今、二人にそこまで接点はないはずだ。
いつの間にそんなに仲良くなったのだろうと、微笑ましい気持ちでそう尋ねたのだが。
しかし藤河は、「ああ、そのことですか」と顔を顰める。
そして、さも忌々しげに呟いた。
「よく会うんですよ……あの屋上で」
屋上――その言葉に、駈は「ん?」と声を上げる。
「お前、屋上って……あの、ベンチのある屋上か?」
「あ、はい……っていうか、それ以外の屋上ってあるんですか?」
くすりと笑われ、駈は「そりゃそうだけども……」と口ごもる。
「というか、どうしてお前がそこを知っているんだよ」
あの場所は随分前に立入禁止にされ、そこに繋がる一つしかない階段も、人気のない廊下の端、まるで隠し扉のように絶妙に人目に付かないドアの奥にひっそりと隠れているのだ。
ちなみに、以前羽根田とマンツーマンで話をしたことを藤河に話した時も、場所については伏せていたはずだ。
だが藤河はけろっとした顔で、「そりゃ知っていますよ」とのたまった。
「だってあそこは僕のとっておきの場所なんですから」
「とっておきの場所?」
「まぁ、端的に言うと……昼寝場所ってやつですね」
「……」
主任がそれでいいのだろうか……と、駈は全く悪びれもしない藤河に呆れた目を向けた。
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