dominante_motion

忠珍鱈

文字の大きさ
86 / 98

86

しおりを挟む
「さっきの言葉、訂正しないといけないな」
「え……?」
「君のこと、守ることができなかった……さっき私はそう言ったね。でも……君はもうとっくに、そんな子供ではなかったんだね」
「時田さん……」
「君の働きぶりを見ていれば分かりそうなものなのに、まったくね。私の中では君はどうにも、あの高校生の姿のままらしい」

困ったものだよ、とため息を吐く時田に、駈は心の中がふわっと温かくなるのを感じて……そして、はっと気が付く。

「高校生……?」

彼の言葉は明らかにおかしかった。
なぜなら、彼と出会ったのはあの会社に入ってからのはず――
ぐるぐると混乱している駈に、時田はくすりと笑い、ネタばらしをした。

「第○回……だっけかな? 高校生作曲コンクール入賞、樋野駈くん」
「……!!」
「あの時の審査員の一人が、私だったんだよ」

と、プルル、と時田のスマホが音を立てる。
時田は駈へと手で詫びると、通話ボタンを押した。
電話口の向こうからは元気な女性の声が響いてくる。
もう駐車場まで着いたからね、という声が耳を澄まさずとも聞こえてきて、駈は椅子から立ち上がった。

「もう行くのかい」
通話を終えた時田が残念そうな顔をする。
「諸々の手続きとかはもう済んでいるんだ。後は帰るだけだから、良かったら乗っていかないか?」
そう気を遣う時田に、駈は「お気持ちだけで」と頭を下げた。
「それよりも……もっと身体が良くなったら、一緒にご飯、行きませんか」
そう笑いかけると、彼もまた「ああ、是非とも」と笑い返した。

「それでは、お体大切にお過ごしくださいね」
「ありがとう。君も、仕事と……その、指輪の子を大切にね」
「……っ、あ、ありがとうございます! それでは、失礼します……っ」
「ふふっ」
真っ赤な顔でつかえながらそう返す駈を微笑ましく見つめていた時田だったが。
ふと、その表情をひきしめると、ドアへと向かっていた駈を呼び止めた。

「最後に、お節介を承知で言ってもいいかな」
「……?」
振り向いた駈に、時田は「説教くさいって思わないでね」と眉を下げた。

「仕事と同じくらい、いや、仕事以上に……夫婦ってのは難しいもんでね。こういう予想できないことだって起こったりするわけだしさ」
時田はそう言って首をすくめる。
「でもこういうことって、程度の差こそあれ、どこの夫婦にだってありうることみたいでね。今、幸せの絶頂にいるだろう君に、こんな水を差すようなこと言いたくはないんだけど……少なくとも私の周りでは、事実のようだから」
時田は困ったように笑った後、じっと駈を見つめた。

「だからこそ……どんなときも、二人で乗り越えていくんだよ」

「……」
駈は言葉が出なかった。
彼の口から発せられるその台詞はとても重みがあって、それは間違いなく、駈へのエールだった。
だが……駈にはそれが、どこか「覚悟」を試されているようにも感じられた。

駈は手すりに掛けていた指を外すと、もう一度、時田の方へと身体を向ける。
そして、彼の目をまっすぐに見つめ返した。

「時田さんの言う通り……俺たちはきっと、順風満帆とは程遠い生活を送ることになると思います。今までもそうだったように、これからだって」

駈はゆっくり息を吐くと、右手でそっと、銀色の指輪を撫でた。

「でも……あいつとだったら、そんな日々の繰り返しだって、楽しんでいけそうな気がするんです。そうして、あいつと一緒に、少しずつ前に進んでいければな、って……そう、思ってます」

力強くそう言い切った駈に、時田は一つ、うん、と大きく頷く。
そして、ひときわ柔らかく微笑んだ。

「樋野くんらしい言葉だね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完】君に届かない声

未希かずは(Miki)
BL
 内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。  ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。 すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。 執着囲い込み☓健気。ハピエンです。

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

【完結】恋人になりたかった

ivy
BL
初めてのキスは、 すべてが始まった合図だと思っていた。 優しい大地と過ごす時間は、 律にとって特別で、 手放したくないものになっていく。 けれど……

恋なし、風呂付き、2LDK

蒼衣梅
BL
星座占いワースト一位だった。 面接落ちたっぽい。 彼氏に二股をかけられてた。しかも相手は女。でき婚するんだって。 占い通りワーストワンな一日の終わり。 「恋人のフリをして欲しい」 と、イケメンに攫われた。痴話喧嘩の最中、トイレから颯爽と、さらわれた。 「女ったらしエリート男」と「フラれたばっかの捨てられネコ」が始める偽同棲生活のお話。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【創作BL】溺愛攻め短編集

めめもっち
BL
基本名無し。多くがクール受け。各章独立した世界観です。単発投稿まとめ。

先輩のことが好きなのに、

未希かずは(Miki)
BL
生徒会長・鷹取要(たかとりかなめ)に憧れる上川陽汰(かみかわはるた)。密かに募る想いが通じて無事、恋人に。二人だけの秘密の恋は甘くて幸せ。だけど、少しずつ要との距離が開いていく。 何で? 先輩は僕のこと嫌いになったの?   切なさと純粋さが交錯する、青春の恋物語。 《美形✕平凡》のすれ違いの恋になります。 要(高3)生徒会長。スパダリだけど……。 陽汰(高2)書記。泣き虫だけど一生懸命。 夏目秋良(高2)副会長。陽汰の幼馴染。 5/30日に少しだけ順番を変えたりしました。内容は変わっていませんが、読み途中の方にはご迷惑をおかけしました。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

処理中です...