No.8-ナンバーエイト-

偽モスコ先生

文字の大きさ
上 下
27 / 28
宋華王国の受難

実家にて

しおりを挟む
 リオハルト王国から使者がやってきてから数日後。俺は旅を終えた後の日常に浸っていた。

 やっぱりコンビニにいつでも行けるってのはいいな。食いたいときに天チキが食える……こんなに幸せなことはないと思う。

 この数日はコンビニに行ってから家でゴロゴロしつつ、壁の外で魔法の練習がてら危険動物狩りをやったりして過ごしている。何らかの依頼で討伐対象になっている個体を冒険者組合で探しつつ、それを倒してたまに魔石が出れば換金。

 魔石は危険動物からたまに採取できる、魔力を中に秘めた石で、マダラシティの外の世界で主に電気代わりに使われることが多い。炎や雷の魔法では継続的に明かりやエネルギーとして使うには色んな問題があるからだ。

 魔石を身体の中に秘める個体は同じ種類の危険動物の中でも戦闘力が高いので、パッと見ではわからないけど、戦っているとわかる場合もある。それか魔法を使ってくることがあるので、その場合もすぐにわかる。危険動物ってのは普通は魔法を使えないからな。

 昨日は魔石がいくつか採れてお金も入ったから、今日は家でゆっくりしている。今はベッドの上で横になりながらライトノベルを読んでいるところだ。何か忘れているような気もするけど、まあいっか。

 クロスは何となく起動させている。本人は起動されてもされなくてもあまり気にしてないみたいなんだけど、何となく俺が気になるんだよな。そりゃ人間とは感覚も全然違うだろうけど、耳しか聞こえない状況って何か嫌じゃね?

 そんなわけでクロスは俺と一緒になってライトノベルを読んでいる。意外にも全く興味がないというわけではないらしい。そこそこ内容についても質問してきたりする。

「おい。ここ最近お前が読んでいるそれ……ライトノベルとか言ったか?何で最初にすぐ人が死ぬんだ?で、生まれ変わっているのか」
「そういうのが流行りなんだよ。異世界転生っつってな。とりあえず別の世界で生まれ変わらないと話が始まらないから、物語の冒頭で主人公を殺さなくちゃいけないんだよ」
「ふむ……人間というのは中々残酷な生き物なのだな」
「全くだよ」

 それから数時間後。今度はインターネットでweb小説を読んでいると、またもクロスが俺に質問を投げかけてくる。

「おい。このチート系主人公ってのはどういうことだ?」
「異世界転生ものでな、異世界で生まれ変わるときに他の人間が持ってないような特殊な能力やパラメーターを持ってる主人公のことだな」
「それを持ってたらどうなるんだ」
「めっちゃ強い」
「めっちゃ強いのか」
「ああ」

 納得したのかしてないのかわかんないけど、とりあえずクロスは静かになった。それからまた数分後。

「おい、こんなに異世界に転生する人間がいたらこの女神とやらは大変じゃないのか。ちゃんとお金は支払われているのか?」
「女神にお金は必要ないだろ」
「お前たちは食料をお金で買っているだろう。この女神はご飯や住むところはどうしているのだ」
「女神にご飯も住むところも必要ないんじゃね?」
「ガイアには部屋もゲームもあるが……あれもお金で買うんじゃないのか?」
「そう言われてみれば……あいつどこからどうやって調達してるんだろうな」

 今度あいつの部屋に呼ばれたら聞いてみるか。

「というか、そもそも何で人間の転生を担当するのが女神ばかりなんだ」
「そりゃお前、読者が求めてないからだろ」
「そういうものなのか?」
「皆筋肉ムキムキのいかついおっさんに転生させられるよりは、少なくとも見た目は若くて可愛い女の子な女神様に転生させられたいだろ」
「そういうものか」
「ああ、そういうものだ」

 そんなやり取りをしていると、電話がなった。ディスプレイには「実家」と出ている。あれ、このタイミングで何で実家から……。

 あっ。そういえば、暇ができたら寄るとか言って完全に忘れてた。しかもシャルダールと会った日にも親父に実家にすぐ帰るって言ってあったんだ。通話ボタンを押してスマホを耳に当てる。

「もしもし」
「ゲイルだ。いつになったらこちらに顔を出すんだ。もうお腹と背中がくっついてしまったぞ」
「ああ、ごめん。完全に忘れてた。今からそっち行くわ」
「お前……私と母さん、どっちが大事なんだ」
「何だよその二択……俺は何の選択を迫られてるんだよ。せめて家族と仕事とかにしてくれよ。とにかく今から帰るからまた後でな」

 親父はまだ何か言いたそうだったけど、強制的に通話を切った。親父に付き合っていると永遠に続いてしまいそうだからな。

 簡単に荷物をまとめてから部屋を出る。
 俺の部屋があるマンションから実家まではそんなに遠くない。徒歩とバスを合わせて40分くらいだ。歩きながら左の腰に吊り下げたクロスを確認する。

 今日からクロスを連れて外を歩くときは鞘に収まってもらうことにした。本当はかわいそうだから嫌なんだけど、本人は気にしてないみたいだし、いちいち好奇の視線に晒されるのも面倒くさいからな。

 バスに乗ってぼうっとしていると、突然声をかけられた。

「こんにちは。お久しぶりです、お兄さん」

 声がした方に視線を向けると、そこにはこちらに笑みを向けている女の子。
 セミロングの水色の髪で、全体的に大人しそうな雰囲気を持つ美少女だ。背は俺と同じくらいで、こちらに向ける微笑はとても柔らかい。

 俺をお兄さんと呼ぶということはミルの知り合いだろうか……?
 誰だか思い出せず俺が固まっていると、その女の子は別段気にする様子もなく次の言葉を紡いだ。

「私、たけのこときのこならきのこ派なんですけど……」

 何だって?きのこ派?
 わざわざ派閥にわけるのが無意味なくらいたけのこ派の方が多いだろうという世間のこの状況できのこ派だと……?まさかこの子は……。

 うん、全然わからんな。何でそんな情報を俺に与えたの?この子。

「ごめん、正直に言うと思い出せないんだ。弟の知り合いっぽいけど、どこかで会ったことある?」
「いえ、思い出せないのならいいんです……」

 いやいや教えてくれよ。めっちゃ気になるやん。
 それ以降その女の子はずっと俯いて話しかけてくることもなく、気まずさに耐え忍んでいると実家のマンション近くまで来たので、俺はバスを降りた。本当になんだったんだ……。

 親父に電話を入れると、鍵を開けておくから勝手に入ってこい、と言われた。

「ただいま~」

 扉を開けて家に入るものの、誰からも返事はない。さっき自宅から電話をかけてきたんだし、親父はいるはずなんだけど。

 リビングに顔を出すと、親父がトマトジュースを床にぶちまけて体を横たえるという知らない人なら割とシャレにならないボケをかましていたので、スルーして弟の部屋に顔を出す。

 弟の部屋の扉をノックしてみるものの、返事はない。そっと覗いてみると、ベッドの上でヘッドギアをはめて横たわっている。どうやらクソゲー調査団の仕事中らしかった。

 再びリビングに戻ると、リアクション待ちなのか親父はまだ床に横たわったままだ。あちこち見回してみても母さんの姿はない。また謎の仕事中か。

 冷蔵庫に何かあれば食べようかなと思い扉を開けると、しびれを切らした親父がむくりと起き上がった。服が真っ赤だ。それちゃんと自分で洗濯しろよな。

「お前ら兄弟はどうして私のこの捨て身のボケに反応せんのだ」
「俺らが小さい頃からやってんじゃねーか。物心がついて初めて見たときこそ親父が死んだかと思って大泣きしたけど、さすがに慣れるわ。やりすぎなんだよ」

 そういえばと、クロスを鞘から抜いて横に浮かせてやる。
 適当に冷蔵庫にあったものを食べながら親父と話していると、その会話を聞きつけてかVRゲーム……もとい仕事中だったミルがリビングに顔を出してきた。

「おっす兄貴、久しぶりだな……うおっ」

 弟はクロスを見るのが初めてなので、さすがにびびったようだ。

「噂に聞いてたけどすげえなそれ。触ってもいいか?」
「いいけど俺の相棒でクロスって名前があるからな。名前で呼んでくれ」
「クロスだ。残念ながらこいつの相棒らしい」
「よろしくな。へえ……普通の剣とあんま変わんねえな」

 ミルはクロスを手に取ってまじまじと眺めている。
 ちなみに、クロスは起動している状態なら俺の魔力で浮けるから軽く感じるだけで、実際は普通に重い。しかも離れられるようにイメージしてやらないと、俺の近くからは離れられない。起動していない状態ならその限りじゃないけどな。

「そういえばミル、さっきバスでお前の知り合いっぽい女の子に挨拶されたんだけど……水色で、肩くらいまである長さの髪の女の子、知り合いにいるか?」
「思い当たるのはマリンかな……何か他に言ってたか?」
「たけのこときのこならきのこ派だって」
「なんだよそれ」
「聞きたいのはこっちの方なんだけど……」

 今度マリンって子にたけのこ派かきのこ派かの確認をミルに取ってもらうとのことでこの話題は終わりになった。何のこっちゃ。

 その後はミルに相談を受けてミルの調査を手伝うことになった。何でも今やっているゲームの戦闘シーンがリアルでミルには少し難しいらしい。うちには一台しかマシンはないので、俺だけネカフェに移動してからやった。

 そうして数日を実家で過ごしているとビットから連絡があって、久々に二人で狩りに出かけることになる。友達と呼べる人間との狩りってやっぱ少しだけ心が躍るんだよな。

 両親とミルに挨拶をしてから実家を出ると、最寄りのコンビニに寄る。普段は天マしか使わないんだけど、実家の最寄のコンビニだけは少し話が別。

 そこは天界のコンビニでシェア第三位を誇るチェーン「カーサン」なんだけど、さすがに物心ついてた時から通っているだけあって店長やその娘さんとも顔見知りだから久々に顔くらい見ておきたい。

「ラッシャーセー」

 全自動店員ロボは特許を取っているのでどのチェーンでも共通だ。
 カーサンは全体的に母親を連想させる商品づくりを行っているのが特徴で、今回はFFメニューの「お母さんのジャンボフランク」を紹介しよう。響き的に何となく問題がある気がするのは置いておく。

 この「お母さんのジャンボフランク」の最大の特徴は、その大きさだ。
 とにかくでかい。どうやって作ってんだこれ、と思ってしまう。ちなみに女の子が食べているのを見たことはない。

 恐らくこれは家に帰った時にお母さんが「タカシ!ジャンボフランクあるわよ」と言ってくれた時のことを想定されていて、家に帰ればいつも、低予算でむだに大きく作ってくれたお母さんのジャンボフランクがある……というイメージなんだと思う。味も程良くチープな感じだ。

 さて、炭酸飲料だけを持ってレジに向かおうと、ドライ飲料のコーナーでどれを買おうか吟味していたら声を掛けられた。

「あれ?お兄さんじゃないですか!お久しぶりです」

 この子はミリーちゃん。彼氏が50人いるのが特徴だ。
 ミルとは中学の同級生で、ミルのことが気になっているらしい。でも、彼氏が50人いるのと、ミルを意識するがためのあざとい仕草や言動が逆にミルを異常なまでにしらけさせてしまっている。ちなみに、このコンビニの店長兼オーナーの娘だから、俺も一応顔見知りだ。

 全自動店員ロボがいてもそれだけでコンビニの業務を全てこなせるわけではないので、トラブル対処要因ということもあり、コンビニにはいつも必ず一人は人が裏の事務所にいると思っていい。この店の場合は大体店長がいて、ミリーちゃんはたまに遊びに来たり差し入れを持ってきてあげたりしてるみたいだ。彼氏が50人もいるクソビッチなのにいい子なんだよな。

「ミリーちゃん、久しぶりだね。ちょっとだけ実家に帰ったから寄ってみたんだ。また今日から仕事に戻るんだけど」
「え~、そうなんですか。寂しいです!もっと寄ってくださいよ!」
「実家に帰るときは必ず寄るから、次はミルもちゃんと連れてくるよ」
「べ、別にそんな……」

 ミリーちゃんは頬を赤く染めて俯く。あざと可愛い。
 それから少し世間話をすると、店長と会わないうちにさっさと買い物をして店を出た。店長って何となく怖いんだよな……。友達がいないのか、ちょっとフレンドリーに接するとすぐに俺のこと親友とか言い出すし……。

「ッシタァー」

 店の外で『母さんのジャンボフランク』を食べ終わると再びバスに乗り込み、ビットとの待ち合わせ場所になっている、冒険者組合総本部へと向かった。
しおりを挟む

処理中です...