時の宝珠

切粉立方体

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27 愛湯の儀式

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 サラは霧の中を東屋目指して歩いていた。
 霧の中に太い丸太で組んだ武骨で大きな東屋が薄らと浮かんでいる。
 感覚を広げれば地に膨大な熱が広がっている。
 サラは暑い季節、暑い場所が好きである。
 暑さならば身体から放つ熱量を多くすれば何とでもなる。
 周りの熱が探り易くなり感覚が鋭くなる。
 サラは地の底に熟した果実を握り潰した様な弾ける様な感覚を感じていた。
 周囲の熱を調べてみる。
 意識を潜らせると数リーグで熱の触手の感覚が消えてしまう。
 やはり魔力がまるで不足している。
 溜息を吐きながら諦めて再び歩き始める。

 式の世話役は地元民の年長者が交代で務め、マイサの今年の役目は四方の置かれた椅子に座る結界役である。
 魔も霊の存在も信じているが見た事は無い。
 毎年、霧の漂う神秘的なこの場に立つと祖母から聞いた昔話を思い出していた。

 そして、マイサは霧の中に子供の地霊を目撃する。
 例年通りに慣れた足取りで霧に煙る中を東屋に向かって歩いていると、前方に立ち止まっている娘がいる。
 怪訝に思い近づくと小さな子供である。
 全身に悪寒が駆け抜ける。

 今日の儀式に子供が居る筈も無く、式服を纏っているのは昔話に聞く恋への無念の表れに見える。
 周囲を霊魂が呪詛を叫びながら怒り狂っているように霧が渦巻いている。
 地霊は動かず静謐に佇んでいる。
 恐怖に凍りついていると突然荒れ狂う霊魂が消え、地霊が東屋に向かって動き始めた。
 マイサは叫び声を抑え、震える足を励ましながら東屋に向かう地霊を追った。
 右手に握った呪詛払いの数珠を握りしめながら。

 地霊は東屋の手前で濃い霧にまぎれた。
 東屋は高い木柵で囲まれており、中は外に比べ霧は少ない。
 這う様に入り口から入り中を伺う。
 地霊はいた。
 こちらに背を向けて立っている。
 近所の今年結婚した娘達と話している。
 娘達は目の前の子供に異常を感じている様子は無い。
 心を手繰られているのかも知れない。
 足音を忍ばせ近付いて行く。
 数珠を振り上げようとした瞬間、娘達の1人から声がかかる。

「あら、マイサおばさん。紹介するわ、こちらサラさん役所で姉さんがお世話になってるの」

 地霊が振り向く、目も鼻も口も無い白面を想像して悲鳴を上げそうになるが、勝気な整った顔の少女が丁寧に挨拶した。

「サラと申します。宜しくお願いします」
「サラさんはこう見えても新婦さんなの」

 マイサが崩れるように座り込む。

「マイサおばさん、如何したの」

 式に緊張する新婦達の中、東屋の中央付近で笑声が起こる。
 サラが話しをしていた相手は秘密会議メンバーの妹達で4人も居た。
 サラの参加は役所内で知れ渡っていた。
 サラと処長の話を聞いていた書物処の女子職員経由で広まった。

 それぞれの姉から聞いて、彼女達は楽しみに待ち構えていた。
 “姉が優しくなった”“姉が綺麗になった”“姉が陽気になった”“家で愛湯の話ができる様になった”等々の礼を姉の悪口入りで言われていた。
 マイサの話を聞いて4人が笑い転げている。
 既婚者と言っても若い娘である。
 笑い出すとなかなか止まらない。
 サラ1人苦笑している。

 4人がマイサと共に地元民の集団に向かうと、サラは知り合いを捜して回りを見回した。
 1人で立っていると怨霊と間違われる。
 居た、居心地悪そうに隅っこで小さくなっている。
 サラが二人に向かって手を振ると、小さく手を振って返す、恥かしそうに。

 アナとカヤである、大分前に2人はサラに気付いていた。
 中央付近で態度が堂々としてる集団と話をし、その集団が世話役を交えて大笑いして目立っていた。
 サラが手を振ると二人にも周囲の目が集まる。
 子供のサラはとても目立つ。

 アナは店の納品先の宿に頼まれて、カヤは工事先の宿に頼まれて来ている。
 小さな宿の組合にも新婦の頭数のノルマがあり、多少でも関わりのある新婦が無理矢理駆り出されていた。
 だから二人は、温泉宿関係者の儀式と聞いて形見の狭い思いをしていた。
 そして思う、このちびっ子は何処でも態度が大きい。

 式が始まる。
 湯泉は東屋の北方よりに有り、直径2リーグの円形の井戸である。
 中央に湯の噴き出る石の管が有り、井戸から溢れた湯が東方の水路に注いでいる。
 南方の淵に高さ2ラーグ(1ラーグは1リーグの十分の一の長さ)の蛙の石像が乗せてある。
 儀式は教わった祝詞を唱えてから、蛙の像の頭を撫で宿から持参した壺にお湯を汲むと云うものである。
 順番は自由だが地元民が前に並び、遠慮気味の参加者が後ろに並ぶ。
 そして遠慮気味の参加者が失敗に気が付く。
 列が短くなると、周りで見守る人の数が多くなりより注目されることになる。

 サラは遠慮するアナとカヤに付き合ったら一番最後になってしまった。
 蛙の像の頭を撫でると、蛙が微笑み中央から噴き出る湯量が変化する。
 錯覚かと思ったが石の像が微笑む。
 魔法の気配は無い。

 湯量は人により変化する。
 サラが観察した処によると、身体のメリハリが大きい新婦ほど湯量が多い気がする。
 サラは湯量の変化の仮説を立てる。
 仮説が正しければ、カヤの湯量は・・・。
 カヤの番が来た。
 残り3人である。
 衆目を浴びて祝詞の声も緊張で裏返り、蛙の頭を撫でる代わりに平手でピシピシ叩いている。
 湯量が大幅に増える。
 多分今日一番。
 サラが納得する仮説どおりで“あれ”の回数か、だから新婦の儀式なのかと。
 そして困った。

 次はアナの番、堂々と祝詞を唱え蛙を撫でる。
 良い度胸だ。
 湯量が増える。
 カヤと良い勝負である。

“大人しそうな顔をして、この女は。お兄ちゃんと毎晩、毎晩。この助平”

 と考えているとサラの番となる。
 サラの予想では、反応しない蛙と増えない湯量。
 何か悔しい気がする。

 祝詞を唱えて、蛙の頭を撫でる。
 サラが後退さるほど蛙の表情が変わり、カヤやアナの倍以上の湯量が迸る。
 世話役達から感嘆の声が出る。

 世話役が終了を宣言し皆帰途に就く。
 帰りは迷わない様に集団で帰る。
 入り口で皆旦那の出迎えを受ける。
 皆が旦那に駆け寄る風景は微笑ましい。
 サラがカムに駆け寄ると後ろから声が掛かる。

「まあ、カムさんの奥さんだったの」
「マイサさん、今日はご苦労様でした」

 温泉区ではカムは有名人である。
 大宿のオーナーであるマイサの家とも面識はある。

「奥さんに悪い事しちゃったのごめなさいね。奥さんを大切にしてあげなさいよ」

 宿に帰る馬車でサラに聞く、サラが頬を膨らませながら怨霊と勘違いされたことを告げる。
 大笑いされると思っていたがカムが苦笑している。

「サラ、魔法使ったろ」

 サラが頷く。

「俺達は身体に近すぎて気が付かないが、霧は魔法に反応するんだ。濃淡が付いて人の顔に見えるから霊魂と勘違いされる。熱量が有る霧ほど反応性が良いんだ。マイサさん怖かったと思うぞ」

 宿に着いて湯を宿の湯泉に入れ、着替えて帰る。
 勿論、御裾分けも貰う。
 宿からの帰りカムに愛湯の様子を聞かせる。

「地の底での噴出か。ここの湯質は水に近いんだ。それに、普通熱湯が湧き出る場所は火山の近くなんだけど、この近くに火山は無いんだ。変だろ」

 中央大陸は火山が多い。
 カムの説明にサラも同意する。

「表情を変える蛙の石像か。それは魔道戦争前の産物だな。東大陸のシクナ山の洞窟で動く石像を見た事が有る。魔法じゃ無かったから同じ物だろう。湯量の変化は解らないけどね」

 サラは感心する。
 カムと居ると知識も増える。
 サラの知識は紙上の知識であるがカムは身体で知った知識である。
 でも悔しいので顔には出さない。
 カムはこの夜、サラが何時もより密着している気がした。
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