魔符屋の倅・・・・・魔力は無いけど、オーラで頑張る

切粉立方体

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1 魔力の無い少年

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 一年は八か月、雪が溶ける初春月から始まり、花の咲き乱れる花春月、若葉が生い茂る初夏月、気温が上がり森の木々の緑が増す盛夏月、穀物の実が膨らみ始める初秋月を経て、大地の女神が実りをもたらす晩秋月、雪の積もり始める初冬月と続き、雪と氷の冷たい厳冬月で終わる。
ーーーーー

 僕の名前はユーリ、聖都フェリシアで魔符工房を営む老舗の一人息子だ。
 魔符作りは魔力を使う職業なので社会的な地位も比較的高く、財政的にも恵まれている。
 特に僕の家は聖符作りの魔符工房の家元で、門下に千を超える工房を従えている。
 だから僕は十歳の花春月まで、母さんの修行は物凄く厳しかったものの、工房の後継者、人生の勝ち組と思っていた。
 だが僕の幸せな順風満帆の人生は、突然閉ざされた。

 十歳の花春月、僕は月の学舎の入学検査で、魔力を測る魔道具、魔感石を灯すことが出来なかったのだ。
 生き物は大なり小なり魔力を持っている筈で、地面の下のミミズでさえ魔力を持っている。
 ところが僕は、必死に魔感石を握りしめても全く魔感石を灯すことが出来なかった。
 僕はミミズ以下、魔力を全く持たない人間、”半亡者”だったのだ。
 検査を担当していた神官が顔を引き攣らせ、気丈な母さんが泣き崩れて父さんが慰めていた。

 ”ごめんなさい、ごめんなさい”

 僕は懸命に、父さんと母さんに謝っていた。

 ”半亡者”は女神様から恩恵を得られなかった、邪な心の持ち主だ。
 毎晩月の女神様へのお祈りは欠かさなかったが、遊び仲間の女の子達のスカートを捲ったり、胸を触ったりしていたのが原因だと思っている。
 ”半亡者”は、魔力が無いので工房を継げないのは勿論のこと、十四歳で成人を迎えると神殿の信者籍を剥奪されて鬼籍に入り、聖都から追放される。
 五十年前までは、十四歳で本当に殺されていたので、”半亡者”という呼び名が定着している。
 なんか酷い話だ。
ーーーーー

 明けの鐘が一日の始まりを告げると、門番達が東門の門扉を押し開く。
 重厚な丸太造りの門扉の向こうはまだ薄暗い。
 門の外で待っていた荷馬車がランプから光符を抜き、検問所の前に並び始める。
 門の内側、門前広場に並んでいた荷馬車がランプに光符を差し込んで灯りを点し、街道を走り出して行く。
 ランプは魔符を使う円筒形の魔道具で、底の部分に初級の光符を差し入れるて魔力を通すと、半日くらい光り続ける。
 荷車が退くのを待ちかねていた露天商達が、陽気な声を上げて広場に絨毯を広げて商品を並べる。
 
「それじゃ、これをロファに渡してくれ」

 銀の髪飾りをデュマさんから手渡された。
 小さく右手を挙げると、デュマさんは門を出ていった。
 赤茶のつば広帽と寝袋を乗せた緑色のリュックが、外の闇へ遠ざかって行く。
 東の国へ行ってみると言っていたが、もう会えないかも知れない。
 ロファさんの泣き顔を想像すると少し気持ちが重くなるが、詩を紡ぐために生きる吟遊詩人の宿命なのだろう。
 まだ、僕は見送る側だ。

 季節が初秋月から晩秋月に移り秋が深まって来ると、早朝の空気に冬の気配が忍び寄る。
 僕は旅立つとしたら、花が芽吹き始める明るい春か、若葉が育つ夏が良い。
 女神の丘へと伸びる石段を見上げると、夜明けの裏通りの屋根の上を朝鳥が元気に飛び回っている。
 僕は大きく伸びをしてから、石段を登り始めた。
 
 ”半亡者”と判定されてから、三年と三か月が過ぎた。
 五か月後、僕が鬼籍に入るのは、学舎を卒業する来年の花春だ。
 まだ時間はあるので、母さんは僕を聖都に残そうと画策してるらしい。
 だが僕は、デュマさんのような吟遊詩人になりたい。
 歌を紡ぎながら知らない土地を自由に放浪したい。
 でも母さんが怖くて、まだ言い出せない。
 -----

 裏通りに面した勝手口から家に入り、一階の窓を全て開けて回り、風と光を招き入れる。
 家の中に籠った魔染料の臭いが、風に攫われて行く。
 流し台の脇の脚立を登り、井戸水を汲み上げて貯水槽に水を満たす。
 普通は初級水符二枚で済む作業なのだが、昔使っていた井戸を母さんが復活してくれた。
 軒下から薪を七本運び出し、竃の中に並べる。
 裏通りに面した軒下には、冬に備えた真新しい薪が積み上げられている。
 今年は魔符の売れ行きが良いので、母さんが早めに買い求めていた。
 薪の下に麦藁を差し入れて火打石で火を付ける。
 火が麦藁から立ち上り、まだ薄暗い台所に暖かい光が広がる。
 薪に炎が燃え移ると、白い煙が煉瓦壁の風道に吸い込まれて行く。

 うん、魔力が無くても暮らすことはできる。

 竃口を閉めて火力を弱め、銅鍋を竃の上に乗せて昨晩の残りのスープを暖める。
 火を見詰めながら何時もの日課、体の中の魔力を探り、初級火符の起動を試みる。
 十歳の魔力検査以来何度も向き合った現実だが、悔しさが身体の奥底で熾火となって燃え続けている。
 だが火符は沈黙している、これも三年と三か月ずっと変わらない事実だ。

 溜息を吐いて気持ちを切り替え、貯蔵棚から白パンを取り出し、火で炙ってからバターを塗り、ルタの大葉と焼いた薄切り肉をパンに挟む。
 スープと一緒に食堂へ運び、テーブルの端の席に腰を下ろす。
 十六人掛けの広いテーブルには僕が一人だけ、夜の気配がまだ食堂の中に残っている。
 夜の青と朝の白が交じり合う不思議な時、光の白に攫われて遠退いて行く夜の青い気配を感じながら、僕は静かにパンを頬張る。
 風が階段を昇って行った、たぶん母さんが起きて窓を開け始めたのだろう。
 参道の石段を急ぎ足で下る冒険者の足音が聞こえて来る。
 今日も工房の一日が動き始めた。

 相変わらず僕に魔力が宿る気配は微塵も無い。
 母さんは僕を諦めて、母さんの妹の娘サーラに工房の仕事を引き継ぐ決心をしたようだ。
 サーラの家族は昔から一緒に住んでいたので、母さんはサーラを娘のように思っている。
 サーラは僕より一歳年上なので、昔から姉貴風を吹かしていた。
 剣が得意で冒険者になると言っていたのに、僕が”半亡者”と判定された時、僕のためと工房のために職人になると決心したらしい。

 ”半亡者”でも聖都に残る方法、ある程度の社会的地位を持つ者と婚姻すれば、愛の女神様の慈悲が適応されるのだ。
 魔符の工房の後継者は、ぎりぎりそれに該当する。
 でも冗談じゃない、同情なんてごめんだ、僕の生き方は僕自身で決める。
ーーーーー

 庶民の生活に魔法が入り始めたのは、聖都フェリシアの染料工房で魔染料が偶然発見されてからである。
 魔染料とは、魔力を帯びた染料のことで、魔石の粉から作られる。
 魔染料で魔法陣を描くと、魔法陣自体に籠っている魔力が、魔力の少ない庶民の魔力をアシストし、容易に魔法を発動出来るようになる。
 それまで貴族のみが恩恵を被っていた魔法が庶民の手の届く存在となり、多くの工房の応用の試みと経験を通して、魔染糸による刺繍、黒魔杉や魔金属への魔漆塗りが次々に確立された。
 特に謄魔写版と呼ばれる魔符の印刷技術が発見されると、庶民に手が届く安価な魔符が大量に製造できるようになり、庶民の生活の中へ魔法が一気に浸透した。

 魔符は短期間に庶民の暮らしを一変させ、文明と文化の枠組みさえ変えた。
 銅貨五枚で買える水符により水汲みの手間と疫病の心配から解放され、銅貨十枚で買える治療符により病気や怪我による死者が急減した。
 火符により火起こしの手間が無くなり、硝子の製造や金属の精錬が容易になった。 
 光符により庶民の日没後の活動時間が長くなり、氷符により家庭での食品の保存が容易になった。
 聖符により死霊や死獣の討伐が容易になり、冒険者レベルでの戦闘も可能になった。
 
 ユーリが生まれる、ほんの二百年程前の出来事である。
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