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2 聖都フェリシア
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聖都フェリシアは、北大陸東部のカンテオン王国のほぼ中央に位置する都で、ステロドス川を望む女神の丘の上に作られた三神殿、大地の神殿、太陽の神殿、月の神殿を中心に発展して来た都である。
丘の中心にある一番大きな建物は、大地の女神様であるフェリス様を祀る大地の大神殿で、西側には太陽の女神様であるオーラ様を祀る太陽の神殿、そして東側には月の女神ルーナ様を祀る月の神殿がある。
昔はステロドス川で船を降り、そこから徒歩で女神の丘へ向かったそうだ。
そのため、今も丘からステロドス川の川港ナンノへ下る参道は表参道と呼ばれている。
ステロドス川の対岸には、大穀倉地帯であるフェリラノ平原が広がり、ステロドス川を船で下れば、半日程でこの国最大の海港ポセノスに辿り着く。
このため川港ナンノは、聖都の表玄関のみならず、フェリラノ平原の穀物やポセノスからの物資を中心とした、この地域の物流基地としての役割も担っている。
川港の河岸には常設の市が立ち、常に多くの人や荷が行き交い、毎日祭りの様に賑わっている。
川港から広い範囲に水路が張り巡らされており、水路沿いには船着場を持った商店や倉庫が立ち並んでおり、表参道沿いの区域は”商区”または南地区とも呼ばれている。
太陽の神殿から西門へ下る参道は西参道、オーラ通りとか御成通りとか呼ばれている。
西門は王都からの街道の基点となっており、年一回、王様が三神殿に参拝する参詣道になっている。
参道には王都や内陸都市からの参拝客目当ての土産物屋や商店が軒を連ね、裏通りには参拝客用の宿屋や食堂が並んでいる。
西門から少し離れた場所には、王が参拝に訪れた時に使う広大な離宮が建てられており、その離宮を囲む様に、随行する騎士や官僚の別邸、有力貴族達の別邸が建てられている。
参道近くには、貴族達の別邸に勤務している使用人や商区に通う従業員達の住宅や宿舎が立ち並ぶ区域が広がっており、離宮も含めて、この区域は”住区”または西地区と呼ばれている。
僕の家の工房がある月の神殿から東門に下る参道は東参道、ルーナ通りと呼ばれている。
東門の外には魔獣が跋扈するラーナ大森林が広がり、その先には万年雪を被ったアルテライオス山脈の険しい峰々が聳えている。
ラーナ大森林の中には古代文明の遺跡が散在しており、遺跡を探索する冒険者達の町が、森の中に数多く存在する。
東門は、そんな町への物資の補給基地であり、遺跡から堀り出される遺物や、森で狩った魔獣の牙や角、魔石や毛皮の集積地にもなっている。
東門前の広場や東門に近い参道沿いには、武器屋や防具屋、冒険者ギルドや魔道具屋、遺物や毛皮や魔石の買取商店が並び、月の神殿に近い参道沿いには土産物屋などの参拝客向けの店が並ぶ。
参道から北側の区域には種々の荒っぽい工房が立ち並び、鍛冶工房から槌音が鳴り響き、磁器工房や精錬工房の窯の煙、魔染料工房からは魔石の粉塵などが立ち上っている。
参道から南側の区域には、細工工房や服飾工房などの穏やかな、臭いや音の少ない工房や冒険者向けの長屋や宿屋が並んでいる。
商区との境は水路で区切られており、水路の向こう側は整然と建物が並んでいるのに対し、水路のこちら側は、商区に出店出来なかった貧乏商人達が無計画に小さな店を作ったらしく、細い迷路の様な町並みが広がっている。
珍しい品物や怪しげな魔道具を扱っている店も多く、幼い頃の僕の遊び場だった。
この聖都の東側の地区全体が”工区”または”東地区”と呼ばれている。
路地の奥の冒険者長屋には、何代も貧しい冒険者稼業を続けている人達が多く住んでおり、父さんも、父さんの両親も昔冒険者だったらしい。
だが気の毒なことに、今は工房という棺桶に納まって、馬車馬の様にこき使われている。
”都の外には無限の可能性が広がっている”と言うのが父さんの口癖だ。
都の北側は邪の方位、悪霊や怨霊を招き入れる方位となるので門は無い。
不便な場所なので、都の外から流れ込んで来た人達が住み着き、流民街と呼ばれる広い猥雑な区域を作り上げている。
聖都内は原則として禁酒となっているが、流民街では何故か飲酒や怪しげな店の営業が許されている。
子供の頃不思議に思い、理由を父さんに聞いてみたことがある。
人生には潤いが必要で、潤いを全て奪われると、人生に絶望した男達が暴れ回って大変な事が起きるからだと父さんが教えてくれた。
これは宗教を超越した原初からの真理で、男という生き物は、品行方正に暮らしていると息が詰まって死んでしまうそうなのだ。
婆さんと静かに茶を飲む会と、若い女の子を触りながら酒を呑む会があったら、おまえはどちらへ行くかと父さんに聞かれ、なんとなく理解した。
流民街に居住する住民は、他国の戦乱から逃れて来た避難民や、流浪の民と呼ばれる家を持たずに荷車で長年移動しながら暮らしていた人達が多く、皆狭くて貧しい家に密集して暮らしている。
聖都の人々は流民街の住民をよそ者と呼び、あまり心地良く思っていない。
特に聖都に住む女性達は、飲酒を悪と思い込んでいるので、流民街の女性を悪魔の手先と呼んで嫌っていた。
ーーーーー
僕の家は、謄魔写版と呼ばれる印刷技法で魔符を作っている。
謄魔写版と呼ばれる魔符の印刷技法には、三つの工程がある。
まず”描”と呼ばれている魔法陣を描く工程。
油魔紙と呼ばれる魔蝋を塗った特殊な油紙に、魔力を流しながら鉄筆で魔法陣を描いて行く。
油魔紙には、込めた魔力の形状を記録できる特殊な性質が有り、魔法陣を描く時に鉄筆に込めた魔力がそのまま記録される。
次が”刷り”の工程。
油魔紙を薄布を張った木枠の裏側に張り付け、反対側から薄布に魔染料を塗り込める。
油魔紙の下に紙を敷き、魔染料を染み込ませたローラーに魔力を込めながら薄布に押し付けて転がすと、油魔紙の蝋が削られた部分から魔染料が染み出し、紙に魔法陣が描き出される。
謄魔写版用の魔染料は、ケフケの実から絞った汁に魔石の粉を溶かした魔液とグフの実から搾った油を混ぜた染料で、染料自体に強い魔力が籠っている。
油魔紙を透過する際に描かれている魔力の形状を記憶し、魔力の形状を魔法陣の上に再現させる。
魔液とグフ油を作る技術により符の効力が若干異なり、各工房でそれぞれ独自の製法を確立し、秘伝として伝えている。
魔染料は作る魔符の種類によって魔石を使い分ける。
火魔法なら朱色の朱魔石、水魔法なら青色の青魔石、治癒魔法なら緑色の緑魔石、聖魔法なら紫色の紫魔石が使われる。
それぞれの工房で得意な魔符があり、僕の家は治癒符と聖符を得意としている。
油魔紙を張った木枠はバネで開閉する仕掛けになっており、職人は素早くローラーのタイミングに合わせて木枠を開閉し、下に積んだ魔法紙を一枚づつ抜取りながら、魔法紙へ魔法陣を次々に印刷して行く。
作る魔符の種類で使い分けているので、工房には数台の印刷木枠が並んでいる。
そして最後が”断”の工程。
魔法紙から魔符を切り分ける単純な作業なのだが、重要な工程だ。
魔法紙に魔法陣が描かれていれば無条件に魔法が発動する訳では無く、適正な符の大きさと魔法陣の大きさが決まっており、魔法陣が符の中心に描かれていることも必要である。
これが狂うと魔符の威力が激減する。
しかも、魔法紙を切っている最中に刃が魔力を散らしてしまうので、刃に魔力を込めながら、素早く正確に切断する必要がある。
それぞれの工程は分業化されており、”描”の職人は描陣師、”刷り”の職人は刷師、”断”の職人は刃師と呼ばれている。
僕が学舎で習った知識によると、聖都フェリシアには一万軒の魔符工房がある。
国の主要輸出産業であり、大陸で使用される魔符の七割がここで製造され、見習いも含めると十万人の描陣師が毎日せっせと魔法陣を描いている。
その中で中級の魔法陣が描ける人はたったの千人、上級の魔法陣が描ける人に到っては、魔符ギルドの幹部五人しかいない。
母さんは二十代前半で売り物になる中級魔法陣が描けるようになったそうだ。
中級描陣師としては飛び抜けた若さで、将来の幹部として、上級描陣師に上り詰めることを期待されていた。
僕が”半亡者”と判定されるまでは、母さんの前途も洋々だったのだ。
丘の中心にある一番大きな建物は、大地の女神様であるフェリス様を祀る大地の大神殿で、西側には太陽の女神様であるオーラ様を祀る太陽の神殿、そして東側には月の女神ルーナ様を祀る月の神殿がある。
昔はステロドス川で船を降り、そこから徒歩で女神の丘へ向かったそうだ。
そのため、今も丘からステロドス川の川港ナンノへ下る参道は表参道と呼ばれている。
ステロドス川の対岸には、大穀倉地帯であるフェリラノ平原が広がり、ステロドス川を船で下れば、半日程でこの国最大の海港ポセノスに辿り着く。
このため川港ナンノは、聖都の表玄関のみならず、フェリラノ平原の穀物やポセノスからの物資を中心とした、この地域の物流基地としての役割も担っている。
川港の河岸には常設の市が立ち、常に多くの人や荷が行き交い、毎日祭りの様に賑わっている。
川港から広い範囲に水路が張り巡らされており、水路沿いには船着場を持った商店や倉庫が立ち並んでおり、表参道沿いの区域は”商区”または南地区とも呼ばれている。
太陽の神殿から西門へ下る参道は西参道、オーラ通りとか御成通りとか呼ばれている。
西門は王都からの街道の基点となっており、年一回、王様が三神殿に参拝する参詣道になっている。
参道には王都や内陸都市からの参拝客目当ての土産物屋や商店が軒を連ね、裏通りには参拝客用の宿屋や食堂が並んでいる。
西門から少し離れた場所には、王が参拝に訪れた時に使う広大な離宮が建てられており、その離宮を囲む様に、随行する騎士や官僚の別邸、有力貴族達の別邸が建てられている。
参道近くには、貴族達の別邸に勤務している使用人や商区に通う従業員達の住宅や宿舎が立ち並ぶ区域が広がっており、離宮も含めて、この区域は”住区”または西地区と呼ばれている。
僕の家の工房がある月の神殿から東門に下る参道は東参道、ルーナ通りと呼ばれている。
東門の外には魔獣が跋扈するラーナ大森林が広がり、その先には万年雪を被ったアルテライオス山脈の険しい峰々が聳えている。
ラーナ大森林の中には古代文明の遺跡が散在しており、遺跡を探索する冒険者達の町が、森の中に数多く存在する。
東門は、そんな町への物資の補給基地であり、遺跡から堀り出される遺物や、森で狩った魔獣の牙や角、魔石や毛皮の集積地にもなっている。
東門前の広場や東門に近い参道沿いには、武器屋や防具屋、冒険者ギルドや魔道具屋、遺物や毛皮や魔石の買取商店が並び、月の神殿に近い参道沿いには土産物屋などの参拝客向けの店が並ぶ。
参道から北側の区域には種々の荒っぽい工房が立ち並び、鍛冶工房から槌音が鳴り響き、磁器工房や精錬工房の窯の煙、魔染料工房からは魔石の粉塵などが立ち上っている。
参道から南側の区域には、細工工房や服飾工房などの穏やかな、臭いや音の少ない工房や冒険者向けの長屋や宿屋が並んでいる。
商区との境は水路で区切られており、水路の向こう側は整然と建物が並んでいるのに対し、水路のこちら側は、商区に出店出来なかった貧乏商人達が無計画に小さな店を作ったらしく、細い迷路の様な町並みが広がっている。
珍しい品物や怪しげな魔道具を扱っている店も多く、幼い頃の僕の遊び場だった。
この聖都の東側の地区全体が”工区”または”東地区”と呼ばれている。
路地の奥の冒険者長屋には、何代も貧しい冒険者稼業を続けている人達が多く住んでおり、父さんも、父さんの両親も昔冒険者だったらしい。
だが気の毒なことに、今は工房という棺桶に納まって、馬車馬の様にこき使われている。
”都の外には無限の可能性が広がっている”と言うのが父さんの口癖だ。
都の北側は邪の方位、悪霊や怨霊を招き入れる方位となるので門は無い。
不便な場所なので、都の外から流れ込んで来た人達が住み着き、流民街と呼ばれる広い猥雑な区域を作り上げている。
聖都内は原則として禁酒となっているが、流民街では何故か飲酒や怪しげな店の営業が許されている。
子供の頃不思議に思い、理由を父さんに聞いてみたことがある。
人生には潤いが必要で、潤いを全て奪われると、人生に絶望した男達が暴れ回って大変な事が起きるからだと父さんが教えてくれた。
これは宗教を超越した原初からの真理で、男という生き物は、品行方正に暮らしていると息が詰まって死んでしまうそうなのだ。
婆さんと静かに茶を飲む会と、若い女の子を触りながら酒を呑む会があったら、おまえはどちらへ行くかと父さんに聞かれ、なんとなく理解した。
流民街に居住する住民は、他国の戦乱から逃れて来た避難民や、流浪の民と呼ばれる家を持たずに荷車で長年移動しながら暮らしていた人達が多く、皆狭くて貧しい家に密集して暮らしている。
聖都の人々は流民街の住民をよそ者と呼び、あまり心地良く思っていない。
特に聖都に住む女性達は、飲酒を悪と思い込んでいるので、流民街の女性を悪魔の手先と呼んで嫌っていた。
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僕の家は、謄魔写版と呼ばれる印刷技法で魔符を作っている。
謄魔写版と呼ばれる魔符の印刷技法には、三つの工程がある。
まず”描”と呼ばれている魔法陣を描く工程。
油魔紙と呼ばれる魔蝋を塗った特殊な油紙に、魔力を流しながら鉄筆で魔法陣を描いて行く。
油魔紙には、込めた魔力の形状を記録できる特殊な性質が有り、魔法陣を描く時に鉄筆に込めた魔力がそのまま記録される。
次が”刷り”の工程。
油魔紙を薄布を張った木枠の裏側に張り付け、反対側から薄布に魔染料を塗り込める。
油魔紙の下に紙を敷き、魔染料を染み込ませたローラーに魔力を込めながら薄布に押し付けて転がすと、油魔紙の蝋が削られた部分から魔染料が染み出し、紙に魔法陣が描き出される。
謄魔写版用の魔染料は、ケフケの実から絞った汁に魔石の粉を溶かした魔液とグフの実から搾った油を混ぜた染料で、染料自体に強い魔力が籠っている。
油魔紙を透過する際に描かれている魔力の形状を記憶し、魔力の形状を魔法陣の上に再現させる。
魔液とグフ油を作る技術により符の効力が若干異なり、各工房でそれぞれ独自の製法を確立し、秘伝として伝えている。
魔染料は作る魔符の種類によって魔石を使い分ける。
火魔法なら朱色の朱魔石、水魔法なら青色の青魔石、治癒魔法なら緑色の緑魔石、聖魔法なら紫色の紫魔石が使われる。
それぞれの工房で得意な魔符があり、僕の家は治癒符と聖符を得意としている。
油魔紙を張った木枠はバネで開閉する仕掛けになっており、職人は素早くローラーのタイミングに合わせて木枠を開閉し、下に積んだ魔法紙を一枚づつ抜取りながら、魔法紙へ魔法陣を次々に印刷して行く。
作る魔符の種類で使い分けているので、工房には数台の印刷木枠が並んでいる。
そして最後が”断”の工程。
魔法紙から魔符を切り分ける単純な作業なのだが、重要な工程だ。
魔法紙に魔法陣が描かれていれば無条件に魔法が発動する訳では無く、適正な符の大きさと魔法陣の大きさが決まっており、魔法陣が符の中心に描かれていることも必要である。
これが狂うと魔符の威力が激減する。
しかも、魔法紙を切っている最中に刃が魔力を散らしてしまうので、刃に魔力を込めながら、素早く正確に切断する必要がある。
それぞれの工程は分業化されており、”描”の職人は描陣師、”刷り”の職人は刷師、”断”の職人は刃師と呼ばれている。
僕が学舎で習った知識によると、聖都フェリシアには一万軒の魔符工房がある。
国の主要輸出産業であり、大陸で使用される魔符の七割がここで製造され、見習いも含めると十万人の描陣師が毎日せっせと魔法陣を描いている。
その中で中級の魔法陣が描ける人はたったの千人、上級の魔法陣が描ける人に到っては、魔符ギルドの幹部五人しかいない。
母さんは二十代前半で売り物になる中級魔法陣が描けるようになったそうだ。
中級描陣師としては飛び抜けた若さで、将来の幹部として、上級描陣師に上り詰めることを期待されていた。
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