異界機甲士兵物語

切粉立方体

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プロローグ

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レグノリアが召喚装置を建造したとの噂話が聞こえ始めたのが一月前、当初は馬鹿げた話と思っていた。
魔石の柱で祠を組上げるなんて、国家予算並みの費用が必要だからだ。
しかも成功する確率は極めて低い、十に一成功するかどうか、国家予算、国の経済を賭けた大博打だ。

隣国のケルセンとの戦いでレグノリアが劣勢になっていたのは知っている。
ケルセンが五公国から購入した最新鋭の機甲が優れており、レグノリアの魔兵器を圧倒し始めたとの情報だった。
幸いケルセンはレグノリアの東側に位置する国だ、レグノリアの西側にある私の国パトランにとっては、寧ろ都合の良い話だと思い、高みの見物を決め込んでいた。

だがレグノリアが召喚を始めたとなると話が違う、確率は低いが万が一異世界の力ある魔人が召喚されれば、元々魔術に優れたレグノリアの優位性が上昇し、情勢は一気にひっくり返る。
当然ながらレグノリアからの支援要請の回答を引き延ばしている我が国にも、その脅威は及ぶ可能性もある。

私の父さん、パトラン国王から話があったのは一昨日だ。

「ニナタスシア、王女であるお前に頼むのは極めて心苦しいが、すまん、時間がない。召喚は明日か明後日との情報じゃ。万が一成功した場合は事の影響が大きい。探って来てくれぬか」
「父上、万が一成功した場合は、その召喚者を殺して来ますか」
「まったく、お前は母さんそっくりだ。だからお前には頼みたくないんだ。ニーナ、頼むから無茶は止めてくれ、お前は私の一人娘なのだぞ。絶対に都の外から探るだけにしてくれよ。将軍、やはりニーナを行かせるのは止めにせんか」
「陛下、そうおっしゃっても時がありません。我が国に広域察知能力を持つ竜騎兵はニーナ様しかおられません」
「父さま、安心して下さい。一命に変えても任務をやり遂げて見せます」
「馬鹿者、一命は賭けんでよろしい、すこしでも危ないと思ったら直ぐに逃げ帰って来い!」

早朝に国境を越え、レグノリアの王都レグに辿り着いたのは、双子の月が空を照らし始めた時分になっていた。
城壁近くの藪に私の飛竜であるムーラと一緒に潜むと、儀式は既に始まっていた。

王城の上空の雲が紫色輝き、魔法陣から漏れた魔力を映している。
気配を探ると、人の鼓動の様に魔法陣が拡大と縮小を繰り返している。
百人近い魔術師が動員されている様で、強い魔力の影響で頭の芯が痛む。

矢を射るように、魔力を引き絞る感触があり、魔法陣の感覚が一気に縮んだ。
魔法陣が歪んで、魔力の槍の様な形に変わった感触があった。
その槍が空間を穿ち、空間に円形の穴を開ける。
魔力に歪みがあったのだろうか、穴の西側が裂けて空間の穴の輪郭が飛散した。

失敗?いや、召喚は成功してしまった様だ、陣の中心に人の気配がある。
だがその気配も一瞬で魔法結界の中に隠されてしまった。

今の一瞬の気配で判ったこと。
力は危惧した程大きく無く、ケルセンとの戦いを多少有利にする程度だろう。
年齢は判らなかったが、性別は過去の召喚者同様女性。

私が来て正解だった、他の者では今の一瞬で探れなかっただろう。
方針は決まった、現状維持だ。
レグノリアに攻め込む必要もないし、急いで援軍を送ってケルセンを攻める必要もない。
応援軍を準備するポーズだけで、何もしないことだ。

今はこれでよい。
だが私の治世になって、万が一こいつの生んだ子が力を持っていたら目も当てられない。
やはり安全策としては、早期排除が一番確かな方法だろう。

ムーラに乗って王城を目差した。
我が国同様、隣国であるケルセン、トルトラからも監視者が送られて来ていた様だ。
王城の上に竜の影が二つ浮かんでいる。
目的は同じだろう、召喚魔法の影響で混乱が生じている様ならば、召喚者の首を持ち帰りたいのだろう。
互いに牽制しながら尖塔の高さまで下降した、その時だった。
正に蜂の巣を突いたように、王城の中から無数の竜騎兵が飛び出して来て、私は敵兵に囲まれた。
誤算だった、敵兵は魔力遮断の甲を被って襲撃に備えていたのだ。

私は意を決して、召喚者の居るであろう場所に向かって急降下した。
崩壊した祠が眼下に迫って来る、周囲の敵兵は慌てて私の下に回り込もうと急降下した。
召喚者は黒髪の少女だった、周囲を機甲士兵で取り囲んでいる、残念だがこれでは近寄れない。
諦めて、地面ぎりぎりを滑降し、空に向かって一気に上昇した。
私を追っていた敵兵が次々に地面に激突して行く。

そのまま敵と戦っているケルセンの竜騎兵の直ぐ脇を上昇する。
ケルセンは二人乗りの大型竜を使っていた、たぶん察知能力を持った竜騎兵を用意できなかったのだろう。
飛行速度の劣る大型竜では逃げ切れないと判っているから、たぶん敵兵と戦って足止めしてくれるだろう。

トルトラの竜騎兵は良く知る奴の気配だった。
向こうも人が居ないらしく、ミーナ王女が駆り出されて来たようだ。
図々しい女だ、私を盾に使おうと背後に回って来る。
急旋回する、するとミーナはそのまま敵兵の中へ突っ込んで行った、ふん、未熟者め。
私はその混乱、ミーナを盾として利用しながら、敵の包囲網を抜けた。

振り返ると、雪に覆われた険しい峰々間から朝日が昇り始めていた。
背後に敵の飛竜の姿は見えない、追手は振り切れたようだ。
遥か彼方に、よれよれになって敵兵に追掛けられているミーナの飛竜がゴマ粒の様に見える。
ここはもうパトラン国内だ。

「ムーラ、ご苦労様。あそこの渓谷で少し休みましょう」

”クー”

鎧を脱ぎ捨て、水量の豊かな滝壺で身体を洗う、冷たい水が気持ち良い。
剣は万が一を考えて脇の岩の上に置いておく。

その気配は突然目の前の深みに現れ、そして私の足を這い登って来た。
油断だとは思わない、本当に突然現れたのだ。

黒髪の裸の少年だった、私の下腹部に顔を付け、尻を両手で鷲掴みにしている。
一瞬何が起こっているのか判らなかった。
何の魔力の気配も無いど平民だ。
我に返った瞬間、羞恥と怒りで全身が燃え上がる様に熱くなった。

少年を蹴り飛ばして剣を手に取る。
このままでは私の純血が疑われてしまう。
こいつを抹消して、全てを無かったことにしよう。

「○×△□○$#!」

山の民の様だ、まあ、今の私には海だろうが山だろうが関係ないことだ、剣を振り被る。
油断だった、逃げ出すと思っていたら一瞬で間合いを詰められ、柄頭を押さえられて動けなくなってしまった。

「あっ!」

足を払われ天地がひっくり返る。
頭に衝撃が走り、目の前が真っ暗になった。
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