猫と一緒に

切粉立方体

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プロローグ

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 僕の部屋のドアが静かに開き、彩良が布団の中に潜り込んできた。
 抱き寄せてやると、迷惑そうな素振りを見せながらも、嬉しそうに身体を擦り寄せて来る。
 愛撫してやると、僕の腕の中で嬉しそうに喉を鳴らしている。

 奥さん?恋人?妹?
 いやいや、僕は彼女いない歴十四年の普通の中学二年生男子で、そんな色っぽい話とは縁が無い。
 
 うん、彩良は子猫だ。
 半年程前のある寒い晩、家の前の公園から”ニャアニャア”と弱々しい助けを求める子猫の鳴き声が聞こえて来た。
 捜してみると、トイレ脇のゴミ箱の中に小さな段ボール箱が捨てられており、その中から鳴き声が聞こえて来る。
 箱を開けてみると三匹の幼い縞猫が入っており、一匹だけ生き残って鳴いていた。
 箱を家に持ち帰り、生き残った一匹を一晩中身体を暖めて看病してやり、無事命を繋ぎ留めた。

 彩良さらと言う名前を与え、我が家の大事な一員、家族として一緒に過ごしている。
 僕に一番懐いており、朝悲しそうな顔で学校へ向かう僕を”ニャア”と見送り、家に帰ると物凄く嬉しそうな顔で”ニャアニャアニャア”と玄関で大歓迎してくれる。
 食事も猫の躾としては宜しく無いのだが、僕の脇の椅子に”チョコン”と座って、家族の一員として一緒に食べている。
 母さんも彩良が可愛らしいようで常に彩良の優先順位が一番高く、次が僕、そして父さんは可愛そうに一番ないがしろにされている。

「彩良に御魚食べさせたら、あなたの分の材料が足りなかったの。だからあなたは昨日の残りをレンジでチンして頂戴」
「・・・・・・ああ」
 
 彩良は確かに可愛い家族の一員なのだが、困った事もある。
 僕と年齢が近い女の子が家にやってくると、”フー”と総毛を立てて威嚇し、女の子を追い返してしまうのだ。
 僕だって恋人が欲しい。
 そんな時は彩良を叱ろうと思うのだが、母さんの後ろに隠れながら、僕に向かって”ニャアニャア”と文句を言っている。

「健司、あんた彩良ちゃんをお嫁さんにしなさいよ」
「ニャー」
「母さん、無茶苦茶言わないでくれよ」

 そんな時でも、手を伸ばすと嬉しそうに駆け寄ってくる彩良の姿が愛おしくて、ついつい僕も当分恋人無しでも良いかと思ってしまう。

 五月の連休の初日、市の剣道大会が市民体育館で開催された。
 僕の通っている中学は剣道の強豪校で、常に上位入賞を果たしている。
 僕が出場した二年生主体のBチームは、決勝で三年生主体のAチームに敗れたものの準優勝を果たした。
 僕自身も、個人戦では中学二年生の部で優勝した。
 トロフィーを二本持って、僕は意気揚々と家に向かう坂道を登っていた。

「あーん、私もトロフィー欲しかったな」

 隣家の幼馴染の早苗だ。
 同じ学年で同じ部活に入っており、市民体育館から一緒に歩いて帰って来た。

「早苗も頑張ったよ。四位だから早苗も県体には出られるんだろ」

 早苗は個人戦の三位決定戦で借敗した。
 団体戦では籤運が悪く、二回戦でAチームと当たって玉砕している。

「うん、ありがとう。健司と一緒に県大会なんてちょっと私嬉しいな。一年生の時、私ずっと応援役の荷物番だったでしょ、なんか部外者的な中途半端感があって、不完全燃焼だったのよねー。県の武道館で剣道着を着て歩き回っている人見ると羨ましくてさー、やっと主役になれたって感じかな。・・・ゲッ!健司先に行って」
「どうしたんだ、早苗」
「馬鹿猫があんたの家の前の石段で待ち構えてるのよ。先に行って頂戴、早くあの馬鹿猫を家の中に回収して鍵かけて閉じ込めてフン縛って頂戴」

 早苗は彩良に一番敵視されている。
 しかもご丁寧なことに、時々早苗の家へ遠征して威嚇しているらしい。
 早苗の両親や弟には愛想が良くて、餌を貰ったりするそうなのだが、早苗にはひたすら攻撃的で、家の中を追い回すらしい。
 女子中学生が子猫を怖がって逃げ回る図は滑稽なのだが、早苗は彩良を本気で怖がっている。
 仕方が無いので、先に行って、彩良を抱き上げて家の中に連れて行くことにした。

「さあおいで、彩良」

 手を差し伸べたら、なにやら僕の服の匂いを嗅いでいる。
 すると、彩良がすくっと首を上げ周囲を鋭い眼光で睨み廻す。
 そして、電信柱の影に隠れている早苗を発見してしまった。

「ニャニャニャニャニャ、シャー!」
「ひーー」
「あっ!こら待て彩良」

 彩良が物凄い勢いで早苗に向かって走り出した。
 早苗も物凄い勢いで逃げ出し、僕も必死で追い駆ける。
 防具とトロフィーは玄関前の石段に放り投げて来たが、降ろす暇が無かったナップザックと竹刀袋が背中でガチャガチャと鳴って動き辛い。
 間一髪、彩良が早苗に跳びかかる寸前でキャッチしたまでは良かったのだが、竹刀袋がずり落ち、足に絡んでバランスを崩してしまった。
 両足が地面から離れ、目の前にアスファルトの路面が迫って来る。
 彩良に怪我をさせないよう、咄嗟に胸の中に抱え込んで身体を丸めた。
 頭が路面に叩き付けられ、僕は坂道を転げ落ちた。
 そして大きな衝撃を感じ、僕の意識が闇の中へ吸い込まれていった。

 「ニャア、ニャア、ニャア」

 顔を”パシパシ”と猫パンチされて目を覚ました。
 目を開けると、彩良が僕の胸の上に乗って、心配そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいる。

「彩良、大丈夫だよ」
「ニャー」
「さてと」

 路面にぶつけた頭は少々瘤になっているが、大きな衝撃を感じた割には、他に痛い所は特に無い。
 なので、彩良を抱え上げて、とりあえず何処まで転げ落ちたのかを確認する。
 僕は身を起して周囲を見回した。
 ?????・・・ゲゲ!!
 周囲は太い樹木に囲まれた深い森の中だった。
 少なくとも、僕の家の五キロ四方にはこんな場所なんか存在しない。
 腕時計で時間を確認したが、僕の記憶が飛んでいたということでも無さそうだった。

「ニャー」
「ごめん、彩良。でも仕方が無いだろ」

 彩良も困惑しているようで、僕の不注意と早苗を庇った事をなじっているような気がした。
 彩良も転げ落ちている時は、たぶん怖かったのだろう。

「ニャー、ニャー」
「うーん、取敢えず、人の住んでる場所を捜して情報集めだろうな。そこでここが何処か聞いてみよう」

 彩良が心配そうな表情で僕の顔を見上げたので、一先ず今後の方針を説明してやる。

「ニャー、ニャ、ニャニャ」

 彩良が周囲を見回して、警戒音を発した。

「えっ、なにかいるのか」
「ミャ」
「それじゃ木の上に避難するか」
「ミャー」

 周囲は深い下生えに囲まれていたので、一番近い木へ藪を漕いで移動する。
 木は四抱え程の太さだったが、彩良をザックに入れて、木に巻き付いている蔦を足掛かりに昇って行く。
 二階建ての家の屋根くらいの高さまで登り、最初の枝の上に腰を下ろして一息吐く。
 枝といっても二抱え、普通の大きな木と同じくらいの太さがあり、胡坐をかいて十分に寛げる。
 
「ニャー」
「ああ、危なかったな」

 見下ろすと、僕達の立っていた場所には、周囲から鰐の様な長さが三メートル程の生き物が数匹集まって来ていた。
 鮮やかな光沢のあるオレンジ色の身体に、金色に輝く角を生やしており、緑色の下生えの中では目立っている。
 足が六本有り、横腹にも目が付いているので、どう考えても地球上の生物ではない。
 僕達は、どうやら異世界に入り込んでしまったらしい。

「こりゃ困ったな、彩良」
「ニャー」
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